ミズイの巨乳
その様子をじっと見つめるオオボラは、自分の腕一本を犠牲にする覚悟をしていた。
それほどまでに、小門の所在を知ることには大きな価値があったのだ。
だが、たとえ大金を手に入れて望む未来が開けたとしても──片腕を失えば、できることは限られる。
いや……それでも構わないと、オオボラは腹をくくっていた。
この世界の多くの貧しい人たちが救われるのならば、と。
しかし、実際に犠牲になったのはタカトだった。
大きな望みを抱くオオボラにとって、タカトが噛まれるくらいはどうということもない。
仮にタカトが人魔症を発症しても、自分が生き残れば多くの人を救える。
それこそが、この世界にとって最良の幸せだと信じて疑わなかった。
そう思えばこそ、今一番危惧すべきことは、神の機嫌を損ねて“小門”の情報を得られなくなることだった。
だからこそオオボラはためらうことなく──白目をむいて硬直するタカトをミズイの眼前へとさらに突き出す。
「それだけでよろしいのですか?」
その声は、丁寧でありながら、どこか冷酷だった。
「ぷはぁ~! 十分じゃ。」
口元を拭うミズイ。
しかし、顔をあげたその姿は、先ほどまでのババアとはまるで別人だった。
「命の石とは違って、さすがに生気の直吸いは違うわい」
言うなればアラサーのマダム、いや、美魔女そのものだ。
イメージするなら、少し古いが『エルハザード』に登場する女王バグロムの「ディーバ」のようである。
その変貌ぶりに、ビン子とオオボラは驚きのあまり声も出ず固まってしまった。
仕方ない。これは仕方ない。だって……
「まぁ、今はこんなもんじゃろう」
胸を反らせるミズイの身体には、ハリを取り戻した深い谷間がプルンと揺れていた。
しかも、身にまとっているのは老婆の時のローブ。
かつてくたびれた布だったローブは、今やその質量を支えきれず、縫い目が悲鳴を上げていた。
――ふんwww
そんなミズイが、ビン子のまな板胸を見つめて鼻で笑う。
まるで完全勝利を宣言するかのような、得意げな目つきで。
その瞬間――
ビン子の中に、激しいライバル心が火をつけられた。
さっきまでただの老婆だと思って甘く見ていたのに、いきなり巨乳美女、大人の女にジョブチェンジしていたのだ!
――そんなの反則よ!
だが、それは紛れもない事実。
自分の格が、一気にミズイの足元まで落ちたように感じた。
めらめらと燃え上がる闘争心――いや、嫉妬心。
あんな巨乳をタカトが見たら、目の色をピンク色のハートに変えてしまいかねない。
――巨乳は敵よ! 巨乳は!
そう、この女は敵!
絶対悪に違いないわ!
だが──ビン子の心配は的中した。
首を噛まれて失神していたかに見えたタカトの頭が、パンッ!と勢いよく跳ね起きたのである。
しかもその目は、目の前にそびえる巨乳をド真ん前から凝視していた。
にやけきったタカトの顔。
もう、その口元からはだらしなくよだれが垂れている。
「垂れ乳が見事に……膨らんだ!」
感嘆の声と共に、ふくらみに指を伸ばしかけるタカト。
それに気づいたのか、ミズイはわざとらしく胸をぐいっと突き出した。
「まぁ、まだこの大きさでは完ぺきとは言えんな。もう少し生気を吸えば、もうちょっとハリが戻るはずなんじゃが」
その言葉と共に、タカトを挑発するように、谷間を見せつけるかのごとくローブの前を引っ張る。
小さなローブからは、はち切れんばかりの肉が今にもあふれそうだ。
その隙間に、タカトの頭がゆっくりと動き始める。
どうやら……もはや、ミズイがさっきまでババアだったことなど記憶の彼方らしい。
──元がババアでも、今が巨乳美女ならそれでいいんだよ!
しかもそれは、ただの巨乳ではない。
立派なスイカちゃんである!
甘く、やさしい香りがただよってくる気さえする。
──はっ……もしかして、このスイカちゃんが……
俺の探し求めていた、あの“伝説のおっぱい”なんじゃないか!?
そう、幼い頃、崖から落とされ瀕死になったタカトを救ってくれた“お姉さん”。
そのとき、そっと頬をあたためてくれた優しいおっぱいのぬくもり。
顔はもう覚えていない。
だが、おっぱいの感触だけは、魂が覚えている──!
だからこそ、触れば確実にわかると思うんだ!
だから俺は、確かめねばならない!このおっぱいがあの時のものかをッ!!
(絶対、下心じゃないからな!)
……ということで、タカトは勢いよく両手を突き出し、深々と頭を下げた。
「おっぱい揉ませてくださいッ!!」
それを聞いたミズイは、にんまりと口元をゆがめる。
「ああ、いいぞwww 好きなだけ揉めwww」
そう言って、タカトの手に自らの胸を近づけようとした──その時!
ビシッ!!
乾いた音とともに、ビン子のハリセンがタカトの後頭部めがけて――ゴルフのドライバーショットばりに鋭く振り抜かれた。
頭部を打ち抜かれたタカトは、きれいな放物線を描いて宙を舞う。
……だが、少々打ち損じたか、軌道が内側に巻き込まれてスライスしていった。
「ファーーーーーーッ!」
悲鳴なのか掛け声なのか分からぬ声を上げながら、タカトの体はそのまま森の茂みへと一直線。
ズボォッ!!
きれいにOB。
まるで、池ポチャならぬ“森ポチャ”である。
「……ちっ」
小さく舌打ちをしたビン子。
その苛立ちは、タカトだけに向けられたものではない。
ミズイの方を一瞬だけ鋭く睨みつけるが、すぐにそっぽを向いた。
――あのババアもシバキたいけど、さすがに変身しただけではシバけないでしょうが!
というわけで、怒りの矛先を安全かつ合法にタカトへ全力でぶつけた――というのが、今回のスイングの真相であった。




