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第28話✶龍への願い事

瑠珂が死んでしまってから、瑠珂の話を中将から聞いた。

例えば文通について。

私からの手紙は中将が読み上げ、瑠珂が聞く。

返事は瑠珂が言ったことを中将が書く。

そうして3年近くも文通をしていたのだ。


何となく、筆跡が違うように感じていたのは、書いていた人が違ったからだった。


船の補強方法や設計図は頭にあるが、視力が失われていくにつれ、イメージを伝えるのにとても手間取り時間がかかったことも。


ヒントはいくらでもあったのに、呑気にしていた我が身が憎い。


もう少し早く気づいていたら、せめて目を治せていたら、生きている間に瑠珂が幸せだと思う出来事は増やせたかもしれない。


「主上は、いつもこう仰いました。

″自分が目が見えないから感じられない風情を、姫が情緒的な感性で詩にしてくれるから、まるで一緒に見ているような気分になれる″ と。

いつも姫からのお手紙を楽しみにしておられました。

私は分不相応にも、主上に大切に想われる貴女様に嫉妬をしていたのです」


中将にそう言われても、全然喜べない。


妃でも愛妾でもなく肩書の何も無い私は、帝が居なくなった宮に留まっている理由は無い。

ただ、彼の匂いがするこの部屋から離れ難かっただけだ。


初七日が過ぎ、彼の痕跡が薄れてきたことと、周囲からの視線もあって、明日私は宮を辞することになっていた。

最後に祭壇に長く祈りを捧げる。



そして、手の中の珠を見つめた。

最後に残った龍の首の珠。

瑠珂が関わらない願いなんて、何も思いつかない。


多くを望んでない。

ただ、好きな人と一緒に生きていたかっただけ。

それがなぜこんなに難しいの。

多くの人が簡単に叶えられる普通の願いが、私達だけ叶わない。


しかも私は天女で長生き。

瑠珂のいないこの世で、長く生きてどうするというのか。


(神様なんて、本当にいない!)


私は歯を食いしばり、慟哭し、畳を叩く。

声にならない声を上げ、爪が削れるまで毟り、行き場の無い怒りをぶつけた。

髪を振り乱し、乾いた涙でカピカピな肌がまた涙で濡れる。

食事も随分食べていなかった。


既に思考が狂っていた私は、どうせ他に希望なんて無いのだからと、龍を呼ぶことにした。

ダメ元で、お願いしてみよう。

願いが叶えばめっけもの、無理なら、私を殺してもらおう。

2度と、転生などしないように。



今夜は新月。

光の差さない宮の庭に出て、龍の首の珠を手で包み、願う。

龍よ、現れ給え、と。



すると、一面に霧が立ち込め、景色が一変した。

雲の中にいるみたいに真っ白な世界。

足の裏を見ても土が着いていない。


霧が晴れたら、先程までいた庭とは違う場所にいることに気づいた。

海の上に、立ったまま浮いている。

静かな水面に映る自分が、こちらを見つめていた。


しばらく水平線を眺めていたら、海面が揺れ始め、飛沫と共に中から大きな龍が姿を現した。

さすがに少し驚く。



なんじ、我の眠りを妨げるもの」


あ、龍 寝てたんだ、と思った。


「何用で我を起こした」


静かに待ってはいたけれど、起こしたことに違いはない。


「神の化身たる龍の御方様の眠りを妨げたこと、先ずはお詫び申し上げます」


怒らせて良いことは無さそうなので、丁寧に詫びを伝えた。


「ほう」


龍は興味深そうにこちらを見ている。


「して、何か望みがあるのだろう。く申せ。我は眠い。

金、富か、美か、権力、名声か? 何だ」


なんてせっかちな龍かと思いつつ、世間話をする間柄でもないので本題に入る。


「私の大切な人、この世の帝だった瑠珂が、死んでしまいました。私も、彼が居ないこの世に長く生きていたくはありません。

どうか、私と瑠珂を同じ世に生まれ変わらせて頂けないでしょうか」


胸の前で指を組み、切に懇願する。

もう、今の私にこれ以上の願いはない。

どうか叶えて欲しい。

努力なら人の18倍はしているし、罪は雪いだ。


「帝…  フム 」


龍は私の願いを聞いて即答せず、少し考える様子を見せた。


「汝、人間ではないな」


おっ…

人間じゃないとダメとか?

一瞬戸惑ったが、龍の首の珠が人間専用という訳ではないだろう。


「はい。私は月の都から来た、天女です」


正直に答える。


「そうか。天女とこうして会うのは久々だ。

なるほど… 。

人間2人を、同年代に転生させることは容易いが、天女を人間界に転生させることと、もう1人の別の人間を同時に転生させることは両立できない」


「そんな…」


予想していたことだったが、いざできないと言われ、胸が絶望に染まる。


「しかもその者、帝と言ったか――は、1度我に願いを叶えさせた者だ」


それは瑠珂も言っていた。


「あの、瑠珂は、龍の御方様にどんな願いを叶えて貰ったのですか?」


龍にも守秘義務ってあるのかしらと思いながら、気になっていたので聞いてみた。


「あの者は、この世から千年以上生き続けていた。

そして、我に願ったのだ。

記憶を保ったまま、自分を前世に戻してくれ、と」


「えっ  瑠珂、千年生きたんですか??」


「ああ、願わなければ、まだまだ生きていた筈だ。

彼は不死の薬を飲んでいたからな」



どういうことだろう。

瑠珂は自死をしたと言っていた。

でも不死の薬のせいで別の身体に魂が入ってループを…   した、とは言ってない。

私がそう考えただけだ。


まさか、自害したのに瑠珂は死ななかった?

死ねずに悠久の時を生きたの?


瑠珂が死んで7日でギブアップした私だ。

彼の気持ちは察するに余りある。

絶望は違う、焦りに似た気持ちが湧き上がる。


「では、瑠珂は私と同じ生に18回転生したんじゃないんですね」


どうやら、瑠珂はたった1回転生しただけなのだ。

龍に頼んで。

では、私が毎世にいつも好きになった彼は…


「何を言うのだ。転生したのは彼だけだ。

汝は1度も転生などしていない。

前世の業は背負っていたがな」


「?????」


もはや訳が分からない。

各生での死に方も、生れてから先の様々な人生も、こんなに鮮明に覚えているのに。

その記憶があったから、天刑を乗り越えられたのは間違いない。


「汝にある天女の法力は、″先見の明″ だ。

未来を見通す力。

不死の力を授からなかった代わりに得た、月の王族の特異体質だな。

汝はただ、未来を視ただけだ。

ただし未来は変わる。たくさんの選択肢と可能性があるからだ。その道の数の分、汝は自身が体験したように感じていたのだろう。

汝は″感受性が豊か″ らしいではないか」


「そんな…」


私は初めて知った事実に愕然とする。

龍や神は嘘を吐かない。

つまり、本当に私はループをしていない。

未来を、視ただけ…


ならば、私が瑠珂と過ごした(と思っている)のは、私が視た千年後の未来のうちのひとつ。

実際の未来がそのうちのどの生かは分からないけど、どの生でも私は20歳で死ぬ。


もしかしたら、いや、きっと未来で私はまた瑠珂を遺して死んだのだろう。


自惚れれば、私が転生してきたことに気づいた瑠珂はきっと、千年ぶりの逢瀬を喜び、今度こそ一緒に、と思ってくれたかもしれない。

それなのに私は、またしても死んでしまった。

探究心旺盛な瑠珂はその死に疑問を感じて調べたのだろう。


そして、瑠珂は知った。

私が背負う前世の業を雪がねば、未来が無いことを。

その打開策の鍵が竹取物語にあることを。


だから彼は龍に願ったのだ。

自分を最初の生に戻してくれと。


私を助けるために。




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