8 この日常を
フォンシエが放った光の矢は、漆黒の塊を貫いていく。
触れたところから侵食神を消し飛ばすも、すぐに集まって修復が始まってしまう。
この世界中の大地を覆っているものが集まってくると考えれば、いつまで戦っても倒すことはできないだろう。
彼の攻撃を見た侵食神は、漆黒の蔓を伸ばしてくる。
「手ぬるい!」
フォンシエが振るった光の剣は、すべてを吹き飛ばした。
が、敵の攻撃は加速し始める。次々と蔓が現れて、彼を捕らえようとするのだ。出所は塊である本体だけでなく、ありとあらゆる大地からとなって、四方八方から攻め立ててくる。
フォンシエは舞い上がり、距離を取りながら戦う。
そうしなければ、上空を押さえられて、逃げ場がなくなってしまう。呑み込まれたなら、一気にやられてしまうだろう。
「……先に仕留めるしかないか!」
本体と思しき黒の塊へと突っ込んでいくと、フォンシエは光の剣を放つ。
一瞬で数度切り返し、細切れにしていく。それだけであらかた消し飛び、わずかな残滓が飛び散るばかり。
が、そうなっても攻撃は止まない。
もはや、なにが本体であるかもわからないのだろう。世界を覆う一つの融合した生命となったのかもしれない。
「倒すには、全部潰せと言うことか」
フォンシエ一人でやるには、あまりにも絶望的な規模だ。世界中を旅することすらできていないのに、ありとあらゆる土地にいる侵食神を削っていかなければならない。
躊躇しているうちに、この土地に敵が集まってきて、やがて彼一人では抑えきれないほどになる。
自動で追尾するようになっているのだろう。人の意識では対応できないほど、同時に多数のものが動いていた。
その様子を見てフォンシエは目を細める。
ここで決断しなければならない。
(倒して戻るって、ティアに約束したんだ)
遅くなる前に、さっさと終わらせよう。
相手はどちらかが潰れるまで、いつまでも争いを続けていたいようだが、持久戦をしても仕方がない。人の身には寿命がある。何千年も付き合っていられるか。
(あまり使いたくはなかったが……)
「女神よ、今一度俺に力を!」
フォンシエは女神マリスカの力を用いると、きらびやかな一振りの剣が現れる。
神を滅ぼすのに使った神器、神滅剣だ。その輝きはなにひとつ損なわれていない。相変わらず美しい剣だった。
それを天に捧げると、翼の生えた女人が幾人も現れる。女神マリスカの従者だ。剣と鎧で武装しており、フォンシエの前で命令を待つ。
彼が意識を向けると、それらの武具がマリスカの光で覆われた。これで侵食神にもひけを取らないだろう。
「あの敵を討ち滅ぼせ!」
命令に従って、皆が動き始める。
敵を次々と切り裂いていくが、当然反撃もある。戦いが長引けば、漆黒の中に呑まれる者も現れ始めた。
フォンシエは思わず、自分の決断を後悔しそうになる。
かつて混沌の地の遺跡で、彼女らを犠牲に勝利を得た。そのときも同じ気持ちになったのだ。自分の行いのために、誰かを犠牲にしてもいいのかと。
いくら神の力で生み出された生物とはいえ、まったくの無情にはなりきれない。
(けど、そうであっても。俺がやるしかない。これは俺が背負わないといけないものなんだ)
侵食神に世界を委ねるわけにはいかないのだ。この世界にはまだ生命がある。幸せな生活を望む人々がいるのだ!
だから、勝たねばならない。どんな手段を使ったとしても!
「さあ、魔物どもよ! 目覚めよ、汝らの力を示せ! かつての殺意と暴威を!」
フォンシエが剣を宙に突きつけると、空間が切り裂かれて、かつては壁の中にあった世界と繋がり始める。
そして次々と現れたのは、魔王と呼ばれる存在。
ヤギ頭の魔人バフォメット、死霊の王レイス、黄金の甲虫キングビートル、一角獣ユニコーン。
次々と魔王どもが現れ始める。
かつてはフォンシエを苦しめた敵が、今は命じるがままに動いている。
すべての神を束ねる管理者の力を用いれば、意のままに操ることができた。
これはもしかすると、命を弄ぶ行為なのかもしれない。魔物たちにだって、意思はあっただろうから。それを彼の力で塗りつぶした。
かつては憎んだ相手とはいえ、もはや神の力を巡る争いは終わっている。だから互いに自然と争いから手を引いていくはずだった。それを今、戦場に引き出した。
(……俺は人の王。あらゆる人類の命を預かる責がある)
だから、そのために戦う。感情を押し殺してでも。
「侵食神をすべて討ち滅ぼせ。そのための力を与えよう」
魔物の神の力を与えると、魔王どもは圧倒的な力で敵をねじ伏せ始めた。
バフォメットが杖を振るうと、大爆発が生じる。レイスが鎌を振るえば、数多の命が刈り取られた。
いずれも神同士の戦いに勝利していれば、地上の支配者となっていただろう。それが今、彼の手中にある。
感慨深さはない。
フォンシエは支配者になろうと思っていたわけでもないから。
だからただ、命じる。
「日が暮れる前に片づけろ」
一層魔物は暴れ始める。
スザクが炎とともに空を飛び回り、サンダーバードが雷を落とす。悪魔の王が力任せに暴れ始めた。
きっと、この光景は地獄にも等しいのだろう。人が目にすれば、破滅を予感せずにはいられないはずだ。
「あと、もう少し」
神の力を用いて残り時間を算出する。
敵はもはやろくに反撃もできないだろう。魔物どもから還元される侵食神の力の溜まり具合から、フォンシエはそう判断した。
(一度与えた力を奪い取るのは、あまり気分がよくないな)
大暴れしている魔人も、この戦いが終わったら大人しくなってもらわねば。
どうやって収拾をつけようか、とフォンシエは考え始める。
それからしばらくして。彼の予想どおりに侵食神は消滅した。すべての力は、彼の中にある。
◇
「ただいま」
「お帰りなさい!」
戻ってくると、フィーリティアが尻尾を揺らしながら駆け寄ってきた。
「フォンくん、大丈夫?」
「無事に倒してきたよ」
「えっとね、天地がすごく荒れてたんだけど……」
どうやら、フィーリティアのところから多少は見えていたらしい。
だから彼を心配していたのだろう。しかし
「フォンシエさん! 早速、解剖しましょう!」
ミルカが飛びついてきたので、そんな雰囲気も台無しである。
「ああ、そうだ。侵食神が持ってる力の中に、物理的に解剖しなくても内部構造を把握できる力があったんだ。ミルカにそれをあげるよ」
「なんと! それはありがたいですね! しかし……むむ。人は安易に新しい技術に流れてもいいのでしょうか。これまでの積み重ねや努力。自分の手で行うことの大事さ。忘れてはならないことがたくさんある気がします……が、まあどうでもいいので、使っていきましょう! なにより新しい発見が大事です! もっともっと、研究ができますね! うへへ!」
力を与えるなり、元気に動き出したミルカ。きっと、これからしばらくは侵食神の調査に夢中になるのだろう。
そしてシーナとアートス。二人は温かく迎えてくれる。
「お帰りなさい」
「やったんだな」
「これで終わったよ。思えば、呆気なかったな」
それほど、彼の力が強かったということでもある。
侵食神の力も彼が手にした以上、もはや誰にも負けやしないだろう。この地上で最強の存在となったのだ。
が、フォンシエはちっともそんな様子は見せない。
「あのさ、ティア」
「なあに?」
「この世界もすっかり広くなった。けど、ほとんどが荒れ地なんだ。……なにかできないかなって思って」
「自然を元に戻すとか?」
「侵食神が呑み込んだ人の記憶を頼りにすれば、できるかもしれないね」
いなくなった人はもう戻らない。
けれど、彼らが愛した土地を取り戻せたなら、きっと供養になるだろう。
彼は今後のことを考える。
だけどやっぱり、まずはそれよりも。
「疲れたよ。お茶にしよう」
「うん。今入れるね」
いつもののんびりした日常を満喫しよう。
フォンシエは再び平和な一日を過ごすのだった。
これにて番外編完結です。物語が終わった後の世界の話でした。
今はちょっと忙しいのですが、気が向いたら番外編も追加していく予定です。なにか新作も書きたいですね。
いつも読んでくださる皆様、ありがとうございます。
それではまた、いずれお会いしましょう!




