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第30話✶物語の終わり

死んだ人間の魂は、49日までに転生先が決まる。

初七日を終えたばかりの今は、転生先を選び放題なのだ。


「それは…」


地蔵かぶれ僧侶は、考え込んだ。

私は、私が死ぬつもりだったことを龍に気づかれていたことに驚いた。


「確かに、できないことはありません。

過去、結ばれなかった男女同士を同じ時代に転生させたことはあります」


「え! 本当ですか!!」



「ええ。可能です。でも、何道になるかはお伝えできませんし、規則ですから記憶は引き継ぎません。

また、人間の男女の転生処理は私の権限でできますが、天女は管轄外ですね」


なるほど。

それなら。


「かぐやと言ったか。今一度問おう。汝の願いは何か」


思考が読めるこの龍には、もう分かっているのだろう。

それが悔しくもあったが、私の願いは天刑を受けるずっと前から決まっていた。


「私を人間にして下さい」


「承知した」


即答した龍の持つ珠がまばゆく光り、目を開いておけなくなる。雲も霧も光に溶けたが、視界の端で僧侶がお辞儀をしていた。

たまらずギュッと瞑った目を開けば、海も空も消えて、そこは宮の庭であった。


新月の夜の静かさに、小の葉のさざめきだけが響いている。


「私、人間になったの?」


ぐーぱー と手を動かしてみても実感はない。

第一、外見上で人間と大きく違う所なんて私には無かった。


龍も僧侶も、勿論瑠珂の魂も全く見えないけど、今も彼らは私の傍にいるだろうか。


そんなことを考えながら、瑠珂の寝室に戻る。

祭壇にある彼の姿絵と戒名、豪華な装飾品を眺めた。

焚き付けられた香に侵され、もう彼の匂いが残らない無機質な部屋の隅の、机に目を止めた。


『寝室の鏡台の引き出しにある短剣』


瑠珂の言葉を思い出す。

護身用の剣だったが、かつての瑠珂が自害する時に使った剣。

今世はまだ使っていないから、あるかもしれない。


一番下の引き出しを開けてみれば、そこに剣はあった。

小型だけどなかなかに重く、鋭い剣。

両手で持ってみる。

自分の首筋に当てれば刃が冷たくて、背中に寒気が走る。


「瑠珂を自害に追い込んだのは私。

今世でも瑠珂が死んでしまったのは私のせい。

瑠珂、本当にごめんなさい」


手が、指が、小刻みに震える。

痛みが怖いのか死ぬのが怖いのか自分では分からない。考えたら私は自死の経験がない。(普通ないが)

いつも突然の事故死か女王からの賜死だったから、死への覚悟的なものは要らなかった。


この恐怖に、彼は独りで打ち勝ったのだ。

私だって負けないくらい彼を想ってる。

私はぐっと口を結び、呼吸を整えた。


瑠珂、来世こそ…


ずっと、ループを終わらせたかったけど、転生を願う日が来るなんて思っていなかった。

現金なものだと自分が笑える。


私はその笑った顔のまま、決意が変わらないうちにと一気に喉元に突き立てた。

途端に景色が色を変え、息と音を失う。


さようなら、平安の生。


さようなら、かぐや姫。


しばらくは、おやすみなさい








――千余年後の日本。



「しかし大きなお屋敷だなぁ」


生まれてこの方この街暮らしの私の家の近所には、大きな家がある。

何でも、天皇家に続くやんごとない血筋の方だとか、政財界のお偉いさんだとか、古くからの地主で財閥の御曹司なんだとか、色んな噂があるが、誰も入ったことがない豪邸だ。

大きくてぴかぴかした車が、いつも出入りしている。


黒く高い塀に囲まれているため、中は及び知れない。



小学校の帰り道、いつものように通りかかると、普通は閉まっている扉が開いていた。


「わっ! 中を見るチャ〜ンス!」


私はひょいひょいと近寄り、ぴょこりと中を覗きこんだ。

中にはピンクの美しい花々が咲き乱れている。

見たことのない花だ。


「わ〜!」


牡丹のような、薔薇のような美しい花。

華やかな花びらがドレスみたいに繊細で美しい。

しばらく見惚れていたら、声を掛けられた。


「どうしましたか?」


その優しい声は、私と同じくらいの子供だった。

なぜか背中に甘い痺れが走った。

浴衣を着た、明るい髪色の、垂れ目の少年。

吸い込まれそうな瞳でこちらを見つめている。


「き、綺麗な薔薇ですね!」


本当に綺麗なのは貴方ですけどね!などと心の中で1人ツッコミしつつ汗をかく。

ガサツなクラスの男子とは大違いだ。

あ、でも勝手に覗いたこと、ちょっと足が敷地に入ってること、叱られるかな?


私はじりじりと後ずさる。


だが少年はくすり、と笑うだけだった。


「これは、薔薇ではなく芍薬シャクヤクです」


「あ、そうなんですね、えへへ…」 


「この芍薬は、『かぐや姫』という品種で…」


言いかけた瞳が突然見開かれ、みるみる大粒の涙が溢れてきた。

それは私も同じで、さっきから心臓が逆流したのかという位に動悸が激しい。


頭の中に、誰かの記憶が流れ込む。

私の頬にも涙が伝う。


「瑠珂…  瑠珂なの…?」


「か、ぐ、や…?」


お互い、信じられないと顔を見合わせる。

手を握り、しばらく黙って見つめ合った。

先に口を開いたのは、やっぱり私だ。


「瑠珂は、今は何ていう名前なの…?」


「僕は、瑠夏るかだよ。 珂の字が、夏なんだ」


「私は馨夜かぐや、私も、字が違うだけ」


指で瑠夏のてのひらに字を書いた。

そのまま、すっと引き寄せられて彼の胸に埋まる。


「会いたかった…」

「私も、会いたかった」


身長が同じくらいだから、耳の横に柔らかい髪がくすぐる。久しぶりの彼の匂いを懐かしく感じる。

とくん とくんと規則的な音を聞くうちに、少し落ち着いた。

正面を向けば、おでこ同士がコツンと当たった。


「「あ…」」


あまりに顔が近くて恥ずかしくなり、私は自然と目を閉じる。

そうしたら、瑠夏の影が差し掛かり、甘い吐息が近づいてくる。

こ、これはまさか!! 世に聞くあれでは!?

私達、前世は文通だけというプラトニックぶり。

正真正銘、初めてのチュー…


コッホン!!



急な咳払いに我に返れば、ものすごく胡散臭そうにこちらを見ている青年が居た。


蔵人くろうど


「瑠夏様、素性の知れない子供と戯れるなどおやめ下さい。子供はどのようなバイ菌を持っているか分かりませんから。お身体に障ります」


「なっ…!」


初対面でバイ菌扱いをされた私は、腹を立てて青年を見上げる。てか、瑠夏だってまだ子供じゃん。

ん…? コイツも見覚えがある。


私が訝しげに見つめていたら、蔵人と呼ばれた青年はまたしても嫌な顔をした後、一瞬表情が変わり、そしてまた表情を戻した。


「え、瑠夏何歳?」


「僕は14歳、中学2年生だよ?」


「えー! 私12歳の小6だよ。なんだぁ同じ学校じゃないんだ」


「瑠夏様と呼びなさい」


「馨夜、来年は同じ学校だよ」


「そっかぁ! 一緒に登下校しようね!」


「瑠夏様は名門の私立中学でいらっしゃいますし難しいんじゃないですか」


ちょいちょい口を挟むこの男は、私に恨みでもあるのだろうか。


ともかく今日はこのくらいで帰ることになった。

また改めてお邪魔させて貰おう。

もう時間が遅くなってしまった。


「じゃぁね、瑠夏、また明日来る!」


「うん馨夜、待ってる」


「明日は家庭教師の先生が来られますし、また日を改められることをお勧めしますが」


手を振る瑠夏を名残惜しく見ながら帰路についた私の耳元に、ささっと近寄ってきた青年が囁く。



「瑠夏様の今世の1番は、譲れませんよ」


「・・・あああああ〜〜〜〜〜!!」



そうして思い出したその意地悪な顔は、

頭の中将、その人であった。




――――――――――――――――――――――――――――――――



「大王様、良かったのですか?」


「何がだ?」


「だって… 彼女はもう天界人ではなく人間じゃないですか」


身体うつわは人間だが、魂はかつて私の娘だった者だ。

何もしてやれず苦しめてしまったから、今世はどうか幸せになって欲しい」


「だから2人に記憶を?」


「ああ、ただ… どうやら手違いで、別の者の記憶も戻ったようだ。 姫や、ウッカリ者の父を許しておくれ」


余計なことまでしてしまい、ちょっとばかり悲しい気持ちにはなったが、面白ければまぁいっか、と、大王と側仕えの者はまた月へ戻って行った。



めでたし、めでたし。



これにて無事閉幕とさせて頂きます!

これからの2人(+側近1人)に、幸多きことを(*^^*)

どなたかの気に召して頂けたら、3人のその後日談も少し書けたら良いな、と思います✿


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まで楽しく読ませて頂きました。 瑠珂が大好きです。 かぐやは、逞しいくて惚れ惚れする(笑) 人間になったかぐやと瑠夏が幸多かれと祈ります。かぐやが、かぐわしい夜というのもステキです(ॢ…
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