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閑話「その頃、王の奥さんのご様子」

 この国の王妃こと私は、自室の椅子に身を預けていた。

 この身を委ねる感覚は30年前から変わることのない感覚だ。

 嫁入りの際に持ち込んだ愛着のある椅子。肘置きを優しくなでる。そして共に過ごした半生を振り返る。

 生まれて十年間は幸せだった。

 優しい両親。尊敬できる祖父母。そして可愛い弟妹たち。

 幼少の頃より繰り返された王族教育のおかげで私の価値観は完全な王族になっていた。なので最南端の裕福ではない土地の王子殿下とはいえ婚約が決まった時、私は嬉しかった。これでお国の為になれる……と。

 私がどのように扱われようが、この戦乱が数百年続く南方諸国で戦の回避が可能になる。過去農繁期に戦争を仕掛けられたことがあった。辛くも勝利した我が国だが、その後10年近く困窮した記憶が未だ色濃くある。

 外交上、血縁の、実質同盟関係が築け、農繁期に攻め込むような敵が減るのであれば、私こと王女一人など安いものだ。

 そんなことをつい下級貴族出身だが有能、という事で遣わされたメイドに言うと大粒の涙を浮かべ『王女殿下の国を想うお心、一国民として……』などと……彼女は言葉を続けることができず、顔を伏せ嗚咽を漏らしていた。

 それは平民の価値観である。

 我ら為政者側の人間はただ偉そうに座っていればよいと言う者ではない。

 ときどき生まれる勘違いした馬鹿者が『生まれに価値がある』など勘違いをして、父祖より多くの人間の位置を糧に受け継がれてきた国を壊す。

 本来そのような者を真の王族とは言わない。

 過去を学べば分かるが王制もかなりの種類がある。

 立憲君主制、絶対王政などが両極端な例である。

 対して昨今再び流行りだしている共和制もあるが、この制度で長く平和であった国はない。

 結局、権力に対する監視機能が無ければ人は簡単に権力に溺れてしまう。

 それが生まれた頃から自制するよう訓練された王族ではなく、中途半端に有能な程度の平民やその責務を自覚しない自由主義を掲げる貴族などが政に関わると簡単に権力欲に負けてしまう。

 それは歴史が証明している。

 はじめは高潔な理想を掲げて王を廃した英雄が、最後は汚職にまみれ討伐軍に首を縄で縛られて市中引き回しにあっている。

 結局人間は王を立て、王族と言う特殊訓練を施した為政者を作るのがこの国と言う大集団をまとめる為の最高率の手段なのだ。

 あのメイドには私が【可愛そうな生贄】に見えたのだろう……。

 だがそれは、私にとって生まれ持った義務であり責務なのだ。

 より条件の有利なものを選べただけ私は幸せだと言える。

 あの国に嫁ぎ私が軽く扱われるのであれば、他の国々はこの国をそう評価する。評価は信頼に直結し、信頼は外交上につながる。我ら南方諸国は1カ国で完結できるほどの国力を持っていない。少なくとも何かしら他国に頼らねば国を維持できない。奪われることを回避するため、安全保障上の為各国上層部は親戚づきあいをすることでリスクをっ低減させている。

 つまり私を軽視すれば我が祖国以外の各国もこの国に対し警戒レベルを上げる。通称などに影響が出始めればk国が弱体化し、群雄割拠のこの南方諸国で格好の獲物とみなされる。

 結果、国の存亡にすらかかわる損益をこうむるのは嫁ぎ先の国になる。

 確かに婚約する王子は前婚約者が不審な死を遂げている……。詳細はきれいに隠されている。どのような事実が隠されていようが、それは単純な馬鹿ではないということ。趣味趣向が悪いだけであれば問題などない。

 ……そう思って嫁いだのだが……この男、とんでもなく性根の腐った男だった。

 そして子を見れば親が分かると言ったように両陛下も腐っていた。

 表面上の名君。

 薄っぺらい演説を好み。

 各地に不幸を起こし、それを救済する。そうすることで民衆の支持を、自らの英雄譚を誇っていた。

 阿呆である。

 ……そんなことをするから、国力が上がらないのだ。

 これほど土地を持っているのに人口も増えず、モンスターも減らない。……全く持って愚かしい。

 こうして私は愚か者と結婚した。

 表向きは王子に好意を持つ淑女として。


 第1子を産んだ後、ホッと一息つく私に王子は言った。

『生まれたか。では、あの女は不要だな……。処分しよう』

 伯爵の次女の事である。

 子を産み。命の重みを再確認した私を前に、堂々と不倫相手を処分などと……。

 私は先手を打ち彼女には書類上死んでもらった。

 王子誕生の知らせに挨拶に来た『とある公爵』の助力を受け、国外へと逃がしたのだ。

 これを切欠に私と公爵の奇妙な同盟関係が成立した。

 会う機会も少なく、手紙など足の付くやり取りもできない。

 ではどのようにしたのか……。

 私『も』商売を始めたのだ。

 海外の王侯貴族向けの衣類、服飾品についてだ。

 王になった夫からは『趣味の範囲を超えるなよ。お前は王妃なのだから』と釘を刺された。

 無論分かっている。だが夫も、商売を用いた私が有する外国におけるコネや奥様ネットワークを活用した外交についても理解を示している。腐った愚か者だが……抜け目のない男だ。

 その為、私は海外で諜報員を使って公爵と接触していった。

 子供たちをしつけながら、国内貴族への交渉を緩めず、死に体の国庫を潤すために官僚を選別し、外交の場では良き妻として国の為に勤め上げた。

 私の会社は南方諸国はおろか、東方国家にも噂される高級商家になっていった。

 そこは私が幼き頃より王族教育で培われてきたセンスという奴だ。

 国を想い、家族を想い、民を想いながらも邁進した私の人生で唯一私事の色が強い商会が、私のセンスが評価されたのは正直嬉しいものだ……。

 そして今日という日を迎えた。

 国が再生する日だ。つまり私の死ぬ日だ。

 個人としては逃げ出したい。死にたがる人間などいない。

 あと可能であれば息子、娘を連れて逃げたい。子供がかわいくない母などいない。たとえ私の教育が悪かったとはいえ。……だがダメだ。私は王族だ。

 特別な生を受け。

 特別な教育を受け。

 特別な待遇を受け。

 特別な生活を送ってきた。

 王族の権利には莫大な義務が発生する。

 今私は……これまでのツケを払わねばならない。

 時が来たのだ……。

 王妃として最後の衣装はシンプルに黒のドレスだ。

 きらびやかな衣装では死にたくないが、庶民のような姿で死ぬのも違う。

 ちらりとテーブルの上の短剣をみる。

 心の弱い私は自害を考えて持ち込んだ物だ。しかし自死を選ぶのは違う。

 私は亡国の王妃。

 最後まで王妃でなければならない。

 これは定めである。私の人生なのだ。

 私の人生、王家に生まれ。王家の為に尽くし、王家の為、ひいては国民の為に本日死を迎える。

 ……死にたくない。叶うのならばこの地位を捨て、子供達とやり直したい……。


『おおおおおお』

 城門あたりから雄たけびが上がる。

 朝から公爵軍の無血入城を迎える市民がお祭り騒ぎだったが、王城を前にして血気盛んになった。……という事だろうか。

 宮殿を家探ししても価値のある物は全て隠してある。公爵には後日通達が届くように整えている。国が落ち着き次の段階へ移行する際に見つけてくれるはずだ……。

 そこでふっと思う。子供たちは既に死んでしまっているのだな。と。

 蝶よ花よと甘やかされたあの子たちが、数日も野外でさらされた上での死だ。

 私は酷い母親だ……。


『ドタドタドタ』

 慌ただしい足音が近づいてくる。

 終わりの足音だ。

 しかし、なぜだか部屋の近くで静かになる。

 数分待つ。

『コンコン』

 優しくドアが叩かれる。

「どうぞ」

 いつものように奇麗に返せた。

 私の我が儘だ。せめて最後はきれいなまま死にたい。

『戦塵で汚れた身にて入室する無礼。お許しください』

 もう、七十歳に近い老齢のはずの公爵閣下は、扉越しに張りのある声でいうとゆっくりと扉を開けた。

 言葉の通り、鎧姿の偉丈夫が入室して、一礼する。

「お迎え遅くなり申し訳ございません」

 三十年。長かった。

「では、参りましょう。民が待っております」

 私は侯爵の手を取り、城正面のバルコニーまで私をエスコートする。

 終わりを民の前で迎えるのも王族の使命。そう言う事でしょう。

 城の広場、出陣式などで利用されるこの広場に民が所狭しと押し寄せてきている。


「聞け民よ!」

 公爵の言葉にざわついていた人々が静まり返る。

「みよ! これは、王妃の部屋に置かれていた短剣だ! この方は国を想い自害を検討されていたのだ! だが!! 御身を最後まで国のため使い潰そうと判断されたのだ!」

 ……何を言っているのですか?

 あなたの政権を確固たるものにするためには、前政権が行った物事はすべて悪と断じ処罰せねばならないのですよ?

 そのようなことをすれば……。


『王妃様死なないで!』

『なんで助けてくれた王妃様が死ななきゃならねーんだ!』

『国の宝を死なせてなるものか!』

 などと次々に上がる声。不覚にも私の瞳に熱いものがこみ上げてくる。

 そして。

「母上、死なないでください!」

「お母様、死なないで!」

 民の先頭に我が子がいました。囚人服ではなく、庶民の子供が着る服を身に纏っている。ああ、許されたのか。皆、ありがとう。……大丈夫。もうこれ以上嬉しいことは……。もう、心おきなく王妃としての最後の仕事ができます……。


「皆きけい! 儂は王妃を殺す気はない!!」

 湧き上がる大歓声。

「だが、王族を残す気もない!」

 不穏な空気が流れる。

 そして公爵がにやりと笑いいう。

「三十年以前より儂は王妃を娘と重ねていた! 故に、此度の騒乱! その最大の戦果として儂は王妃を我が娘とすることと、ここに宣言する!!! どうだ! うらやましかろう!!」

 格好のつかない宣言なのに、皆涙を流して聞き入っている。私も含めてだが。


『娘に手を出すなよ! ヒヒ爺!』

 誰かのヤジが飛ぶ。

「かかっか! うらやましかろう! もっと嫉妬するがよい!」

 ……意味のわからない掛け合いの後、私が娘となることを承諾すると王都では宴が始まった。……本当に意味が分からない……。

 だけど、反省して私にこの数日の体験を語る子供達。この子たちが生まれて初めて楽しそうに私に語っている。私は色々と間違っていたようだ。

 受け入れよう。この甘い現実が、例え夢であろうとも。目を閉じればそこが私の処刑場であったとしても……、私は受け入れようと思う。



(おまけ)

「王妃様、御久しゅうございます」

 私の前に膝をつき臣下の礼を取るジェインズ。

 彼はカール公爵、いえ新王カールの娘をあの悪辣非道の王より守れなかった自分を責め、生きて復讐を果たさんと盗賊に身を窶した男が、身ぎれいな格好で現れた。

「久しいの。ジェインズ」

「は、御尊顔拝見する機会を頂戴し、恐悦至極にございます」

「面を上げよ」

「なりません。我が犯罪にまみれた穢れた目で王妃様を見るなど」

 この頑固者め。

「ふう、なればそのままでよい。代わりに一つ教えてもらう」

「何なりと」

「此度の乱、裏で働いておったのはお主だな?」

 私の言葉に固まるジェインズ。もはや答えているに等しい。

「礼を述べておこう。そちが居なければ、内乱は長引き被害も甚大であったであろう……」

 そう、王派閥の要人がこの1~2週間の間に次々と殺されていった。このおかげで国の要所は軽々と抜け、数だけで侵略しようとしていた周辺国も、あまりの制圧の速さに早々に手を引いている。陰の功労者。ジェインズはもっと胸を張るべきだ。

「もったいなきお言葉。しかして、そのお言葉、私が受けるには過ぎたる言葉に手ございます」

「謙遜も過ぎれば嫌味だぞ。ジェインズ」

 言うとジェインズは困ったように顔を上げる。

「すべては我らがさらった者どもが成したこと、さらにいえばことを成せるだけの能力を与えたもうた神のような存在によってすべてなされたのです」

「……神のような存在とな?」

「はっ、その名を『まーちゃん』と申す者です」

 私の中で色々とつながる。

 ああ、英雄と言うのはいるのだな。

 我らが生涯を賭してなそうとしたことをほんの一か月にも満たない時間で成してしまうのか。少し嫉妬してしまう。

 そう思うと少し笑えてしまった。

 ジェインズは私の笑顔に目を丸くし、やがて同じように優しい笑顔で笑い始めた。

 そう、全てが終わる。そして我らは明日を生きるために始めなければならない。受けた恩義は返すが人と言う者よ。ゆめゆめ忘れること無い様にのう。救世主、まーちゃん共和国国主のマイルズ殿。


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