第65話 勇者と弟子一号
「……あれ。これは誰の靴ですかあ? こんなの置いてませんでしたよねえ?」
レナはよくこの部屋にやって来るので、その辺も見られていたようだ。
ゆるふわ笑顔の裏に、ちょっとした棘を感じるぜ。
「い、いや――俺も知らねえんだよ」
「おお、帰って来たかナオ。客が来ているぞ」
部屋の中にいるアルマが、そう声をかけて来た。
その視線の先にいるのは――見た事のある顔だった。
帰還直後の俺をパトカーで撥ねてくれた、あの婦警の子――大守都さんだった。
ゆるふわな可愛らしさのレナとは違い、きりっと爽やかな体育会系という感じだが、こちらも凄い美人である。
今日は休みなのか、私服姿だった。
「あ、お帰りなさい、有沢さん! ご不在でしたので、失礼ながら待たせて頂いていました!」
彼女は立ち上がって、きっちりと一礼して来た。
警察で躾けられたのか、元々こうなのか――ちょっと堅苦しい。
この子の用件は――何となく想像がつくな。
言ってたからなあ、俺みたいになりたいとか……
あの仮面ラ〇ダーとかプリ〇ュアに憧れる子供の目は、ちょっと苦手だぞ。
今の俺はあんな聖人君子の皆さんとは違うからなあ。
勇者パワーをフルに活かして、インサイダー気味の巨額投資でゴリゴリに金儲けしたばかりだというのに――
営利企業のオーナーとしては正しいのだが、ちょっと後ろめたいではないか。
「おいアルマ。勝手に人を家にあげるなよな、お前は。不用心だろ」
「別にいいだろう。こいつは結構ガン〇ムに詳しかったから、解説付きで見れて良かったぞ」
「……ったく」
「それに、ミヤコはお前に大事な用があるそうだからな。弟子になりたいそうだぞ」
まあ予想の範囲内ではある。
俺の弟子になって強くなりたい、と――
「はい! 是非お願いします! 私も有沢さんのようなヒーローになりたいんです!」
真剣そのものの瞳が真っすぐに俺を見てくる。
そんな情熱を俺にぶつけられましても――
俺はアルマに文句を言う。
「……アルマ。お前なあ、俺が弟子なんか取ると思うのか?」
それにアルマ自身、そこまで社交的ではないと言うか、むしろ人嫌いな方だろう。
俺やレナは別として、赤の他人が俺の弟子になるなんて、面倒臭がりそうだが。
アルマは俺と一緒に暮らすので、俺に弟子が出来れば必然的によく会う事になる。
「いや――だが、こいつは別だ。弟子にしよう! 私もミヤコの育成には協力するぞ」
アルマの目も何故だかキラキラと輝いているのだった。
「……どういう風の吹き回しだよ?」
「実はな、ミヤコの潜在能力について神託を受けて見た」
アルマが言うのは、これもハイエルフの持つ奇蹟の一つである。
ゲーム的に言ってしまうと、要はキャラクターのスキルツリーを参照できるという事だ。
普通は見えないし、どの能力が育っているかも、数値では分からない。
ハイエルフにはそれを見通すことが出来るのだ。
これをプロ野球のスカウトに例えると、選手の潜在能力を100%外れなく見切る神スカウトである。
「おいまさか……」
「ああそうだ。ミヤコには傀儡系の魔術の適性があるぞ! いくらボーナスを任意に割り振れるとは言え、ナオのレベルは高すぎて全然上がらないからな。ミヤコのレベルを上げる方が手っ取り早い。こいつはまだレベルは4しかないからな、上げるのは簡単だ」
「ったく――そんなこったろうと思ったぜ……」
「という訳だ。弟子を取れ、ナオ!」
「うーむ……」
俺は少々考え込む。
まあアルマの希望などどうでもいいが、この子は警察官だからなあ――
警察の持っている情報をこっちにも見せたりしてくれるなら、それは助かるよな。
今回のインサイダー気味の金儲けと同じように、インサイダー気味にこの子に手柄を立てさせて偉くなって貰えば、強力なコネになるだろう。
それに新宿の魔の森で見かけたシエラの事を考えると――あの付近の監視カメラの映像データを当たって、どこに行ったか追跡をしたい所だった。
今の大守さんの権限でも、監視カメラのデータを見せて貰うくらいできそうだしな……
交換条件として鍛えてやるという事であれば、悪くないのかもしれない。
「お願いします! 何でもしますから!」
大守さんは更に押してくる。
「ふーむ……? 本当か?」
「はい! どんなパワハラやモラハラやセクハラにも耐えられます! 職場で鍛えられていますから!」
「いやいやいや、それは問題発言だろ!」
警察内部ではパワハラやモラハラやセクハラが横行していると言わんばかりだ。
いや、警察の不祥事とかニュースで見ているとそうなのかも知れんが――ブラックか? ブラックなのか?
できれば子供の憧れるクリーンな正義の味方であって欲しいもんだ。
「なあレナはどう思う? この子、大守都さんって言って、警察官なんだけどさ……」
「うーん――って事は警察とコネが出来るって事ですよねえ?」
「で、でも私なんてまだまだ新人のペーペーですから、コネと言われるような事は……」
「それはわたし達が協力して、偉くなって貰えばいいですからねえ。今後の事を考えると、警察内部に協力者がいるのは魅力的かもですねえ――」
レナの認識も俺に近いようだ。
そうだよなあ。国の体制側に身内がいると、何かと便利そうなんだよな。
「は、はあ……?」
「あ、別に悪いことするわけじゃないですよお? 主に世のため人のために、わたし達に協力して警察官の立場を使ってくれますかって事ですね」
レナは早速大守さんの好きそうな言葉を繰り出していた。
世のため人のため、か――うーんグレーだ。限りなくグレーだ。
まあ当たっている面も無きにしもあらずだし、あえて言いはしないが。
「も、勿論そういう事であれば喜んで協力します!」
「よろしいですっ♪ ……とは言えちょっと気になる事がありますねえ」
「何だ? レナ?」
「都ちゃんがちょっと可愛過ぎるんですよねえ――お兄ちゃんと何か間違いが起きはしないかと……ねえアルマ様? 心配ですよねえ?」
「そ、そんな事は知らん。私に聞くな、私はガン〇ムに乗りたいだけだ……!」
「……わたしは抜け駆けする派ですけど、されるのは嫌なので――もしお兄ちゃんに何かしたらすっごいパワハラとモラハラしますからねえ、都ちゃん? 分かりましたかあ?」
「は、はあ――わ、分かりました……」
大守さんが若干怯えている。笑顔で言われると逆に怖いだろう。
返答を聞き、レナがポンと両手を合わせる。
「うん。じゃあ、わたしも条件付き賛成ですっ」
「そうか……じゃあまあ分かった。よろしくな、大守さん」
「はい! ありがとうございますっ!」
こうして、俺の弟子一号が誕生したのだった。
異世界ではなく現代日本で弟子とは、良く分からない流れだ。
こっちの人間のレベル上げをどうすればいいのか悩むが、まあ色々試してみよう。
とにかく、何をするにしても今の部屋は手狭だ――まず引っ越しから始める事にしようか。




