99話 異空地に寄り道
「何とか落ち着いたみたいやけど、ソレ、どないすんの?」
ずっと『コレ』だとか『ソレ』だとか言われているのは、床に横たわる金色の大狐だが、それを耳手で指し示しながらも、視線はフィルに固定したままアレクが訊ねる。
アレクからの視線に気づき、フィルが大狐を一瞥した後、エリィに向き直った。
「一度外へと出てから異空地に運び込めればと考えております」
「ここで直接運び込むというのではダメなのかしら?」
「はい」
フィルの説明によると、欠片を保護する道程の遺跡やダンジョンはわからないが、最後の祭壇の部屋は欠片を回収した後、その動きを止めてしまう可能性があるらしい。つまり転移紋も動かなくなるかもしれないという事だ。もちろんあくまで可能性と言うだけで、確定ではないのだが。
ここで欠片を大小合わせればそこそこの量を回収できたので、もしかすると今なら異空地の設定項目が新たに開放されているかもしれないが、ここに来るまではエリィ自身も含め、入った場所にしか出ることが出来ないと言う状態だった。
そして狂化してはいたが元々は欠片の守護をしていたとフィルが言う、その大狐にもそれは適用されるらしく、ここにしか出入りできない場合、もし転移紋が起動しなくなったら外に出る事が叶わなくなるのだそうだ。
『行きは良い良い、帰りは恐い』と言うやつかと、エリィはそっと溜息を零す。
となれば何とか全員で引きずれば移動できるだろうと室内をざっと見回していると、フィルが剣を恭しく両手で差し出してきた。
「貸与ありがとうございました」
「ぁあ、もう良いの?」
「はい、念の為にとお借りしておいて正解でございました」
片膝を床につき、深く頭を下げたまま掲げるように差し出されるのには、苦笑を禁じ得ないが、もう剣が必要になる危険はないのだと言われれば、ほっとしたのも事実だ。
剣を受け取ると、フィルは人型を解除しポンとシマエナガ姿に戻り、すぐさま魔法で大狐を浮かせる。
流石精霊だと感嘆する他ない。
欠片も回収できたので、体内魔力量は格段に大きくなってはいるし、周囲の魔素量も外よりは多い場所ではあるが、エリィもアレクも魔力残量はかなり少なくなっていて、魔法を使う気にはなれない状態だった。
フィルが大狐を浮かせながら先導する形で転移紋に乗ると、前回同様どこともわからない場所に一瞬で飛ばされた。
「うぁぁ、これまずいんちゃうん? どこなんかさっぱりやで。部屋になんかあったみたいやから早よ戻らんとあかんのに」
困ったように呟くアレクに、エリィをはじめとして皆が呆れたような目を向ける。
「ぇ……今更? あれからどれだけ時間が経ってると思ってるのよ」
「それはそうやけど、気になるやん?」
「焦った所で時間が戻る訳じゃないし、少なくとも私と……私の眷属? は無事なんだから、別に良いんじゃない?」
見ればセラもフィルも頷いており、気に病んでいたのはアレクだけだった。
辺りはまだ夜の支配下で、日が昇るまでの猶予もわからない。
どちらにせよムゥとルゥの無事も確認したいし、とりあえずは異空地に移動する事にしようと意識を向けながら一歩を踏み出せば、途端に曇天ではあるが夜の支配から逃れ、異空地へと入った。
エリィ達に気づいたムゥがぷよんぷよんと飛び跳ねてながら駆け寄ってくる。
【主様ぁぁ! 主様なのよぉぉぉ!!】
ぽーーんと勢いよくエリィめがけて飛び込んだものの、ムゥは暫しエリィに抱えられたまま目を見開いている。
【主様ぁ? んと、んと…大きくなったのよ? それになんだか……あれぇ?】
円らな黒い双眸がコテッと傾くので、首を傾げているのだろうとわかる。
「そうね、それなりに大きくなってるんだとは思うけど、それを確かめるより先にアレをどうにかしないとね」
抱えたムゥに向けていた顔を、肩越しに後へと向ければ、見知ったアレク、セラ、フィルに加えて、大きくて派手な金色のもふもふが見える。
エリィの顔の動きに釣られて、ムゥも抱えられたままうにょんと伸びあがれば、新顔に気づいたらしく、プルプルと震えながら、ただでさえ円らな瞳を真ん丸にしていた。
【おや、あれは……】
いつのまにかルゥも、音もなく忍び寄ってきていたようだ。
声を漏らすことはなかったが、エリィの身体が一瞬ビクリと震えた。
「ルゥ…吃驚したじゃない。近づいてることに気づかなかったら潰しちゃいそうだから、無言で足元に居ちゃダメよ」
詰めた息をはぁと吐き出してから、ルゥに滾々と言って聞かせるが、ルゥはどこ吹く風だ。
【安心してください、主君。このようなナリですけど、意外と頑丈なんですよ】
前世のリアルイモムシサイズの癖に何を言うかとは思うが、本人(本虫?)至って真面目に言っているようだ。
「そう言うなら良いけど、少しは気にしてよね? それでなんだけど、あっちの空いた場所使わせてもらっても良い?」
エリィが指さした方向には特に何も植わっておらず、近くに何もない空き地が広がっている。
【はい、それは構いませんが】
「欠片の守護獣らしいんだけど、フィルの提案で連れてきたのよ。じゃああちらの空き地を使わせてもらうわね」
【……すみません、てっきり死体かと思ってました】
ルゥの言葉に思い切り苦笑を浮かべつつ、エリィはムゥを地面へ下ろす。
フィルに現状を伝え、空き地の方へと向かうと収納から魔物の毛皮を取り出して地面へ広げた。
「これの上なら、多少はマシなんじゃないかしら」
「エリィ様にここまでして頂けるとは……果報者め…起きたら精々甚振って差し上げる事としましょう」
なにやら不穏な言葉が聞こえた気がするが、聞かなかった事にして、毛皮の寝床に置かれる金色の毛玉を見ていた。
「こちらはお任せください。とっとと叩き起こしますので」
右翼を胸元に置いて一礼するフィルが、やはり不穏な言葉を口にするが、何も言わず引き攣った笑いで誤魔化すが。
浄化くらいなら手伝えるとは思うが、治癒魔法までは正直やりたくない。そのくらいには疲れているので、有難くフィルの申し出を受けて皆がいる場所へと戻った。
「あっちはフィルがどうにかしてくれるようだから、私達はトクスに戻るべく外に出ましょうか」
アレクとセラに顔を向けてエリィが言うとアレクは頷いたのだが、セラは違う提案をしてきた。
「外の時間経過はないのだろう? ならば待って共に戻っても問題はないと思われるのだが、どうだろう?」
セラの提案は頷けるものだったので、アレクに顔を向ければ、彼も『せやな』と了承した。
暫く待機するとわかったのか、ムゥが飛び跳ねている。どうやら少々…かなり寂しかったようだ。エリィに纏わりついたかと思うと、セラに向かって飛んだりして全身で嬉しそうにしている。
一頻りムゥの喜びの表現を見守っていたルゥが、落ち着いた頃を見計らうかのようにエリィに声をかけてきた。
【後で収穫物の確認もお願いしますね。それで、繭はどうなりましたか?】
ルゥの声が響くと同時にフッと姿が消えたかと思うと、次の瞬間にはエリィの左肩に現れて、首を傾がせている。
「……繭……ぁ、ぁぁああ、ごめんなさい! すっかり失念していたわ!」
小さな背負い袋は元々しっかりした造りでもなく、紐にも余裕があったため、欠片回収時にも背負ったままで問題なかったが、落ち着いてみてみれば、やはり若干の窮屈さがあるような気がする。後で調整した方が良いだろうが、今すぐ問題になるわけではないので、少しもたつきはしたものの、それを下ろして中を探るとキラッキラな繭を取り出した。
【なるほど。ですが魔力は十分になってるみたいですね。これなら大丈夫です】
どう大丈夫なのか皆目見当もつかないが、ルゥに促されるままに以前言われたように思考し始める。
(何だっけ…確か必要としてることを考えろとか言ってたわよね。今ねぇ今……あぁ、服とか必要よね、とは言えそれって村で買うこともできるから、今どうしても必要かと言われれば……)
エリィは無言で自分を見下ろす。
目線は高くなったように思う。左手は銀色のままだが、他は後で確認してみたほうが良いだろう。だけど、次の欠片回収までまた成長することはないと考えれば、優先順位は少し下げても良い気がした。
製作練度が足りているなら糸と布でも良い気がしたが、まだ足りていないのだから仕方ない。
ならばどうするかと顔を上げ、何気なく周囲を見回す。
(……あぁ、そうね。ここに風を吹かせるとかの操作は可能だと思うけど、虫がいないんだったわね、ルゥ以外は…だけど。
そうなると受粉の手助けになる道具とかの方が、今は欲しいかもしれない。数が多ければどうしたって大変な作業量だろうし)
そう考えた所で手の中の繭に顔を向ければ、キラキラとした輝きがどんどんと増してきていた。
(ぇ?……ぇぇぇえええぇぇ!?)
視界が真っ白になるほどの輝きに全員が顔を背けた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




