第59話 勇者と枕営業
「ん? どうした、直君?」
茜社長は俺の返事を待ちつつ、妖艶な微笑みを浮かべている。
うーん色っぽい……前も思ったが、俺にとってはこの人は全然守備範囲内だ。
しかし――こっちの世界でもこういう事ってあるんだな。
正直、俺はこういうシチュエーションには慣れていた。
実際向こうでは俺は勇者だったので、身分の高いご婦人方からそういう誘いを受ける事が多かったのだ。
本当に身分の高い人間ほど積極的にそういう誘いをしてくるので、驚いたものだ。
俺はこの現象について、人の上に立つだけのバイタリティを持っている人間というのはそれだけ性欲も強いのだと解釈する事にした。
英雄色を好むという言葉があるが、それだけの名声を残せる人間というのはバイタリティに溢れており、バイタリティとは性欲にも等しいという事なのだろう。
この茜社長は王侯貴族の貴婦人ってわけではないが、人の上に立って纏めて行く社長業というのは、それに通じるものはある。
言わば現代の王国貴族だ。やはり人並み以上のバイタリティが無いとやって行けない。
で、俺理論では人並み以上のバイタリティを持つ人間は、人並み以上にそういう欲求も強いと。
その辺は異世界でも現代日本でも、同じ人間って生き物である以上同じなのかもな。
なら――勇者時代と同じ対応で行くか。
「いいですね。行きましょうか」
俺は普通に頷いたのだった!
こういうタイプは純粋にその場の欲求で男を誘ってくる。
つまり、高まった欲求が解消されれば満足なのだ。なので基本、後腐れは殆ど無い。
基本権力者そのものか、それに近い人間なので、求めには応じておいた方が後々の為にもなる。
援助を貰いやすかったりとか、敵対行動を控えてくれるとか、色々とあるのだ。
ある意味では勇者的な枕営業と言えるだろう。
あの世界で魔王を倒したのは俺だが、他にも勇者と呼ばれる人間はいたし、人間同士で手柄争いをするような馬鹿もいた。
そういった諸々から身を守るために、枕営業は有効だったと思っている。
実際異世界で魔王を滅ぼした後は色々あったが、枕営業しておいた国はそこまでえげつない工作はしてこなかった。
暗殺者を送るよりは政略結婚で俺を取り込もうとしたし、何が何でも俺を討ち取るよりも、元の世界に帰還させるべく大魔法を準備しようともしていた。
しかし色々と急いだ挙句に、何かおかしなことになったようだが――
ともあれ現代日本においても、この茜社長と良好な関係を保っておくに越した事は無い。
俺的にこの人は全然守備範囲内というのもあるし、何より――
こういう『これが噂の勇者か、どれこの私が快楽を教えてやろう』的に上から来る女共を、逆にヒーヒー言わせてやるのが俺は好きだった。
これでも勇者なんでね。そういう能力も強化できるわけでして。
「ふふっ……じゃあ行こう。今日はとことん飲もうな? 直君」
ほんのり上気した頬に、妖艶な笑みを浮かべる茜社長。
席を立つと、来た時よりも一、二歩分、すっと俺の方に身を寄せてくる。
その瞳の奥は、獲物を狙う鷹のように輝いていた。
さてさてその捕食者側の目つきがいつまで続きますかねえ――
と、言うわけで俺達は茜社長が取っていた部屋に入った。
「じゃあもう一度だな、乾杯」
「はい。改めて、乾杯」
俺達はソファーに隣り合って座り、備え付けのワインで乾杯する。
最終的にやる事なんて決まっているが、こうやって無駄と思える前フリにも何食わぬ顔で付き合って見せるのがオトナの態度というものだ。
そうやって二人きりで飲んでいるうちに、茜社長は俺にボディタッチをして来た。
腕に手を添えていたのが、膝や内腿を撫でるように、段々大胆になって行く。
少し暑いと言って胸元のボタンを緩めたのは、もういつでもOKのサインだ。
だが俺があえてそれをスルーしていると、焦れた向こうが俺の膝の上に跨って来た。
「あのーもう飲まないんですか?」
「直君……本気で言っている?」
そこまでさせた俺の仕打ちにちょっと拗ねた様子なのが、年上なのに可愛らしい。
凛とした社長の口調が、女らしくなってきているのもグッド。
「いいえ。じゃあ失礼しますよっと――」
これ以上は待たせられない。俺は彼女を軽々抱え上げて、ベッドに横たえた。
「力が強いわね」
「まぁこれでも鍛えてるんで」
「そうね。凄く引き締まっているわね」
茜社長は俺の胸板や腹筋を確かめるように指を這わせる。少々くすぐったい。
お返しに俺は彼女の服に手をかけて、包み紙を開けるように丁寧に脱がせて行った。
セクシーな黒の下着と抜群のスタイルが段々と露わになって行く。
レナには一歩劣るが、お見事と言わざるを得ない――
「ふふ……恥ずかしいわ」
嘘をつけ、嬉しそうな顔をして。
さぁて、ではご期待以上の勇者の力を見せつけて――
リィィィィン! リィィィィン!
アンティークな電話の呼び出し音。俺のスマホに着信だ。
茜社長に断って画面を見ると――アルマからだ。
こんな深夜に何事だ……?
「どうした? アルマ?」
俺は電話に出て尋ねる。
「ナオ! まずいぞ、結界が破られる! 早く帰って来い!」
「何!? 外にいる自衛隊が何かやったのか!?」
「いや違う、結界内に不死の王やデュラハンがどんどん生まれているんだ! 奴らが内から結界を破ろうとしている!」
どういう事だ、そんな高等なアンデッドが生まれるのは、俺の見立てではまだまだ数年は先のはずなのに――!
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