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第27話✶瑠珂との再会

ばたばたと騒がしい足音は、2方向から聞こえてきた。

帝の急変に慌てる者、もう一方は。


「主上! かの姫が!! なよ竹のかぐや姫がお越しになりました!!」


金豚雲に乗った私は自邸に寄らず、真っ先に平安宮に向かった。

瑠珂の容態が心配だったからだ。


宮全体が慌ただしく、只事ではない雰囲気に私も焦り始める。

本来は数々の手続きがある筈の帝への謁見は、この緊急事態の喧騒に紛れてスッ飛ばされた。

既に私は人間ではなく、月の都の天女として知られているために、瀕死の帝を何とかできると思われたのかもしれない。


それくらい、切迫した状態だった。

突然宮の庭に降り立った不審な私を、鬼気迫る表情で帝部屋ここへと連れてきた側近の顔には見覚えがあった。


「どうか、主上をお助け下さい!!」


なりふり構わず私を走らせる彼は、確か頭の中将だ。


「私がお渡ししたっ、薬はっ、どうしたのです 」


いくら体力が戻ったと言っても走れば容易に息が切れる。


「私が主上の命に背いてお飲ませすることにお気づきになった主上が…

結局お飲み頂けませんでした… 」


(瑠珂…)


今世は飲まされないよう手を打ったのね…

だとしたら、早くしなければ。


いくつもの部屋を越えて、ついに奥の間、帝の寝所の襖を開いた。


「瑠珂っ!! 瑠珂っ!!」


床に臥す彼に駆け寄り、手を握る。


(なんて冷たいの!)


爪は色を失い、口元に手を翳しても僅かに空気が揺れるだけ。

手首の脈は触れないが、首の脈は弱々しく動いている。


(まだ、命は尽きていないわ!)


私は仏の御石の鉢を取り出す。

食事用の器でありながら、なぜ ″鉢″ なのか。

皿でも碗でもなく、 ″鉢″ 。

わざわざ凹凸のある ″石″ の。

鉢は本来、り潰すのが用途だ。

薬を擂る、乳鉢のように。


私はイヤリングにしていた燕の子安貝を、仏の御石の鉢のザラザラした内側に擦りつける。

案外すぐに削れて粉になった。


『中国には ″石燕″ という名前の化石の漢方薬がある』


その石燕こそ、燕の子安貝であったとする説。

そして、あの5つの宝を使者から受け取った日。

私史上最高の色仕掛けで聞き出した、帝の病状。


『それを挽いて粉末にしたもの吹き込めば、障瞖しょうえいをたちどころに治してしまう妙薬になる』


布団の中の瑠珂は色を失って全く動かず、何も飲み込める状態ではなかったが、この石燕の妙薬は吸入薬だ。

弱くとも息さえしていれば摂取できるし、多分粘膜吸収薬だ。


私は鉢の中の粉を、開けさせた瑠珂の口に向かって吹き掛けた。

そして、名前を呼び続ける。


何回か繰り返したら、瑠珂が   目を開けた。


「〜〜〜〜〜〜!!!」



安心して急に涙が溢れる。

嗚咽で息ができなくなっても、瑠珂と目が合ったことが嬉しくて幸せで止まらない。

辛かった天刑でさえ流れなかった涙だ。



周りの人達もワッと抱き合ったりしゃがみこんだりして泣いている。


瑠珂は不思議そうに目を瞬かせると、微かに口角を上げて微笑んだ。


「目が、見える… 君は、姫…? 」


「瑠珂〜〜!! 瑠珂は、目が、見えていなかったんだね〜〜! ずっと、気づかなくて、ごめん…!」


零れるままの涙を拭いながら伏して謝る。

使者から聞くまで全然気づかなかったけど、初めて会ったあの森では既に、殆ど見えていなかったのだろう。

中将に手を引かれなければ、歩けなかったのだから。


「泣かないで、かぐや。 心配をかけたくなくて、僕が言わなかったんだ。

人の区別を声でしていた僕は、人の形もわからなくなったのに、初めて会った君は光そのもので、形がはっきり見えた…

思わず泣きそうになったね。

どこに居ても、黙っていても君だけは分かるんだ。

暗闇に沈む僕の世界で見える唯一の僕の光…」


瑠珂の目からも一筋の涙が伝った。


「初めて今世の君の顔が見えたよ。やっぱり、可愛いね」


「ヤダ、もう」


私はまだ力が入らないらしい瑠珂の手を取り、私の頬に当てる。

私の熱くなった頬で、瑠珂のひんやりした手と指が、少しでも温まりますようにと。


障瞖しょうえいは目の病よ。視神経から炎症が広がり、全身に広がる病。この病の特効薬が、燕の子安貝だったの。

ごめんなさいね、思い出すのが遅すぎて、瑠珂を長く苦しませちゃった…。

でも、かぐや姫がこの燕の子安貝を探していたのは、瑠珂のためだったのよ」


「そうか… 僕のために…。かぐやが。

いや、ここまで見通すなんて(・・・・・・・・・・)、さすがだね。

僕は最初の生では普通に目は見えていたんだよ。

かぐやの顔だって、ちゃんと覚えてるもの。

輝夜に会った時に掛けていた眼鏡は、軽い近視用だったし」


「そうなの?」


そう言われたら、竹取物語の中でかぐや姫と帝が出会うシーンは、散歩中の偶然じゃなかった気がする。


狩り、だ。

狩りに来ていた帝とかぐや姫が会ったんだ。

狩りは、目が見えないと難しい。


ん…? 目が見えていないのは今世だけ?


「 ……… 」


私はだんだんと表情を曇らせる。


周りの人達は、今世?最初の生?何の話かと訝しがっているが、そんなのに構っていられない。

止まった筈の涙がまたほとほとと落ちて布団を濡らす。


頬に当てた手は冷たいまま。

私の手を、握り返してはくれない。


「まさか…  」



「うん、ごめんね。 僕が、死んでしまうのは、障瞖のせいじゃないんだ。別に何て名前もない、弱い身体の、只の寿命さ」 


「嫌だ、 嫌だよ、 瑠珂… 」


「今生はやけに死期が早いな、とは思ってた。

前はもう少し長く生きれたのにって思ってたけど、目の病気のせいだったんだね。

かぐやが治してくれたから、僕はもう少し生きられそうだよ。ありがとう。

だけど、自分で分かるんだ。

お別れの時は近いけど、かぐやが無事に帰ってきた所が見れて嬉しい」


「 ……… 」


私は頭の中がぐちゃぐちゃになる。

どうすれば良いか分からない。

あんなに辛い思いをして、力を合わせて乗り越えてここに戻って来たのに、瑠珂がいなくなったら意味が無い。


「ハッ!! そうだ! 龍の珠にお願いしよう!」


私は閃いた。

本当は、私を人間にして下さいとお願いするつもりだった。

天人である私はめっちゃ長寿らしかったので、瑠珂と一緒に年を重ねて普通に死にたかった。

けれど背に腹は代えられない。


しかし、瑠珂は首を振った。


「僕は1度、龍の珠にお願い事をしているんだ。

龍の珠は、同じ人に2度は作用しない。

それは調べて分かってるから、僕に関するお願い事は、叶えられないんだよ」


「えっ!!」


それは初耳だった。

瑠珂が、いつ、この珠に願い事をしたことがあるのだろう。

前に聞いた瑠珂の話の中には出て来なかった。


またしても混乱し始めた私を置いて、瑠珂は周りに居た側近や侍女に声を掛ける。


「天に召される筈だった僕を、姫が今一度現世に留めてくれたのだ。

だがこの世のことわりを覆すことは神に背くことになる。僕はもうしばらくこの世を楽しんで、あの世に参ることにする。

皆の者も、そのつもりでいてくれ。

姫に頂いたこの時間で、後継を選び、滞り無い政務の引き継ぎを行おう。目が見えるようになったから、大層捗ると思う。

ただ、来たるべき日が来るその時まで、仕事以外の時間は姫と静かに過ごさせて欲しい」


帝の言葉に騒然となり、さっきの謎発言は有耶無耶になる。中将は崩れて膝をついたが、誰も異論を唱えはしなかった。

私も、帝の窮地を救った者として、貴賓室に部屋を賜り、瑠珂の余生を共に過ごせることになった。



そして、本当に。

1ヶ月ほど過ぎた晴れた日、瑠珂は帰らぬ人となった。






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