第23話✶朝顔の役割
「変わりましたね」
「本当に。綺麗ですね」
「不思議ですわ」
一応、真ん中のお猪口にも赤紫色の懐紙を浸けてみるが、特に反応なく色は変わらなかった。
私は頷いて結論付ける。
「右端の水は、毒だと思います。
多分… 青酸カリ、などの性質のものでしょうか」
「青酸カリ?」
「初めて聞く言葉です」
「ああ、青酸カリ、という名前でご存知ないなら、精製方法が合っていれば間違いないと思います。
こちらは、熟れていない桃や青梅の胚乳を潰した物を乾燥させ、溶かした液ではないですか?
それは成分的にシアン化カリウム、青酸カリと呼ばれています」
双子はへぇ〜と言う顔をしているが、頷いたり同意したりはしない。
私は右端のお猪口に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。
やはり、無臭だ。
刑事ドラマで「青酸カリはアーモンド臭がする」といった話を耳にしたことがある。
しかし、体内に取り込まれた青酸カリは消化液と混ざるとそんな匂いになるが、本来は匂いの無い毒物だと習った。
さすがに青酸カリを使う実験はなかったから、今、本当に無臭なんだなーと思った次第だ。
あの日、天刑の内容を思い出した日。
簾に登る朝顔を眺めていたら、この手作りリトマス試験紙のことを思い出したのだ。
それはオープンキャンパスの時、高校生や中学生に向けたワークショップで、花からリトマス試験紙を作って色々なもののPHを測ろうという催しだった。
紫朝顔に含まれるアントシアニンは、酸性なら赤色、アルカリ性なら青色に変色する。
朝顔でなくても、紫キャベツやブルーベリーでもできるが、この時代では手に入らない。
真夏の今、手っ取り早く手に入るのは、この朝顔だった。
ただ、赤紫色のリトマス試験紙だけでは、色が変わればアルカリ性だと分かるけど、変わらなかった時に中性か酸性か分からない。
もちろん酸性の毒もあるわけだから、予めアルカリに浸して青色に染めたリトマス紙も用意しておいて、酸性なら赤色に変わることを確認しなければならないのだ。
結果、右端のお猪口は青色の紙の色を変えず赤紫色の紙を青色に変えた。つまりアルカリ性水溶液だ。
真ん中のお猪口は、青色の紙も赤紫色の紙も色は変わらなかった。つまり中性に近い。
アルカリ性の毒としてメジャーなのは、青酸カリだ。
シアン化合物であるアミグダリンは、薔薇科植物の未熟な種子に多く含まれる成分で、消化液と反応してシアン化水素となる。
致死量のシアン化水素に曝露すると、意識障害、痙攣、そして死に至るとされている。
中性の毒もたくさんあるが、今回は前提として3杯のうち1杯が水ということが分かっていたから、毒性の無い中性の液体は多分水だ。
というわけで。
「これはきっと大丈夫!」
私は一気に真ん中のお猪口の中身を飲み干した。
タン!
勢いよくお猪口をテーブルに戻し、舌や身体に違和感がないかを確認する。
… 大丈夫そうだ。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございますー!」
双子は拍手をしている。
私はそれより、1日以上ぶりの水分に感激していた。
五臓六腑に染み渡るとはこのこと。
おかわりを頂きたいくらいだ。
「かぐや様のご明察の通りでしたわ。真ん中が純水でしたの」
「砒素、は聞き慣れませんが、当方では石黄と呼ばれている鉱物を溶かしたお水と、枇杷の胚乳の粉を溶かしたお水をご用意していました。
どちらも、かなり侵蝕度の高い劇物ですわ」
「飲まなくて良かったです」
私は正直に感想を告げた。
そして私は約束通り、双子天女自慢の薬草料理を御馳走になり、身体じゅうがぽかぽか元気になったのだった。
御礼にリトマス試験紙について教えたらすごく喜ばれた。
食べながら聞いた話だが、月の住民は長寿ではあっても健康とは限らないらしい。病気は普通にするみたいで、健康で長生きすること、つまり健康寿命を伸ばすことが最近のトレンドなのだとか。
どの世界でも一緒なのね。
あと、手提げに入れていた白金の実もあげた。
これも、綺麗綺麗と気に入ってくれたので良かった。
私に食事を提供するなんて女王に知られたら罰せられるかもしれないのに、それにも関わらず饗してくれた2人にはとても感謝をしている。
お陰様でお腹がいっぱい、水分も充分に摂れた。
宮の外に出た私は、改めて景色を見渡してみる。
月の世界に来て2日目で、建物や地形を見るに、私達の世界線ではインド的な印象を受けていた。
宮殿はタージマハールにかなり似ていて、都は道に至るまで屋内かと見紛うくらい綺麗に整備されていた。
もう2度と来ない(と願いたい)風景を、目に焼き付ける。
次が最後の天刑だ。
気を引き締めてかからねば。
案内役の天人について次の場所に移動する。
移動は月に来た時にも使った、金豚雲みたいなものに乗ってひとっ飛びだ。
ふわふわで気持ちが良い。
牛車よりかなり快適なので、こればかりはこちらの世界が羨ましい。
景色がびゅんびゅん過ぎていく。
(次は爐炎の秤か)
実の所、私はこれまでの生で天刑をクリアしたことは1度も無かった。
第一関門を突破できず、死んでばかりだった。
大抵の生では、賜薬の盃が壱の天刑だったから3択を誤って即死だったし、常闇スタートの生では餓死だった。
それはそれは苦しい、辛い死に方だった。
女王の鬼畜ぶりには恐れ入る。
爐炎の秤スタートの天刑は経験がなかったので、この刑にかかるのは初めてだ。
字面からいって、火系の罰だろう。
多分、これが役に立つはず、と、肩のファーを撫でる。火鼠の皮衣だ。
だけど分からない。
あの女王が、私をただ火で私を炙るだけでは済まさないような気がしていた。
「着きました。お降り下さい」
天人に声を掛けられたその場所は、最初に来た、月の王宮だった。




