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【書籍化・コミカライズ】【Web版】おっさん(3歳)の冒険。  作者: ぐう鱈
7章:宗教戦争で最も悲惨なのは宗派争い
172/205

129.1「侵略戦争1」

背中痛い。

~時間はマイルズが遺跡に到着する2週間ほど前まで遡る~


「姫!」

 謁見場より退出した姫将軍こと王妹キアナ・フレク女公爵に、熊の様な大男こと南方方面軍を統括する将軍グルカーセム・アーランドが慌てたような様子で駆けてくる。宮殿で不敬と取られても仕方のない行為だが、先程から熊の様に落ち着かない様子で御前会議の結果を待っていた様子を見ていた周囲の者どものも将軍の様子から事態を察知し口をつぐんでいた。


「……姫はやめろグルカーセム」

 緊張感から解き放たれ一息つきたかった姫将軍キアナ女公爵は、会議の疲れと部下の様子に深いため息とともに待ちわびていたであろう結果を伝える。


「出陣許可は得た」

「して! 増援は……」

 掴みかからんばかりの勢いのグルカーセム将軍の目を、キアナ女公爵は困った子供を見るようにじっと見つめる。


「……やはり」

「うむ。我が手勢と事前に従軍要請に応じてくれたアルマイル伯爵のみだ」

「伯爵の魔法部隊ですか、魔法学院を持つかのお方の軍勢であれば心強い……」

 グルカーセム将軍は言葉とは裏腹、段々と声のトーンが下がっていく。

 キアナ女公爵は政治工作が苦手なこの男らしい、と苦笑いを浮かべる。

 グルカーセム将軍は未だ30後半、今後昇進し国防の中枢を担う3名の大将軍を担う事を望むのであれば覚えなければならないことは山ほどあるようだ。特にこのような他者の眼のある所でこのような反応は……。


「グルカーセム、予定よりは多勢である」

「……然り、然り、されど……」

 南方より侵略の兆候があるディールケ共和国革命軍は現状で5万。扇動した市民兵ばかりとはいえ対する南方方面軍は1万である。そこにキアナ女公爵が先行させ、既に南方方面軍に合流している2千。更には途中でアルマイル伯爵が千。ディールケ共和国革命軍はかの国全土より集結してきている。


 グルカーセム将軍とキアナ女公爵が送り込んだ草(諜報員)の情報によると異世界宗教の呪いにより多くの貴族たちは正気を失い。集められた兵たちも逃げれば後ろから魔法を放たれ、捕まれば拷問の上処刑される恐怖で統率されているらしい。


 つまりは、南方方面軍の前には狂気に支配され、前に進むこと以外許されない死兵たちが10万を超える数が集結しようとしていた。

 それは如何に精強な職業軍人を揃える死の国の軍とはいえ油断できぬ軍勢である。質の面で数の差を凶器で埋められ、膨大な数の差では対応しきれない。

 どれほど味方が倒れようとも敵陣を打ち破り生をもぎ取ろうとする者どもに、魔法が強力な兵器とはいえ数に制限があり、騎士たちがいかに強力な個でも、集団でも、どれほど強かろうが、そのような死兵を相手どれるのは限度がある。

 死の国は南方国防に1万人ほどつぎ込んでいる。これほどの職業軍人を雇えるのは、政治家たちの努力のたまものである。だが、現在の南方方面の状況はその準備を大きく超える状況にあった。


「グルカーセム、我ら軍人は危機にこそ、武を振るい、知を振るい、立ち向かわねばならん。悲嘆するのは戦後だ。それまで下を向き、弱音を吐く暇があるのであれば……」

「……ですな。将たる我らが対策も立てず悲嘆に暮れているようでは勝てる戦も勝てますまい。姫、お恥ずかしいところをお見せしました。申し訳ございません」

 キアナ女公爵は膝を折り謝罪するグルカーセム将軍を立たせると年相応の柔らかな笑顔を浮かべる。

 キアナ女公爵。父王を16歳で亡くし、兄の剣となることを選択した女。

 12歳で魔法学園を優秀な成績で卒業した彼女は目標もないまま『偉大なる方々』の元、戦術と内政を学んでいた。そんな矢先に父王が儚くなった。そして彼女は気付いてしまった。兄の、王家の、不安定な立場に……。

 知れば知るほど死の国は『偉大なる先達の方々』に依存していたのだ。

 それは『偉大なる先達の方々』の下で学ぶ自らも同じだった。


 万が一『偉大なる先達の方々』がいなくなったら?


 死の国の官僚あれば誰もが一度は考える。

 しかし方々の存在が大きすぎ考えることを止める課題である。

 それはさながら『太陽がなくなることを考慮する農民』の様に『あって当然の基礎』失うことを考慮するとような課題であった。

 彼女はその課題から目を離すことなく、有志を集め、検討を重ねた結果、改めて愕然とした。

 その後彼女は『偉大なる先達の方々』に名実ともに近付くため、自らの優秀さを個人と、有力者として力を公の場で示す為、降嫁ではなく王家の分家、つまり公爵家を起こすことを国に認めさせた。

 妹に甘い兄王の支援があったことも確かであるが彼女の努力が結実した結果であった。

 そしてキアナ・フレク女公爵を叙爵される式典の場で自慢の髪をバッサリと切り落として宣言した。


『我は! 我がフレク公爵家は! 国の剣! 王家の剣! 兄の剣! 国民の剣!』

 腕を掲げ強い意志を宿した眼差しで高らかに宣言するその姿は、家格のみでエリートコースを歩き、目標を見失っていたグルカーセム将軍に胸を打った。

 グルカーセムには身を犠牲にしてまで貫きたい志などない。

 只々親の基盤を継ぎ権力バランスゲームに参加し、自家の勢力を強くする。そのために生まれ、その為に死んでいく、もう既にそれ運命を受け入れていた。


 だがグルカーセム将軍の前に現れた少女は違った。

 王家として権力の渦中にあり、グルカーセム将軍が巻き込まれた政争などより厄介な、強く権力に取りつかれた亡者者達、狡猾な政治家、官僚の口車に乗せられ、容易に人形にされかねない。そんな生まれにあった。その中で目の前の彼女は『己の現実は己の者であり、己で決断し、己の道を、己の将来を思い描いている。そして国で2番目に高い位置をせしめた!』と国全体に宣言したのだ。グルカーセム将軍の半分程度しか生きていないはずの少女が、だ。

 グルカーセム将軍は貴族としての優等生の仮面を捨て、場を憚らず本音を漏らしていた。『なんと羨ましいことか』と。

 グルカーセム将軍のそのつぶやきは神聖なる式の静けさと相まって、波が伝播するように周辺貴族に漏れ伝わる。

 そのつぶやきは、波一つ立たない湖面に一石を投じるがごとく、平和平穏のなかで統治システムとして己を殺していた貴族たちの間を共感をもって津伝播しついには公爵位を受爵したばかりの姫にも伝わる。

 後日グルカーセム将軍は姫に呼び出される。そこでグルカーセム将軍は見た。姫の笑顔を。確実にグルカーセム将軍へと向けられた笑顔を。



ここまでお読みいただきありがとうございました。

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