初心者戦士アッシュ
教官であるエルフの前に立ったアッシュは、左手の小盾を大きく前に出し、ショートソードは少し引き手で構えて見せた。
完全に受け身の態勢に、教官も少し感心した表情を見せる。
「初めから受け中心の構えですね。」
「はい。そういう試験のようなので。」
「そうです。初めにお伝えした通り、防ぐ試験ですよ。では行きます。」
木剣だというのに鋭い突きが何度もアッシュを襲うが、細かく盾を動かして受け流していく。
今のままでは攻撃が入らないとみるや、教官は一度剣を引く。
「正面は問題ないようですね。では、これはどうでしょうか。」
教官が一瞬のうちにアッシュの背後に回り込み、突きの一撃を放つ。
対してアッシュは後ろ手にショートソードを巧みに操り、木剣にぶつけることでしっかりと防いで見せる。
そのままの勢いで反転し、再び教官と向き合った。
「まさか、今のを完璧に防がれるとは思わなかったですよ。」
「先ほど見ていたので、何とか対処できただけです。」
「なるほど、素晴らしいです。これで終わりでもいいですが、最後にもう一度撃ち込みますよ。」
まるで騎士のように教官は胸元に剣を構える。
これが普通の剣であれば美しかっただろうが、木剣なので台無しである。
しかし、明らかに先ほどまでと纏う空気が違うことをアッシュは感じ、ごくりと息を呑みつつ、小盾を改めて構えた。
「では、行きます。」
素早い突進と共に放たれる、今まで見なかったような速度で放たれる強烈な突きの一撃。
確かに早いが、明らかにまっすぐすぎる。少し違和感を持ったアッシュだったが、小盾で木剣を受けた。
だが、その衝撃は想定していた以上で、思わず左腕を大きく振りかぶり、教官の腕ごと木剣を弾く。
反撃のチャンスだとアッシュがショートソードを動かそうとした瞬間には、教官は木剣を左手に持ち替え喉元につきつけていた。
「ま、参りました。」
アッシュが降参を宣言すると、教官は木剣を引いて満足げに頷いた。
「お疲れ様でした。やはり弾きを狙っていましたね?」
「はい。思わず使ってしまいましたが…それよりいつの間に剣を持ち替えたんですか?まるで魔法みたいでした。」
「私の剣技の一つです。魔法ではありませんよ。それよりも、席にお戻りください。結果を発表します。」
アッシュが席に戻ると、教官は受験者たちを流し見て、ガイとアッシュの二人で目線を止めた。
「ガイ、アッシュ、お二人はお残りください。他の四人は彼に従い探索ギルドへどうぞ。」
受験者に混ざっていたもう一人の教官が立ち上がり、四人を連れていく。
残る二人はすこし緊張した面持ちで待っていたが、彼らの姿が見えなくなると、エルフの教官は穏やかな笑みを浮かべた。
「ご安心ください。お二人は合格ですよ。」
「えっ!?まじか!」
「ほんとですか!やった!」
「お二人はすぐにでもダンジョンに潜れる実力がありますからね。当然ですよ。」
「えっ…でも俺、結構問題のほうは間違えてましたけど…」
ガイが不安そうな顔を見せると、教官は首を振った。
「確かに、もう少し知識を付けるべきかもしれませんが、あなたは周りに流されることなく、自分の意思で回答していますからね。そこは評価できます。」
「やっぱあれ、そういう試験だったんですね。」
「そうですね。でも、知識面も行動の速さや、受験者たちの視線で判断していますよ。君はその面で言えば全問正解ですね。」
「な、なるほど…ありがとうございます。」
アッシュも自分の意志で回答していたのだが、教官に認められていることのうれしさよりも、鋭い観察眼に少し震えあがった。
軽く咳払いをして、教官は改めて真剣な表情になる。
「では、お二人に探索者の証をお渡しします。」
教官が二人に真っ白なカードを渡す。
掌に収まるほどの薄い札で、大きさはちょうど片手で挟める程度。
左上にはのっぺりとした真っ白な魔石が埋め込まれていた。
ガイもアッシュも宝物でももらったかのように、両手の上にそっと乗せていた。
「すげぇ、本物の探索証だ…」
「あの、もう登録していいですか!?」
「登録の前に、お二人に伺います。傭務者は続けますか?それともやめますか?」
「え?掛け持ちできるんですか?」
アッシュが問い返すと、教官は軽くうなずく。
「あまり掛け持ちしている方はいませんが、契約上可能です。ただし、ダンジョン攻略に集中したいのであれば、傭務ギルドから良い目では見られないので、お勧めしません。」
教官の言葉を受け、二人はお互い向き合い、軽くうなずき合った。
「俺は掛け持ちせず、探索者として生きていきたいです。」
「僕も同じです。」
その答えは予想通りだったのか、教官は軽く微笑んだ。
「では、傭務証を外しましょうか。カードは一度膝に置いて、ブレスレットを付けた腕を突き出してください。」
言われるまま探索証であるカードを膝に置き、二人は左腕を突き出す。
「そして魔石に手を当てて解約と唱えてください。」
「「解約!」」
右手を魔石に添えた二人の叫びと共に、ブレスレットが大きく広がって腕にぶら下がる。
教官は素早くそれを回収した。
「傭務証はこちらで傭務ギルドへ返却しておきましょう。続いて探索証に登録を。やり方はご存じですね?」
「はい!」
「大丈夫です!」
二人は膝の上においたカードの白い魔石に手を触れる。
「「契約!」」
その言葉と共に白い魔石が一瞬輝き、真っ白だったカードの中心に黒の文字で二人の名が刻まれた。
晴れてガイとアッシュは探索者としての一歩を踏み出したのだ。
「これですぐにでもダンジョンには潜れますが、あなたたちはまだ初心者です。潜る場合は必ず二人以上で、第一層のみの探索をメインとし、当日中に帰還してください。」
「はい!…あの、二人ということは、僕とガイで組むということですか?」
「そうだね。下手に経験者を入れるより、初めて同士で組むことを推薦しているよ。」
「知らない中ではないし、俺は組むのは構わないぜ。」
「僕もだよ。よろしくね。」
ガイとアッシュが握手する中、教官は満足そうにうなずきつつ、指を立てた。
「では、それぞれの探索証を重ねて、パーティー登録と唱えてください。」
「「パーティー登録!」」
白い魔石が一瞬輝き、真っ白なカードの背面にパーティーの項目が追加され、その下に相方の名前が刻まれる。
これで二人は晴れてパーティーとして認可され、探索者としての道を歩み出す。
もっとも当日すぐにダンジョンに潜るような真似はせず、明日からの探索を目指し、しっかりとした準備を始める。
そう言った自己管理ができる二人だからこそ、正式に探索者として認められたのだ。




