第64話 勇者と100億円
新宿に現れた魔の森がすべて消滅してから、しばしの日数が経って――
俺は新宿のオフィス街、うちの会社こと株式会社ホワイトアッシュの会議室にいた。
今回の魔の森騒動の裏で行った財テクについて、最終報告を受けようとしていた。
もう普通にオフィスは復旧したため、ホテルの仮オフィスは引き払っている。
今日久しぶりにここに来たわけだが――
外に見えるように置かれた、前社長がテレビ出演する様子を流し続けていたディスプレイは、当然撤去されていた。
あれは恥ずかし過ぎるからな――無くなって非常にすっきりしたと思う。
これからは社名通りホワイトな企業に生まれ変わらないとな。
その辺は和樹に丸投げで何とかして頂く事にしよう。
「ええと――今回の件での最終的な収支は、353億円の黒字ですね! うちの年商を遥かに超えてますよお♪」
レナがにこにこと、そう報告してくれた。
この場にいるのは俺にレナに和樹の三人だった。
アルマは家で留守番をしている。
「ヒュウ♪ すげ~儲けたなあ!」
和樹が口笛を吹く。
「ああ。最後は予定外だったけど、それでも大分増えたな」
投資と結界解除の第一段階で、利益は100億円だったはず。
そこから更に253億も積めたか――最早額が大き過ぎて、逆にゲームのスコアくらいにしか思えなくなってくるな。
「第二段階は投下できる資金額が違いましたからねえ。完全にこちらで制御できていれば、1000億以上になっていたと思いますが、まあ仕方ありませんねえ」
「ああ。十分だろ。上手く行ったし、また社員のみんなに臨時ボーナスを出すか。今度は前回の倍で2000万な」
「わぁい♪ やったぁ!」
レナが喜んでぴょんぴょんすると、胸がぷるぷる揺れていた。うーんいい眺めだ。
「太っ腹だな~直」
「いいんだよ。実際儲けたし、これまでブラック企業で耐えてた皆にご苦労さんの意味も込めてな――」
前の経営陣とは違うって事を、これで完全に信じてもらえるだろう。
これからも何か人手が欲しい活動の時は世話になるだろうし、カネで信頼と忠誠と買えるなら悪くない。
「じゃあ残りは、お兄ちゃんの個人口座に移せばいいですかあ?」
「え? いやそれは取り過ぎだろ」
「でも、元手はお兄ちゃんがあちらの世界から持ってきた財宝ですし、結界や浄化もはアルマ様とお兄ちゃんの力ですし――元々会社自体に内部留保もありますから、特に問題はないですよお?」
「いや、でも投資に会社の金も使ったし、社員の皆さんの手も借りたしな」
「じゃあ7対3くらいにしておきましょうか? お兄ちゃんの個人口座に7割を――」
「逆でいい。こっちが3割な」
それでも約100億だ。元々持ってきた額の10倍である。
これなら相当豪遊し続けても、一生暮らすのに十分だろう。
「お~。サンキュー直! 社長としてはありがてえ! これなら新規事業もやりたい放題だな」
「あんま無茶やって破産とかするなよ、和樹」
「まあ任せなって。実家のコネも使って黒字経営で行くからさ」
「ああ頼むな。レナもよろしくな」
「はいっ! 任せてください」
「よし、じゃあ俺は帰るぜ。後よろしくぅ~」
「あ、じゃあわたしもっ♪ お兄ちゃん一緒に帰りましょう?」
レナも俺よりは会社に出ている時間は長いが、今の社内的な立場は非常勤の取締役だからな。
和樹は社長で常勤が必要だが――
「やれやれ、俺だけ会社に居残りかよ。非常勤はいいなあ」
とボヤく和樹に見送られ、俺達は会議室を出てオフィスも後にする。
「お兄ちゃん、アルマ様を迎えに行って、みんなでごはんに行きましょ~?」
外に出るなり、レナがにこにことそう言ってくる。
時間はもう昼前だ。確かにそれがいいだろう。
「ああ、そうするか。んじゃタクシーでも拾って――」
「いいですよお、歩きましょう?」
レナは俺の腕にぎゅっと抱き着いて引っ張る。
レナの胸にサンドされる腕に感じる柔らかさは素晴らしく、嫌ではなくむしろ嬉しいのだが――
昼間のオフィス街でこれはちょっと恥ずかしい。
「お、おいレナ――人が見てる見てる」
「いいじゃないですかあ。アルマ様がみたら怒りそうですし、今だけですよお。ね?」
ゆるふわ笑顔で押しの強いレナに逆らえず、そのまま家への道を歩くことにした。
――メシを食ったら、その後は不動産屋にでも行ってみるかな。
100億は貰えることが確定したので、その一割の10億くらいで家を探してみるか。
10億くらいとか言えるなんて、社畜だった過去を考えると信じがたい話だ。
――だが現実! ここはぱーっと行かせて貰うぜ。
カネを持ってる奴はちゃんと使って、経済を回すのに貢献するべしだ。
というわけで俺達はアルマの待つワンルームに戻った。
「ただいまー」
鍵を開けて一人分サイズの狭い玄関を見ると――
見覚えのない靴があった。見た感じ、女物だ。
誰だ――? レナは俺と一緒にいるわけだし、アルマの物にしてはサイズが大きいのだ。
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