第51話 勇者と新社長
俺は驚愕に目を見開いている社員達を見渡し、淡々と告げる。
「え~。驚かれるのも無理はありませんが、事実です。具体的には株式の21%を市場から購入し、30%分の議決権の委任を大株主であるキノシタ広告様より頂き、過半数の権利を持って前社長を解任しました。更に、前社長の資産であった30%分の株式も買い取りましたので現在81%分の株式を俺が持っている事になります。これが株式の証明書、これが委任状になります」
と、俺は社員達に見えるように書類をチラつかせる。
「というわけで、経営権を握らせて頂きましたが――まずは、会社自体を倒産や解散させるつもりはありませんので安心して下さい。オフィスはあの通り異変の中にありますが、暫くは別の場所を借りて作業をする予定です。それから労働環境について、これまでは色々ありましたが、直ちに改善させて頂きます。残業代については勿論100%出るようにします。その他有給の取得率も100%になるように取り組みますし、休日出勤の強要等も勿論禁止します。一言で言って、まともな職場にしたいと思います」
と、俺が労働環境の改善について触れるのだが、社員達の反応は鈍かった。
俺に対し訝しむような視線を向けてくるだけなのだ。
それはそうだ、これまでだって内外に向けて残業代は100%出ると言っていたのだ。
残業代は100%出る――100%出るが……だが、超過労働時間の全てを残業として認めるとは言っていない! の精神で実態は残業代0%だったのだ。
そんな状況にあったのに、ぽっと出て来た俺がそう言った所で口ではいくらでも言えると思われるだけだ。ブラック企業の社員というのは会社に何の愛着も持っていないし、全く信用もしていないのだ。
信用してもらえるようになるには、行動で示すしかない。論より証拠である。
人の信頼とは口先で買えるものではないのだ。
しかしそんな中――
「流石は新社長だ! 我々の事を考えて下さる!」
声を上げて拍手をしてくるのは――犬養課長だった。
てめえこの野郎……と怒鳴りつけたいのを俺はぐっと堪えた。
こんな所で怒鳴ったり殴ったり、暴力的な振る舞いに出るならば始めからやっている。
人知れず会社をぶっ壊すなんて、勇者パワーをもってすれば簡単だった。
ただそんな事をやっても意味は無いので、こいつらの土俵に乗り、経済的に戦ってここまで持って来たのだ。まあハイエルフ様の能力は使わせて頂いたが――
ともあれ最後までこの戦い方を貫く――のだが、こいつはムカつくぞ。
何という掌返し、何というコウモリ野郎。
とにかく上の者には媚びへつらうんだな。それが誰であるかは関係ないのだ。
散々下に見てパワハラしてきた俺にだって、立場が変われば速攻でヨイショに転じられるのはある意味凄い。
凄いが――人としてどうなんだよ、マジで。
本当に呆れるな。こんな奴は我が社には不要である。
労働環境の改善を約束しておいて、このオッサンをそのままにしておいたんじゃあ、全く説得力がない。それこそ口先だけに思われるからな。
俺の言葉に信憑性を持たせるためには、このオッサンは格好の生贄、人柱となる。
今の態度でより一層何の同情もいらんと思わせて頂いたぜ――
「……犬養君、それは違う」
俺はわざと犬養課長に君付けをして読んでみた。
さすがにちょっとイラっと来たのか、一瞬ヤツの額がピクリと引き攣る。
「はぁ? どういう事でしょうか?」
しかし態度には出さずに尋ねて来る。
「俺は社長にはなりません。なので新社長というのは間違いです。俺は第一線には立たずに、会長という事にさせて貰います。社長にはこの中から信頼できる人物を指名させて頂き、その人に経営は任せます」
そして、俺は一同を見渡す。
皆俺に注目をしているが、視線が合いそうになると自然と少し伏し目になり視線を外していた。まあ、それが普通の反応なのだろう。
だがヤツは――犬養課長だけは違った。
俺と目が合うと視線を逸らさず真っ直ぐに見て来て――なおかつキラキラと希望に満ち溢れた瞳をしているのだ。
オイオイ――もしかして俺が社長に指名するとでも期待しているのか!?
部下として面倒を見て来たから……とか本当に思っているのか!?
なんて面の皮の厚い――呆れるぞマジで。
自分が俺達に何をして来たか分かってないのか!?
駄目だ流石に辛抱ならん。新社長指名の前にトドメを刺してやる。
段取りではメインディッシュ扱いで最後にクビ予定だったが――
今すぐメインディッシュを食うぜ!
このタイミングなら、ぬか喜びもさせてダメージも倍増させられるだろうしな。
「犬養君――」
名前を呼ばれたヤツは、物凄い勢いで立ち上がった。
「はっ!? はははは――! い、いやいやいや――! 私などという未熟者に新社長の大役をお任せ下さるとは大変光栄と存じますうぅぅ……! 喜んでお受けし、我が社と新会長のために粉骨砕身させて頂きますぅぅぅっ!」
天まで昇りそうな物凄いハイテンションで頭を下げられた。
「いや、話の流れをぶった切って済みませんが――新社長の指名の前に君はクビです。出て行って下さい――今すぐ」
「は?」
犬養課長は間の抜けた声を上げて、俺の顔を見上げて来た。
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