第30話 勇者と召喚術師
予想外過ぎる人からの予想外過ぎる言葉に、俺は思わず誤魔化すことを忘れた。
「え……!? 何で葵がそれを――?」
素直過ぎるリアクションを取ってしまい――
「や、やっぱり……! じゃあ、向こうに行って帰って来たんですね!? ここ何日かのうちに――!」
何故か向こうは俺の事情を知っているらしい。
ここはもう、隠しても――
葵は瞳に涙を貯めて、感激している様子だ。
それがこちらを罠に嵌めようとしているとも思えない――
「あ、ああ正確には一昨日だ」
「やっぱり――一昨日から急にこの新宿辺りにマナが満ち始めましたから、そうじゃないかって思ったんです……!」
感激し過ぎたのか、葵の瞳からは貯まっていた涙がぽろぽろと流れ出してしまう。
そして、勢いよく俺に抱き着いて来た。
「勇者さまあぁっ……! お帰りなさい、お会いしたかったですうぅっ――!」
うおぉぉーやわらけー! そしていい匂いだ――
葵には悪いが役得って事で、ちょっと抱き締めさせてもらおう。
いいんだよな? 向こうから抱き着いて来たんだし――
「あ、あのさ、喜んでくれるのはいいけど……何で俺のこと知ってるんだ?」
少なくとも俺は異世界で葵には会っていないのだ。
何で俺の同期の葵が俺を勇者様と呼ぶのか。
「あ、わたしレナですよお。覚えてませんか?」
「いや、葵玲奈なのはもちろん知ってるけどさ」
「違います違います。レナ・リュエシタです。イリュアナ族の族長の孫娘の――」
「え!? レナ・リュエシタ!? いやそれは当然覚えてるけど、え!? あのレナはまだ七、八歳だっただろ!? それにイリュアナ族はみんな銀髪に紅い瞳で――」
「あ、これは目はカラコンですよ? 髪は染めてます」
俺がそう言うと、葵はさっと目からカラーコンタクトを外して――
確かに瞳が紅かった。ルビーのようにキラキラしている。
ならば、銀髪のはずの髪を染めているというのも本当だろう。
イリュアナ族の特徴だ。
彼等は漏れなく銀髪紅眼であること以外は、身体的には普通の人間と変わらない。
だが、あちらでも特殊な魔法系統である召喚魔術を扱える稀有な才能を持っており、部族が集まって一つの集落に住んでいる。
俺のような勇者を召喚した魔術や、逆にこちらの世界に送還した魔術はイリュアナ族の協力あってこそのものだ。
正確には、表に出たがらないイリュアナ族を、あちらの世界の王たちが半ば無理やり狩り出して協力させたという所らしいが――
ともあれレナはそこの族長の孫娘であり、将来を嘱望される有能な召喚魔術の使い手で、俺を帰還させる大魔術の設計にも携わっていた。
それ以前にも魔王の手下に狙われているのを助けた事もあったか。
一時はレナの身を守るために、一緒に旅に同行させたりもしていた。
俺の事をお兄ちゃんって呼んで、慕ってくれていたな。可愛かった。
――それが何でこんなに育っている!? しかもこんなに可愛く色っぽくなりやがって!
「ほ、本当に葵がレナだったのか……!?」
「はい、お兄ちゃん。ふふふっ。早くもう一度そう呼びたかったですよお」
心底嬉しそうに葵は俺に笑顔を向けてくる。
「何でそんなに育ってるんだ……?」
「はい。わたし――お兄ちゃんたちを送り帰した大魔術の後遺症を調査していたんです。そうしたら、いつの間にかわたしも飛ばされて――」
「後遺症? 何か起きたのか?」
「ええ――あちらの世界から色々なものが消えました」
「うん……? 消えた?」
首を捻る俺に、葵は真剣な表情で頷く。
「そうです。発動直後には、大魔術の発動地点の近くにあった魔の森が消えていました。それから旧魔王城や聖剣島なんかも次々と――」
「……それってやっぱりあの大魔術のせいなのか?」
「恐らく――わたし達にもまだ良く分かっていないレベルのものを無理やり使わされたので、詳しい原因は分かりません」
「やれやれ、焦って使うからだ。動作確認せずに製品リリースするようなもんだろ」
俺には準備は完璧って嘘つきやがったな! 信じたのに!
「ですよねえ。よっぽどお兄ちゃんに早くいなくなって欲しかったんでしょうね。浅はか過ぎて馬鹿としか思えません」
葵は笑顔で毒を吐く。
うーん、昔のレナはもっと引っ込み思案で、毒なんか吐かない子だったのにな――
大人になれば変わるものだ。
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