96「今日は遅いので帰宅します」
宿としてあてがわれた邸の一室で、私達は向き合っています。
「で、神宮寺君。私に言う事とは?」
「……このダンジョン。正攻法で攻略してそしてコアを破壊してください」
真面目な神宮寺君がそこにいました。
……しょうがないですね。
「わかりました。でも、壊しちゃいますよ? コア」
「壊してかまいません……」
……真面目にされると調子が狂います。
何処かの女神さまのいる湖にでも神宮寺君を落としてしまったでしょうか?
ならば、これはきっと金の神宮寺君です……。
「……理由は?」
「すみません。こちら側の事情です……」
ゴールデン神宮寺君がキリっとした大人の表情で言います。
「まーちゃん先輩……」
「しょうがないですねで、いつですか決戦は?」
「3日後の正午です」
「わかりました『それ』に合わせて攻略しましょう……」
そこまでで言葉を切ると私は手を叩き権三郎を入室させます。
「さぁ、これが何かわかりますか?」
「まーちゃん先輩最高っす!」
ベイクドチーズケーキを前にゴールデン神宮寺君が元の神宮寺君に戻りました。「たらったらった~」とか効果音が付きそうな残念感です。
やはり奴のゴールデンは金メッキ! ……湖の女神さまも経費削減の波には勝てなかったようですね……。
あ、ちなみに私はレアチーズケーキ派です。
「ゆっくり食べていきなさい。焦って行動を起こすと足元をすくわれますよ……」
「はい! と言うかお土産に欲しいっす! この間のショートケーキを聞きつけられて周りの神様からのプレッシャー凄いんですよ……」
神宮司君はケーキをお代わりして満足げに帰ってゆきました。
「……マスター。あれって賄賂用ですよね……」
「はい」
「……マスター。私は見てなかったことにします」
「はい」
「マスター。ケーキ美味しかったですね」
「権三郎、ホールケーキを4つはさすがに食べすぎなのです♪」
……さて。私達も向かいますかね……。
久しぶりに権三郎にライドオンして私も戦場に向かう。
――(神の世界)――
「やあ、末弟元気にしてたかな?」
突然に肩に手を置かれて神宮寺はびくりと反応し、震えながら声をかけてきた人物へ振り向く。
そこにはビジネススーツを身にまとったメガネの女性がいた。
その美しい黒髪はお団子ヘアに鋭い眼光が宿った瞳は、笑顔の表情に似つかわしくなく冷たい……。感情の失せた瞳。全体的にできる女上司を感じさせる雰囲気を身にまとっている。
「あ、転生神様。ご無沙汰しております……」
神宮寺は冷や汗を垂らしながら頭を下げる。
(どこからばれた……いや、勘違いしている線もある……)
「最近頻繁に降りてるらしいじゃない。課長にまでなったのに自由でいいわね~」
嫌味であり牽制である。
それが果たしてどれに当たるのか……神宮寺は顔に出さない様に答える。
「何のことでしょうか。僕はレベル神として業務をこなすのでギリギリなのでなにか至らない点があったでしょうか……」
転生神は笑顔を崩さずバシバシと神宮寺の肩を叩き軽口をたたくように告げる。
「おいおい、知っているぞ……。ずいぶんご執心なようだな」
「あはは。神様になりたての時、大変お世話になりましたからね……どうしても……というやつです。お恥ずかしいかぎりです。ははははは……」
肩に置かれた手に異常な力がかかる。神宮寺は痛みに眉を顰める。
「あはははは。愚弟。そう言う事にしておこう……でも、もし、万が一にでもお母様に迷惑をおかけするのであれば……」
そこで言葉を切って転生神は神宮寺の耳元に顔を寄せる。
神宮寺はその甘い匂いに男として一瞬心を奪われそうになるがすぐに現実に戻る。
「……楽に消えられると思うなよ。……私はお母様を守る盾。……もう二度とあの男を近付かせはしない……」
「もももももももちっっっろんです!」
汗が流れる。
全身いたるところから流れる。
もしかしたら泣いていたかもしれない。
鼻水は流れていた。
漏らしていた。
正直神宮寺は一級神の実力を低く見積もっていた。それを後悔した。自分程度の存在など息をする程度に軽く吹き消せる存在。それが一級神だった。
「愚弟。降りる前にきちんと着替えてゆけよ。神を語るのであれば……」
そう言って転生神は振り向きもせず去っていった。
息をするのを忘れていた神宮寺はプレッシャーから解放され、思いだしたように息をする。
足が笑っている。やがて力が入らなくなりその場にへたり込む。
手を見ると意識していなかったが小刻みに震えている。震えは止まる気配がない。
戯れに削られた心の内で神宮寺は再度決意する。
(俺はやり遂げるっす……。それが存在意義だから……お母様の為にも……)
神宮司の醜態を見て笑う神はいなかった。
神々の間でもさらに超越した存在に脅され、神から堕ちなかっただけでも褒められることだろう。
皆それを理解していた。
だが、誰もが神宮寺を避け始めた。
それは無理からぬことだった。





