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最終話 逆成長チートで世界最強

 フィーリティアは遺跡の外でじっとしていた。


 フォンシエが中に入ってからすでに半日が過ぎ、空には星々が浮かんでいる。


「……フィーリティア殿、寝付けないのか?」


 ラスティン将軍がやってくると、彼女はなんとか笑みを浮かべて見せた。


「フォンくんがあの向こうで頑張っているんだって思うと……居ても立ってもいられなくて」

「だが、それでは体が持たないぞ。君がすべきことは、彼が戻ってこられるように、万全の状態にしておくことだ」

「わかってはいるんですけれど……」


 あれからずっと、交代で遺跡内部の魔王を倒し続けている。

 勇者たちは今のところ、誰一人亡くなってはいない。レベルも上がってきて、余裕すらできてきた。


 しかし、聞くところによれば、世界各地では混沌の地の魔物が蔓延り、もはや絶望的な状況だということだ。


 そんな悲報が届いても、フィーリティアは希望を捨ててはいない。

 次々と魔物が力を失っているという話もあった。きっと、フォンシエがやったのだろう。


 だから、彼ならば、どんな困難だって乗り越えてくれるはず。

 自分にはなにもできないけれど、いつまでだって待っていようと思うのだ。


「……大丈夫。大丈夫」


 自分に言い聞かせる。必ず、彼は帰ってきてくれる。


「すでに大半の魔物は弱体化している。農民でも倒せる程度だ。いずれ、すべての魔物がそうなるだろう」

「あとは……混沌の地の魔物、ですよね」

「そうだな」

「ほかとはなにか、違う気がするんです」

「この遺跡のことといい、わからないことだらけだな」


 二人はただそれだけしか言えない。

 世界でなにが起きているのか、まったく触れることすら敵わないのだ。


(フォンくん……)


 フィーリティアは彼の身を案じていた。


    ◇


 フォンシエは遺跡の中に佇んでいた。

 その隣に従者の姿はない。幾度となく繰り返される戦いの中で消し飛ばされてしまったのだ。


「よくぞ神を倒しました。あと二体です」

「そうか。次に行ってくれ」

「かしこまりました」


 女神マリスカが消えると同時に、向こうに神が姿を現す。

 直後、フォンシエは神器を振るった。


 まばゆい光が室内を覆ったかと思いきや、神の姿はなくなっている。

 たった一振り。それで消し飛ばしてしまったのだ。彼我の力の差は明らかだった。けれど、そこまでしても最後の神には届くかどうか。


「よくぞ神を倒しました。これで残りは管理者のみとなりました」

「そうか。次に行ってくれ」

「もう一度問います。管理者に挑むのをやめる決断もありますが、それでも続けますか?」

「地上は今、その管理者とやらの魔物に蹂躙されているんだろ?」


 フォンシエが告げると、相変わらず女神マリスカは変わらない調子で返してくる。


「はい。すべての魔物が制御を失っています」

「倒す以外で、なんとかする方法はないんだろう?」

「残念ながら、管理者の下位システムである我々には権限がありません。唯一、アクセスを許されているのが、あなた方、ここに到達した者たちなのです」

「随分としゃべるじゃないか」

「残りは管理者のみとなりましたので、禁止されている事項が減りました。また、時間的な猶予もあるため、焦る必要はありません。次の制限までに管理者に挑むかどうかの決断をしてください」

「だから、それは挑むって言ってるだろ。そうしないと、世界が平和にならないんだからさ。それより……少しだけ、教えてくれないか。この世界のことを。なんでこんな壁に覆われているんだ? どうしてあんな神がたくさんいる?」


 答えをくれるとは思っていなかった。

 ずっと戦い続けてきたから、少しくらい話したい気分になっただけだ。相手がこの女神マリスカというのさえ我慢すれば、悪くはない。


「この世界は特別な土地ではありません」


 だから、女神が告げると、むしろあっけに取られてしまう。


「この星には生物がいませんでしたから、実験場に選ばれました。種族や力を個別に与え、どのような未来を生物が辿るのか、その計測のためにあなた方が作られました」

「……そんな馬鹿な。俺にはそんな記憶なんてない」

「数千年も前の話です。……いくつもの施設が作られましたが、私には権限がないため、外の施設がどうなっているのかはわかりません。ですが、おそらくは、ここより早く争いが終結していることでしょう。ここは子々孫々と、あまりにも長く存在し続けました。それはもう、管理者の想定を超えるほどに」

「それで……管理者は老いぼれてイカれちまったってことか」

「仔細は異なりますが、その認識で問題ないでしょう。あなたの存在は、まさしくそのエラーから生まれたものです」


 そう言われると、納得できることもある。

 彼が得られた力は、ほかの誰とも違う前例のない固有スキルなのだから。


「なるほどね。たくさんスキルが取れておかしいなあ、とは思っていたが……まあ、使えるものなんだからいいさ」

「はい。通常と比べて、はるかに高い確率で管理者に挑むことができます」

「あれほど、棄権して欲しがっていたのに応援してくれるとはね」

「考えが変わらないことは確認しました」

「そりゃどうも。……壁の外の世界には、また別の種族が、戦いを勝ち残ったやつらがいるのか?」

「不明です。管理者を倒した後、確認してください。壁を含め、管理システムは消滅するはずです」

「すべてはこの戦い次第か」

「はい。では、時間になりました。いってらっしゃいませ。あなたなら勝てると思います」


 意味深な言葉を残し、女神マリスカが消えていく。

 そして今度は遺跡そのものが動き始めた。


「なんだ……!?」


 揺れを感じていると、遺跡内部の構造が次々と変わっていく。

 やがて空が開けた。地上に出たのだ。


 辺りを見回せば――


「フォンくん!? よかった!」


 フィーリティアの姿がある。そして先ほどまで遺跡の中にいて、慌てて飛び出してきたと思しき勇者たちも。


「ティア、来るな」


 フォンシエの言葉に、彼女は目を見開いた。

 強い拒絶に。そして彼の変化に。


 もう、どうにもならない差が開いてしまった。フィーリティアはそのことに気づかないほど弱くはなかった。


「もう少し。あと少しで終わるよ」

「うん。待ってる」

「だからさ……平和になったら、俺は村人らしく暮らすけど、ティアはどうする?」

「私も勇者をやめて、村人に戻るよ。フォンくんと一緒に」

「じゃあ、そうしよう。……さて、お出ましだ。離れていてくれ」


 フォンシエが告げる先で、遺跡から現れる存在がある。

 足は獣の四つ、頭には角。頭部には鰓があり、背には翼。どことなく人に似た石像は、途中の階と最深部にあったものだ。


 その外装が溶けて消え去ると、中から石像の姿にそっくりの有機物が現れる。


「お前が管理者とやらか」


 フォンシエが尋ねるも、返答はない。ただ、ギィギィと掠れた音を奏でるばかり。


 勇者たちは彼を見守っていたが、フィーリティアが促すと、その場から離れていく。


 そうしてたった二人になると、フォンシエは敵に挨拶をしてやることにした。


「これまでよくも待たせてくれたな。お返しだ」


 意識を傾けると、彼の背に光の羽が生じる。これまでのものと違い、光は神々しさすら帯びていた。


 そして一枚の羽根が輝いたかと思いきや、閃光となって敵を撃ち抜く。


 相手の獣の足の一つが消し飛んだ。


「さあ、次だ!」


 いくつもの光の羽根が撃ち出されていくと、遺跡の壁が変化して盾となる。

 しかし、それも一瞬のこと。壁が威力に耐えきれなくなり穴が空くと、本体のほうも移動を始める。


 高速で背後に回ってくると、遺跡を剣や槍に変化させて飛ばしてくる。

 フォンシエはすぐさま追撃するも、気がついたときには切っ先が目の前に来ていた。


(なっ――!)


 なにが起きたのかわからずに、攻撃を体に浴びる。

 痛みを堪えつつ敵を見据えると、次の攻撃の準備をしていた。


「させるか!」


 フォンシエが手をかざすなり、敵のところで魔力が一気に膨れ上がる。


 ズドォオオオン!


 一瞬にして業火が辺りを埋め尽くす。

 その衝撃で付近はすべて焼土と化し、黒い大地が広がる。


 上がる煙の中から続いて攻撃が来る。

 放たれたのは槍。すさまじい勢いで加速し、フォンシエを貫く。


「くそぉ!」


 あまりの速さに回避などしようがない。致命傷を避けるので精一杯。

 一方で、敵の本体もまた、少しずつ傷ついている。こちらの攻撃が当たれば、効いている証拠だ。同時に再生も始まっており、最初に落とした足は、すでに生えつつある。


 それなら撃ち続けるしかない。


 フォンシエは背の羽根をすべて撃ち出し、今度は剣を生じさせた。

 金色の剣を握りしめ、一気に接近すると一振り。躱そうとした相手の胴体を切り落とす。


「このまま押し込む!」


 強引に剣を叩き込み、何度も何度も消し飛ばしていく。

 そうして敵の姿が小さくなる一方、彼の周りには刃が浮かんでいた。それらは至近距離から動き出すと、急加速して彼の体を切り裂いていく。


「くっ……!」


 いつしか、彼もまた包囲されている。逃げ場なんてどこにもありはしない。

 こうなったら、全身全霊をかけて敵を打ち倒すのみ!


 フォンシエは剣を振るい、敵を切り刻んでいく。そのうち、背の羽根は枯渇して消え去った。


 敵の胴体はどんどん抉れて小さくなり、ぼこぼこと肉が盛り上がって再生しようとするも、消滅は間近だ。


 しかし、すでにフォンシエ自身も限界が来ている。

 体のありとあらゆるところを滅多打ちにされて、全身は血の色に染まっている。かろうじて人の形をとどめているのは、肉体を操って保持しているだけで、気を抜けばバラバラになってしまうだろう。


「うぉおおおおおお! 消えるのはお前だ!」


 フォンシエが全力を乗せて切りかかる。


(これで終わらせる!)


 ありったけの思いで剣を輝かせる。

 神の肉体は弾け飛び、消えたかと思いきや――ほんのわずか、残ってしまった。


「しまっ――!」


 慌てて振りかぶったときには、彼へと狙いが定められている。

 いくつもの槍が降り注ぐ中、頭はやけに冷静だった。


 この一撃を耐えきる余裕はない。そして防ぐ方法も。いや、あることにはあるのだろう。けれど、そうすれば隙ができて、その間に敵は再生し、今度こそとどめをさせなくなってしまう。


 ほんの少し、もう少しだけでいい。

 力があれば――!


 彼が願う瞬間、温かな光で包まれた。


「フォンくん! 切って!」


 はるか遠くにいるフィーリティアの癒やしの力が彼の傷を癒やしていく。直後、刃が彼の全身を貫いた。


「くっ……!」


 全身は痛む。悲鳴を上げそうになる。

 けれど、止まっていられようか。どうしてこの思いを止められようか!


 これまで背負ってきた思いがある。フィーリティアが託してくれた気持ちがある!


「うぉおおおおおおおお!」


 もう一度剣に思いと輝きを乗せて振りかぶる。

 神は小さくなった姿のまま、逃げ出そうとしていた。


「終わりだ!」


 ひときわ強い光が視界を覆う。

 その眩しさに、自身ですら目を細めた。


 やがてそれが消えると、もう敵の姿は跡形もなく消え去っていた。

 すでに敵の気配はない。すべての神を討ち滅ぼしたのだ!


「やった。やったんだ!!」


 フォンシエは思わず拳を握る。

 そして駆け寄ってくるフィーリティアを抱きしめようとして、慌ててやめた。今の彼は、自分の力の加減がよくわかっていなかったから。


 けれど、彼女はそんなこともお構いなしに飛びついてくる。


「……よかった。無事で。フォンくん、戻ってきてくれてよかった」

「なんとか終わらせたよ」

「なにがあったの?」


 フィーリティアは尋ねる間も、ずっと「癒やしの力」を使い続けていた。フォンシエが自分自身の力を使って体を治したあとも心配そうに。


「女神マリスカと話をしたんだ」


 あそこであったことを口にしていく。

 ひどい戦いだった。けれど、それはすでに過去のこと。これからどうするのかを考えねばならない。


「大変だったんだね。でも、フォンくんが無事で嬉しい」


 フィーリティアはぎゅっと抱きしめながら涙ぐむ。

 フォンシエもまた、あれほどのことがあったのだから、いつ死んでもおかしくなかった、と思い返す。


 となると、あんまり心配をかけないように話をしたほうがいいだろうか。


「そういえば、女神はどうなったんだ?」


 これまでは敵を倒したら現れていたが、その気配はない。


 辺りを見回していると、遺跡が動き始めた。


「なんだ……!?」


 まさか、まだ敵がいるのではないか。

 そう疑問に思う中、女神マリスカが姿を現す。けれど、これまでとは違って、肉体はうっすらと透き通っていた。


 フィーリティアは目を丸くしていた。まさか本物に会うなんて、思ってもいなかったのだろう。


「よくぞ神を倒しました」

「これで終わったんだよな?」

「はい。お伝えしたとおり、この施設は自壊します」

「……あんたもか」

「ええ。女神マリスカは、施設のシステムの一部に過ぎませんから」

「だったら、俺に適当な嘘を吹き込んで、管理者を倒さないようにすればよかった」

「私はこういうシステムですから」


 女神マリスカは初めて微笑んだ。

 それからフォンシエのところにやってくると、


「ずっと、最初から見ていましたよ。頼もしくなりましたね」


 彼の頬にそっと口づけをする。

 フィーリティアがあんぐりと口を開け、フォンシエがあっけに取られる中、


「お疲れ様でした。あなたの夢を叶えられて、私も幸せでした」


 女神マリスカの姿が消えていく。

 その姿をフォンシエは呆然と眺めていた。


 彼女はこの施設の一部に過ぎないと言っていた。だから、これも遺跡に到達した者に与えられる褒美の一つでしかないのかもしれない。


 けれど――。


「ようやく、終わらせられたのかな」


 あまりにも長く続きすぎた彼女の人生も。


「フォンくん。にやけてる」

「そんなことないよ。……ティア、怒ってる?」

「怒ってないよ」


 言いつつも、彼女はそっぽを向く。

 そうすると、可愛らしくふっくらした頬が見えるので、フォンシエもちょっとばかり、悪戯することにした。


 最愛の彼女に小さな口づけを。


 フィーリティアは頬を手で押さえ、


「え、えっ……?」


 なにが起きたのかと、すっかり困惑するのだ。

 それから少しして、顔が真っ赤になっていく。尻尾はぶんぶんと揺れていた。


「さてと……壁はどうなったかな」


 フォンシエは背に光の羽を生み出すと舞い上がっていく。

 もはや施設はなくなったから、高さの制限もないはず。


 ずっと高く飛び上がると、壁はどこにも見当たらない。そして世界が見えた。


 これまで彼がいた土地はあまりにも小さい。その向こうに、どこまでも続く大地がある。


「フォンくーん!!」


 地上からフィーリティアの声が聞こえる。

 フォンシエは彼女のところまで降りていく。


「どうしたの?」

「あのね……女神様がいなくなったんだよ」

「ああ、そうか。ティアも力が使えなくなったんだ」

「うん。……なんでフォンくんは使えているの?」

「たぶん、女神の力じゃないからかな。神から奪ったものだし、これは俺の力だよ。だから、俺ももう村人の力は使えない」


 これまで女神からもらった力は、一つも使えなくなっている。

 といっても、ほかの神から奪った力が強すぎて、あってもなくても困らないようなものだ。


 けれど、それはそれで寂しいものがある。


「……じゃあ、フォンくん一人だけ、神様みたいなものなんだね」

「それは性に合わないなあ。……そうだ、これからは職業だって、女神に与えられるものじゃなくて、自分で決めたっていい」

「うん。なにか望みがあるの?」

「村人になるのはもう少し後回しにして……旅人になろうかな」

「世界を見に行くの?」

「ダメかな?」

「私にはなんにも力がないけど……一緒に連れていってくれる?」

「もちろん。俺はティアと一緒がいいんだ」


 フォンシエはフィーリティアを抱きかかえると、再び空に舞い上がった。


「わあ、すごい」

「……怖くない?」

「怖くないよ。フォンくんと一緒だから」

「それじゃあ、どこに行こうか」

「気が早いなあ。その前にやることがあるよ。ほら」


 フィーリティアが示す先では、人々が祈りを捧げていた。フォンシエに。


「……え?」

「神様の降臨だって思ったんじゃないかな? 外から見ていたら、ものすごく激しい戦いが起きていたんだよ」

「そんな馬鹿な」

「説明しないと、本当に神様になっちゃうよ」

「それは困る。急がないと」


 フォンシエは慌てて地上に向かっていく。

 そんな彼にフィーリティアは抱きついて甘える。


「出かける前に……ちょっとだけ、ゆっくり過ごしてもいい?」

「そうしようか。世界中が混乱しているだろうから。とりあえずは慣れ親しんだ国の旅行かな。それでいい?」

「もちろん。ずっと一緒にいてね」


 フィーリティアは小さくて大切な幸せを手に入れる。

 そしてフォンシエもまた、かけがえのない平和を迎えることができた。


 最強の村人はその運命を終えて、たった一人の少年としてこれから生きていく。


 剣のいらない世界がいずれ来るといい。


 フォンシエはフィーリティアと笑い合った。



逆成長チートで世界最強 完

これにて逆成長チートで世界最強は完結です。

一年八ヶ月の連載となりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。おかげさまでなんとか、最後まで辿り着くことができました。


そのうちエピローグを投稿する予定ですので、そちらもご覧いただけますと幸いです。

また、書籍版はこれからも続いていきますので、もしよろしければ、お手にとっていただけると大変嬉しいです。


改めまして、皆様、本当にありがとうございました。

願わくは、またお会いできますことを。

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