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2 外の者たちと

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 移動する車内にて、ミルカは滔々と語っていた。


「この『車』はですね、魔石を燃料として動いているんです。中にはモーター……つまり、魔力に反応する石材を組み合わせて回転運動に変換し、それによって車輪を動かしているわけです。発明されたのが今から三十年ほど前のことでした。おっと、これを説明するには、魔石文明を先に教えなければなりませんね。魔石文明というのは――」


 なんでも、魔石を用いて機械を発展させてきたようだ。

 熱などに変換して使ったりする用法は、フォンシエたちの世界にもあったが、壁の外では機械に用いるのがほとんどだとか。


 放っておくといつまでも話し続けるミルカが息継ぎをしたタイミングで、フォンシエは尋ねてみた。


「魔石と言っているけれど……そもそも、これはどこで取れるんだ?」

「おや? フォンシエさんのところにもあったのではないですか?」

「そうだけど……俺たちが魔石を手に入れるのは、あの魔物たちを倒したときだ。でも、こっちには魔物はいないだろ?」


 であれば、どこから手に入れているのか。

 ミルカはピンと狐耳を立てたかと思えば、口に手を当てて「むむ……」と悩み始める。


 彼女は説明する気配を見せなかったので、代わりにシーナが告げた。


「地下から発掘できるものじゃないの? あたしも直接見たことはないけど……そんなに深く掘らなくても、出てくるって聞いてるよ」

「地下? どういう場所にあるかとか、わかってる?」

「さあ? 当てずっぽうに掘ってみるのが主流らしいから、詳しいことはわからないよ」


 フォンシエは話を聞いていて、荷台から外に顔を覗かせた。

 力を行使すると、地下深くの様子まではっきりと手に取るように把握できる。


 それによると、あちこちに魔石と思しきものが埋まっている。フォンシエたちが言う魔石と、ミルカたちが言うそれは確かに同一のものらしい。


 意識を傾けると大地が隆起し、ぽんぽんと魔石が飛び出してくる。

 フォンシエはそれを掴み取ると、まじまじと眺める。


 一方でシーナは、


「もうなにが起きても驚かないよ。驚かないんだから」


 自分に言い聞かせるばかりだった。


「フォンくんだからね」


 フィーリティアは相変わらず、にっこりである。


「……どうやら黒土の影響が強いところにあるみたいだ」


 こちらの神――侵食神の影響と関係がありそうだが、それに関して告げると、ややこしいことになりそうなので、今は伏せておく。


 と、ミルカが狐耳をピンと立てた。


「やはり、ですか!」


「いや、やはりもなにも、まだなにも説明してないだろ」


 車を運転していたアートスが突っ込む。

 ミルカはそれを無視して続けようとするので、フォンシエは少しばかり読心術を使った。


 と、ミルカは前々から、侵食神と魔石との関係を探っていたようだ。


「黒土が広がった土地では、魔石が出やすいという話がありました。もっとも、黒土の上に長くいると生命力が枯れてしまうので、ほとんど調査は進んでいませんが。フォンシエさんの力を使って、どんどん調べてみましょう!」

「……俺は鉱夫をやる予定はないんだけど」

「おっと、話が逸れました。今はほかに優先することがあるのでした。老後にでもやってもらえばいいでしょう」

「だからやる予定ないんだけど」

「さて、魔物から魔石が手に入る……と言いましたが、遙か昔、太古の時代にはそのような生き物が、我々の世界にもいたようです。しかし今はいません」

「ようするに、黒土に呑まれてしまった……ということか」

「おそらくはご名答です。古い黒土のほうが魔石たっぷりとも言われていますし」


 だとすれば、魔石の産地に偏りがあるのも頷ける。

 逆に言えば……


「魔石が多そうなほうを探っていけば、古い土地に辿り着くってことか」

「おそらく」


 ミルカが頷く。

 が、そこでシーナが告げる。


「でも、もう行けないよ。そんな土地じゃ神使がたくさんいるだろうし、補給だってできないから」

「もはや生物がいませんからね……。この近場の黒土とはわけが違います」


 今いる土地は黒土に覆われているとはいえ、居住地からそこまで離れてはいないそうだ。


 だから探索程度ならなんとかなるとのこと。とはいえ、車から落っこちたら、黒土に生命力を奪われていくのだが。


(……その先に、神の力を持つ者がいるのか)


 ミルカたち人類は、黒土の遠くまで調査しておらず、古い時代の記述も多くが失われてしまったらしく、この目で見るしか、確実な方法はない。


 どうしようかとフィーリティアに目で尋ねると、彼女はやはり微笑むばかりだった。


「見えてきたぞ。俺たちの街が」


 アートスが向かう先を指し示す。

 そこには、いくつかの車や帷幕などが集まっているばかり。とても街には見えない。


「しょぼいって言いたそうだな」

「いや……」

「仕方ねえんだ。どんな立派な家を建てたって、神使が来りゃ、捨てて逃げるしかない。

「大変なんだな」

「他人事みたいに……って、他人事か。ミルカのせいで、すっかり馴染んじまった。こんな正体不明のやつに」


 アートスがガリガリと頭をかいた。

 フィーリティアはふと、彼に尋ねてみる。

 

「……そんな正体不明の人を、街に招いて大丈夫? 無理しなくてもいいんだよ」

「あんたらの企みは知らないが、俺にとって大事なのは、シーナを守ることだ。なにかやる気なら、俺たちを襲う可能性だってある。街を差し出してシーナが助かるなら、俺は血を吐きながらでも、そうするさ」


 彼の冷たい目には、これまでの凄惨な環境が窺える。けれどその奥には、熱いものが確かに秘められていた。


「アートスさんはシーナさんに夢中なんです!」


 そんな雰囲気をぶちこわすように、ミルカがはしゃぐ。


「ちょっと、もう……!」


 シーナもまんざらではないらしい。ほんのりと顔を赤らめるばかりだった。

 フォンシエはフィーリティアと顔を見合わせて笑う。


「大丈夫だって。襲うつもりはないから。それに必要な物資があるなら、俺たちが分けることだってできる。向こうへの移住は、俺の一存じゃ決められないけど、検討してもらうこともできるはずだ」

「そいつは助かる。……もし、俺になにかあったときは、シーナを――」

「もう、やめてよ! 縁起でもない! 会ってすぐに頼むことじゃないでしょ」

「いや、けどよ。いつ襲われてどうなるかもわかんねえんだ。言っておけるうちに言わねえと」

「だからって、そんな――」


 アートスとシーナが妙な雰囲気になると、フォンシエとフィーリティアもどうしていいかわからなくなる。


 ミルカがため息をついた。


「惚気てるだけですから、気にしないでください。一緒じゃないと嫌なんだって、愛を囁き合ってるんです」

「違うからね!」


 すかさずシーナが突っ込みを入れたが、ミルカはもう興味をなくしている。

 車の群れを通り過ぎているうちに、居住区と思しき地域に入る。様々な天幕が見られ、ぼろ切れや木々を組み合わせたものもある。


 人々は皆、薄汚れた格好をしていた。水が貴重らしく、あまり洗濯もできないようだ。


「さて、もうそろそろ私たちの家が見えてきました。たっぷり話を聞かせてくださいね! 今夜は寝かせませんよ!」


 目を輝かせて宣言する。

 この調子では、朝まで質問攻めに遭うことだろう。


 しばらくして車を止めて天幕の中に入ると、雑多なガラクタが散らかっていた。重要なものは鍵がかかる車内に置いているらしく、こちらは取られても困らないものばかりのようだ。


「適当に座ってください」

「……と言われてもなあ」


 どこに腰をかけたものか。


 フォンシエは少し悩んでから、ふと閃いた。


「そうだ。アルードさんの家に行こう」


 手をかざすと、フォンシエの前に楕円形の空間が切り開かれた。


「ひゃあ!」


 ミルカが驚きの声を上げる。どちらかと言えば、興奮気味である。

 そして向こうにいる人物もまた、驚いた顔をしていた。冷静沈着な勇者の面影はない。ついでに、下着姿で酒瓶片手に寝ころがっていた。


「な、なんだあ!?」

「アルードさん、早速ですが、使わせてください。……というか、なんですかその格好」

「俺の家なんだから、なにしてようがおかしくねえだろ」

「今後、来客があるかもしれないので、綺麗にしておいてくださいね」

「そんな無茶な……って、来客?」


 アルードが首を傾げる中、


「お邪魔します」


 とフィーリティアが入ってくる。


 そして「ふぉおおおおお! すごいです! なんですかこの空間は!?」大興奮のミルカが飛び出した。


「なんだこの狐っこは」

「ミルカです!」

「そ、そうか。……そうか!? もうお前さんらは子供ができたんだな。いや、外の世界ではこんな早くでかくなるとは……知らなかった。いや、面倒は見るって約束したんだ。よし、やるぞ」


 アルードは混乱しているらしく、ミルカを見てあやし始める。


「フォンくんとの子供じゃないです!」


 フィーリティアは慌てて否定すると、「なにい!? 別の男との子供だと!?」アルードが叫ぶ。


「だから、違いますって! そうじゃないです!」


 二人が言い合う中、フォンシエは勝手に飲み物と椅子を用意し始める。そしておずおずとシーナとアートスが入ってきた。


「……夢みたい」

「……信じられねえ」


 呆然とする二人の前で、ドタバタとミルカとアルードは騒ぐのだった。


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