第25話 勇者とパワハラ上司
「……やれやれ」
俺はため息を吐く。
このオッサンは、口答えすれば数倍で帰って来るのだ。そうだった。
うちの会社も働き方改革とやらを適応して欲しいものだ。
しかし働き方改革なんて、所詮はごく一部の大企業で行われているだけのもの。
サラリーマンにもランクがあり、大企業のサラリーマンはいわば貴族階級だが、俺達のような小規模のWEB制作会社で働いてるような奴はゴミ扱いだ。
国がやろうとしているのは正確には働き方改革(ただしゴミは除く)なので、俺達には関係ない。
業務を効率化して残業をどう減らすかみたいな話だが、それはきちんと残業時間を管理できている大企業様のお話でして――
俺達は今みたいなサービス休出強要のように、労働時間なんてちゃんと管理されてませんので。
残業代なんて出ないのが当たり前。
何せ残業しても、この犬養課長が俺達の勤務時間を勝手に改ざんしやがるからな。
そして、お前の残業は残業ではなく効率が悪くて仕事が終わらないだけ、とお説教というか理不尽な恫喝が飛んでくる。
それが嫌なので、もう皆はじめから定時で帰った事にしておくようになる。
そうなると、見た目上は短い勤務時間で多くの成果を出しているように見えるわけだ。
そうする事が管理職として重要な仕事だと思っているらしい。
ちなみに実務はしない。できない。
俺達はWEB制作会社なので、クライアントと納品に向けた作業期間の調整とかが必要になるわけだが――このオッサンは全部クライアントの言う事にハイハイ頷いて、帰って来るだけだ。その皺寄せが全部こちらに来る。
ただ、クライアントに対しては腰が低く、しかもどんな無茶でも何でも聞くので、すこぶる評判はいいらしい。世の中間違っていると思わざるを得ない。
ともあれこのオッサンに気に入られると、ちゃんと残業を認められるらしいが――
しかしそれは、このオッサンのイエスマンになる事を意味する。
俺もよく三年目まで会社に残っていたものだ。
毎年哀れな後輩が入って来て病んで行くから、少しでもこのオッサンから庇ってやらないとと思っているうちに、俺自身は辞め時を見失っていたのだ。
「えーと……急な用事があって――今日は有給にしておいて下さいって言うのは……?」
「バカを言うな今日は表向き出勤日ではない! 出勤日ではないのに、有給休暇が適応できるわけがないだろう! そんなことも分からんのかね?」
「じゃあ休んでも欠勤扱いにもならないと――?」
「今日はならんが、次の出勤日が代わりに欠勤になると思え! ワシは絶対認めんぞ、それが社会の掟だ!」
代休ならぬ代欠かよ! 初めて聞いたわそんなもん。
まぁブラック企業の掟はそうなのかも知れないが――
しかし理不尽な話だ。十年前の俺はよく続けていたな。
会社ごと俺の必殺魔法で消滅させてやろうか、糞みてえなブラック企業め。
台風とか地震が来たら、ドサクサ紛れにマジでやってやるかな……
「……分かりました。とにかく急いで向かいますんで」
「ああ早く来い! 全く君がそうだと他の者への示しがつかんよ全く!」
と、最後まで嫌味を言い残して課長は電話を切った。
耳障りな声がようやく聞こえなくなったので、何はともあれ俺はふうと一息ついた。
「内容はよく分からなかったが――仮にも勇者たるお前に対して随分尊大な奴だったな。かなり偉い奴なのか?」
「いや、どうって事ない口だけの管理職のオッサンだ。勤め先のな」
「そうなのか……? 弱いのか?」
「ああ。こっちの世界の俺は、そんなしょうもない奴にこき使われるしかなかったってわけだ。いわゆる社畜ってやつだ。まあもう辞めるけどな。金もあるのに我慢する理由はねえ、俺はもう働かずにのんびりするぜ」
「……そんな奴があんなに偉そうな態度を取るなら、少し痛い目を見せてやってもいいんじゃないか? お前なら簡単だろう」
「まあそうしようと思えば簡単だけどな……しかしお前はタカ派だな」
「タカ派?」
「過激だなって事だ」
「仕方がないだろう。お前をあんな風に扱う奴には腹が立つ」
「お前自身も、俺に対して結構ぞんざいな態度だと思うんだがな――」
「わ、私はいいんだ私は。ほら……仲間だからな」
「はいはい。心配頂いてどーもどーも」
俺はアルマの頭をぽんぽん、と撫でた。
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