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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

図書館で、君と同じページをめくるまで

作者: 結城周
掲載日:2026/02/12

初めて短編小説を書いてみます!

まじで初めてなので自分でも不安だけど

最後まで見ていってください!

「おい、起きろ真白」


俺はその一言で現実に引き戻される

入学してから最初の1限目

俺はすこしクラスに馴染めないでいた

あまりいい感じには思わなかった


「何寝てるんだよしっかりしろ」


俺は先生に起こされた、


 この高校、(ひいらぎ)高校に通っている一年A組の白石真白(しらいしましろ)


入学してから初めての授業で寝て、完全に問題児だと思われているだろう


クラスの中でも一番後ろの窓際に座っているため寝てしまっていた


この高校では普通の高校とは違ってカフェやレストランがあるのはもちろん他の施設まで備わっている


「君、最初の授業から寝るなんてなかなかに勇気あるじゃない」


俺に声をかけたのは隣席の桜井木葉(さくらいこのは)である

 ここの生徒はほかは有名芸人の子供や政治家のこどもがいる

実際俺の父親は政治家であり、親が医者であるためこの高校に入学している


「桜井さんだっけ、、」


「木葉でいいよ、真白」


「ああ、ここあったかいんだよねだから

寝ちゃったよ」


「まああ、寝るのも悪くないね、だけどちゃんと

授業受けないとだめだよ?」


「はいはい」


 俺は軽く返す


「きれいだなーー」


 俺は外を眺めている

木造の落ち着いたカフェ。


隣には大学並みの大図書館。

この学校の“特別さ”を象徴するような景色だ

そして俺はまた、眠くなり寝てしまう


***


「真白、しょっぱなから何寝てんだよ、、、」


「悠斗か、、、」


「悠斗かじゃねーよ、まだ一限だぜ元気だせよ」


俺の仲良くしている宮前悠斗(みやまえゆうと)

席は近くないが俺と仲良くしてくれる数少ない友人である


このクラスではグループ分けが激しい、一軍のような人はすでに固まって元気に話をしている


俺はどこにも属さない無所属である


「なんか暇だよな」


「お前なーーずっと寝てるだけじゃ学校生活

暇だろ?」


「うん、、ひま」

「彼女つくれば楽しい生活が待ってるぞ」


「彼女ねーー俺には遠い遠い存在かな」

「そんなことねーよ、B組に可愛い子がいるって噂だぞ」

「まじ?」


「まじ、、」


「でもそーゆー人に限って彼氏もちなんだよ、、、

期待したらいいことないなにも信じちゃいないよ」


「真白、今までなにがあったんだよ」

「なんもねーよって時間やばくねあれ」


「え、あ、もう授業はじまっちゃうぞ」

「次何?」

「理科だよ、早く行くぞ」


この学校は校舎が複数あり、校舎自体がでかいので迷子になる


「理科室着いたけどまじで迷子になるな」


「真白は目離すとあぶないんだよ」


俺は方向音痴であるためよく迷子になってしまう


理科室ではクラスとはちがって、別の席となる


そして、隣の席の人は高等部の中でも上位の存在であり、大企業の子供である


また、俺より学力、身体能力や顔ともに高いため

平凡の俺などゴミ同然だと感じていた

このような上位的存在は片手で数え切れるほどしかいない


俺は隣の席の子と目が合った時がある

そのときには目をすぐ逸らされてしまった

それだけで答えはわかった


****

そして長い長い学校が終わった

友人である悠斗と2人で放課後の教室だ


「真白はこのあとどうするんだ?」


「家行っても1人だし」

「そっかお前、一人暮らしかずりーな」


「自炊するんだよ、大変なんだよーー」

「えらいな、俺は塾あるし帰らないと」


「そっかじゃあまたね」

「ああ、またな!」


俺は悠斗と別れた

この学校では娯楽施設やカフェなどがあり

多くの人で賑わっている


だがそこに俺のいく場所などなかった

学校が充実していることはいいが


それに対するデメリットがデカすぎたのである


1人の俺に木葉が話しかける


「君、、なにしてるの?」

「あ、俺?ほんとに暇してるんだよ」


「暇ね、もっと人と話すればみんなと仲良くなれそうなのにもったいないよ」


「別に皆と仲良くしたい訳じゃないし、別に俺が仲良くしても邪魔するだけで俺の居場所ではないよ」


「なんか大変そうだね、でも中等部から繰り上がりでも他中から入った子も沢山いるよ?」

「そうだな、俺も顔がわからない子は多いしな」


この学校では中等部は基本繰り上がりだが

別に他中から受験すれば入れるため、多くの中学生が施設が整ってて、

きれいで落ち着いた学校に行きたいという生徒は多い


だが、この学校では受験の場合、入る難易度が高い

俺みたいな政治家の子ということもあり、受験組が多数いるため、

胸を張っていることなどできなかった


将来的に有名な人の子供なため、英才教育のために

多少の贔屓は許されるのだという


そのせいで受験組などにハブられたりなどの差を感じることは多い


「ねえ、このあと暇?」


「ああ、」

「ちょっとカフェいかない?」


「かかカフェ?」

「うん」


俺は木葉にカフェに誘われた


木葉は受験でこの学校に入ったのだと言う


賑わっているカフェに行くことを誘う木葉は


俺とはちがった感じだ


「じゃあ、行こっか」


木葉はそう言って、当たり前みたいに歩き出した。

断る理由が、見つからなかった。


「あ、ちょっと待って」


自分でも驚くくらい、小さい声が出た。


木葉は気づかず、振り返らない。

人が多い方向に向かっていく背中を見て、

なぜか胸が詰まった。


少しだけ距離を取ろうと思っただけだった。

気づいたら、周りの音が減っていた。


賑やかなカフェの匂いじゃない。


静かな、紙の匂い。


顔を上げると、

ガラス張りの建物がそこにあった。


――大図書館。


気がついたら図書館に辿り着いていた

そこには扉から出てくる女子2人組がこちらにあるって来ていた


「図書館ってなんか雰囲気落ち着いた感じだけど

ガチってぽい人いてなんかねー」


俺の脳裏にそのような言葉が浮かんできた

なんか入るのは全然いい、図書館も嫌いじゃない

けどなんか違和感があった


扉の向こうで、誰かがページをめくる音を想像した。

靴音が響いたら、きっと目立つ。


今日はやめておこう。


図書館は、いつもそこにある。

なのに、今日は一番遠い場所だった。


それでも、ここまで来てしまった。


扉の前に立つと、

中の様子が、ぼんやりと見える。

机に向かう人影と、整然と並んだ本棚。


入っていいのか、少し迷った。


靴音が響いたらどうしようとか、

誰かの集中を邪魔したらどうしようとか、

そんなことを考えている自分が、

なんだか可笑しかった。


俺は、深呼吸をひとつして、

そっと扉を押した。


扉を閉めた瞬間、音が一段落ちた。


空気が、外とは違う。

少し冷たくて、紙の匂いがする。


靴音が響くのが気になって、

俺は歩幅を小さくした。


周りを見ると、机に向かう生徒が何人かいる。

誰も、こちらを見ない。


それだけで、肩の力が抜けた。

本棚の列は思ったより長くて、


奥の方がよく見えない。

何か探しているわけでもないのに、


俺はその間を歩いていた。

ページをめくる音。


ペンが紙をこする音。

時計の針の音だけが、やけに大きい。

ふと、奥の席が目に入った。

窓際。


背中を向けて座っている、誰か。

動かない。

でも、そこだけ空気が違う気がした。

じっと本に向かっていて、


俺の存在なんて、最初からなかったみたいに。


なんとなく、目を逸らした。


それなのに、

もう一度、そっちを見てしまう。

理由は分からない。


ただ――

そこに、誰かがいる。

それだけが、妙に心に残った。


最初は目を逸らし、変な感じがした

落ち着かなかったが、実際に椅子に座り、文字を追いかけていくうちに


だんだん周りの音が小さくなっていった


この時だけはクラスとはまるで、違った

気がつけば時間だけが過ぎていった


本を読み終え本を閉じると、時計が視界に入ってしまった

時計の針は8を回りそろそろ学校が閉まってしまう


俺は本を持ち席をたつと遠くで席を引く音がした

反射的に振り返った


窓辺で見た人が残っていた

そして、本棚のほうへ歩いていった


長い髪が特徴的だった


俺と同じジャンルの本を読んでいたようだ

近くの棚に本を戻していた


その人は反対の手に持っていたしおりを落としていた

拾ったおれはその人に返すことにした


「すいません、しおり落としましたよ」

「……すみません」

「……いえ」


そのとき咄嗟に目が合った

しかし、目が合った途端すぐに目を逸らされてしまう

どこにいっても差は変わらない感じがしたが

自分だけの世界に入り込めるこの図書館は悪い気がしなかった


閉館を知らせるアナウンスが流れ、

俺は図書館を後にした。


外に出ると、空気が少し冷たい。


さっきまでの静けさが、

嘘だったみたいに感じた。


名前も知らない。

それなのに、

長い髪と、あの視線だけが頭に残っていた


***


次の日の朝、目覚めはあまりよくなかった。

 

一人暮らしの部屋は静かで、時計の音だけがやけに大きい。

 昨日と同じ朝のはずなのに、何かが引っかかっている。

理由はわかっていた。窓際の席が頭から離れる気がしなかった


次の日の学校では

相変わらず皆が話をしている

もちろん話する機会を結局逃した


声をかけてくれるのは悠斗、木葉ぐらいだった


「真白ごめんね昨日は」

「昨日?」


「ああ、、無理にカフェに行こうとして連れてってしまったよ」


「そのこと?おれは俺が悪いよ、どっかに走ってしまったよ」


「そうか、、」


俺は図書館のことをまだ明かすことはしなかった

まだ図書館の世界を教えることはしたくない


そして放課後、

俺は図書館に来ていた


逃げてきたのではない。

今日は自分からここに来た。

扉を開ける


扉の奥は、クラスとは離れた空間

落ち着いた静かな空間だった


扉の奥から昨日と同じ冷たい空気が流れ込んできたが昨日とは違った


落ち着ける


中に入った俺は昨日と同じように本棚にむかった

だが昨日とは違った点がある


俺は本棚の奥を抜け、、窓際まで来ていた

ーーいた


昨日と同じ席同じ場所に

本を読む後ろ姿


急に息が浅くなる

理由は分からないが

昨日の光景が勝手に胸の奥で重なる


俺は目を逸らし

昨日似た系統の本を手に取る



席に着いた俺は

本を広げ文字を追う

しかし、集中出来ない頭に入らない、、


そこで聞こえてきたのは

ページをめくる音だった

俺の音ではない誰かの音だった

ペンの動く音


妙にとても気になった

視線を上げれば解決したかもしれない

だが、見なかった


そしてそのまま時間だけが過ぎていった

今日は少し長い時間だったと感じた

悪くない時間だったと思う


アナウンスがなり、本を閉じた

席を引くと

音が重なる


昨日と同じ


本を戻し

すれ違った

昨日とは違いほんと一瞬、目が合った

昨日より長く感じた


「......」

何か言うのをやめた

話をする理由がなかった


相手は会釈し、通り過ぎていった

それだけだった。


外に出ると、夕方の空気が冷たい。

振り返ると、図書館の灯りが静かに光っている。


名前も知らない。

クラスも分からない。


それでも、

明日も、きっと来る気がした。


理由は、まだないまま。


****


また次の日


放課後の図書館は、今日も静かだった。

扉を押して中に入ると、外の音が一気に遠ざかる。廊下のざわめきも、クラスの声も、全部置いてきたみたいだった。


少し冷たい空気。

紙とインクの匂い。


この感覚に、もう慣れ始めている自分がいる。


昨日と同じように、本棚の列をゆっくり進む。目的があるわけじゃない。ただ、足が勝手に奥へ向かっていた。


——窓際。


視線をやらなくても分かる。

そこに、いる気がした。


一瞬、足が止まる。

胸の奥が、きゅっと縮んだ。


やっぱり、いた。


昨日と同じ席。

同じ姿勢で、本を読んでいる後ろ姿。長い髪が肩にかかって、ページをめくるたびに少しだけ揺れる。


俺は、何も考えないふりをして視線を逸らした。


意識しない。

気にしない。


そう言い聞かせながら、昨日と同じジャンルの本を一冊手に取る。背表紙を指でなぞり、適当にページを開いた。


席に着く。

椅子を引く音が、やけに大きく感じた。


文字を追い始めると、少しずつ頭が静かになっていく。

さっきまでのざわつきが、薄れていく。


それでも、完全には集中できなかった。


ページをめくる音。

ペンが紙に触れる音。


それが、俺のものじゃないと分かるたびに、意識が引き戻される。


同じ空間に、同じ時間。

それだけのはずなのに、昨日よりも距離が近く感じた。


しばらくして、足音がした。

本棚の前で止まる。


近い。


無意識に顔を上げてしまった。


同じ棚に、細い指が伸びてくる。

俺が今読んでいる本と、同じシリーズ。


一瞬、互いに動きが止まった。


沈黙。


先に動いたのは、向こうだった。


「あ……どうぞ」


小さな声。

思っていたより、ずっと柔らかい。


「いえ……どうぞ」


反射的に返した自分の声が、少し震えていた気がした。


「……ありがとうございます」


本を手に取って、一歩下がる。

その距離が、妙に近く感じた。


何か言わなきゃ、と思った。

でも、理由がなかった。


それなのに——


「……その本、好きなんですか」


気づいたときには、口が動いていた。


自分でも驚く。


一瞬、向こうの動きが止まる。


「……はい」


短い返事。


「落ち着くので」


それだけだった。

でも、不思議と物足りなくはなかった。


「……ですよね」


そう答えたあと、何を言えばいいか分からなくなった。


沈黙が戻る。

でも、さっきまでとは少し違う。


嫌じゃない。


それぞれ、自分の席へ戻る。

さっきより、ページをめくる音がはっきり聞こえた。


時間は、静かに流れていく。


閉館のアナウンスが鳴り、本を閉じる。

帰り支度をして、出口へ向かう。


扉の前で、並んだ。


距離は近いのに、触れない。

言葉も、まだ少ない。


「……また」


向こうが、先に言った。


ほんの一言。

それだけで、胸が少しだけ温かくなる。


「……はい。また」


そう返すと、相手は小さく会釈して外へ出ていった。


名前も知らない。

クラスも分からない。


それでも——


昨日より、確かに近い。


外の空気は冷たかったけれど、

図書館の灯りが、静かに背中を照らしていた。


理由は、まだない。

でも、明日も来る。


そんな予感だけが残っていた


***


また次の日


放課後のチャイムが鳴った瞬間、俺は教室を出た。


悠斗に声をかけられる前に。

木葉に呼び止められる前に。


自分でも少し不自然だと思うほど、足が早かった。


理由は分かっている。

今日は、図書館に行きたかった。


昨日の帰り道から、頭のどこかにずっと残っているものがある。

言葉にするほど大したものじゃない。

たった一言、たった二文字。


「また」


それだけなのに、妙に重かった。


軽く投げられたはずの言葉が、胸の奥で静かに沈んで、消えないまま残っている。


ただ、残っている。


校舎を出ると、放課後の空気が肌に触れた。

まだ昼の名残があるけれど、少しずつ冷えてきている。


複合施設の方からは、カフェの賑やかな声が聞こえてくる。

笑い声。

冗談。

何気ない会話。


俺には縁のない場所だ、と思う。

別に嫌いじゃない。

ただ、あそこに混ざる自分が想像できないだけだ。


そのまま歩いて、図書館の前に立つ。


大きな扉。

ガラス越しに見える、静かな光。


ここに来るようになったのは、ほんの数日前だ。

なのに、もう「戻ってきた」という感覚がある。


扉に手をかける前、ほんの一瞬だけ迷った。


——今日、いなかったらどうするんだろう。


自分でも驚くほど、自然にそんな考えが浮かんだ。

すぐに打ち消す。


別に、約束しているわけじゃない。

誰かを待っているわけでもない。


そう言い聞かせて、扉を押した。


中に入った瞬間、外の音が途切れる。

廊下のざわめきが、急に遠くなる。


少し冷たい空気。

紙とインクの匂い。


この感覚が、俺を落ち着かせる。


靴音が響くのが気になって、歩幅を小さくする。

自然と、周囲を気にしている自分がいる。


本棚の列を抜け、奥の方へ。


視線を向ける前から、分かっていた。


——いた。


窓際の席。

同じ場所。

同じ姿勢。


背中を向けて、本を読んでいる後ろ姿。


胸の奥が、少しだけ強く脈打つ。

安堵に近い感覚。


俺は視線を逸らした。


気づかれたくない。

でも、確認はしたい。


矛盾しているのは分かっている。


本棚の前に立ち、適当に背表紙を眺める。

内容なんて、ほとんど見ていない。


それでも一冊抜き取る。

昨日と同じジャンル。

同じ系統。


偶然だ。

そう思うことにした。


席へ向かい、椅子を引く。

静かな空間に、音が広がる。


本を開いて、文字を追い始める。

最初は、ちゃんと読めていた。


けれど、数ページ進んだあたりで、集中が途切れる。


視界の端で、ページがめくられる気配。

ペンが紙をなぞる音。


俺のじゃない。


意識しないようにしても、耳が拾ってしまう。


——近い。


昨日よりも、距離が近く感じた。


物理的な距離は変わっていない。

なのに、同じ空間に「二人だけ」がいる感覚が、はっきりしている。


この人も、一人だ。


昨日も、今日も。

誰かと話しているところを見たことがない。


俺と同じ。


そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。


時間がゆっくり流れる。


本の内容は、半分も頭に入っていない。

それでも、不思議と落ち着いていた。


ふと、席を立つ気配がした。


視線を上げる前に分かる。

足音が、本棚の方へ向かう。


俺も、なぜか立ち上がっていた。


理由はない。

ただ、気づいたら体が動いていた。


同じ棚の前で、止まる。


——近い。


同じ作家。

同じシリーズ。


それだけで、胸の奥が少し熱くなる。


向こうが本を戻そうとして、動きが止まる。

俺も、同じタイミングで手を止めた。


沈黙。


図書館の静けさが、より際立つ。


「……あの」


声がした。


昨日より、少しだけはっきりしている。


「はい」


短く返すと、相手は一瞬だけ言葉を探すように視線を落とした。


「……その本、続き、出てますよね」


「え……あ、はい。最近出てましたね」


自分の声が、思ったより落ち着いていて驚く。


「……読まれました?」


「いえ。まだです」


「……そうでよね、人気で」


それだけ。


説明も、感想もない。

でも、それで十分だった。


「……じゃあ、読んでみます」


そう言うと、相手は小さく頷いた。


ほんの数秒。

それだけの会話。


なのに、昨日よりずっと長く感じた。


本を棚に戻し、それぞれ席へ戻る。

また、静寂。


でも、さっきまでとは違う。


同じ空間に、「言葉を交わした」という事実が残っている。


それが、妙に大きかった。


窓の外の色が、少しずつ変わっていく。

夕方から、夜へ。


閉館のアナウンスが流れる。


本を閉じ、立ち上がる。

出口へ向かう途中、足音が重なった。


並んだ。


昨日より、自然に。


扉の前で、一瞬だけ迷ってから、口を開く。


「……いつも、この時間なんですね」


言ってしまったあとで、後悔する。

変じゃないか。

重くないか。


相手は少し考えてから、答えた。


「……はい。ここ、静かなので」


「……ですよね」


それしか言えなかった。


扉を出る。


外の空気が、ひんやりしている。

昼と夜の境目。


「……あの」


向こうが立ち止まる。


「……名前」


心臓が、一瞬跳ねた。


「……聞いても、いいですか」


少し間があってから、返事があった。


「……玲愛(れあ)です」


静かな声。


「……白石真白です」


名乗ると、相手は小さく微笑んだ。


「……よろしく」


「……こちらこそ」


たったそれだけ。


名前を知っただけなのに、

世界が、少しだけ近づいた気がした。


「……また」


今度は、はっきりと。


「……はい。また」


そう返して、背中を見送った。


名前を知った。

それだけ。


それなのに——

明日も、ここに来る理由が、はっきりとできてしまった。


***


また後日


図書館の扉を開けた瞬間、

昨日よりも空気が軽く感じた。


理由は分かっている。

もう、探さなくていいからだ。


視線を奥へ向ける前から、

そこにいる気がしていた。


——やっぱり、いた。


窓際の席。

同じ場所。

同じ時間。


ただ一つ違うのは、

今日は「名前を知っている」ということ。


玲愛。


その二文字を、頭の中で静かに転がす。

声に出したわけでもないのに、

胸の奥が少しだけ温かくなる。


俺は、いつもよりゆっくり歩いた。

靴音を立てないように。

それでいて、逃げないように。


昨日までなら、

視線を逸らして、遠い席に座っていたと思う。


でも今日は——

気づけば、同じ列の棚に立っていた。


偶然、みたいな顔をしながら。


手に取ったのは、

昨日話題に出た、あのシリーズの新刊。


指先で表紙をなぞる。


そのまま、席へ向かった。


椅子を引く音。

彼女のページをめくる音。


距離は、二席分。


昨日より、確実に近い。


本を開く。

文字を追い始める。


……はずだった。


全然、頭に入ってこない。


視界の端に、玲愛の気配がある。

それだけで、意識がそっちに引っ張られる。


俺は、深く息を吸って、吐いた。


落ち着け。

ここは、図書館だ。


そう言い聞かせていると、

隣の席が、少し動いた。


椅子を引く音。


一瞬、心臓が跳ねる。


玲愛が、立ち上がっていた。


本を持って、

こちらに一歩、近づく。


「……あの」


声が、近い。


思わず顔を上げると、

彼女は少し迷うような表情をしていた。


「……その本」


俺の手元を、ちらっと見る。


「……昨日、言ってたやつですよね」


「え、あ……はい」


「……よかったら」


一瞬、言葉が止まる。


「……一緒に、読んでもいいですか?

この本。人気で.........」


時間が、止まった気がした。


一緒に。


その言葉が、頭の中で反響する。


「……嫌、なら……」


慌てて付け足す声。

俺は、首を振った。


「いえ……その」


声が、少し掠れる。


「……俺も、ちょうど読み始めたところなので」


そう言うと、

玲愛は少しだけ安心したように、息を吐いた。


隣の席に、座る。


距離が、一気に縮まる。


本を二人の間に置いて、

ページを開く。


同じ文字。

同じ行。


横を見れば玲愛の横顔が近い

近すぎて、直視することができない


俺はまた、本に目を向ける

玲愛も落ち着かない様子だった


肩が触れそうで、触れない。


沈黙が落ちる。

肘を少しでも動かせばぶつかってしまう距離



でも、不思議と重くない。



「……ここ」


玲愛が、指先で示す。


「……比喩、きれいですよね」


「あ……はい」


短い返事。


でも、それで十分だった。


玲愛はすこし玲愛照れたように話しかけてくれた


言葉は少ないのに、

同じものを見ている感覚がある。


時間が、ゆっくり溶けていく。


閉館のアナウンスが流れたとき、

俺は初めて時計を見た。


——もう、こんな時間か。


「……早いですね」


玲愛が、小さく言う。


「……ですね」


本を閉じる。


自然に、名残惜しさが残る。


出口へ向かう途中、

俺は、思い切って口を開いた。


「……また、明日も」


言葉を選ぶ。


「……ここ、来ますか」


一瞬の間。


「……はい」


短い返事。


でも、迷いはなかった。


外に出ると、

夕方の空気が、少し冷たい。


「……じゃあ」


「……はい。また」


そのやり取りだけで、

今日は十分だった。


——一緒に、本を読んだ。


それだけなのに、

世界が、少し変わった気がした。


図書館を出てから、

しばらく二人の間に言葉はなかった。


夕方の空は、昼と夜の境目で、

オレンジ色が薄く広がっている。


歩幅を合わせているつもりはないのに、

自然と同じ速さで歩いていた。


隣を見ると、

玲愛は少し前を向いたまま、黙っている。


——何か、話したほうがいいんだろうか。


でも、無理に言葉を探すのも違う気がした。


沈黙が、悪くない。


それだけで、今日は十分だった。


校舎の明かりが見えてきたところで、

玲愛が、ふと足を止めた。


「……私、こっちなので」


指差す方向は、

俺とは逆だった。


「あ……」


それだけ言って、

続く言葉が見つからない。


「……また、明日」


玲愛が、先に言った。


「……はい」


それで、終わり。


彼女は小さく会釈をして、

そのまま歩き出した。


背中が、少しずつ遠ざかっていく。


——不思議だ。


名前を知って、

一緒に本を読んで、

それだけなのに。


胸の奥に、

小さな余韻が残っている。


俺は、反対方向へ歩き出した。


一人暮らしの部屋は、

相変わらず静かだった。


鍵を回して、

玄関の灯りをつける。


靴を脱いだ瞬間、

どっと疲れが押し寄せた。


——でも、嫌な疲れじゃない。


机の上には、

読みかけの本が積まれている。


その中に、

今日読んだシリーズの続きがあった。


実は今日の新刊は読んでいた

恥ずかしさのあまり読んでいないと言った

自分のしていることが恥ずかしい


手に取る。


……さっきと、同じページ。


文字は、ちゃんとそこにあるのに、

頭の中には、さっきの光景が浮かぶ。


玲愛の指先。

ページをめくる音。

近すぎない関係。


俺は本を閉じて、

椅子にもたれた。


「……また、明日」


口に出してみる。


ただの挨拶のはずなのに、

少しだけ特別に聞こえた。



その頃、

玲愛もまた、部屋に戻っていた。


制服を脱いで、

ベッドに腰を下ろす。


机の上には、

今日読んだ本と、しおり。


昨日、落としたもの。


それを、そっと指で押さえる。


——話しかけても、よかったのかな。


——一緒に読もう、なんて。


心臓が、少しだけ早くなる。


でも、

拒まれなかった。


それだけで、

今日は十分だった。


玲愛は、本を開く。


同じページ。

同じ行。


——同じ時間。


それが、少し嬉しかった。


***


翌日。


朝の教室は、

いつも通り騒がしかった。


「真白ー、今日の放課後どうする?」


悠斗の声。


「……図書館」


即答だった。


「また? 最近ハマってんな」


「……まあ」


それ以上、話す気はなかった。


木葉が、少しだけ不思議そうにこちらを見る。


「なんか、雰囲気変わった?」


「そう?」


「うん。前より……静か」


それは、

もともとだと思ったけど。


放課後。


昨日と同じように、

図書館へ向かう。


扉を開ける前、

一瞬だけ、足が止まる。


——来て、いるだろうか。


そんな不安を抱えたまま、

中へ入る。


冷たい空気。


静けさ。


そして——


窓際の席。

玲愛が、いた。


今日は、昨日より少し早い時間らしい。

本を開いて、静かに読んでいる。


俺は、気づかれないように歩いた。


でも、席に近づくと、

玲愛が顔を上げた。


目が合う。


一瞬。


「……こんにちは」


小さな声。


「……こんにちは」


それだけで、

昨日の続きみたいだった。


椅子に座る。


本を開く。


少ししてから、

玲愛が言った。


「……今日も、一緒に……?」


「……はい」


短い返事。


でも、昨日より自然だった。

二人で、同じページを追う。

言葉は少ない。

それでも、

確実に何かが積み重なっていく。


恋とか、

好きとか。


まだ、そんな言葉は必要ない。


ただ、

同じ場所に来て、

同じ本を開く。


それだけで、

十分だった。


——この時間が、

少しずつ、日常になっていく。


そんな予感が、

確かにあった


図書館の扉が閉まる音は、

いつもより少しだけ軽く聞こえた。


夕方の空気が、

さっきまでの静けさを一気に押し流してくる。


「……今日は、早いですね」


玲愛が言った。


「……はい」


理由は特にない。

ただ、今日はこのあとも時間があった。


歩き出すと、

自然と並ぶ形になる。


昨日までなら、

ここで別れていたはずだった。


でも今日は、

どちらからともなく止まらない。


校内の道は、

この時間になると人が減る。


遠くで、

部活の声が聞こえるくらい。


「……」


沈黙。


でも、

昨日までより重くない。

むしろ、

少し心地いい。


「……あの」


玲愛が、歩きながら言った。


「はい」


「白石くんって……」


一瞬、言葉が止まる。


「……どうして、図書館に?」


質問は、

とても静かだった。


「……逃げ場、みたいなものです」


少し考えてから答えた。


「教室は……疲れるので」


玲愛は、

少しだけ考えるような間を置いた。


「……分かります」


その一言が、

妙に胸に残った。


「私も……静かなところが、好きです」


「……そうですね」


それ以上、

踏み込まない。


それが、

二人にとってちょうどよかった。


校舎の角を曲がると、

校内カフェが見えてきた。


まだ営業中で、

ガラス越しに明かりが漏れている。


「……あ」


玲愛が、足を止めた。


「どうしました?」


「……少し、喉が渇いて」


ほんの一瞬、

迷っているのが分かった。


「……よかったら」


言いかけて、

止まる。


俺の方から言った。


「……一緒に、入ります?」


誘いというより、

確認に近い言い方。


「……はい」


小さく、

でもはっきりした返事。


カフェの中は、

図書館とは真逆だった。


話し声。

食器の音。

柔らかい音楽。


でも、

騒がしすぎない。


カウンターで注文を済ませて、

二人分の飲み物を受け取る。


「……何にしたんですか?」


「……カフェラテです」


「……同じですね」


少しだけ、

安心した。


窓際の席に座る。


向かい合うのは、

図書館とは違って少し緊張する。


「……」


玲愛が、

ストローを指でいじっている。


「……図書館以外で話すの、初めてですね」


「……ですね」


「……不思議です」


「何が?」


「……図書館だと、あんなに落ち着くのに」


視線を、

少しだけ逸らす。


「……ここだと、少しだけ……」


言葉を探している。


「……現実に戻される感じがします」


その表現が、

妙にしっくりきた。


「……分かります」


一口、飲み物を口に含む。


「……でも」


玲愛が、続けた。


「……悪くない、ですね」


その言葉で、

少し空気が緩んだ。


しばらく、

他愛ない話をした。


好きな本のジャンル。

最近読んだ話。

どれも、深くは踏み込まない。


でも、

確実に「会話」だった。


「……そろそろ」


玲愛が、時計を見る。


「……はい」


カフェを出ると、

外はもう夕暮れを過ぎていた。


校門の近くで、

また自然に足が止まる。


「……今日は、ありがとうございました」


玲愛が言った。


「……こちらこそ」


少しだけ、

間が空く。


「……明日も」


玲愛が言いかけて、

止まる。


「……図書館、来ます?」


俺が、先に聞いた。


「……はい」


その答えは、

昨日より迷いがなかった。


「……じゃあ」


「……はい」


別れる。


でも、

昨日より少しだけ、

距離が近かった。



部屋に戻る。


机に座って、

本を開く。


——でも、

今日はすぐに集中できなかった。


玲愛の声。

カフェの明かり。

窓越しの景色。


図書館の外に出ても、

あの時間は続いていた。


「……明日も」


小さく、

呟く。


一方その頃。


玲愛も、

自分の部屋に戻っていた。


カバンを置いて、

椅子に座る。


今日は、

図書館だけじゃなかった。


カフェ。

会話。

向かい合う時間。


「……少し、進んだ……かな」


独り言。


でも、

嫌じゃない。


むしろ、

心が静かだった。


明日も、

図書館に行く。


それはもう、

特別じゃなくなり始めている。


でも——


それが、

一番大事なことだと、

二人ともまだ気づいていなかった



***


また次の日


放課後、図書館の扉を押す手が、いつもより少し硬くなる。


今日も、玲愛が来ているだろうか——そんな期待を胸に、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。


室内は、まだ夕方の光が差し込み、柔らかく静かだ。

窓際の席に座る玲愛の後ろ姿が、目に入る。


昨日より少し早い時間なのか、彼女は本に集中しているようだった。


背中の線が、夕日の光にほんのり照らされて、淡い金色に見える。


歩を進めると、心臓が高鳴る。


昨日までなら、ここに近づくことさえ恐る恐るだったのに。

今日は自然に、棚の間を抜け、窓際まで近づいていた。


手に取った本は、昨日話題になったシリーズの続き。


指先で表紙を撫でながら、心臓の鼓動を落ち着ける。


椅子を引き、席につく。


さすがに昨日のように

隣に座ることはできなかったが

近くに座った


触れない距離。深い関係ではなかった


互いの音さえ、心地よく感じられる。


文字を追おうとしても、頭に入らない。

視界の端にある彼女の存在が、意識を引っ張る。


その時だった——突然、図書館全体の明かりが一斉に消えた。


「……え」

驚きで声が漏れる。


停電だった。

瞬間、周囲はざわめきに包まれた。

紙の香りと、蛍光灯の光が消えた暗闇の中で、心臓の音がやけに大きく聞こえる。


「……大丈夫ですか?」

思わず声を出す。

背中を向けて座る玲愛が、少しだけ振り返る。


「……ええ、大丈夫です……」

でも、わずかに震える声が混じっていた。


「……ここ、危ないかもしれない」

慎重に歩きながら、俺は玲愛の横に近づく。

暗闇の中で、彼女の指先がかすかに光を反射して見えた。


停電後、、暗闇で足元が不安だった

俺の手は玲愛の手を握っていた


玲愛は少し驚いた表情をしたが

そのあと、顔 赤く照れていた



指先が触れた瞬間、胸が跳ねる。

暗闇の中、二人だけの距離がぐっと縮まった感覚。

停電のざわめきが遠くに感じられ、二人だけの世界ができた。


「……怖くないですか?」


玲愛が小声で問う。


「……少しだけ。でも、1人じゃないから...」


自然に答えた

でもその声には、偽りはなかった。


「……そうですか」

彼女はほっとしたように息を吐く。


静かな廊下を手を取り合いながら歩く。


周囲の音はほとんど聞こえず、二人の呼吸と足音だけが重なる。


窓から差し込む夕日の残光だけが、薄く道を照らしている。


「……ありがとう」

小さく、玲愛が言った。


「……いや、俺の方こそ」

言葉に出しても、違和感はない。


出口に近づくと、一斉に電気が戻った。


蛍光灯が光り、暗闇の緊張感は消えた。

だが、二人の間にあった時間の余韻は消えない。


「……戻りましたね」

玲愛が小さく微笑む。


「……はい」


小さく返す


手を離す。


改めて自分がしたことに互いが顔を赤くする

だが昨日より確実に、距離は縮まったままだ。


時間はあっという間に過ぎていった

短く感じた


「……今日は、ありがとうございました」


「……こちらこそ」


外に出ると、夕暮れを過ぎた空気が冷たく感じる。

背中を見送りながら、心臓の奥がまだ熱い。


停電で一瞬でも、距離が縮まったことを実感する。


帰り道、俺の胸には、静かだけど確かな幸福感が残った。



部屋に戻ると、静けさが心地いい。

机の上には、今日読んだ本と、図書館の記憶。

目を閉じると、玲愛の手の感触、窓際の姿が浮かぶ。


——明日も、きっと会える。

——今日みたいに、二人で時間を共有できる。


心の中で、静かに呟く。

手の感触がまだ残っている気がした。

この感覚が、日常になっていく予感。

それが一番、大切なことだと、二人ともまだ気づいていない。


***


朝、目覚めると雨音が窓を叩いていた。


「……今日は、雨か」


カーテンを少しだけ開けると、外は灰色の世界。


一人暮らしの部屋の静寂に、雨の音が深く響く。

昨日までの夕暮れの余韻が、雨音によって少しずつ流れ落ちるようだ


今日も図書館に行くつもりでいた自分を思い出す。

あの静かな場所、そして玲愛——昨日のカフェでの


時間が、自然と胸に残っている。

今日は、少し特別な日になりそうな気がした。


雨のせいか生徒たちの足取りは重い。

廊下に響く傘の音、靴の濡れた跡。

普段は元気な生徒たちも、今日は少し静かに見える。



***


放課後の図書館は、いつもより静かだった。


扉を押すと、冷たい空気が頬に触れる。

紙の匂い。

ページをめくる音。

いつもと同じはずなのに——


玲愛がいない。


窓際の席。

昨日まで、二人で座っていた場所。


そこだけぽっかりと空いていた。


胸の奥が、少しだけざわつく。

理由は分からない。

ただ、落ち着かない。


本を開いてみるが、文字が頭に入らない。

ページをめくる指先が、妙に冷たい。


——今日は来ないのか。


そう思った瞬間、

胸の奥が静かに沈んだ。


図書館を出ると、夕方の空気が少し冷たい。

雨は止んでいたが、地面にはまだ水たまりが残っている。


帰ろうとしたとき——

校舎裏のベンチに、人影が見えた。


長い髪。

細い肩。

俯いた姿。


玲愛だった。


胸が跳ねる。

気づけば足が向かっていた。


「……玲愛?」


声をかけると、彼女はびくっと肩を震わせた。


ゆっくり顔を上げる。


目が赤い。

涙の跡が頬に残っている。


「……白石くん」


かすれた声。

いつもの静けさとは違う。


「どうしたの……?」


問いかけると、玲愛は視線を落とした。


「……すみません。見られたくなかったのに」


「見られたくなかったって……」


「……こういうの。泣いてるところ」


小さく震える声。

その声が、胸に刺さる。


「……クラスで、少し……すれ違いがあって」


言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。


「私、あまり話すの得意じゃなくて……

 誤解されて……

 なんか、うまくいかなくて……」


ぽつり、ぽつりと落ちる言葉。

そのたびに、胸の奥が締め付けられる。


「……誰にも言えなくて。

 でも、家にも帰りたくなくて……

 気づいたら、ここにいて……」


玲愛は小さく笑おうとしたが、

その表情はすぐに崩れた。


「……誰にも、見られたくなかったのに」


その言葉に、胸が強く揺れた。


気づけば、隣に座っていた。


「……俺なら、いいの?」


玲愛は驚いたように目を見開いた。

そして、ゆっくりと視線を落とす。


「……白石くんなら……いいです」


その一言で、

世界が静かに変わった気がした。


沈黙が落ちる。

でも、重くない。


玲愛は涙を拭いながら、小さく呟いた。


「……ごめんなさい。

 こんなの、迷惑ですよね」


「迷惑じゃないよ」


自然に言葉が出た。


「……むしろ、話してくれて嬉しい」


玲愛は驚いたように顔を上げた。

その瞳が、少しだけ揺れている。


「……ありがとう、白石くん」


その声は、雨上がりの空気みたいに静かで、

でも確かに温かかった。


「ここには俺しかいないから安心して」


「ありがとう...」


玲愛は俺に抱き着いてきた

よほど苦しかったんだろう

俺は玲愛に対して

頭をなで、慰めることにかできなかった


二人の距離は、

昨日よりも、確実に近かった。


しばらくして玲愛が泣き止んだ


玲愛は、涙を拭ったあともしばらく俯いたままだった。


雨上がりの風が、濡れた髪をそっと揺らす。



「……ごめんなさい。

 こんなところ、見せて」


「謝らなくていいよ」


俺がそう言うと、

玲愛は小さく息を吸い、ゆっくりと顔を上げた。


目の縁はまだ赤い。

でも、さっきより少しだけ落ち着いている。


「……白石くんって、

 どうしてそんなに優しいんですか」


「優しいわけじゃないよ。

 ただ……放っておけなかっただけ」


玲愛は驚いたように目を見開き、

すぐに視線を落とした。


「……放っておけない、か」


その言葉を、

まるで大事にしまうみたいに呟いた。



雨上がりの空気が、

二人の間に静かに流れていた。


「……そろそろ、戻ろうか」


「……はい」


立ち上がると、

玲愛はほんの一瞬だけ袖をつまんだ。


「……一緒に、戻ってもいいですか」


「もちろん」


その一言で、

玲愛は少しだけ安心したように微笑んだ。


校舎へ戻る道、

二人の足音だけが静かに響く。


言葉は少なかった。

でも、

沈黙が昨日よりずっと優しかった


***



翌日の放課後

また、昨日と同じく雨が降っていた



図書館の扉を開けると、

窓際の席に玲愛がいた。


昨日より少しだけ柔らかい表情で、

本を開いている。


近づくと、玲愛が顔を上げた。


「……こんにちは」


「……こんにちは」


昨日の涙のことを思い出し、

胸の奥が少しだけ熱くなる。


席に座ると、

玲愛は本を閉じ、

少しだけ迷うように視線を落とした。


「……昨日は、すみませんでした」


「謝ることじゃないよ」


「……でも、見られたくなかったのに……

 白石くんにだけは……見られてもいいって……

 思ってしまって……」


その言葉に、

胸の奥が静かに揺れた。


「……俺も、昨日……

 玲愛が話してくれて嬉しかった」


玲愛は驚いたように目を見開き、

すぐに視線を落とした。


「……変ですね、私」


「変じゃないよ」


沈黙が落ちる。

でも、昨日よりずっと柔らかい。


玲愛は、

本のページを指先でそっと触れながら言った。


「……真白くんって、

 私が泣いてても……嫌じゃなかったんですか」


「嫌じゃないよ。

 むしろ……頼ってくれたみたいで……嬉しかった」


玲愛の指先が止まる。


「……頼って……いいんですか」


「もちろん」


その瞬間、

玲愛は小さく息を吸った。


そして——


「……真白くん」


心臓が跳ねた。


昨日まで「白石くん」だったのに。


空気が変わる。


玲愛は少し頬を赤くして、

小さく続けた。


「……呼んでみたかっただけです」


その一言で、

胸の奥が静かに熱くなる。


「……うん」


それしか言えなかった。


でも、

それだけで十分だった。


二人の距離は、

昨日より確実に近かった。



「真白くん、傘いいですか?」


声をかけられる。


玲愛が入口付近に立っていた。


小さな手を握りしめ、少し戸惑いながらもこちらを見つめている。


「傘を忘れてしまって..」


「じゃあ、一緒に帰ろう」


傘を差し出すと、彼女は少し照れくさそうに微笑む。


「ありがとうございます……」


小さな声が、雨音の中でもはっきり聞こえた。


自然と二人は、同じ傘の下に入っている

狭い空間で肩が触れ合う距離。

その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。



雨音が傘を叩くリズムに合わせて、会話は少なめ。


互いに言葉を選ぶ時間が、逆に居心地を作る。



帰る途中、靴が少し滑る。


咄嗟に手を差し伸べると、玲愛も反射的に手を取る。

その瞬間、二人の間に小さな笑いが生まれる。


「……滑りやすいですね」

「はい、気をつけないと」


言葉は少ないけど、空気は確実に温かい。

カフェ、停電ハプニングの余韻が、まだ胸の奥で残っている。


雨はまだやまない。




「……明日は、何を読みますか?」

「……今度は、新しいシリーズでも読んでみようかな」


「いいですね」


玲愛は微笑んだ



肩が触れる距離、

心臓の鼓動が少し早く、二人の距離が、自然に縮まる瞬間だった


全てが二人の距離感を濃くする。


玲愛の手の温もり。

彼女の声のトーン。

視線を交わすだけで心が揺れる。


気が付くと、玲愛の家についていた


「じゃあ、ここで大丈夫です」


「ああ、また

「……また」


微笑む彼女を見送ると、胸の奥が温かくなる。


雨の日の偶然とハプニングが、二人を少しずつ近づけた。

静かだけど、確実に進む二人の時間。


外は夜になり、街灯が雨粒を照らす。

部屋に戻ると、今日の出来事が心に残る。


停電、カフェ、雨——

どれも、二人の距離を縮める重要な瞬間だった。


——明日も、きっと会える。

——今日のように、少しずつ近づける。

そして初めて話した時の魔法の言葉「また」

そう心の中で繰り返し、目を閉じる。


***


昨日の事で玲愛との距離が

縮まったように感じた


あれから少したち

俺たちは安定の図書館にいた

隣に座り、一緒に本を読み終えたところだった


玲愛の誕生日が近いことに、

俺が気づいたのは、ほんの偶然だった。


図書館の窓際。

いつもの席。


隣に座る玲愛は、静かに本を読んでいた。

指先でページの端を軽く押さえながら、

その動きは相変わらず丁寧で、無駄がない。


俺は、同じ本を開きながらも、

内容よりも、隣の気配ばかりを意識していた。


ページをめくる音。

息遣い。

肩が触れそうで触れない距離。


――いつも通り、のはずなのに。


その日、玲愛はしおりを使っていなかった。


本を閉じるとき、

紙の間に挟まれていた小さなメモが、

ふと、視界に入った。


数字だけが書いてある。


「〇月△日」


最初は、何の数字か分からなかった。

でも、もう一度見て、胸が静かに揺れた。


(……誕生日か)


理由はない。

確信なんてなかった。


それでも、なぜかそう思った。


玲愛は、そのメモをすぐに引き抜き、

何事もなかったかのように本を棚へ戻した。


俺は何も聞かなかった。


聞けなかった、が正しい。


図書館を出るとき、

夕方の光が廊下を長く照らしていた。


「……ねえ」


玲愛が、珍しく俺を呼び止めた。


声は小さくて、

でも確かに、俺の名前だった。


「なに?」


「……最近、寒くなってきたね」


それだけ。


会話としては、意味がない。

でも、玲愛らしい。


「そうだな」


俺も、それ以上は言わなかった。


歩きながら、

彼女の横顔を盗み見る。


少し、顔色が悪い気がした。


「……大丈夫?」


思わず、口から出ていた。


玲愛は一瞬驚いたように目を見開いてから、

すぐに小さく笑った。


「大丈夫だよ」


その言い方が、

どこか慣れているように聞こえて、

胸に引っかかった。


次の日も、

その次の日も、

俺たちは図書館で並んで座った。


言葉は少ない。


でも、

一緒に本を読む時間だけは、確実に増えていた。


俺は、決め始めていた。


誕生日の日に、

何か言おう、と。


告白なんて、

大げさな言葉は似合わないかもしれない。


でも、

「一緒にいたい」

それだけは、伝えたいと思った。


玲愛は、何も言わない。


でも、

本をめくるタイミングが揃ったり、

立ち上がる瞬間が重なったり、

そんな小さな偶然が、増えていった。


それが、

答えのように思えてしまった。


――だからこそ。


その週の終わり、

玲愛が少しだけ体調を崩したとき、

俺は深く考えなかった。


「無理しないで」


そう言うと、

彼女はまた、あの笑顔を見せた。


「ありがとう」


その声は、

いつもより少し弱かった。


俺は、その異変を、

見ないふりをした。


誕生日まで、

あと少しだった。


***


誕生日の朝は、思っていたより普通に始まった。


目覚ましが鳴って、

一人暮らしの部屋で目を覚まし、

カーテンを開けると、曇った空が広がっていた。


特別な日だという実感は、まだなかった。


ただ、胸の奥に、

小さな緊張だけが残っている。


今日は、言う。


そう決めていただけだ。


制服に袖を通しながら、

何度も言葉を頭の中で並べ直した。


重すぎないように。

でも、軽すぎないように。


(……直接言えばいいだけなのに)


そう思うのに、

心臓だけが先走る。


学校に着くと、

いつも通りの朝だった。


昇降口は騒がしく、

廊下では笑い声が響いている。


――でも。


図書館に入った瞬間、

俺は無意識に、ある方向を見ていた。


窓際。


……誰もいない。


一瞬、

時間を間違えたのかと思った。


まだ来ていないだけだ、と。


席に座って、

何度も時計を確認する。



それでも、

玲愛は来なかった。


(体調、悪いって言ってたな……)


昨日の、

あの少し弱い声が、

頭をよぎる。


玲愛が来ない、、、

静かな空気。

紙の匂い。

いつもと変わらない図書館だが


――いない。



胸が、少しだけ重くなる。


席を立ち

本棚を一周する。


別の席も、

閲覧スペースも、

どこにも、いない。


(……たまたまだ)


自分に言い聞かせる。


今日は、別の場所で読んでいるだけだ。


そう思おうとした。


でも、

いつも隣にいた存在がいないという事実は、

思っていた以上に、静かに効いてきた。




閉館の時間が近づいてきた

帰り支度をしていると


嫌な予感が、確信に変わり始める。


B組の先生に直接聞きにいった


「玲愛は入院した、、、、」


「え……」


声が、出なかった。


「急だったらしい。昨日の夜」


それ以上、

先生は何も言わなかった


俺も、

何も聞けなかった。


帰り道、

空はすっかり暗くなっていた。


家に帰っても、

落ち着かなかった。


机の上に置いた小さな袋。

誕生日に渡すつもりだったもの。


触れる気にもなれない。



玲愛の誕生日。


でも、

学校にも、図書館にも、

彼女はいなかった。


その空白が、

これからの何かを、

はっきりと予感させていた。


俺はどうにか玲愛の事知りたかった


急いで玲愛の家へ向かう


家に着くと居たのは家族だけ


話をして、帰ってきた回答は


「近くの病院に入院していることだけ」だった


俺は次の日玲愛の所に行くことを決めた


***


次の日、俺は病院に来ていた


病院は、思っていたより静かだった。


白い廊下。

消毒液の匂い。

遠くで鳴る機械音。


それだけで、

ここが“日常じゃない場所”だと分かる。


受付で名前を告げると、

看護師は一瞬だけ表情を曇らせてから、

静かに病室の番号を教えてくれた。


その仕草が、

胸に引っかかった。


(……大丈夫だろ)


何度もそう思おうとした。


階段を上がるたびに、

心臓が少しずつ重くなる。


病室の前に立つと、

足が止まった。


ノックする理由が、

見つからなかった。


――会いたい。


でも、

会っていいのか分からない。


しばらく立ち尽くしてから、

小さくノックした。


「……どうぞ」


聞き慣れた声だった。


カーテンを開けると、

ベッドの上に玲愛がいた。


制服じゃない。

点滴。

白いシーツ。


それだけで、

現実が一気に押し寄せる。


「……来てくれたんだ」


玲愛は、少しだけ笑った。


その笑顔が、

いつもより弱くて、

それが一番、きつかった。


「……体調、大丈夫?」


自分でも、

ひどくありきたりな質問だと思った。


玲愛は、少し考えてから、

曖昧に頷いた。


「……うん」


でも、その声には、

確信がなかった。


椅子に座ると、

距離が妙に遠く感じる。


図書館では、

あんなに近かったのに。


沈黙が流れる。


「……誕生日」


俺が言うと、

玲愛は一瞬、目を伏せた。


「……忘れてた」


嘘だと、すぐに分かった。


「……ごめん」


誰に向けた言葉なのか、

分からなかった。


しばらくして、

医師が入ってきた。


説明は、静かで、丁寧だった。


病名。

再発の可能性。

長期治療。


言葉は理解できるのに、

意味が追いつかない。


「……完治は僅かな確率しか..」


その言葉だけ、

やけに強く残った。


医師が去ったあと、

玲愛は何も言わなかった。


俺も、

何も言えなかった。


「……ね」


玲愛が、先に口を開いた。


「図書館、行けなくなるかも」


その一言が、

胸を深く刺した。


「……また、行こう」

「玲愛の病気が治るって信じてる」


反射的に言った。


「……うん」


玲愛は笑ったけど、

その目は、どこか遠かった。


「……実はね」


小さな声。


「前にも、入院したことあるの」


その言葉で、

全てがつながった。


体調が悪い日。

慣れたような笑顔。

弱さを見せない距離感。


俺は、何も知らなかった。


知ろうともしなかった。


「……ごめん」


「なんで?」


玲愛は、首をかしげた。


「……隣に座って、本読んでくれたでしょ」


それだけで、

十分だった、と言うように。


胸が、苦しくなる。


「……これからも、来る」


そう言うと、

玲愛は少し驚いた顔をした。


「……無理しなくていいよ」


「……俺が、来たい」


その言葉は、

嘘じゃなかった。


それから、

俺は毎日病院へ通った。


図書館で借りた本を持って。


ベッドの横で、

ページを開く。


声に出して、読む。


玲愛は、目を閉じて聞いていた。


「……続き、楽しみ」


そう言われるたびに、

救われた気がした。


誕生日は、

病室で過ぎていった。


告白は、

喉の奥に残ったままだった。


でも、

一緒に本を読む時間だけは、

確かに、続いていた。


それが、

今の俺にできる、唯一のことだった


病室の窓から見える景色は、毎日ほとんど変わらなかった。


同じ空。

同じ建物。

同じ時間帯に差し込む、少し白っぽい光。


それでも、俺はその部屋に通うことをやめなかった。


学校が終わると、

図書館に寄って、

本を選ぶ。


あの日、隣で読んでいたジャンル。

玲愛が好きだと言っていた作家。

少しでも、彼女が楽しめそうなもの。


それを抱えて、病院へ向かう。


病室のドアをノックすると、

決まって同じ声が返ってくる。


「……どうぞ」


その声を聞くだけで、

今日も大丈夫だと思えた。


ベッドの上の玲愛は、

最初の頃より少しだけ痩せていた。


でも、俺を見ると、

ちゃんと笑ってくれた。


「今日も来てくれたんだ」


「……うん」


それ以上、言葉はいらなかった。


椅子を引いて座り、

本を開く。


ページをめくる音は、

図書館よりも、ずっと小さい。


「……読んで」


玲愛がそう言うと、

俺は声を出す。


最初は、ぎこちなかった。


人に聞かせるために読むなんて、

今までしたことがなかったから。


でも、

玲愛が目を閉じて、

静かに聞いているのを見ると、

自然と、落ち着いていった。


文字を追う。

意味を考える。

声にする。


その繰り返しが、

二人の時間になった。


「……その言い方、好き」


ある日、

玲愛がそう言った。


「え?」


「……登場人物の声、ちょっと優しい」


自分では意識していなかった。


「……無意識」


そう答えると、

玲愛は小さく笑った。


「……図書館でも、そんな感じだった」


胸の奥が、

少しだけ熱くなる。


病室では、

時間の流れが曖昧だった。


長く感じる日もあれば、

あっという間に過ぎる日もある。


点滴の交換。

検査。

医師との会話。


その合間に、

俺たちは本を読んだ。


話すことは、少なかった。


でも、沈黙は苦じゃなかった。


玲愛は、

俺が来る時間になると、

窓の方をよく見るようになった。


「……今日、少し遅かったね」


そう言われた日は、

理由もなく、胸が締め付けられた。


「……ごめん」


「……いいよ」


そのやり取りだけで、

十分だった。


ある日、

玲愛が少しだけ弱音を吐いた。


「……ね、もし」


言葉が途中で止まる。


「……もし、図書館に戻れたらさ」


「……うん」


「また、隣、座っていい?」


その質問は、

確認というより、願いだった。


「……当たり前だろ」


そう言うと、

玲愛は安心したように息を吐いた。


「……よかった」


その表情を見て、

俺は気づいてしまった。


この時間が、

彼女にとってどれだけ大切か。


そして、

俺にとっても同じだということ。


退院の話が出たのは、

それから少し後だった。


「……一時的だけどね」


玲愛はそう言った。


それでも、

声は明るかった。

俺は奇跡としか言いようがなかった

あまりの嬉しさに泣き崩れてしまう程だ


先生もすこし驚いた様子だった


「……また、普通に学校行ける」


「……図書館も」


そう付け足すと、

俺は思わず笑ってしまった。


「……約束な」


「……うん、約束」


その時、

俺は決めた。


退院したら、

今度こそ言おう。


病室じゃなくて、

あの窓際で。


一緒に本を閉じたあとに。


未来を想像することが、

怖くなくなっていた。


この時間が続くと、

本気で信じてしまっていた。


それが、

どれほど危うい希望かも知らずに。


***


玲愛が退院した日、空はやけに高かった。


病院の前で待っている間、

俺は何度も時計を見てしまった。

急ぐ理由なんてないのに、

落ち着かなかった。


「……お待たせ」


聞き慣れた声。


顔を上げると、

玲愛がそこにいた。


少し痩せてはいたけれど、

制服を着て、

ちゃんと立っている。


それだけで、

胸の奥が一気に軽くなった。


「……おかえり」


思っていた言葉より、

ずっと普通な言い方になった。


玲愛は少し驚いたあと、

小さく笑った。


「……ただいま」


それだけで、

今までの時間が報われた気がした。


学校に戻った玲愛は、

以前と同じようにはいかなかった。


疲れやすくて、

早退する日も多かった。


それでも、

図書館には来た。


あの窓際の席。


二人並んで座ると、

病室よりも少しだけ距離が近い。


「……やっぱり、ここ落ち着く」


玲愛がそう言った。


「……分かる」


それ以上、言葉はいらなかった。


本を開く。


ページをめくる。


同じ時間、同じ文字。


ただそれだけのことが、

奇跡みたいに思えた。


帰り道、

夕方の空を見上げながら、

玲愛がぽつりと言った。


「……ね、真白」


「ん?」


「病院にいるとさ、

“当たり前”が全部、特別になるんだよ」


その言葉に、

胸が少し締め付けられた。


「……今も?」


「……今は、いい意味で」


そう言って、

玲愛は前を向いた。


その横顔を見ながら、

俺は決意を固めていた。


誕生日の日に、言えなかった言葉。


今度こそ。


日を選んだ。


図書館が静かな日。

二人で最後まで本を読み終えたあと。


その時、

玲愛が先に本を閉じた。


「……続き、また今度だね」


その言い方が、

未来を前提にしている気がして、

胸が熱くなった。


「……玲愛」


名前を呼ぶと、

彼女は少し驚いたようにこちらを見る。


「……なに?」


言葉が、喉で止まる。


でも、逃げなかった。


「……伝えたいことがある」


玲愛は、

一瞬だけ不安そうな顔をしてから、

静かに頷いた。


「……うん」


その時だった。


玲愛の手が、

わずかに震えた。


「……ごめん」


顔色が、急に変わる。


「……ちょっと、立ちくらみ」


俺はすぐに支えた。


「無理するな」


「……大丈夫」


でも、その声には、

確信がなかった。


その日は、

告白できなかった。


できなかったことに、

少し安堵してしまった自分がいた。


――まだ、大丈夫だと思いたかった。


***


その数日後。


玲愛は、再び学校に来なくなった。



玲愛が学校に来なくなって、三日目。


最初は、

「少し休んでるだけだろう」

そう思っていた。


体調が安定しないことは知っていたし、

無理をさせたくなかった。


四日目。


「……玲愛さん、しばらく入院するそうです」


先生に呼ばれ、そう告げられた


放課後、

俺は走った。


病院までの道を、

何度も通ったはずなのに、

今日はやけに長く感じた。


病室の前で、


足が止まる。


――怖かった。


ドアを開けた先で、

また動かなくなっている玲愛を見るのが。


でも、

逃げなかった。


「……玲愛」


ベッドの上で、

玲愛は目を開けた。


「……真白」


その声は、

前よりもずっと細かった。


「……来ちゃった」


「……うん、来てくれて、うれしい」


笑おうとするけど、

うまくいっていない。


俺は椅子に座って、

いつもの本を取り出した。


「……読む?」


「……お願い」


病室で読む本は、図書館と違ってやけに重かった。


同じ文字なのに、

意味が違う気がした。


読み終えると、

玲愛がぽつりと言った。


「……ね、真白」


「ん?」


「……あの日、何を言おうとしてたの?」


心臓が、跳ねた。


「……それは……」


言えるはずだった。


でも、

この場所で、

この状態で、

言葉にしていいのか分からなかった。


「……また、元気になったら」


逃げた。


玲愛は、

少しだけ寂しそうに笑った。


「……そっか」


その夜、

医師から説明を受けた。


「……再発です」


淡々とした声。


「完治は分からないが

経過を見ながらの治療になります」


「……助かりますか」


自分の声が、

自分のものじゃないみたいだった。


医師は、

一瞬、言葉を選んだ。


「……厳しい状況です」


世界が、

静かに崩れた。


それからの日々は、

同じことの繰り返しだった。


学校。

病院。

本。


玲愛は、

少しずつ弱っていった。


それでも、

俺が本を読むと、

目を閉じて聞いてくれた。


「……声、好き」


そんなことを言われるたびに、

胸が痛くなった。


ある日、

玲愛が言った。


「……ね、真白」


「……もしさ」


「……もし、私がいなくなっても……」


「言うな」


思わず、強い声が出た。


玲愛は驚いたあと、

少しだけ笑った。


「……ごめん」


その手を、

そっと握った。


細くて、

冷たかった。


「……離すなよ」


「……うん」


その約束が、

守れないかもしれないことを、

二人とも分かっていた。


数週間後、

一度は退院できた。


奇跡みたいだった。


「……また、図書館行こう」


玲愛はそう言った。


「……もちろん」


でも、

それは叶わなかった。


退院から一週間後、

玲愛は再び倒れた。


夜中の電話。


走る足。


閉じたカーテン。


静かな病室。


「……真白」


最後に、

玲愛は俺を見た。


「……ちゃんと、聞いて」


「……今言うな」


「……今じゃなきゃ、だめ」


玲愛は、

枕元の封筒を指差した。


「……それ、後で読んで」


「……一緒に読もう」


「……だめ」


玲愛は、

必死に笑った。


「……誕生日、祝えなくて、ごめん」


「……約束、守れなくて、ごめん」


「……でも……」


言葉が、

途切れた。


握っていた手から、

力が抜ける。


呼吸音が、

消えた。


「……玲愛?」


何度呼んでも、

返事はなかった。


その日、

世界は終わった。


病室の外は、

不思議なくらい静かだった。


人の声も、

機械の音も、

全部が遠い。


俺は、

ベンチに座っていた。


手の中には、

あの封筒。


玲愛が、

最後に指さしたもの。


開けるのが、

怖かった。


これを読んでしまったら、

本当に終わってしまう気がして。


でも――

読まない方が、

もっと残酷だと思った。


震える指で、

封を切る。


中には、

何枚かの便箋。


丁寧な字。


見慣れた、

玲愛の文字。






真白へ



この手紙を読んでいるってことは、

たぶん私はもう、

あなたの隣にはいません。


でもね、

それでいいんです。


だって、

ちゃんと伝えたいことは、

全部ここに書いたから。


最初に言っておくね。


出会ってくれて、

ありがとう。


あの日、

図書館であなたを見つけたとき。


本棚の向こうから、

そっと歩いてきて、

迷ってるみたいな顔で本を取るあなたを見て。


――あ、

この人、同じ世界にいる。


そう思いました。


声をかけられなかったのは、

恥ずかしかったから。


でも、

同じ空間にいるだけで、

十分だった。


あなたがページをめくる音、

椅子を引く音。


全部、

安心できました。


それから、

話すようになって。


一緒に本を読んで。


沈黙が、

怖くなくなった。


ねえ、真白。


私ね、

ずっと一人で生きてるつもりだった。


誰かに期待しないで、

誰かに迷惑をかけないように。


でも、

あなたは違った。


無理に踏み込まないで、

でも離れない。


その距離が、

すごく優しかった。


誕生日の日、

あなたが何か言おうとしてたこと、

分かってたよ。


分かってたから、

聞きたかった。


でもね、

聞けなくてよかったとも思ってる。


だって、

告白って、

答えが必要でしょ。


私は、

ちゃんと返せない。


それが、

ずっと怖かった。


病気のこと、

全部話せなかったのは、

嫌われたくなかったからじゃない。


あなたの時間を、

奪いたくなかったから。


でも、

本当は。


本当は、

もっと一緒にいたかった。


図書館で。

雨の日で。

静かな帰り道で。


全部、

夢みたいに大事でした。


真白。


お願いがあります。


私のこと、

忘れなくていい。


でも、

縛られないで。


私のいない未来を、

ちゃんと歩いて。


本を読んで。

笑って。

誰かと話して。


それが、

私の一番の願いです。


最後に。


あなたの声で読んでもらった本、

全部、宝物でした。


ありがとう。


大好きです。


――玲愛









読み終えたとき、視界は驚くほどクリアだった。

涙すら出なかった。

ただ、肺の奥にひんやりとした図書館の空気が溜まったまま、

吐き出す方法を忘れてしまったような、そんな静かな息苦しさがそこにはあった。


俺は、

ゆっくり立ち上がった。


病院を出て、

いつもの道を歩く。


足は、

ちゃんと前に進いた。


図書館の前で、

立ち止まる。


灯りは、

いつもと同じ。


俺は、

中に入った。


あの窓際の席。


もう、

誰もいない。


でも、

確かにあった。


隣に、

誰かがいた時間。


俺は本を開く。


声に出して、

読む。


「……」


静かな空間に、

俺の声だけが響く。


それでいい。


この物語は、

ここで終わる。


でも、

玲愛がくれた時間は、

俺の中で、

ずっと続いていく。


――完。





読んでくださりありがとうございました

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