98「ダンジョン攻略と帰宅難民のダンジョンマスター5」
パンパンパンパンパン
乾いた破裂音の連続がフロアに響きます。
少しうるさいです。
「マスター、状況クリア。20階層ボスの肉片を確認しました」
権三郎に『ご苦労様』と声をかけると敬礼が帰ってきます。
「マイルズ……」
おかしい。ちゃんとダンジョン攻略してるはずなのに……。
「超えちゃいけない一線と言うものがあると思う……」
「マモルン。魔法です」
私の言葉に納得できない様子のマモルンに諭すように言い聞かせる。
「皆さんだって火の玉を出したり、岩をぶつけたり、かまいたち起こしたり、ビームぶっ放したりするじゃないですか?」
「最後のは納得できなかったけどそうだね……」
何御言っているのでしょうかマモルン宇宙モードの主兵装はビームですよ?
ご自分がマジカルな感じで使っている魔法でしょうに……。
「爆発魔法で鉛玉を撃ち出すぐらい同じような魔法だと思いませんか? ……とってもコスト面でお安く作れるのですよ? 正義だと思いませんか?」
さっとマモルンと丸雪が引いています。丸雪? なぜあなたが引くのでしょうか? 創造主として甚だ不満です。
「どこかの悪い王様の手に渡っても構造解析は神でも不可能です。ご安心を♪」
「……そういう問題じゃないような……そういう問題のような気もするけど……」
「……マモルン。気にしたら負けって言葉を丸雪から贈ります」
確かに重火器がもたらした大量虐殺の記録は、我々異世界人にあります。
ですが、そもそもの主要原因は産業革命で人口の爆発的な増加に伴う軍事力の肥大化がすべての問題であったりします。
この世界でも人口が増えてゆけば大量殺戮の元となる魔導具が開発されるでしょう……。
マモルンが抱いている問題の観点が違うのです。戦後日本の風潮ですが『軍事イコール悪』のレッテル張りがされています。それは子供の理論であると断じることができます。
銀行が警備員も立てずに『皆さんの善意を信じています』といってATMのお金の回収とかしてたらやばくないですか? ですから警備員と言う職があり警備員は抑止力としての装備を持っているのです。魔法であれ、銃器であれ、鈍器であれ変わりません。武力が存在する世界の中で自衛力は必須です。
前の世界では主に『政治』の暴走により各国世界大戦などと言う血みどろの殺し合いに発展しました。ですが振るわれた武器は武器なのです。武器が原因で過剰に人を殺したのではなく、失政を隠すため……つまり内政の為に戦争を仕掛け、感情のままに先導してしまった為、人を過剰に殺したのです。現にとある国家は近年政策の失敗により、戦争ではなく内政のみで億に近い数の人民を殺しています。
これは古来より続いている人の性です。
武器が人を殺すのではなく人、主に(暴力装置に無知な)政治家など支配者階級が人を殺すのです。
これは集団のリーダを経験すると理解できる話なのです。権利と責任。上に立つのは選ばれたからではなく、上に立つ経験とノウハウがあるから。上の役職をこなせる能力があるからです。間違っても自分が特別と思い行動してはいけないのです。
……まぁ、マモルンのこの様子では言っても聞かないでしょうね……。
「マモルン、丸雪。先行して階層踏破してみませんか? ファンタジー感を味わえるかもしれませんよ?」
「でもな……」
もちろんマモルンが何故ここにいるかなど語るまでもありません。私の護衛です。
「大丈夫です。案山子は多めに作って進みますので、えい」
私はフロアボスの柱から案山子を2体生成する。
「せっかくのダンジョンです楽しんできたらいかがでしょうか? 合流はとりあえず50階層でいかがですか?」
「……いいの?」
「ええ、もちろん」
私の答えを聞いてふっと目をつぶり考えるマモルン。
すぐに目を開いて左手を上げると。
「……じゃ、いってくるー♪」
と言って駆け出しました。もちろん変身済みで。
微笑ましい姿ですが、あれモンスター惨殺に行くんですよ?
私は21階層以降たまに転がる【剥ぎ取り部位ごと破壊された】モンスターの残骸を見て『失敗したかな……』と軽く後悔しました。
だって、折角の素材が……、売り上げが……。
―――ダンジョンマスター、ンラド(間男)
いつも通り帰ると、妻が料理を用意してくれていた。
やはり人間出身者はちゃんと料理ができてよい。
など言っているとロリコン扱いされる。だがそんなものどうとでも言わせておけばよいのだ。
俺は妻を愛している。
それが事実なのだから。
「そういえば今日、ヴィーニャ様とお会いしたんですよ」
……なぜ妻からあの女の名前が……。
「そうなのかい? 1流のマスターである彼女がこんなところに来るなんて珍しいね」
あの女……まだ付きまとってきやがるのか……。今度きっちり捨てなければ……。
「とってもおきれいでした。私もあんな女性になりたいです」
直感的にタバサに浮気されているような嫌な予感がした。
明日、ダンジョン休んで調べるか……。
「ヴィーニャ様と言えば本日ヴァリアス様とお話ししました」
は? あの間抜けエリートがなんで?
「へっへぇ……それは凄い大物が来たね」
「ええ、サイン貰っちゃいました♪」
手帳に書かれたあの間抜けエリートのサインをもって満面の笑みを浮かべるタバサに言いようのない感情が芽生える。きっとこれは嫉妬だ。
「……まさか二人きりで会ってないよね?」
「あなた? ……何をおっしゃってるの……」
タバサの眼が冷たい。
気のせいか攻めるような口調だ。何故だ?
お前は俺の妻だ。お前を人間から亜神にしてやったのは俺だ。
俺の所有物が、勝手に男に近寄って行くのは我慢ならん。……当然だろう?
「……まさか、不倫してるんじゃないだろうな?」
怒りが抑えられない。
「当然喫茶店で他の方も入れてお話してます。私の事を信用されてないんですね……」
悲しそうなタバサの声に俺の思考は乱れてゆく。
そうじゃない。そうじゃないんだ。
俺は君を愛している。それを今日、伝えたいんだ。
「そうじゃねえ! たかが人間上りの見習いが! ……一端に交友関係構築だ? しかも不倫と取られても仕方ねーような現場じゃねーかよ! 口答えすんな!」
テーブルを叩く。タバサが俺の為に用意したスープが派手な音を立てテーブルから落ちる。
……それは俺たちの関係のようだった。
俺の一方的な暴力に耐えるタバサ。これは変わらない構図だ。
「ヴァリアス様に失礼です! 大勢が3人でお茶しているだけの姿を確認しているのです! 何が不満なのですか? 不倫などではなく、ダンジョンマスターとして有名なお方のお話が聞けただけなのに……」
それだけ言うといつものタバサに戻る。
いつもの所在なさげに下を向く地味な女に。
そうだお前は俺だけ見てればいいんだ。
その代わりに俺がお前を愛してやる。お前の良さは俺だけがわかってやる。
ゆっくりと立ち上がって床を拭くタバサを見ていられず俺は自室に引きこもる。
……ああ、今日も愛していると伝えられなかった……。
―――ダンジョンマスター、タバサ
「昨日は暴言と料理をひっくり返されました……」
目の前に座るのは紹介していただいた女性の弁護士の方。
黒髪ロング、凛とした高貴な雰囲気を纏った綺麗な人でした。
女である私でも見惚れてしまう美貌です。正直うらやましい。
「その記録がこの日記ね……10年分のDVの証拠ね。いいわぁ、やるじゃない」
肉食獣のような鋭い瞳で言うその表情に、私は魅了されてしまった。
「浮気の証拠も取れてるし。DV夫か。……ごめんなさい、夜の生活はどうなの?」
一番聞かれたくない質問だ。
「……実は」
ありのまま話した。
夫の部屋に入ると殴られるので別に寝ている。しかし、夜気が付くと襲われ、嫌がるのを無視して勝手に終わってゆくことがたまにある。
「実家でのお話は?」
「こちらにまとめています……」
旦那の実家にはいきたくなかった。
子供が授からないことをいいことに奴隷扱いをされている。
旦那はそれに輪をかけて行うものだから、行くたびにひどい苛めが待っている。
「……本気で屑ね、この男。やりましょう……。潰しましょう……。……つらかったわね、私は味方だから一気に決めましょう!」
嘘でも構わなかった天界に来て二度目の味方ができたのが泣くほどうれしかった。
そして私はダンジョンマスターとして、亜神として、旦那と対決することを深く決意した。





