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4 接触


 フォンシエが向かう先、漆黒の大地から盛り上がって人型が作られていた。

 それを先頭に、黒と茶色の境界線が迫ってくる。神使が敵の領域を広げているようだ。


 意識を傾ければ、神の力が感じられる。しかし、本体というわけではなさそうだ。

 さしずめ、力の一部を与えられた神の配下か。


(……俺も、やろうと思えばできるんだよな)


 フォンシエ自身もまた、神の力を貸与することができる。フィーリティアが今、その状態だ。


 もし、相手が本気で攻めてきたのであれば、彼も同様の手段で対抗する必要が出てくるかもしれない。


 与えられる側からすれば、これまで女神マリスカから力を与えられていたのと、さしたる違いはないだろう。とはいえ、その責任は神ならまだしも、その力を奪い取っただけのただ一人の人間には重すぎる。


(けど、やらないといけないのなら……)


 一瞬だけ目を細めるも、その前にやることがある、と気持ちを切り替える。

 争わずに済むのなら、それに越したことはない。


 光の翼をはためかせながら、神使へと近づいていく。あえて存在を見せつけながら。

 気づかれるのは、間もなくであった。


 敵意が向けられるなり、漆黒が腕を形作りながら伸びてくる。

 フォンシエを捕らえようとしたそれは、すんでのところでピタリと止まった。光の壁に遮られ、進むことができなくなったのだ。


 フォンシエは相手を見据えながら叫ぶ。


「神使とお見受けした! 話がしたい!」


 それに対する反応は――


「ちっ!」


 黒い腕が枝分かれし、彼を囲むように迫ってくる。

 すぐさま離脱し、フォンシエは相手へと声をかける。


「攻撃をやめてくれ!」


 通じていないとみると、神の力を用いて意思の疎通を図る。

 この世界に元々存在する無数の言語を片っ端から試していく。その間も攻撃は続くが、フォンシエはひたすらに躱し続ける。


 神の力の一端を与えられているとはいえ、フォンシエのほうが所持している力が大きい。なにより、相手の動きはひどく単調だ。いつまでも続けたところで、触れられることはないだろう。


 やがてすべての言語を使い果たすも、やはり反応はない。


(……そもそも、意思を持たないのか)


 領地を広げる目的に沿って動くだけであれば、どうしようもない。

 今もなお、人がいるところに向かって土地を広げ続けているのだ。放っておくわけにもいかない。


「最後の警告だ。止まれ。さもなくば――」


 フォンシエは神使を睨む。

 攻撃は変わらずに続いていた。


 光の翼が煌めくと、伸びてくる腕をかいくぐり、一気に懐に入り込む。反応ができずに、手はそのまま伸び続けるばかりであった。


「残念だが、止まってもらおう。この先には行かせない」


 女神の光が煌めくと、漆黒が弾ける。光の剣は神使を両断していた。


 真っ二つになった神使は復活することはなく、地面に落ちると液体になって地面に染み込んでいく。


(……おや?)


 神の力の残滓が感じられる。

 手を伸ばせば、その力がフォンシエの中へと流れ込んできた。


「あまりにも無防備すぎやしないか?」


 女神マリスカや魔物の神の配下――つまり人と魔物の争いにおいても、勝利したものがレベルの上昇という形で力を奪って成長していたが、まるごと全部力が持っていかれるわけでもなかった。


 が、今回は対策もされておらず、微量ながらも侵食神の力が手に入った。力が有り余っているのか、それとも反撃されることがなく、侮っていたのか……。


 そんなことを考えながら神の力に意識を向けると――


「なんだこれは」


 侵食神の力の数は、数百もの神から構成されていた。フォンシエが持っている数よりも多い。


 その割に、先の戦闘ではほとんど使われてはいなかった。善戦することもできただろうに。


 しかし、本気を出していなかったわけでもなさそうだ。


 もし、神使がただの領地拡大のための機能しか持たず、侵食神が力の大半を保持しているのだとすれば、彼を上回る可能性すらある。


(……油断してもいられないな)


 これからどう動こうか。

 今の戦いで相手にも気づかれたかもしれない。もし壁の中の世界まで来ようと言うのであれば、かつての勇者や上位職業の者に加護を与えて――


(いや、もうそんな基準はないんだ)


 誰であろうが、志願する者に力を与えればいい。

 勇者たちだって、もう自国を守る戦いに疲れた者もいる。そして若く未熟であっても、愛国心を持つ者だっているのだ。


 そんなことを考えていると――


「フォンくーん! お疲れ様!」


 フィーリティアがミルカを抱えながらやってきた。


「ありがとう。ひとまず敵の脅威は去ったけれど――」

「フォンシエさん! すごいですね! 神使を吹き飛ばしたさっきの業はなんですか? それがスキルというやつです? いったいどんな効果があるんですか? 銃弾では普通に倒せない神使が一撃とは、お見それいたしました。ぜひぜひ、私に調べさせてください!」

「……熱烈なインタビューありがとう。もう神使は吹っ飛んだし力も失ったけど、残りかすならその辺に転がってるから――」

「ありがとうございます!」


 ミルカはぴょんとフォンシエに飛びつくと、体をぺたぺたと触る。


「いや、調べるって俺のほうかよ」

「あとで神使も調べます! それより今はフォンシエさんです。こうしていると、普通の男性と差はなさそうですが、あんなに力があるとは不思議ですね、神秘の塊ですね。いったい、エネルギー源はどこにあるのでしょう。あんなことやこんなことも気になっちゃいます」

「ミ、ミルカちゃん! だ、だめだよそんなところまで――!」


 フィーリティアが尻尾を逆立て、彼の下着に手をかけたミルカを慌てて引き剥がす。


「ダメですか? そうですか。仕方ありませんね」

「うん、わかってくれた?」

「はい。ですので、代わりにフィーリティアさんを――」

「え、ええ!?」


 飛びつくミルカと助けを求めて視線を向けてくるフィーリティア。

 フォンシエは二人を見ながら苦笑い。


「それよりも、連絡したほうがいいんじゃないか。とりあえず、神使はいなくなったんだ。まだ危険はあるとはいえ――」

「その件でしたら大丈夫です。皆、フォンシエさんの戦いっぷりを見ていましたから」

「は? かなり距離があったから見えないんじゃ――」

「双眼鏡をご存じないですか? いつ襲われるかもわからない我々にとっては必需品なんですよ」

「……これは、やらかしたかな」


 いきなり力があると知られたなら、どうなるか。フォンシエを恐れるかもしれない。


 困ったな、と思いつつ町の方を探知で調べてみると――


 わあわあ、と歓喜の声を上げる人の姿があった。


「あ、言い忘れていました。フォンシエさんが敵を倒してくれますって、言っておいたんですよ」

「……俺の戦いが見られていた原因、ミルカじゃないか!」

「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。過去のことより、今後のことです。さあ、話し合いましょう! 神使のこと、世界の不思議のことを!」

「……ミルカの興味はともかく、そうだな。いろいろ話さないと」


 どこまで話したものかと思いながら、フォンシエは二人とともに、町に向かっていく

 これから忙しくなりそうだ。彼は少しだけ、思案を巡らせるのだった。

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