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55「お上りさんはチートの夢を見る3」

 南から吹き込む風のおかげで獣王都は年中温かい。

 私の名前はギグー・サーラーム。今年18歳になる【たまごサンド普及委員会】2号と呼ばれる者だ。

 私がアルノー家と縁を繋いだのは12歳の頃であった。

 祖父がルカス様に憧れていた。……いや、あれは憧れではなく信仰の域だ。

 私は幼き頃より『ルカス様のように』が口癖の祖父に厳しくしつけられていた。それ故か12歳の頃、ルカス様の次男ルース様の店で働く話をいただいた。

 初めに言っておこう。私は子爵家の嫡男である。祖父は既に隠棲し、現当主は父である。普通考えれば偉大なお方のご子息の下とは言え、家から出さないはずなのだが……。話を受けた3日後には私は旅に出されていた。そう……父は父で若き竜殺し、努力英雄ルース様を信仰していたのだ。

 だから家を送り出されるときは屋敷からほぼすべての者が街の出口まで見送りに来てくれた。邸を出ていくたびにどんどん人数が増えていきほぼ我が領の都の住民総出で見送りをされた……。

『誇り高き我が家の息子ギグーがこの度、英雄ルカス様と英雄ルース様のもとにはせ参じる!』

 ……いや、奉公に出るだけだから! 就職だから! 

『本日この時をもって我が息子は栄えあるサーラーム領を代表して行く! 我が息子の! 我らサーラームの未来を祈念し、万歳三唱で送り出そう! ばんざーい!』

『『『『『『ばんざーい!』』』』』』

 ……何故だか住民総出で泣きながら万歳を繰り返された。

 もう旅立つしかない状況であった……。

 この時のことを未だ覚えている。英雄の料理店への奉公だから厳しい【料理】の世界であろう、と覚悟しこの絶対に成功しなければならない・そう言うプレッシャーを街全体からかけられたのだから……。

 料理の道は厳しかった……。だが、それだけではなかった。

 のんきに覚悟を決めたような顔で馬車に揺られる。その頃の私に言えるのであれば『その緩んだ心構えをただせ』と伝えたい……。

 もう過ぎたことだが……。


「こんなはずじゃなかった……」

 剣を振るいモンスターを倒し、その後すぐさま下処理に入る。

 私と同時期に入店したもの達は半年たたずに心が折れかけていた。……今にして思えば『かなり気を使われていた』のだが……そんなことわかるはずもない。

 どんどん上がるレベル。食材を無駄にすることを一番嫌う料理人たちの前で、おっかなびっくりだったモンスターを捌くのも慣れてきた。

 ……失敗したり作業が遅かったり、包丁が高速で飛んでくるのにも慣れてきた。

 部位別に即座に氷魔法でしめる。初めの頃は死んだモンスターと目が合っただけで怯えていたが、今は流れ作業である。目玉が薬になるモンスターもいるのでむしろよく見るようになった。なれた品質確認だ。

 先輩従業員を見るとこの【仕入れ】作業のあと、更に過酷な現場で作業した。当時の私は『彼らがなぜ逃げないのか?』が本当に不思議だった。

 答えは簡単である。


「ギ―兄ちゃん!」

 当時5歳のミリアムお嬢様と手を引かれて自信なさそうに親指を咥えている4歳のザンバ坊ちゃまである。

 店に戻ると迎えてくれる癒しである。

 しかし、この癒しはとんでもない癒しであった。

 基準という言葉がある。ここに来るものはその殆どが貴族傍流で自身でその身を立てなければならない者達ばかりである。しかし、貴族。教育の基準が高い。貴族の見栄である。家を継ぐのに関係のない身分だが、一般の者どもよりはるかに高い教育を受けている。

 一度ミリアムお嬢様と話したことがあるが……この家教育水準が高すぎる。

 更に恥ずかしいことだが入店当初、私はミリアムお嬢様に剣術で敗れている。

 王都の学院では負け知らずだった私がだ。

 最初は皆、お嬢様と坊ちゃんの才能に嫉妬する。

 しかし、そんな時を経ず才能だけではなく、想像を絶する努力がある事を知る。

 流石は努力の英雄のお子様だけあって、試練や壁があると超えたがるのである。たいていは失敗して泣くのだが、めげないのだ。何に対しても。そんな幼子の姿を見ていると大人に近い私たちがめげているのが情けなくなり、癒しに酔い滑降したくなり与えられた試練に立ち向かっている。

 次第に試練が、努力が楽しくなってきたときだった。

 バンお坊ちゃまの育児を家政婦に任せて奥様が現場復帰をなされて……私に実験助手という作業を各人振られることになった。ここで脳がきたえられた。……いや私は料理人……あれ子爵を継ぐ……まぁいいか……。

 色々な試練はやがてマイルズ坊ちゃんが誕生して賢者様にまきこまれた際に生きてくるのだ。

 こうして私は体と脳を各方面から鍛えられまくったのである……。

 さて、怖いほど自分が成長していることを実感させられ、それでも目指すべき頂上は遥かな高みである事を日一日と自覚させられる生活にも慣れてきた頃、マイルズ坊ちゃんが変わった。


「革命なのです! 食による革命がおこるのです!!」

 ご自分が異世界人の知識で見たものが食べたいという欲求(賢者様談)を満たすために行動を起こされた。

 それは私が知る3歳の行動力を超えるものだった。

 実際に私はそれを賢者様のスパイとして入り込んだこの【たまごサンド普及委員会】で体感した。

 幼児故行動が制限される中で、大人を利用するしたたかさを見た。

 しかし、どこか抜けている未完成なソレはむしろ愛おしく思える。

 やがてマイルズ坊ちゃんは獣王国へ留学に旅立っていった……。


 ……旅立っていったはずなのだが……今私はマイルズ坊ちゃんに付き従い獣王国にいる。

 獣王国とは文字通り獣人国家である。しかも数ある人類種の中で中位に位置する人間種よりも上位種であり、越えられない壁が存在するとまで言われる種族である。

 獣王国でマイルズ坊ちゃんは【食の聖女】として敬われていた。

 それ故か下等種という見方が強く対等に我ら人間を見ない獣人なのだが……、私は【聖女の従者】として丁重に扱われていた。人間は長期滞在禁止だったはずなのにマイルズ坊ちゃんの一言であっさりと私の長期滞在が認められた。勿論24時間監視付きなのだが。

 ……ところでマイルズ坊ちゃん。その恰好は……。


「聞いてはいけないのです。私は今闘争の中におります。きっと【食の聖女】という汚名を返上して見せます!」

 ……深い事情は聞きません。『何も言わずに男の子格好で活動していれば、聖女などと言う誤情報も自然と訂正されるのでは?』と思いましたが……。監視者からも事前に『余計なことは言わぬこと。特に聖女様である事について』とすごまれている。

 ……わかっている。何も言いませんって。


「さぁ、変態王子に2号よ! 醤油工場の新設に尽力せよ! その為の実験施設を獣王妃様に申請に参りましょう! 獣人よ! 魚くえ! なのです!!」

 色々あるがマイルズ坊ちゃんが楽しそうなのでそれでいいかな、私はそう考えながらも向上のマネージメントをカクノシンか私に丸投げされるのではないかと嫌な予感がしていた。さすがに、まだ人を扱ったことないですよ? マイルズ坊ちゃん?

「習うより慣れるのです! 言うは易く、行うは難し! 2号れっつちゃれんじ!」

 私の呼び名は2号で確定らしい……。


勝さん一号からマイルズへの報告ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 へぇ……。

 私は心が冷たくなる感覚に襲われました。

 勝さん1号の記録に映るのは腕組をして薄っぺらい地盤の上でナワ張りを主張する無能上官と、その無能上官の威を借る【くすぶり系騎士】。

 あの盗賊アジトで甥っ子の衛君を保護した勝さん1号は、すぐさま近くの街の管理官へ報告を送った。公爵領の代官の印を押し、案山子に持たせて送り出したのだ……これが何を意味するの変わらないとでもいうのだろうか……。しかし、この映像では移送してきた遺体をもって、勝さん1号を犯罪者として貶めようとしている……。代官の印を持つ者に頭を下げさせその小さなプライドを満足させたいのだろう……。

 正直こういう人材はよくいるのだ。

 人間は論理的思考のみで動いてはいない、阿保のような自己満足に突き動かされ意固地になる人が多くいる。そういうのは得てして苦労をしたことのない浅はかな人間が多い。

 それが勝さん1号の琴線に触れてしまったらしい。勝さん1号は自ら悪役を買って出、そして見込みのありそうな【くすぶり系騎士】の心を徹底的に折る。

 これで無能上官は予定通り【くすぶり系騎士】を悪役に仕立てて勝さん1号にすり寄り、場を収めようとしますが、……それは間違いです。

 案の定、徹底的に折られた【くすぶり系騎士】は自分の目指すべき方向を見つけ勝さん1号に友好的なりました。残されたのは国王陛下を含めた上司のメンツつぶした代官のみ……。


 で、これ、どうするのですか?

(関係各所に報告済みだ。部下を足切りに使う気満々な上官など緊急時に足かせにしかならん。あと、本体もわかっていると思うが部下を、後輩を守らない上司は……)

 昔から私たちの敵でしたね。

(そうだ。あと、相手を選ばず喧嘩を売るのはこの封建体制国家では必要のない人材だ)

 

『ミルスさん! 俺あきらめたわけじゃないですからね!!』

 映像の中で街から遠く離れた地点で衛君が叫んでいます。それは街を出るときに言わないと……。

(昔から衛君はこういうところが可愛いよなw)

 ですね~。


衛君、頑張れ(笑)とだけ記載しておきます。

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