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59「旅は道ずれ世は情け」

後半ほんのちょっと残酷です。

「食の都グルンドで人気! 竜も殺すぞ! ルースパン王都1号店!!」

 王都へ向かう商隊の馬車からその男、たまごサンド普及委員会4号の自信満々の声が漏れ聞こえてきます。

 こんにちは勝さん1号です。現在私は、馬車には重量の問題で乗れなかったので馬車に合わせてリヤカーを引きつつ並走しています。


「すごいっすね! そこの責任者なんですか? パパルさんすげー、尊敬っす!」

 衛君の抜けた声も聞こえます。

 ……その男、たまごサンド普及の為の男です。パパルとは仮の名です。


「で、本当の狙いは?」

「アーリンさんのおそばに! ……あ、」

 軽く誘導するとあっさり口を滑らせてくれました。この熟女好きが。

 サナエル商会の皆さんが優しい視線を送ります。

 これは暇だったので聞き込みした情報ですが。アーリンさんは2人の子持ち。バツイチだそうです。

 しかもサナエルさんの養女で、個人である夫はサナエルさんの長男である。公然の秘密だそうで……。

 つまり、4号。おとなしくたまごサンドを普及させていなさい。と言うことです。


「まさるさーん」

 マイルズと違い4号とは面識がない設定なのであまりいじめることはしないでおきましょう。


「貴方は、まず職責を果たすことです」

「任せてください! マイルズ坊ちゃんと開発したパンの数々で王都を落として見せましょう! そしてその成果をもって認めてもらうのです!」

「よっ! 男だね!」

 衛君、無責任に煽っちゃだめだよ……。


「マヨネーズを【使わない】たまごサンドは絶対に売れる! やるぞ-!」

 あとでカステラの作り方とようかんを使ったシベリア(北海道でようかんのカステラサンドの呼称)の作り方を教えてあげましょう。食べたいのでね。

 なので……サナエルさん、この子の暗殺は無し方向でお願いします。


「なんでマヨネーズだめなんですか?」

「異世界人のイメージが強いのでこの世界でマヨネーズに人権はありません」

 衛君の素朴な質問に答えてあげます。

 すると分かりやすく落胆しています。

 ですよね。日本人って結構マヨネーズに毒されてるからそれが普通だよね。

 で、4号憧れのアーリンさんは何をしているかと思い、前の馬車に追いついてみた。


「マサル様レシピお譲りいただける気になりましたか?」

 ようかん中毒者になっていた。

 特に私たちが開発に苦労した水ようかんがお気に入りらしく。お茶をすすりながら3つも追加注文していた。高いのに……。


「お金なら糸目をつけません」

 中毒者は恐ろしい……。


「材料的にリャーシャから輸入した方がいいですよ? それか6代目にお願いして王都支店を作ってもらうか……」

「むー」

 頬を膨らませても歳が歳なので可愛くないですよ。……む、殺気が。


「パパルさんの店にある程度届くように6代目とは相談済みなので、個人で食べるのはパパルさんとご相談ください」

 試作品段階なので6代目には引き続き改良していただく予定だが、茶屋でつかいきれない量は王都のパン屋に卸してもらう約束をしてきた。思惑通り中毒者がいたのでね……。

 なお、このとき6代目との顔つなぎを約束させられた結果、半年後アーリンさん主導の茶屋王都店ができるだが……先の話である。

 ……あー、暇です。

 近くの魔物でも狩りに行きましょうかね……。

 そう思っていたところで衛君の馬車が止まり焦った。そして馬車からパパルさんが飛び出してきます。


「マモル君が! マモル君が急に苦しみだして!」

 馬車に上がると衛君が横たえられています。息は荒々しく汗がひどい。

 私の魔法力感知視線に通常は血管のように整っていた魔法力の流れが今の衛君は脳に偏っていた。

 このまま放っておいても死にはしないだろうが数時間激痛は続く。

 本当に奴隷紋とは厄介なものだ。多くの国で禁忌とされているのもうなずける。

 とりあえず体内に張り巡らされている魔法回路を私の魔法力で補強する。

 衛君も落ち着いたので馬車の外に出します。

 ……私の重みに耐えかねて馬車がミシミシ言ってるのですよ……。


 さて今の衛君の状態ですが……、思いのほか不味いです。

 奴隷紋とは彫りこまれた紋様から脳へ体組織を使って体内に、その個人の物ではない魔法回路を作成されています。これは一見問題ないように見えますがこの魔法回路、施術された人間の肉体を経由して既存の魔法回路に影響を与えてしまうのです。

 これが未使用の回路であれば問題は少ないのですが、衛君にはすでに数個の魔法が魔法回路に設定されています。

 魔法回路に魔法が設定されているという事は肉体と魔法回路が物理リンクを始めているという事になります。

 つまるところこの世界での魔法とは、見えている物理世界へ『魔法という物理現象』を起こすために、体に内包している魔法回路という基盤を用い、魔法体と言う別の体を魔法力というエネルギー用いて動かし現象を起こす手段という事になります。

 この世界に人間はあっけらかんと魔法回路に余裕があれば魔法を詰め込みますがリスクを認識しているのでしょうか……。

 ……ああ、話は衛君の状態でしたね。

 魔法回路を使用するという事はつまるところ外界との魔法力の調和をもって維持している事になります。

 そんなところに勝手知らぬ回路が増えるとどうなるか……、体は『魔法力は足りない』と判断して外部の魔法力を過剰に取り込みます。

 魔法力を自分で作成できるこちらの人間であれば魔法力欠乏状態や栄養不足などのひどい状況に追い込まれなければ発症しません。私が施した応急処置で魔法回路と魔法力生成器官が正常な状態を取り戻そうと再生をはじめやがて正常な状態に戻ります。


 ですが、異世界人は違います。

 異世界人が魔法的な異能を発動する場合、体内でどこかの器官が『この世界の人間のみ有する魔法力生成機関の代替』として行っています。非常に基本出力が低く、反してリスクが高くます。要するに費用対効果にあわない。故に使われない。使われない技術は衰退します。衰退した技術は無かったものと扱われます。我々のような庶民がそれを知るすべはないのです。

 なので私や衛君のような99%の庶民は今まで魔法や魔術など使ってきません。

 使ってこなかった魔法回路。使用されていなければ閉鎖回路なはずですが……現在の衛君は解放されている。

 そこへ奴隷紋の魔法回路を利用するために外部から過剰な魔法力が流れ、元からある魔法回路へ一気に流れ込んだようです。過剰な流量に衛君のように魔法回路中いたるところに損傷を抱えてしまいます。

 損傷した魔法回路が一番に影響を与えるのはどこでしょうか?

 そうです、魔法回路と隣接している肉体になるのです。魔法回路から漏れ出した制御されない魔法力は直接肉体をむしばみます。

 なお、衛君で確認しましたが、損傷した魔法回路は試したところ元には戻りません。

 我々が全身改造を行おうとしているのは体のいたるところの魔法回路に人造魔法回路での補助を設置するものです。

 補助魔道具という事も考えたが苦痛を和らげ、寿命がほんのわずか延ばすだけでいつかぽっくり死んでしまいます。この世界の人間のように魔法回路が進化してくれるのであれば話は違うのですが……。

 今そんなことを言っている場合ではないでしょう……。

 その夜リャーシャで購入した武具に魔石を埋め込み魔法回路を設定する。

 そして翌朝、衛君に渡しました。


「これを手術終わるまでつけていなさい。一日最低2時間は付けていなさい」

 籠手と槍を渡します。どちらも朱染めの趣味の品です。

 私の土産のつもりだったのですが致し方ありません。


「おお、これかっこいいっす!」

「過剰流入する魔法力を放出してくれます。ですので魔法は手術終わるまで使ってはダメですよ」

 本体であるマイルズが魔法を学ぶ過程で魔法力の流出を止めた経緯があります。

 逆に言えば彼のような魔法力を過剰に生成する人間は生まれながらに放出する術を持っているという事。これは衛君の状態への対策を自然にしているようなものです。


「うっす! カドッカさん槍教えてください! がんばりまっす!」

 衛君の前向きな性格は好ましいものです。

 この子は死なせません。きっと立派な仮面ヒーローにして見せます!

 やはりモチーフはバッタですかね……。


エルフさん(親)の視点――――――――――――――

 魔王国南西の小さな町コルジに私はいます。

 今目の前で罪状が読み上げられグルンドで捕まった異世界人……いえ、3人の罪人に目隠しがされます。

 何かやたらと叫んでいます。はた目にも助けを求めるようなポーズなのです。

 彼らの事情聴取を読みました。

 命乞いをする我が娘を生きたまま切り刻み意識あるうちに喰らったそうです。

 なのに彼らは一撃で楽になる。

 それなのにみじめにわめいている。

 私の娘は友好的に近づいてきたところをとらえたと伺っていますが。慈悲はなかったのですか?それなのに私が私たちがあなた方に何か慈悲を掛ける必要があるでしょうか。


 もっと酷く痛めつけてほしかった。

 娘を喰らったことを百度神に悔いるぐらいに。


 でもそれは許されません。

 我々は法を持ち野生動物ではないのです。

 処刑場で剣が振り上げられ、端からひとりひとり首を落とされてゆきます。


 処刑が終わり真っ白になった私は呆然と立ち尽くしています。

 私の娘マリブは勝気な可愛い女の子でした。


「私、魔王様のお役に立ちたい!」

 娘の笑顔が私の脳裏に焼き付いて離れません。

 彼女は先の魔神大戦で亡くなった夫との間に残された娘でした。

 他の子たちは幼いうちに戦乱に巻き込まれ今はすでにおりません……。

 この子だけはと思って育てました。

 ……ですが、少し甘やかしすぎたようです。


「周辺国も知っておかないと! 外交官目指してるからね、私」

 許可してしまった自分が今は憎い。

 今娘との間に残ったのはこのペンダントだけ……。


 ここで立ち止まっていても仕方ありません。

 私にできることはもうないのです……。

 せめて娘の代わりに……と思い、南を目指します。


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