天使の職場放棄〜エリート天使の失恋、二度目の恋はハッピーエンドで〜・短編
僕の名前はアルフレータス・ヘルツバーム・リヒテンリーベ。
天界の恋愛成就課に所属する、ビルク国担当の天使だ。
天使に多い金髪と青い瞳、白い肌で、自分で言うのもなんだが、そこそこ容姿も整っている方だとは思う。
天界の学園を首席で卒業。
恋愛成就課の試験もトップの成績で合格。
周囲からは将来をそれなりに期待されている。
そんな僕の今回の任務は、ある少女の恋を成就させ、少女が結婚するまで見守ることだ。
そんなことは、下っ端の天使にも出来ることだが、何故か上から直接命が下った。
この任務に特別価値があるとは思えないのだが……上の連中が考えることはよくわからん。
僕の受け持つ少女の名前はレイア・ビットナー。
由緒ある侯爵家の長女で現在十六歳。
茶色い髪を三つ編みお下げにした地味な見た目の少女だ。
少女の初恋相手の名前はロック・ハーゲドルン。
貧乏伯爵家の嫡男で、素行が悪く、女癖も悪く、頭も悪い、良いのは顔だけという男だ。
レイアがなぜ、こんな男に惚れてるのかは謎だ。
相手は貧乏伯爵家、侯爵家の権力を使えば、レイアとロックの婚約は簡単だろう。
実際、ロックはレイアの婚約者候補に名を連ねている。
ほっといても結婚しそうなのに、なぜ上の連中は天使を派遣し、二人の結婚を見届けさせようとしているのか?
上の考えることはよくわからない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
僕の使命は彼らの結婚を見届けることなのだから。
◇◇◇◇◇
レイアは地味だが、真面目で、努力家で健気な子だった。
側で見守るうちに彼女に情が湧いてきた。
……愚かだな。
見守る対象に恋をしても、成就することはないのに……。
そんな僕の心など関係なく、二人の関係は進展していく。
僕が派遣されて数カ月後、レイアとロックが正式に婚約することが決まった。
レイアの両親はロックとの婚約に反対したが、レイアの強い希望によりロックとの婚約が決まったのだ。
胸がズキズキと音を立てた。
最初から叶わない恋だった……。
そんなことは分かりきっていたのに……。
何を今さら傷ついているのか……。
レイアとロックの婚約を報告するため、僕は一度天界に戻った。
僕は、そこでとんでもない話を聞くことになる。
己の人生も、天使界の今後も、人間達の人生も大きく変えてしまうほどの重大な話を……。
◇◇◇◇◇
天界は各担当地区が決まっている。
僕が所属するビルク国、隣国のアイゼンベルク国、海の向こうのジルバータール国、山の向こうのネッツハイム国などなど……。
そして、担当地区ごとに成績を競っていた。
生まれた子供の魔力量をポイントに換算し、その数値の大きさで成績が決まっていた。
現在、僕が担当するビルク国の成績は二位。
上層部は万年二位であることに我慢ができず、不正を働いていたのだ。
魔力量の強い子供をより多く出産させるため、人々の恋心を操り、望まぬ結婚をさせていたのだ。
きっとレイアもその一人に違いない……!
でなければ清らかなレイアが、ロクデナシが服を着て歩いているようなロックに惚れるはずがない!
誰と誰を結婚させれば、より魔力量が多い子供が生まれるのかは機械で測定していた。
そして、二人が結婚するように天界にある機械で恋心を操作していた。
ゴウンゴウン……と音を立てる巨大な機械を前に、僕は怒りを抑えられなかった。
人々の幸せを願う天使が、成績の為に人間の心を操るなんてそんなことが許されるはずがない!
僕は手に魔法力を集め、最大級の攻撃魔法を機械に向けて放った。
機械が爆発音と共に壊れていく。
僕は機械が壊れた事を確認し、天界を飛び出した。
◇◇◇◇◇
人間界に戻ると、あちこちで婚約破棄だの、離婚だのという言葉が聞こえた。
恋心を操られていた人間達が正気に戻ったのだ。
きっとレイアも正気に戻っているはずだ。
だけど、僕がレイアの家で見たのは、レイアとロックの婚約が正式に結ばれる瞬間だった。
……嘘だ。
もしかして、正気に戻ったところで、今さら婚約を白紙撤回するとは言えない状況だったのか?
レイアは真面目で優しい性格だ。きっと、本当の事を言えずに苦しんでいるんだ。
なら、僕が助けてあげないと!
彼女の恋心を操っていたのは天界だ。
責任を取らなければ!
窓を蹴破り室内に突入しようとしたとき、レイアの表情に気づいた。
レイアはロックに寄り添い、嬉しそうに微笑んでいた。
……なぜだ? 機械は壊したのに……。
なのになんで、レイアはあいつの隣で微笑んでいるんだ……?
なぜ、レイアはあんなにも愛おしそうにロックを見つめているんだ?
もしかして……レイアのロックへの恋心は本物だった……?
認めたくないが、それしか考えられない。
あんな女好きで、ギャンブルが好きなロクデナシのどこがいいんだ!
そう思ったが……ロックの隣で幸せそうに笑うレイアを見て、僕は何も言えなかった。
僕はその場を離れ、天界へと戻った。
機械を破壊し、上層部の計画を壊してしまった。
降格か……。
もしかしたら天界からの追放もあり得る。
しかし、己のしたことの責任は取らなくてはいけない。
◇◇◇◇◇◇◇
僕が恋心を操る機械を破壊したことで、上層部が人間の心を操っていたことが神の知るところとなった。
神は激怒し、計画に加担していた大勢の天使が粛清されていた。
上が綺麗にいなくなったので、僕は予想外に出世することになった。
出世といえば聞こえはいいが、ようは僕が壊した機械の後始末だ。
天界に恋心を操られていた事により結ばれた婚約や婚姻を、速やかに無効にし、被害者のその後の生活をフォローするのが仕事だ。
婚約を破棄した令嬢は傷物になる。
そういった令嬢には、次の嫁ぎ先や仕事を紹介する。
すでに婚姻しているものは、速やかに離婚させ、その後の生活が維持できるように家や生活費を手配した。
場合によっては子どもの親権についても、フォローした。
上層部が僕にレイアとロックの結婚を見守るように指示したのは、やはり二人の子供が高い魔力を持って生まれて来ると判断されたからだった。
しかもビルク国の国家魔術師が束になっても敵わないような、強大な魔力を持った子が生まれる予定だったらしい。
レイアはロックに恋をしていたし、ロックもレイアとの結婚に旨味を感じていた(主に金銭的な援助の面で)。
しかし、レイアがロックの無能さに気づいて恋心が冷める恐れがある。
なので二人が結婚するまで見守るように、僕が派遣されたのだ。
悔しいが、上層部の思惑通り二人は結婚した。
レイアがロックに恋してるんじゃどうしようもない。
ロックがロクデナシだからといって、レイアの恋心を操作するのは……してはいけないことだから。
だけど、レイアとロックのその後を知りたくなくて、ハーゲドルン伯爵家の地区の仕事だけ、他の天使に任せることにした。
僕の初恋の傷はまだ癒えそうにない。
◇◇◇◇◇
そして、十年が過ぎた。
ようやく、かつての事件の後始末が済んだ。
僕は天界に辞表を出し、人間界に降りた。
天使という仕事にほとほと嫌気が差したからだ。
一度、天界を離れたらもう天使には戻れない。
人間として生きていくしかない。
それでも、天使でいるよりは良いと思った。
天界からのささやかな退職祝いに、人間界での住処と生活費、オマケでちょっとした能力を貰った。
その能力については僕も知らされていない。
後でのお楽しみだそうだ。
僕は天使だったときの「アルフレータス・ヘルツバーム・リヒテンリーベ」という名前を捨て、人間として新たに「アルフレート」という名を授かった。
天界が僕に用意した家は、海沿いの小さな田舎の町にあった。
高台にある屋敷からは海と小さな教会が見えた。
教会から子どもたちの笑い声が聞こえる。
こんなのどかな町で余生を……といってもあと五十年くらいあるけど、それでも天使に比べればずっと短い……過ごすのも悪くはない。
町を散策しようとのんびりと歩いていると、教会から子供が飛び出してきた。
転びそうになるその子供を支えると、どこからか美しい声が聞こえた。
どうやら教会から逃げたし子供を探しに来た人物の声のようだ。
「こら、ジャン駄目じゃない! 急に飛び出したら危ないでしょう!」
「ごめんなさ〜〜い」
「……レイア」
子供を追いかけてきた女性を見て、僕は息を呑んだ。
そこにいたのは、十年前僕が担当していたレイアだったからだ。
あのころは、華奢な少女だったが、今は落ち着いた大人の女性へと成長していた。
両サイドでしていた三つ編みを、今は下ろしている。
「どうして私の名前を?
私、まだ名乗っていなかった気がするのですが」
「いや、その……なんとなくそんな気がしただけだ」
そうだ。レイアは僕の事を知らない。
天使だった頃の僕の姿は人間には見えないから。
「レイア姉ちゃんはね、旦那に浮気され、嫌気が差して家を飛び出してきたんだよ」
ジャンと呼ばれた少年がそう呟くと、レイアは頬を真っ赤に染め、子供の口を塞いだ。
「ジャン、余計なこと言わないで!」
そうか……ロックとは上手くいかなかったのだ。
「すみません、見ず知らずの人にこんなこと……」
「いや、そなたも苦労したのだな」
レイアがじっと僕の顔を見た。
「僕の顔に何か……?」
「いえ、あなたとどこかでお会いしたような気がしたので……」
心臓がどきっとした。
姿は見えなくても僕の姿を感じていてくれたんだろうか?
だとしたら嬉しい。
「レイア姉ちゃんたら、お兄ちゃんが男前だから見惚れてるんだよ」
「違うわよ! ジャンったら何を言うの!」
ジャンの言葉にレイアは耳まで真っ赤に染めていた。
「やめときなよ〜〜。
神父さんとシスターが話してたよ。
姉ちゃんの前の旦那は、顔は良かったけど、中身すっからからだったって。
二人共、姉ちゃんがまた同じ失敗をしないか心配してたよ」
「ジャン……!」
レイアは顔を真っ赤にして少年を叱りつける。
「あなたは、もう戻ってなさい!」
「はーーい」
ジャンと言われた少年が僕の服を引っ張る。
「お兄さんも、姉ちゃんが美人だからって手を出さないでよ。
姉ちゃんをお嫁さんにするって決めてる子が大勢いるんだから」
「ジャン!! もう、あなたって子は!」
レイアに怒られ、少年は逃げるように教会にかけていく。
「あの、違うんです!
私は決して見る目がないわけでは!
ロックとの……前の夫との結婚は若気の至りで!
今はあの頃より人を見る目がちゃんとあります!
……こんなこと、お話するつもりは」
「いや、僕は構わないよ」
レイアの近況が聞けて嬉しかった。
「まずは挨拶からやり直そう。
はじめまして、僕の名前はアルフレート。
この上にある家に越してきたんだ」
「まあ、そうだったのですね。
私の名前はレイア。
わけあって離縁して、ここの教会に身を寄せてます」
朗らかに微笑む彼女からは失恋や離婚の痛みを感じない。
もうロックのことは吹っ切れているのだろう。
「それは大変だったね。
前の旦那さんとの間にお子さんは……」
天界の機械はレイアとロックの間には、国家魔術師が束になっても敵わない魔力量を持った子供が生まれると計算していた。
そのような子供が、ロクデナシの父親のところにいるのはいささか心配だ。
大きな力には責任が伴う。
教育を間違って、道を踏み外したら大変なことになる。
「子供はいないんです」
「そうだっのか、それは悪いことを聞いた」
レイアとロックの間に子供がいなくて正直ホッとしている。
だが、レイアの事を考えるとあまり喜べない。
子供が出来なくて、さぞや嫁ぎ先で居心地の悪い思いをしたことだろう。
「嫁ぎ先では、石女とか、役立たずとか言われました……。
でも、今となってはそれも過去のことです」
そう言って前を向くレイアは、美しく、過去の傷を乗り越えているように見えた。
「すみません、初対面の人にここまでお話する気はなかったのですが……。
あなたにだと、気軽に話せてしまって……」
レイアの頬は赤く色づいていた。
天使だった頃の僕の姿はレイアには見えない。
見えなくても、レイアが何かしら感じていてくれたなら嬉しい。
「あの……本当にどこかでお会いしたことはありませんか?」
「いや、ないよ」
人間になってからレイアに会うのはこれが初めてだ。
だから嘘はついていない。
「もし良かったら、この町を案内してくれないかな?
この町に来たばかりで何も知らないんだ」
「はい、私でお役に立てるなら」
そう言ってレイアはふわりと笑った。
レイアの初恋は上手くいかなかった。
それは悲しいことなのかもしれない。
でも、今の彼女はフリーだ。
僕ももう天使じゃない。
今度は黙って見守ったりはしない。
◇◇◇◇◇
「角のお店の魚介のパスタが美味しいんですよ。
商店街のカフェはパンケーキとコーヒーがおすすめです」
「そうなのか? じゃあ、今度一緒に食べに行こうよ」
「えっ……? それって、デート……のお誘い?」
「そうだけど、誘っちゃ駄目だった?」
「いえ、私のようなバツイチの年増より、アルフレートさんには、もっと素敵な女性がお似合いな気がして……」
「僕はレイアがいい。
いや、レイアじゃないと駄目なんだ」
見守るだけの恋を止めたから、今度はぐいぐい行こうと思う。
――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
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アルフレートが天使を止めるとき授かった能力。
会いたい人を引き寄せる能力。
ついでに攻撃魔法と回復魔法を少しだけ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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