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5 中と外



「俺たちの勝利に乾杯!」

「なに言ってんだ、俺たちはなんにもしてねえだろ!」


 幾度目になるかもわからない乾杯の掛け声が響いていた。

 男たちは酒杯を掲げ、女たちは歌い騒いでいる。


 神使の撃退後、すぐに祝勝会が始まったのだが、以来彼らの興奮はとどまるところをしらず最高潮であった。


「……すごいね」


 場違いに感じながら、フォンシエは苦笑い。

 少しばかり説明するや否や、こんな騒ぎになってしまったのだ。


「ここの皆は、こういう気っ風なのかな」

「それだけ切望していたんだよ」


 シーナが微笑む。ようやく掴んだ勝利なのだと。

 しかし同時に、今までずっと、ここの人たちが辛酸を嘗め続けてきたということでもある。


 そんな話をしていると、


「フォンシエ! 楽しんでるかあ!」


 酔っ払ったおっさんがやってきて、彼を担いで大騒ぎ。


「えっと、その……」

「英雄殿の凱旋だ! わっしょい!」


 揉みくちゃにされながら、フォンシエが運ばれていく。と、フィーリティアが尻尾をピンと立てた。


「私のフォンくんを返して!」


 持っていかれた彼を追いかけてフィーリティアも駆けていった。

 残されたアートスとシーナは、口いっぱいに料理を詰め込んだミルカに視線を向ける。


「……さっき、アルードさんのところでご飯食べたばかりなのに、よく食べられるね」

「せっかくの料理です。食べないともったいないですよ。シーナさんもどうですか?」

「遠慮しておく。気持ちもわかるけど……そんな気分じゃないよ」


 神使を撃退したとはいえ、いつまでも平和とは限らない。

 一応、現場からは距離を取ったのだが、敵が素早く動くこともある。その速さと比べると、たいした距離には思えなかった。


 もっとも、彼らはずっと、そうして生きてきた。

 いつ神使に襲われるかもわからない状況で、敵が本気を出して襲ってきたら、もはや運次第。抵抗するすべはなく、気分一つで命を奪われていく。


 だから生きている間は、せめて明るく騒いでいたかったのかもしれない。


 シーナは楽観的になれなかっただけなのだが、もう一方の尻尾はとにかく楽観的なようだ。


「なるほど。シーナさんはダイエット中ですか」

「違うって」

「こんなにスリムなのにまだ物足りないとは……贅沢ですね」

「きゃっ。変なところ触らないでよ!」


 シーナとミルカがじゃれ合い始めると、アートスはため息をついた。


「俺が代わりに食うよ。次、いつ飯にありつけるかもわからないんだ」

「大丈夫ですよ。アルードさんが面倒を見てくれるって言ってました」

「確かにそりゃそうだが……っていうか、ミルカが強引にやり込めたんだろ」

「ですが、一緒に楽しい魔物の調査もしてくれるって、嬉しそうに言ってましたよ」

「どう見ても困った顔だったろ」


 アートスが苦笑していると、困った顔のフォンシエを頭上に掲げながら、満面の笑みを浮かべたフィーリティアが凱旋してきた。見事フォンシエを奪還したのである。


「えへへ、フォンくん。もう離さないよ」

「……えっと。うん。よろしくね」

「人気者は大変だね」


 シーナは二人を見て笑う。


「歓迎してくれるのは嬉しいけれど、もうちょっと、警戒心があってもよさそうなものだよなあ……」


 今のところ、彼に対して強い警戒を抱いたのはアートスだけだ。

 そのアートスも、シーナがいるから守ろうとしたに過ぎない。


「フォンシエさんは無害そうな顔だからじゃないですか?」


 お肉を頬張ったミルカが首を傾げる。


「なるほど。確かに俺は平和な人間だから」

「……いつも戦ってたフォンくんが言うこと?」

「あれは仕方なかったんだよ。魔物がいたから」


 人を相手に剣を取った経験は、勇者デュシスを相手にしたときくらいだ。

 今後もそんな経験はないといい。


「あ、たぶん。ミルカちゃんが皆に説明したからだよ。こんなどうしようもない子だけど、研究者としては信頼されてるみたいだから」

「えへん……って、シーナさん、どうしようもないってなんですか!」


 ミルカとシーナが言い合っているのをフォンシエは見ていると、アートスが視線を向けてきた。


「フォンシエに頼みたいことがあるんだ」

「……というと?」

「フィーリティアみたいに、力を分け与えられるって言ってただろ。……俺にもお願いできないか?」


 真剣な表情でアートスが向き合ってくる。


「シーナになにかあったとき、守れる力が欲しいんだ」


 こうなることを、まったく想定していなかったわけじゃない。

 だから、あまり能力のことは口にしていなかった。


 それと同時に


(……俺は外と中の人を区別していた)


 そう実感してしまう。

 中の人たちに対しては、力を分け与えるのも自然と考えていた。元々、彼らが女神マリスカから与えられていたものだから。


 一方で、外の人たちはどこか、自分とは無関係のようにも感じられていた。


 こちらの世界のことを知らず、敵対する可能性もあったため元々の世界の防衛が優先だったからだが、それでも自分のことが、かつて不快感を覚えた自国の利益を求める王侯貴族たちのようにも思われた。


「……すまん、無理を言ったな。都合がよすぎる」

「いや、そうじゃない。……この力を嗅ぎつけて、神使がやってくる可能性もあるんだ」


 これも嘘ではない。

 だが、自分が対象となる人を選別する難しさもあった。誰に与え、どう選んでいくのか。


(……女神マリスカのやり方もまた、間違ってはいなかったんだろうか)


 今になって、少し見直したりもする。

 もちろん、問題となる部分も多かったのだが。


「フォンシエさん! 面白そうですね! 私にもください!!」


 ミルカが空気を読まずにぴょんと飛びついてくる。


「話聞いてた?」

「はい! 神使がやってくるんですよね。そして私も撃退できるんですよね。やった! 調べ放題です! ひゃっほう!」

「……なんにも聞いてないな。アートスも苦労するな」

「ああ」

「よし、どうせ力がなくても突っ込んでいきそうなんだ。わかった」

「さすがフォンシエさんです! さあ、力を――」

「アートス。ミルカのお守りを頑張ってくれ」

「いいのか?」

「私には!? 私にはないんですか!?」

「アルードさんが約束しちゃったからな。面倒を見るって」

「すまん。恩に着る」

「二人で納得しないでください! フォンシエさん!」


 ミルカがはしゃぐ中、フォンシエはふと尋ねてみる。


「……神使から奪った力があるけど、どうする? それなら、元々こっちにあった力だ。アートスたちにも向いてるかもしれない」

「頼む」


 それならば、とフォンシエがアートスに力を与える。


「こりゃすごいな。……本当にいいのか?」

「取り上げるつもりはないけど、一応、貸してるだけだからな。アートスが力を強くしていけば、結局、俺に還元されることになるんだ」

「なるほど。フォンシエの神使になったってところか」


 そうして神使を増やして勢力を強くしていくのが、この世界に生まれた人や魔物の当初の目的だったのだろう。


 もっとも、すでにそんな時代ではない。張り合うべき魔物の力はすべてフォンシエの中にある。


「使い方でわからないことがあったら、あとで聞いてくれ。俺もわからないかもしれないけど」

「ああ。わかった。……もう遅いしな」


 すでに宴もお開きになりつつある。その場で寝始める男たちが何人も転がっていた。

 これからどうしようか、と考え始めたところで、息を切らしながら何人かの子供が駆け寄ってきた。


「あの! フォンシエさんですか!」

「うん。どうかしたの?」

「えっと、神使を倒したって聞いて……助けてください!」


 彼曰く、神使に追われて逃げてきたが、逃げ遅れた人たちがいるとのこと。

 命からがらやってきて、そこで神使を倒したという話を聞き、希望を見いだしたようだ。


「よくある話ですね」


 ミルカはすげなく告げる。

 実際、珍しいことでもないのだろう。


 だけど――


「よし、行こうか」


 今までも、倒すべき相手がいれば、倒しに行った。

 守るべき人がいれば、守りに行った。


 ずっとそうしてきたのだ。これからも、やることは変わらない。


 フォンシエが立ち上がると、アートスも続いた。


「こっちの案内人がいないと不便だろ」

「でも、それだとシーナたちが……」

「私が守るよ、フォンくん」

「守られるにしても、近くにいるほうがいいですね。皆で行きましょう! わくわく!」

「ミルカは神使を調べたいだけだろ。まったく……」


 なんとも頼もしい仲間が増えたものだ。

 フォンシエは呆れつつも、


「行こう。まだ間に合うかもしれない」


 光の翼をはためかせると、四人とともに舞い上がった。


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