145 世界の果てと終わり
魔王フォーザン討伐の報告を終えたフォンシエとフィーリティアは、再び壁の調査に来ていた。
強い魔獣もいないため、ガレントン帝国南東部の魔物の領域を突っ切り、一気に壁へと到達すると、そのまま南下していく。
この世界の果てはどこにあるのだろう。
そう考えながらずっと走り続けていた二人は、前方に動く植物を見つけた。全体は草の塊のようだが、蔦がまるで生き物のように蠢いている。
「あれは……なんだろう?」
「魔物……でいいのかな?」
二人は顔を見合わせてから、じっとそちらを眺める。
しばらく見ていると……フォンシエは探知に引っかかる魔物があったので、様子を窺うことにした。
ダークウルフが飛び出してくると、蔦がさっと伸びてきて捕らえる。
「ギャンッ!?」
慌てた狼であるが、もう遅い。メキメキと音を立てながら、草の塊の中へと引きずり込まれていく。
フォンシエはそれを眺めていたが、やがて光の矢を撃ち込んだ。
狙いどおりに向かっていったそれは草を散らしていく。ピタリと動かなくなっても、フォンシエは微動だにせずに見つめている。
と、草が消えていき、魔石が残った。
「やっぱり、これは魔物か」
「植物の魔物……なのかな?」
「だと思うけれど、見たこともないからなあ」
この魔物がたまたま、そうした形をしていたのか、あるいは植物の種族があるのかどうかはフォンシエにはわからない。
けれど、初めて見るということだけは確かだ。
「そういえば……遺跡で見た文字は、数十種類があったね」
「それだけの数の種類があるんだったら、これもそのうちの一つってこと?」
「かもしれないね。そうだとすれば、魔獣たちの領域が壁となっていたから、気づかなかったんだ。植物ならそんなに移動は得意じゃないだろうし」
とはいえ、それも仮定に過ぎない。
フォンシエは探知の反応を探りながら、慎重に進んでいく。
と、彼の予想どおりに動くものがある。
一見すると普通の木々と変わらないが、飛んでいる虫が近くを通ると捕らえてしまう木の魔物や、通りがかった獣を蜜で誘い丸呑みしてしまう大きな花、つぼみで攻撃者を殴り飛ばす植物など、様々なものがある。
「やっぱり、植物の魔物なんだね」
「あとで報告しようか。といっても、信じてもらえるかどうかも怪しいけれど」
「フォンくんは英雄なんだから、大丈夫だよ」
「今や勇者たちを率いたこともある村人だからね。いざとなったら、フリートさんとユーリウスさんの名前を出そう」
「それこそ、知り合いだって信じてもらえないんじゃないかな?」
「そうかもしれない」
二人はそんなことを言っていたが、再び移動を始める。
壁沿いにずっと進んでいくと、やがては南から西向きへと進む向きが変わってきた。そのまま西に向かっていけば――
フィーリティアは狐耳を動かしながら、悩んでみる。
「確か、海があるんだっけ?」
「そう聞いているよ」
「行ってみたいね」
「行けるよ、俺たちなら」
「うん。フォンくんと一緒なら、どこにでも連れていかれそうだもの」
「……俺は放浪癖はないはずだけど」
「魔物に誘われて、ふらふらと行っちゃわない?」
「急にはいなくならないよ。ちゃんと相談してから行くから」
「でも、追っていくのは確かなんだね」
フィーリティアは苦笑いしつつも、「早く海が見たいな」と、彼の前に出て尻尾を振って誘うのだった。
魔物の領域だというのに緊張感のない二人であるが、それも二人の実力が桁外れだからだろう。
やがて潮風が吹くようになってくると、フォンシエは探知による情報から、陸地の終わりを感じ取るのだ。
木々をかき分けて進んでいき、一気に視界が開ける。
白い砂浜と、どこまでも続く青い海。
「わあ……綺麗だね」
フィーリティアは目を輝かせながら、感動の声を漏らす。
一方でフォンシエは左の方を見ていた。そこには、海上においてもずっと続く壁がある。
「……初めて見るんだから、もうちょっと感動してもよくない?」
「ごめん、ちょっと気になっちゃって」
「でも、そうだね。あれがなかったら、もっと綺麗に見えたもん」
フォンシエは単に、壁がどこまで続いていたのかと考えていたのだが、フィーリティアがまた口を尖らせてしまいそうなので、心の中に仕舞っておくことにした。
それから二人は並んで浜を歩いていく。
海には海で魔物がいるらしく、遠くで飛ぶ個体が見える。しかし、水棲の魔物とも違っているようだ。
フォンシエはそれらを見ながら、つい呟く。
「なんか……呆気なかったね」
「世界の果てを見に行こうって張り切っていたのに、あっさり終わっちゃったね」
「壁の向こうは行けそうもないし、これで冒険も終わりかな」
用が済めば、さっさと戻るしかない。
向こうは魔物の被害が収まったわけではないのだから。
「魔物がいなくなったら、ゆっくりと見に来ようよ。俺とティアだけじゃなくて、ほかにも人が来るようになるといい」
「……それはいつのこと?」
「とりあえず、生きているうちには」
「当てにならないなあ」
フィーリティアは苦笑しつつも、「かえろっか」と、彼を促すのである。
それから海沿いに進んでいき、やがて北東へと向かっていく。
この調査では結局、ただこの世界が壁に囲まれているということ以外はわからなかった。けれど、それだけでも十分だろう。
フォンシエがすべきことも決まった。
(囲まれているならちょうどいい。ここにいる魔物どもを滅ぼすだけだ)
そう考えているうちに魔物の領域を抜け、人の国に到達する。まだ、フォンシエもフィーリティアも来たことがないところだ。
こちらは特に異変もないらしく、呑気なものだ。
そんな国を突っ切り、混沌の地の西国に辿り着いた彼らは、慌ただしく動き回る兵の姿を認めた。
「なにかあったんだろうか?」
「聞いてみようよ」
フィーリティアは駆けていって、早速声をかける。
彼女の姿を見て勇者と判断するなり、兵は姿勢を正した。
「こんにちは。忙しそうですが、なにかあったんですか?」
「混沌の地から魔物が溢れ出してきており、現在勇者様が対応中です」
兵曰く、魔物はこれまでにない攻勢に出たとのこと。
聞いた勇者の名前の中には、ともに戦った者の名もあった。
魔王討伐に赴いた者は、混沌の地の魔物相手にも引けを取らないが、大量の魔物を相手にしていては疲弊してしまう。
「行こう、ティア」
「うん!」
二人は東へと向かっていく。
光の翼をはためかせながら、全力で進んでいった彼らは、その先にある光景に息を呑んだ。
迫ってくるのは魔物の大群。
ホーンラビットやケット・シー、クー・シーが壁のようになっており、その後ろではダークウルフがうろうろしている。
「あれは……まさか」
フォンシエは探知のスキルを働かせ、混沌の地の奥に意識を向ける。
すると、この外側部分にすべての魔物が集まっていることが明らかになった。
「これまで一定数しか出てこなかった混沌の地の魔物が、全部動くようになった」
「……倒しても倒しても、復活してたんだよね?」
「だから、今度は混沌の地のすべての魔物を相手にしなければならない」
その重圧に、どこまで耐えきれるか。
いや、現実的には不可能だ。これまでですら一杯一杯だったのだから。
兵のレベルが上がるとはいえ、そもそも上位職業の者がそこまでいない。無限に湧いて出てくる魔物を相手にしていては、いずれ全滅してしまうだろう。
「……もう一度、遺跡に行こう。そこでなにかを見つけない限り、この戦いは終わらない」
フォンシエは魔物の群れを見るなり、「高等魔術:炎」をぶち込む。
大爆発が生じて敵が吹き飛ぶのを見て兵たちは歓喜の声を上げる。そして一人の勇者が飛んできた。
「フォンシエ殿! ほかの勇者たちも混沌の地を取り囲んで奮闘中です!」
「よし、彼らと合流して、遺跡に行こう。この戦いを止めるんだ」
「なにか策がおありですか?」
「そんなものはないよ。でも、そこで見つからなければ……」
フォンシエはその先は言わなかった。
なにしろ、待ち受けるのは滅亡だ。もはやこの世界は人が住める土地ではなくなる。
(あの壁は、この魔物を封じ込めるためのものだったのか?)
そうだとすれば、もはや手のうち様もないが……。
「遺跡の文字の解読は進み、習得した勇者がいます」
「助かる!」
フォンシエは魔物を切り倒しながら、混沌の地の周りをぐるりと一周していく。
フリートやユーリウス、ラスティン将軍らと合流するなり、遺跡へと向かい始めた。
最強の勇者たちを引き連れ、フォンシエは進んでいく。今度はレベルを上げるためじゃない。この世界を終わらせないために、彼らは剣を取る。
道中には魔物はいない。すべて、外に向かって動き始めているのだ。たまに見られるのは、混沌の地に生じてすぐに外に向かう個体のみ。
そして遺跡が見えてくる。
「……あいつがいる」
フォンシエが見据える先には、巨大なゴブリンがいる。魔王ゴブリンキングだ。
前は逃げたが、今度はまっすぐに立ち向かい、切り倒していくしかない。
「さあて、楽しい時間の始まりだ!」
フリートは剣を抜き、相手目がけて光の矢を撃ち込んだ。
いよいよ、勇者たちは遺跡へと駆け出した。




