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第44話 勇者と女社長

「これは本当の事か、君達――」


 キノシタ広告の社長さんは、俺達が聞かせた音声データにドン引きしていた。

 せいぜい三十真ん中って位の若い女社長さんで、レナとは仕事上付き合いで既に面識があったようだ。急に銀髪に紅い目になっているレナには驚いていた。

 この女社長さんは、最近になって先代社長だった父親から会社を継いだらしい。

 うちの会社と株式の持ち合いを始めたのは先代社長の代からの事である。

 先代とうちの社長は株式の持ち合いをする位だから個人的信頼関係もあるが、現在のこの女社長さん――木下茜社長にはそれはない。

 故に、確たる理由があれば切り崩しも可能だろう――とはレナの見立てである。


「勿論本当です。他にもいくらでも音声データも、残業時間が不正にカットされている証拠のデータも出せますが――ご覧になりますか?」

「いや――いい。わが社もな、私が先代の父から会社を受け継いだ当時はそういう時代錯誤な労働環境がまかり通っていたものだ。それを当たり前の事と改善してこなかった父にも問題があるが――その父と懇意だったそちらの会社にも同様の問題があるようだ。類は友を呼ぶという奴か……」


 どうもこの人、ちゃんと話が通じそうな雰囲気があるな。

 こういう人が交渉相手なのは助かるかも知れない。

 そう思いながら俺は言葉を続ける。

 まあこれでも異世界では勇者パーティを率いていたし、大規模な戦いでは軍隊の総大将的な事もやっていた。

 なので軍議や会議には慣れている。このような場でもそれほど緊張はしない。


「そうですね。経営理念が似ているんですかね? 業績のためには社員を使い捨てにしていいって所が――」

「耳の痛い話だ。で――君達はなぜそれを私に伝えに来たんだ?」

「実は……わが社の株式の21%を既にこちらで押さえました」

「む……!」


 と、茜社長が反応する。

 俺の言いたい事を既に察している様子だ。


「なるほど、こちらが保有している30%分を……」

「はい。議決権を貸して頂ければと――現社長を解任して労働環境をまともにしたいと思います」

「なるほど――こんなときによく動いたな? そちらは社屋が例の怪異とやらの中心にまだ取り残されて、近づく事もできないんだろう?」

「まあ、そのおかげで必要な資金が安く済みましたし――それにこういう大変な状況だからこそ、そちらにメリットを提示する事も出来ます」

「ほう? 何かしてくれるのか?」

「ええ。こちらが会社を掌握できた暁には――株式の持ち合いは解消させて頂き、御社の株式は全て返却させて頂きます。こういった状況である以上、弊社から御社の株式をどう引き上げるかは頭痛の種だったと思いますが――?」

「ああ、それは全くその通りだ」


 ウチの会社は結界と魔の森の中に取り残されているため、株価は絶賛爆下がり中だ。

 しかし、こちらのキノシタ広告さんのオフィスは新宿ではない。

 なので何の影響も受けてはいない。

 そんな中でお互いがお互いの株を30%ずつ保有しているのだ。

 今のこの状況で持ち合いを解消したいなどと自分から言い出すのは、如何にも血も涙もない冷血に見えるだろうし、かと言ってこのままではウチの会社は倒産もありうる。

 早く引き上げないと、紙切れを掴まされて自社の株を3割も抑えられているという状況に成り得る。


 株の持ち合いは、お互いの会社の事業が信頼できるレベルで安定していてこそ成り立つもの。片方が傾いてしまえば、もう片方は速く持ち合いを解消して自社株を取り返さないと不味い。

 例えばウチの会社がこのまま倒産ともなれば、あの社長の事だからキノシタ広告さんの株を持ち逃げやら、全部売却して次の会社の立ち上げの資金にするとか、何をしでかすか分からない。

 とはいえこの茜社長が自分から持ち合いの解消を持ち出せば、下手にウチの社長を刺激してそういう行動に走らせかねない。

 どういうアクションを起こしたとしても、リスクが大きすぎる――

 それが今の茜社長の状況だろう。


 そこに俺達が、持ち合い解消を約束して現れたわけだ。

 既に株は21%持っており、キノシタ広告の保有株の30%があれば経営権を握れる。

 こんな状況で経営権を握ってどうなるものかは分からないが、あんな時代錯誤の労働環境の会社はトップを入れ替えるべきだし、自社の株式30%は確実に帰ってきそうだ。

 ――と思ってもらえれば、こちらとしては目論見通りだ。

 半分趣味で録音しておいた犬養課長との思い出が、こんな所で役に立つとはな!


「……君達が株式を21%握っているという証拠を見せてくれ」


 と聞いてくるという事は、前向きだという事だ。

 この人が犬養メモリーズでドン引きしてくれる健全な精神の持ち主でよかったぜ。


「ええ。勿論です」


 俺は大きく頷いた。

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