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第25話✶天刑の終わり

皆が諦めて帰ろうと思った時だった。



ギ、ギギギギギギ



これまでに開いたことのない扉が開き始める。


「ま、まさか…」



それは誰の声だったか。

全員が息を呑んで扉を見守った。



「かぐや様!」


最初に叫んだのは、居待月だ。

寝待月も駆け寄り、ぐらりと倒れかかる私を抱き止める。


「馬鹿な!!!」


女王は大きな声を出して首を振る。

到底受け入れられないという顔で。


「 ……… 」


はくはくと口を動かすが、喉が焼けて声が出ない私を見て、居待ち月が言った。


「大王様。かぐや様は全ての天刑を解脱されました。

この上は、咎者ではありません。

治療の許可を下さいませ」


「ならぬ! 絶対ならぬ!」


女王がすごい表情で掴みかかろうとしたが、


女王セレーネ!!」


ビクッと肩を震わせた。


「我ら王族は月神の加護で不死の力を賜り、この法力で国を治めている。

その我々が、神の裁可に従わず翻意したならば、加護を取り消されてもおかしくない。

天刑が済んだのなら、姫は月神に赦されたのだ。

もはや罪人としては扱えない」


「くっ…」


歯を食いしばり悔しさを滲ませるが、自分の加護が綻ぶとあっては無視できない。


無言できびすを返し、自分の宮へ帰って行った。



「では、醫宮いきゅうの双子よ。娘を頼む」


ほっとした様子の大王は、私の前髪と頬の煤を優しく払った、らしい。


その時私は既に、意識を手放していた。







炎が覆いかぶさった時はもう、本当にダメだと思った。

降り注ぐ木材に、頭から被った火鼠の皮衣をギュッと握りしめた、その時。

手がかんざしに触れた。

ふいに瑠珂の姿を見た気がして、はたと冷静になる。


目を開ければ、火鼠の皮衣は、全く燃えていなかった。

というよりも、炎を寄せ付けないのだ。

まるで火が衣を避けているかのように。

火鼠は、火山に住む鼠だ。

毛だけ断熱作用があったって、肉や内臓が煮えてしまえば鼠本体は死んでしまう。

この毛は火だけでなく温度すら通さないようになっていたのだ。


皮衣を広げて被ってしまえば、テントの中のように別世界だった。

ただ、喉は最初の一瞬で火傷を負い、もう声を出すことはできない。


(まぁ、話す相手もいないしね)


後頭部がズキズキするのは、さっき降ってきた木材で作ったタンコブだろう。

炎や温度の問題が解決された今、むしろこういう物理攻撃のダメージが1番大きそうだ。


今私は、キャンプファイヤーに組まれた木枠のド真ん中に居る感じだ。

丸太のように太い角材はなく、薪や木炭ではあるが。

できれば塔の壁寄りに移動したい。


足を動かすと、チャリ、と音がする。

今は皮衣の真下にしているから大丈夫だけど、壁際に移動したら伸びた鎖が熱されて連座で足を火傷してしまう。

どちらにしても、外に出るためには鎖を切るか鍵を開けなければならない。


う〜ん、と悩んでいた時、脱ぎ捨てた帯につけていた帯留めが目に入る。

帯留めにつけた5色の珠は、龍の首の秘宝だ。

瑠珂が、探すのが1番大変だったと言っていた宝玉。

持ち主の願いを何でも1度だけ叶えてくれるもの。


燃えては大変、と手を伸ばして掴んだ。

良かった、珠は無事だ。

ホッとして胸に抱く。


私は、これに願う願いはもう決めていた。

こればかりは、自力ではどうにもできないことだった。龍に縋って叶えたい願い。

炉を出るためにこの珠は使わない。


帯留めを大切に持ったまま、着物が燃えていくのを衣の陰から見守る。

そして、何か策が無いかを一生懸命考えた。


着物と帯がすっかり灰になった頃、灰が少し盛り上がり、山になっていることに気づく。


(何だろ?)


簪でつついて灰を崩せば、中から煌めく石の器、仏の御石の鉢が顔を出した。


(帯の芯に入れていたからだわ)


業火や灰の中にあっても割れも汚れもせずに輝く鉢に、何故か励まされ、胸が熱くなる。


簪を引っ掛けて鉢も手前に寄せ、火鼠テントの中に入れた。


『無駄なことなんて無い』


ふいに、瑠珂の口癖を思い出す。


『全てのことには理由がある』



壱、弐、の天刑でも、過去のループ人生や瑠珂の尽力に助けられたことがかなり多い。

私の18回のループ人生で得た知識の中で、まだ使っていないものは無いか、そう自問してみた。


そうして思い出した。


(金型だ… 鍵を、作ることができるかもしれない)


工業高校に入り金型製作を学んだ生があった。

金属が溶ける温度、金属加工や火の特性を習った。


平安この時代の鍵は、鉄製だ。

鉄の融点は高く、1540度。

今私が居る塔は火葬用の炉だ。


火葬用の炉は、燃やされる木や木炭により500度〜1000度ちょっとまで上がる。

それに油と風が加われば、確か1200度弱までは行けた筈。

鉄は溶けず、他の金属ならまずまず溶かせる絶妙な温度だった。


簪である蓬莱の玉の枝は、あと金の根と銀の枝が残っている。

金と銀の融点は鉄よりかなり低い。

金が1060度、銀が960度だ。

この炉でも、充分に溶かすことができる。

幸い、根の方が枝より小さく、銀の割合が多い。


私は仏の御石の鉢に簪を入れ、火の勢いが良い場所に押しやった。


赤々と燃える火の中でも火力にムラがあったらしく、予想より時間はかかったが、とうとう簪は液体になった。

ぐつぐつぶくぶくと赤い液体になった簪を眺めながら、その先を計算する。


何の助けも得られないこの塔の唯一良い所は、空が見える所だった。

今は何日目で、天刑が始まってどれくらいが経ったのか大凡おおよそを知ることができるのだ。

夜、朝、昼と移りゆく時間は途方もないような感じがするが、着実に時間は過ぎている。


そしてあと1日弱、という時になって、私は火鼠の皮衣を手に被せて石の鉢を掴み、金と銀の合金である、煮え滾る琥珀金エレクトラムを足の鎖の鍵穴に流し込んだ。


炉も3日目に入り、少しずつ温度が下がり始めていたことと、鉄の鍵はずっと火鼠テントの下で熱の影響を受けておらず冷えていたことから、流し込まれた琥珀金はすぐに固まり始める。


固まる前にと、帯留めの珠じゃない方の棒を鍵穴に当て、持ち手になるようにした。

上手い具合に帯留めは鍵穴と癒合してくれたようだ。

あとは炉の温度が下がって鍵が固まりきってくれたら良い。


問題は、当たり前だがこの作業中、皮衣がずれたので私がかなりの熱風を浴び、火の粉を被ったことだ。

3日目の炉は、勿論、初日や2日目程の熱はない。

ただ、鍵が固まるまで帯留めを握っていた私は片手を塞がれている形になり、火鼠の皮衣を半身しか被れなくなっていた。


露出した部分が火傷し、また極度の脱水状態に陥っていた。

そもそも3日間飲まず食わずなのだ。

双子天女に貰った英気の貯金は、とうに使い果たしていた。


いつしか火が全て消えていたが、私は動けなかった。鍵はどうやら固まっているようだが、指に力が入らない。

喉が腫れて息ができない。

乾いた唇は割れているが、流れる血はなく固まっている。


(あと、少しなのに、瑠珂…)



身体じゅうが痛くて熱くて、もう何も見えなくなった。今死んで、また新しい生が始まったら、また私は頑張れるかな…


なんかもう無理な気がすると思った。

これ以上頑張るの、無理じゃない?

天刑、エグすぎん?

今世はここまでか。

毎度のことながら、思う。

″いい加減、安らかに眠らせてくれ!あるいは天寿を全うさせてくれ″ と。


さっきまで耳に響いていた自分の鼓動が弱々しくなる。

身体は熱いのに、酸素が足りなくて指先が冷たい。


(瑠珂、またね、約束守れなくてごめん…)


でも私は頑張ったよ、過去イチね、と最期の息を吐いた時、


窓から風が、ふわりと輝く白い煙を運んできた。


それを吸い込むと不思議なことに呼吸が楽になり、私はそのまま深い眠りについた。




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