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113 決戦を前に

 夜半、騒々しさにフォンシエは目を覚ました。

 ただ事ではないことが明らかになると、ベッドから抜け出して窓から外を見る。すると、兵たちがしきりに市壁へと向かっていることが明らかになる。


「フォンくん。起きて大丈夫なの?」


 フィーリティアが聞いてくる。彼女もこの騒動で目を覚ましたようだ。


「体調は万全。疲れも取れた」

「……本当に? 目の下にくまができてるよ」


 彼女はフォンシエの目元にそっと触れる。心配してのことだ。

 フィーリティアの思いを知っているフォンシエは安心させるように微笑んでみせた。


「この戦いが終わったら、少し休憩にするよ」

「フォンくんはいつもそう言ってるね」

「だけど、いつもちゃんとそのとおりにしているだろ?」

「うん。だから今回も、約束を守ってね」


 戦いに勝たねば、そのときはやってこない。

 フォンシエはそう思ってつい剣を手に取ろうとするのだが――


「今は修理に出していたんだった」

「もう行くつもりなの?」

「それはこの騒ぎの理由次第だよ」


 フィーリティアと一緒に外に出ると、すぐに走っている兵に目を留める。

 彼らのほうも、二人を見るなり告げてきた。


「フォンシエ様、フィーリティア様。至急、申し上げたいことがございます」

「この騒ぎのことかな?」

「はい。王都が燃えていることが確認されました」


 それはすなわち――。


「王都が落とされたのか」

「……断言はできません。ここからでは、戦火を確認するので精一杯です」

「わかった。直接この目で見るとしよう。俺の装備の修理はどうなっているかわかるだろうか?」

「すぐにお持ちいたします」


 フォンシエは兵に頼むと、フィーリティアと一緒に光の翼を用いて跳び上がり、市壁の上に移動する。目を凝らして南方を見ると、そこは確かに赤くなっている。


 あれは炎だ。

 光の証で強化した探知のスキルを用いてみても、状況は把握できない。いくらなんでも距離がありすぎる。


 となれば、確認する方法はたった一つ。


「ティア。行ってみよう」

「……もし、あそこに魔物しかいなかったらどうするの?」


 その問いは、すでにレーン王国の勇者が殺され王が命を失っていた――この国が滅んでいたらどうするのか、ということでもあった。


 しかし、現実的には考えなければならないことでもある。もし、そこに魔王モナクと配下の魔物しかいないのであれば、たった二人で挑むのは無謀だ。


 フォンシエは拳を握るも、すぐに冷静になる。いや、いくら感情が激しく燃えていようと、普段どおりに動けるだけと言ったほうが近いかもしれない。そうでなければ、魔物との戦いを生き延びることなどできなかったから。


「そのときは……戻ってくる。準備を整えて、そして敵を討つ」

「うん。無茶しないでね」


 フィーリティアもそれで納得してくれる。

 二人で話していると、兵がやってきた。


「装備です。すでに修理は終わっております」

「ありがとう」

「こちらで不備はございませんか?」

「ああ、バッチリだ。修理してくれた人に言っておいてくれ。見事な腕だって」


 フォンシエはメタルビートルの鎧とキングビートルの剣を身につける。

 上位の魔物と魔王から作られたそれらは、綺麗に修理するどころか、へこみを直すことすら難しい代物だ。


 それが今では、元どおりになっている。剣を振ってみても、これといった問題は生じない。


「フォンくん。行く前に、礼拝堂に寄っていこう」

「そうだね。あれほど魔物を倒したんだから、レベルも上がっているはず。……といっても、この時間じゃ開いてないな」

「すぐに手配します!」


 兵が大慌てで動き出す。

 悪いと思いつつも、フォンシエは彼についていき、礼拝堂の扉を開けてもらって中に入る。


 そうして誰もいない中、二人きりで女神マリスカの像に祈りを捧げた。


 レベル 15.42 1640


 皮肉なことに、都市に群がっていた大量の魔物を仕留めたことで、大幅にレベルが上がっていた。


 すでにレベルが上がりにくくなっていたフォンシエだが、敵のレベルは彼と同じかそれよりも上といったところで、まとめて倒すのにもレベルをあげるのにもちょうどよかったのだ。


 いかにレベル上昇1/100の固有スキルの恩恵があるとはいえ、元が村人だからそれほど強い相手を一掃することなんて、これまではできなかった。しかし今は、光の証を用いて勇者以上の活躍を見せることができる。


 フォンシエは500ポイントを使用して三つ目の光の証を取る。

 これで同時に三つ使えるようになった。そのことを確認すると、フォンシエはさらにもう一つ取得する。


 四つのスキルを同時に使うことは、もう問題なかった。今日の激しい戦いで、勇者のスキルにも慣れきっている。


 四つの光の証をそれぞれ、剣聖のスキル「剣術」、大魔術師の「魔力増強」、暗黒騎士の「幻影剣術」、聖騎士の「神聖剣術」に割り振る。


 幻影剣術と神聖剣術は魔力の使用時に効果を発揮するものだが、身体能力を上げる効果に関しては普段でも発揮されており、光の証を用いる意味はある。


 そして魔力増強はたんに最大値が上がるものだから、一度スキルを放って魔力が減った状態になれば、戦いの中で回復が見込めるわけでもないため、長々と使っておく必要はない。そのため、別のスキルに切り替えていい。


(……よし、なんとかいけるな)


 フォンシエはさらに光の翼を用いると、集中力を要するものの、五つの勇者のスキルが切れていないことを確認する。同時に、強化されたスキルの効果も。


 これまで、さして強くなった実感はなかった。けれど今なら、魔王とも戦う力があると感じるのだ。


 もし、この力がなにかのために生まれたのなら、それはきっと、魔王を倒すときのためだろう。


 フォンシエは覚悟を決めて、それから大魔術師のスキル「消費魔力減少」と「魔術威力増強」をそれぞれ200ポイントで取得する。大魔術師の高等魔術に対して影響を及ぼすものだから、あまり必要性は感じてこなかった。


 しかし、次の戦いでは大量の敵と戦うことになるかもしれない。

 だからこのスキルを取っておいたほうが役に立つはず。今なら、光の証で強化することもできるのだから。


 フォンシエが礼拝堂の入り口に向き直ると、すぐ近くでフィーリティアが待っていた。


「いつもは外で待っているのに、どうしたの?」

「今は貸し切りでしょ? だから、祈っているフォンくんの姿を見ておこうと思って」

「……そんな面白い姿かな?」

「私にとっては、とても面白いよ」


 フィーリティアはにこにこと笑顔でそんなことを言う。

 フォンシエは彼女を見て、


「じゃあ俺にとっても、面白いかもしれない」


 なんて言うのだ。フィーリティアが楽しげだったから。


 わずかな穏やかな時間が過ぎると、二人は礼拝堂を出る。夜風に撫でられながら、光の翼を用いて市壁まで飛んでいくと、そこで兵に告げる。


「王都を見てくる。余裕があったら、魔王の首も取ってこよう」


 彼の大胆不敵な言葉に、兵は思わず息を呑む。

 それが冗談であるとは思わなかった。彼ならば、やってのけると感じさせる風格があったから。


 このとき、君主のスキルを使っていたわけではないが、どんな王侯貴族よりも堂々たる威風を携えていたことは間違いない。


 それゆえに兵は頭を下げた。


「この国の未来をよろしくお願いします」


 フォンシエは目を細め、それからフィーリティアと頷き合う。

 市壁を駆けていって跳躍すると、光の翼を用いて一気に加速。闇夜を切り裂く二筋の光が尾を引く。


 南へと向かう最中、道中には魔物の姿がある。途中ではぐれたもの。防衛のために残っている個体。


 様々な敵がいる。共通しているのは、魔王モナクの配下ということ。

 フォンシエはそれらを片付けながら南へ南へと向かっていく。


 やがて、激しい赤色が近くなってきた。

 探知のスキルと洞察力を用いて探ると、そこには魔物が蔓延り動き回っているのが見て取れる。


 しかし、すべての人が死に絶えたわけではない。

 剣を振る男たちの姿がまだあるのだ。それもこのままだと、儚く散るだろう。


「ティア。まだ生き残りがいる。今なら助けられる人々がいる」

「ということは、勇者もまだ生きている」


 彼らが敗北したなら、誰も戦う気力など振り絞れるはずがない。なにより、魔王モナクの前では手も足も出ずに潰されるしかないのだ。


 勝機はある。ならば、行く以外の道がどこにあるというのか。


「やろう。魔王モナクを討ち取る」


 フォンシエは告げるとともに、光の翼を用いて市壁を越えて、燃える街中へと飛び込んだ。


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