第49話 勇者と深夜のテンション
「ふぅ――やれやれだ」
アルマがそう息をついていた。
その目の前にはベッドがあり、バスローブ姿のレナが気持ち良さそうに寝息を立てていた。
レナが風呂に浸かりながら寝てしまったので、アルマが浴室から運んでバスローブを着せたのである。
俺も手伝おうかと思ったが、アルマに止められたので手が出せなかった。
アルマは魔法が得意な後衛タイプではあるが、常人に比べれば遥かに腕力は強い。
ライオンを一発で気絶させられるくらいの力はあるから、レナを運んでくる事くらいは簡単にできる。
「こいつは意外と酒癖が悪いな。向こうの世界にいる時は分からなかったが」
「まあ子供だったから、酒は飲んでなかったしな」
同期の葵玲奈として接していた時も、少々絡み酒っぽい気配はあったかも知れない。
俺も無事異世界に行って帰って来て、隠す事が無くなったレナは遠慮が無くなり、よりはっちゃけてしまったのか。
それにドンペリも美味かったしな。つい飲み過ぎたというのもあるだろう。
「しかしまるで別人になったものだ――何だこれは。育ち過ぎだろう」
と、眠るレナの胸を突っついていた。
アルマの指先はむにゅりと胸のお肉に埋もれてしまう。
「お、お前なんて羨ましい――いや、やめてやれよ寝てるんだからさ」
「お前もやるか? なかなかの手触りだぞ」
「おぉ? いいのか? じゃあ――」
「馬鹿冗談だ止めろ。後でばらすぞ」
「分かってる分かってる。こっちも冗談だ」
「……まあいい、喉が渇いたな。まだどんぺりが残っていたな――」
と、アルマは備え付けのワインセラーからドンペリを取り出す。
アルマは酒にはかなり強く、俺はこいつが潰れた所を見た事がない。
魔王討伐の冒険を続けている最中は、よく夜中に二人で飲んだりしていたものだ。
冒険中は街にいるより、野外で寝泊まりする事の方が圧倒的に多い。
周りには娯楽など何もないので、酒盛りくらいしか楽しみがないのだ。
酒はアイテムボックスに入れておけば大量に持ち運べるしな。
俺達のパーティーの冒険では、街に入るとまず酒補充が当たり前だった。
「ナオ。お前も飲むか?」
アルマがドンペリのボトルを振り振りする。
「ああ、飲む飲む。明日のために景気をつけとかないとな」
明日も引き続き、今日使ったホテルの会議室を抑えている。
そこで、うちの会社の社員たちを集めて今回の経緯を説明する予定だ。
元社長は解任してやったが、まだあのパワハラ&モラハラの二冠王である犬養課長を処分できていない。
俺達にとっては、普段目の前にいなかった元社長よりも身近な悪役と言うかモンスターと言うか――
心情的には元社長よりも、更に痛い目を見せてやりたい相手である。
ヤツを放置しておいて、会社の労働環境のホワイト化は無いだろう。
許すまじ、許すまじ――! 見てろ、明日トドメを差してやるからな!
「では二人分だな」
アルマはボトルとグラスを持って窓際の小テーブルに行き、そこでグラスにドンペリを注ぐ。
窓際で外の景色を見ながら一杯やるのもいいだろう。
俺達は小テーブルを挟んで向かい合うように座る。
流石スイートルームだけあって、こんなちょっとした用途の椅子でもクッションが効いていて座り心地がいい。
「おー。ここからなら、ちょうどウチの会社が見えるなあ」
相変わらず魔の森と結界に覆われているが。
呪怨樹が放つ瘴気が薄紫の靄のように沈殿し、うっすらと発光する結界がそれを閉じ込めている。
中にはアンデッド共がウヨウヨしているのが分かる。
当初と比べれば、奴等の強さも上がっているだろう。
「会社を乗っ取って、会長職を手に入れて――これが終わったら引っ越し先を探さねえとな。いい家に住むぞ、金も増える予定だしな」
「ああ。新しい家はソフトクリーム屋の近くがいいぞ」
「まあ……考えておいてやる」
家選びの条件に駅が近いとかはあるが、ソフトクリーム屋さんが近いは聞いた事が無いな。
ハイエルフ様は考えていることが違うな。よっぽどソフトクリームが気に入ったんだな。
「ま、こうやってブラック企業をぶっ潰したり、金稼いで住環境をアップデートしてるうちに――見えてくるはずだ」
「何がだ」
「何て言うか、『幸せ』ってヤツかな」
「……」
普段のアルマならば、キモいとか頭がおかしくなったのか? とか毒舌が飛んでくる所だが――
「ああ、そうだといいな」
そう優しい表情を見せて頷くと、くいっとドンペリの入ったグラスをあおっていた。
アルマは俺の言葉の意味が分かっているからだ。
俺達は異世界で魔王を倒して来た。
それは紛れもないガチの話だ。遊びじゃない、命がけだった。
ガチの命の取り合いだし戦争だし――敵を倒すばかりのゲーム的な話でなく、味方がやられる事もある。
彼女――アルマの姉のハイエルフのシエラは、不幸にもその一人だった。
アルマと同じく『世界樹の修練場』を任され、長い間その務めを果たしてきた存在だった。
アルマは見た目中学生程度だが、シエラは見た目二十歳前半。
姉妹はよく似ていたので、アルマの見た目年齢を7~8歳上にして雰囲気を柔らかくするとシエラになるという感じだ。
そのシエラが最後に俺に言い残したのが、『これからは幸せになってね』との一言だった。
俺は天涯孤独で家族関係も貧弱だ。就職先はブラック企業だし、異世界でもロクな目に遭ってない――
シエラから見たら、不幸というか同情すべき人に見えたのだろう。
その最後の言葉を聞いていたのは、俺とアルマだけだった。
その言葉に導かれるではないが、シエラがそう言っていたのは忘れてはいない。
だから自分本位に、好きなように生きてやるぞ。
金を得て好きなように時間を使える自由も手に入れ、都会的スローライフを送る。
やはり金にも時間にも縛られないのは、現代人の夢である。
俺自身の幸福度を極限まで高めるのだ。
「いかんいかん。深夜のテンションだとしんみりしちまうなあ」
「別に構わない。お前が単なる腐れ外道ではないと再確認できるからな」
「ははは。まぁ確かに結構無茶苦茶やってるからな」
これからもやらかす予定ですが。
「だが、大魔法で帰る時に私を誘わなかったのは腐れ外道だったな。何で私を置いていこうとしたんだ。もうするなよ、絶対だぞ。いいな?」
「お、おう――」
アルマが真剣な目をして言うので、俺も茶化すのを忘れて頷いてしまった。
「よし。ではもっと飲もう。この酒は美味い」
アルマは珍しく、可愛らしい笑みを浮かべていた。
さて、明日もまた忙しくなるぞ――
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