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74「逃げましたが何か?」

ドン!

 乱暴に扉が開かれ、聖職者の法衣に身を包んだ3名と白い『実戦には不向きな』鎧をまとった爺さん4人衆が私の部屋に無断で乗り込んできます。


「救世主様、本日は残念なお知らせがあります」

 ニヤニヤした顔で言う教主。脂ぎったヒゲの親父なのです。

 醜悪な顔のサンタクロースなのです。

 私はと言うと無気力な瞳で人形のように両手両足をだらりと放り出し、上半身だけ起こしています。その首には魔封じの首輪がしっかりと嵌められています。

 そんな私の状態などお構いなしに鎧の爺が私の襟首を猫を拾うように掴み、ぼろきれ持ち上げるように掴み上げて言い放ちます。


「初めまして、そしてさようなら救世主殿。良い夢を」


言葉を言い終わると何事もなかったように私を掴んでいた手を開き、もう一方の手に握られた短刀で私の腹を刺しました。


ガキン

 刃毀れの音です。


「残念でしたー、このまーちゃんは偽物なのです! この録音を聞いてる頃には魔族と合流済みなのです! 尚、この再生が終わった時にはお約束なのです!」

 偽まーちゃんこと私の泥人形から響き渡る言葉を聞き終わる前に、教主は後ろに飛び仲間で鎧の爺を盾にして伏せました。

 ……正解です。忌々しい……。


ド―――ン

 偽まーちゃんがはじけ飛びます。さようならダミー人形なのです。


「大司教! 将軍! ……くっだめか!」

 盾にしておいてよく言います。


「南……くそ、誰だ! あの餓鬼に知恵を与えたのは!」

「猊下! 昨日北へ向かう幼児連れの一団がいたと報告が!」

「馬鹿者! この情勢下でなぜ街を抜けさせた!」

「通行許可書に猊下のサインと救世主印が押されていたそうで……」

 無言で教主の腕が伝令役の頬を打ちぬきます。

 あれ痛そうです…………。


「北か南か……北に向かい反乱軍の旗頭になるつもりか……。それとも南に向かい魔王軍に救いを求めるつもりか……」

「我らが現在動かせる兵は二千。全兵力をもってすれば反乱軍ごとき蹴散らしてご覧にいれます。……ですが兵を分けてしまえば、先に派遣した騎士団と同じ末路をたどることでしょう……」

 中年の鎧男が言います。こちらも教会軍の重鎮であろう男なのでしょう。


「ヂリウス、向かうならばどちらかになるという事か」

「はっ」

 教主は少しだけ悩む。


「……否! 教都を探れ! ……いるぞ」

「はっ! 教都の門を閉めろ! 蟻一匹逃がすな!」

 慌ただしく一行は去っていった……。

 さて、私はどこから見ていたでしょーか!

 正解は……教主の後ろです!

 それにしても……深読みに深読みを重ねて、南に行くと思っていたんですがね……。

 もし北にいっていたら仕掛けた爆弾で混乱させてやるところだったのに……。

 中々に面倒な相手のようですね。


「まーちゃん様」

 当初の予定では裏をかいて私は教都に残る。そうして時間を稼いでいる間に北部に救世主まーちゃん派を逃がし混乱する中、南の魔王国軍が解放しつつ北上するのをまつ。時間が稼げれば万が一教都の活動が失敗して逃亡しなければならに状況になっても北部の戦力と南部の魔王国がそれぞれ教都へ侵攻を進めている状況、そんなに苦労することなくどちらかの軍に合流できる公算でした……。

 救世主まーちゃん派に関しては北部都市連合にネゴ済みなので、教都を脱出した彼らを教会軍に見つからないように回収してくれることでしょう。……そうすれば教都までの情報を伝えられ北部解放軍の進軍速度は上がる事でしょう。

 また、南の反乱軍主力にも情報をつなぎ村々へ檄文を流しております。南の村々が奮起して領主や教会関係者を駆逐し、南から進軍する魔王国軍の支援し魔王軍の進行速度が上がってくれればよいのですが……。……南部は北部と違い魔王国と隣接しているため、侵攻理由を与えないよう北部のように無体を働かないようにしているとのことで、北部のような解放軍を結成されていません。魔王国を解放軍とせず侵略者として足止めするような方々が居ないことを願うのみです……。

 ……さて、現在教都にいる私の味方はこのオーギュスタンさんだけです。

 ……実のところ彼にも北に逃げてほしかったのですが……。


「……今夜予定通り教都北の仕掛けを起動させ、我々は南に逃げます」

 静寂が支配する私の部屋で光学迷彩魔法を身にまとった私と、オーギュスタンさんは夜を待ちます。

 ……この忌々しい部屋が唯一のセーフティーゾーンと言うのも皮肉な話です。

 静かな時間が過ぎてゆきます。

 ほんの1月半ですがこの薄汚れた部屋で生活していたのです。

 初めはひどい目に逢わされました……が、離れるのは少し寂しくもあります。

 さて、深夜です。幼児の私とって、とても眠い時間なのですが。頑張って起きています。

 今は南門より少し離れた家の陰に隠れています。


「まーちゃん様」

「いい感じに魔法力放出できたのもうそろそろです……」

 次の瞬間東西南北すべての門から爆発が巻き起こる。

 特に北門は最も過激な爆発が起こった。


「行ってください」

「はい」

 見えていないとはいえさすがに3歳児と並んで走っては時間がか過ぎるのです。音・風・光学迷彩の違和感などどんな情報で見つかってしまうとも限りません。私はオーギュスタンさんに担がれます。

 教都内で突然発生した同時多発テロ。自分たちも門の崩壊と言う被害を受け騒然とする南門。そこを忍び足のオーギュスタンさんに背負ってもらいながら私たちは進みます。……瓦礫の上を音を立てないよう慎重に。しかし着実に進みます。


「おい! 何か音がしなかったか?」

「それよりも、負傷者救助だ!」

「馬鹿言うな! もし救世主を見逃したら負傷者が死傷者になるぞ!」

「……確かに……」

 あー、まずいです。私はとっさにオーギュスタンさんに耳打ちします。


「騒動を起こすので駆け抜けてください……」

 返答はうなずくような振動で帰ってきます。

 イメージするのは地球のゲーム…………でてこい! ストーンゴーレム!

 ゴゴゴゴゴゴという効果音と共に瓦礫を押しのけて全長3mの石のゴーレムが出来上がる。

 案山子のような精巧な仕組みはありません。パニックを助長するため太目にしてあります。簡単な迎撃術式しか組み込んでいないのであくまで時間稼ぎにすぎません。


「なんだこのモンスターは!」

 すでにパニック状態の南門にモンスター襲来のラッパが吹き鳴らされます。


「今です……」

「はい……」

 オーギュスタンさんは私を担ぐためのおんぶ紐をきつく握りしめ、音を気にせず一気に駆け出しました。

 馬が欲しいです……が。次の街まで我慢です。

 多分放棄された馬がいるはず……。


「オーギュスタンさん。すみません。眠ります」

 そういって私は意識を手放した。 

 しかたないのです。私は幼児なのです、夜遅くまで起きているだけの体力などないのです。

 さらに無理に魔法力を『異世界魔法の力を借り』、こちらの魔法としてひねり出したのです。

 本当に、もう限界なのです……。

 

 ・

 ・・

 ・・・


 次、私が目を覚ました時……私は絶望に包まれました。


「救世主様! 我ら伴する栄誉をお与えください!!」

 3人の若者が目を輝かせて待っていました。

 誰一人馬を引かず。……というか馬は集団避難の皆さんにお譲りしたのだとか……。

 その話を聞いた瞬間、視界が揺れるのを感じました。

 2つ向うの村まで迫っているという魔王国軍とその支援を受けた反乱軍。

 そろそろ私を追うために教都を立ったであろう教会の騎士団。

 対して私は彼ら全員に光学迷彩魔法をかけることはできない。

 彼らを連れなければギリギリ……いやあやしいか……。

 彼らを連れて歩けば次の村へ向かう途中で教会騎士団の先行部隊につかまるでしょう……。

 彼らをおいていけば……その選択肢はありません。何故ならば教会騎士団に殺されるだろうからです。村人が逃げ去った後、さらに私が通り抜けた村に若者だけが残っていれば……。

 私はオーギュスタンさんの肩を強く握り、天を仰ぎます。

 人の好意が……。

 人の善意が……。

 国を想う強い心が……。

 私を更なる窮地に落としてしまった……。



魔王の視点―――――――――――――――

「魔王様……」

 私が与えた仮の体で平伏し続けるマリブを私は何も言えず見ていた。

 ここで私からかける言葉はない。


「母が……私が……お詫びしてもしたりぬことをしてしまい……。誠に申し訳ございません……」

 『よい』と声をかけたい……。

 『お前は利用されてつらかったな』と抱きしめてやりたい……。

 だが俺は国王、死を利用されたとはいえ相手は罪人。

 しかも国の窮地を呼び込んだ者だ。


「話せ、すべてを……」

「はっ」

 異世界人に陵辱され殺された上に死後の尊厳も奪われた、愛しい我が民マリブよ。語るがよい……。

 マリブが語ったのは以下の事だ。

・死後、異世界魔法により肉体を媒介に魂を降ろされたこと

・そのまま、手札として死霊魔法にかけられたこと

・黒幕は教国元首、教主リエル

・そもそもタウを利用するための手駒としてキープされていたこと

・死体安置所の3名の者が教会関係者であること

・現在のマイルズの行き先は不明


「アリリィ・ザ・アイノルズ殿、正式に魔王国として謝意を表明させていただく。アルキア王国並びに獣王国には後ほど正式に使者を立てさせていただく」

「魔王殿。謝罪の意思、マイルズの家族としてお受けしました。使者については国元に私からも伝えましょう……」

 ……ちゃんとしてればいい女なのにな……。


「……もういい? リィ」

「ええ、これからの事、私は疲れてみていなかったわ。ああ、最近働きすぎね……」

 その男気。妃がいなければ惚れてしまいそうだ。


「マリブよ……つらかったな……」

 跪いているマリブを包み込むように抱きしめると私のマントの陰でマリブは泣き始める。

 魔族で、エルフで、65歳。まだ未成年だ。さぞ辛かっただろうに。

 泣き続けるマリブを抱きしめていると。妃がそっと横からマリブをさらって行く。


「あー、俺もストレス解消に北に行こうかなー」

「ダメに決まっています」

「ヒューゴ……ケチ」

「可愛く言っても魔王様はかわいくないのでだめです」

 あれ? いつもならここでリィが絡んでくるのに……。


「アリリィ様であれば国元に連絡すると自室に戻られました」

「自室? 文でも書くのか? それとも転移の準備か?」

「それとも、また別の……」

 ヒューゴと目を見つめあう。暗に以下のやり取りがあった。


魔王『ヒューゴいけ! 密偵してまいれ!!』

ヒュ『いやです! 命知らずにもほどがあります! 100%見つかって痴漢の張り紙をされて城門に簀巻きで逆さの刑にされます! 知りたいなら魔王様がいかれたらよいのです。あ、そうだ先ほど頬を染めて乙女みたいでしたので側室にでも入ってもらえばよろしいのでは?』

魔王『おまっ! いうに事欠いてそれか! あれが側室ってお前の上にずっと付けてやるぞ! その前に断られたら俺どうすんだよ!』

ヒュ『子供みたいなこと言わないでください! さぁさぁ! 愛をささやいてくるのです!』

 などとやっているとリィが戻ってきた。ロープをもって。

 翌朝まで城門につるされました。違う! 俺は痴漢じゃない! 冤罪だぁぁぁ!


『この者達、痴漢につき正午まで降ろすべからず。アリリィ・ザ・アイノルズ』



教国国内図、ご参考までに。

挿絵(By みてみん)

北部が圧倒的に発展してます。

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