121 彼は村人をそう称し
遠距離から放たれたそれは、その一瞬を待っていた。
フリートがキラービーを切り裂き、その肉片で視界が埋め尽くされた瞬間、巨大な針がそれらを飛び出して視界に現れ、彼を貫こうとする。
「ちぃ! こっちが本命か!」
光の盾を用いて防ぐも、針の先端が食い込むと、先から無数の小さな針が同時に放たれた。
フリートは咄嗟に距離を取るも、彼の鎧はあちこち削り取られ、腕には針が突き刺さってしまった。
それらを取り除き、彼は光の証を用いた「癒やしの力」を使用すると、傷口は塞がっていった。
フォンシエは攻撃が来た方向を見る。そこにはキラービーの巣があるだけだ。しかし……。
「あれはどうやら、キラービーの巣が乗っ取られていたようだ」
ユーリウスはそちらに視線を向けて呟く。
と、彼目がけて針が放たれた。
ユーリウスは予想外なほど大きく距離を取ることで回避する。そしてフリートに視線を向ける。
「おそらく、キラービーの亜種、ヴェノムビーの女王に乗っ取られたんだろう。毒性が強い針を持ち、ああして奪った巣に引きこもって攻撃してくる」
「なら、さっさとぶっ殺しちまえばいい。こんな面白い戦い、途中で取り上げられてたまるか!」
フリートはすでに切り殺したキラービーの女王を蹴飛ばし、剣を構えると、光の翼を用いて加速する。
だが、距離が近くなるとキラービーが邪魔をしてきて、それらごと貫いて針が飛んでくるため、迂闊に寄ることができなくなる。
それならば、巣から引きずり出してしまえばいい。フリートは光の矢を撃ち込んだ。
矢は巣を貫くも、かなりの厚みがあるようで、貫通する前に消えてしまった。
苛立ちを覚えたフリートであるが、次の瞬間、異変を覚えた。そして光の翼がうまく動かずにバランスを欠いてしまう。毒が回ってきたのだ。癒やしの力を用いても、本質的なところは治らないのである。
「ここまでのようだ。フリート、お前の負けだ」
「ああ、くそ。いいところだってのに」
ユーリウスは動けない彼を邪魔だと言わんばかりに押しのけると、敵の巣との距離を適度に保ちながら光の矢を放っていく。
距離があるため、敵の攻撃が届かず、一方的に攻撃することができるのだ。
堅実な戦いっぷりに、フォンシエはなるほど、と舌を巻く。フリートは一対一での切り合いが得意なのだろうが、短気なところがある。しかし、ユーリウスは好戦的でありながら確実に敵を削っていくのを好んでいた。
「ティア。俺たちもやろう」
「うん」
ユーリウスを見習って三人で光の矢を撃ち続けていくと、いよいよ耐えきれなくなった女王蜂が巣から飛び出した。
全身はくすんだ色で、見るからに禍々しい。下腹部には大量の針が埋まっていた。
フォンシエたちのほうに勢いよく飛来しつつ、針を撃ち出す準備をしている。
彼は光の盾を用いつつ「高等魔術:土」による壁を生み出す。一方でユーリウスは「高等魔術:炎」を使用した。
大爆発とともに勇者の光が撒き散らされる。
土の壁に遮られた爆風が近くを通り過ぎていく。その轟音にフィーリティアは狐耳をぺたんと倒した。
「フォンくん、魔王は!?」
「今ので吹き飛ばされたようだ!」
爆発によって、撃ち出された針ごと飛ばしてしまおうというのがユーリウスの考えなのだろう。確かにフォンシエやフィーリティア、ユーリウスのところには針など飛んでこなかったが、それ以外の場所に目をやれば、地面や木々に深く突き刺さっているのが見える。
フリートは光の盾を用いていた。彼のところには、針が飛んでいったのである。
これが普通の勇者たちは、この二人と組みたがらない理由だろう。
フォンシエはすぐに探知で敵の位置を探ると、「高等魔術:土」を解除して飛び出し、光の矢を撃ち込む。
直撃したのだろう、もがくような音が聞こえてきた。
「死ぬまで撃ち込め」
フリートは光の矢を撃ち込む。一方的な攻撃だった。
ヴェノムビーの女王蜂はもがき苦しみ、ヘドロのような液体を撒き散らしている。羽は貫かれてなくなり、下腹部の針も取れていた。
キラービーは向かってきたり、逃げようとしたりするが、どれもフォンシエたちの「高等魔術:炎」によって吹き飛ばされていく。一体たりとも逃さない意思が見て取れた。
確かに、このやり方はフリートからすればつまらないやり方なのだろう。勇者としてもあまりかっこよくはない。
けれど、今回はこれが適切だった。
やがて女王蜂は動かなくなった。あっけない最期である。
「……もういいだろう」
ユーリウスは攻撃を中止すると、フリートのところに向かった。
「なにか言うことはあるか」
「あいつ。この手でぶっ殺したかったなあ」
「まったく反省がないようだな。ここに置いていってもいいんだぞ」
「いつかそういう日が来るとはわかっていた。あちこちで恨みを買っているからな。俺を殺したがっているやつは多いだろう。莫大なペナルティがあるから、手を出せねえだけで――」
フリートがそんなことを言っていると、フォンシエがやってきて「解毒」のスキルを用いた。光の証を利用しているため、毒は一瞬で消え去る。
「……話、聞いてたのか?」
「はい? 死にたかったんです?」
「いや、そういうわけじゃねえが……」
フォンシエはフリートの言わんとしているところがいまいち掴めなかった。
「人がどう思っていようが、俺はフリートさんは嫌いじゃないですよ。こうして魔物を倒すのを手伝ってくれますし」
「基準はそれだけか。こいつはとんでもない村人だ。なあユーリウス。こいつ、もしかすると、お前よりどうかしているんじゃねえか」
「失礼なことを言うな。お前と違って私はまともに生きている」
「まともなら、仲良しこよしの勇者たちに呼ばれてるだろ」
これにはユーリウスも反論しなかった。
フォンシエは彼らに「これから調査を続行しますか? それともいったん戻りますか?」と聞いてみる。
フリートはまだ続けると言うかとも思ったのだが、「降参だ。ひとまず帰らせてくれ」と両手を挙げ、ユーリウスも頷いた。なんだかんだでこの二人は仲がいいのかもしれない。
帰り道、フォンシエのところにフィーリティアがやってきて微笑む。
「フォンくん、よかったね」
「ひとまず魔王の件は片づいた。それにフリートさんもユーリウスさんも、北の調査を手伝ってくれるらしいから、いよいよ、北の魔物撲滅も現実味を帯びてきたかな」
「私もずっと、お手伝いするよ」
「ありがとう、ティア」
フィーリティアは満足そうなフォンシエを見て、尻尾を振るのだった。
それから拠点に戻ると、兵たちに魔王討伐の旨を告げる。彼らは驚きつつも、この四人ならばやりかねないと、すぐに連絡を始めるのだった。
フリートとユーリウスは休息を取り、フォンシエとフィーリティアはさらに東に拠点を広げるように、文官たちに提案するのだ。
北には壁が存在しており、ずっと東に行けば開拓村がある。魔王がいない今、その間を制圧するのは容易であると説く。
しばらく時間がかかったものの、彼らは最終的には承諾してくれた。もしかすると、拒否したならば、ユーリウスとフリートがなにをするかわかったものではないからかもしれない。
あるいは、魔王モナクとの戦いで凄惨な目に遭った者たちにとって、輝かしい希望になるからか。
いずれにせよ、フォンシエの願いは叶うことになった。魔物がいない平和へと、また一歩近づいたのである。
あれやこれやと働いているうちに、何日も過ぎていく。
ゼイル王国は着々と、北に領地を広げ始めた。




