第22話✶弐の天刑
次なる天刑の場所は、虹の入江という場所にある宮殿だった。
ここも、管轄者がいて天刑の責任者となるようだ。
朔月に連れて来られた後、特に指示なく入口で放って置かれた私は周りをキョロキョロ見渡した。
先程まで居た離宮の周囲は砂漠のような砂地だったが、ここは草花が生い茂り、畑のようなものまである。
腹の虫の大合唱を聞きながら、あれは食べられるのかな… と、赤い実を眺めていたら、宮の扉が開き、中へ招かれた。
「ようこそいらっしゃいました、十五夜月の姫。
ここは月の都の薬草園、醫學を司る宮です」
中に居たのは若くて可愛らしい天女2人だった。
肩までに揃えたおかっぱ頭が可愛い。
15〜16歳に見えるけど、天女の年齢は不詳だ。
とりあえず2人は顔がよく似ていた。
「始めまして、十五夜月の姫。私は居待月と申します」
「始めまして、私は寝待月です。
お察しの通り、私達は姉妹で、双子ですわ」
「始めまして。かぐや、と申します」
私も一応自己紹介をする。
「十五夜月の姫は、かぐや様と申されますのね。では、かぐや様とお呼びしましょう」
「かぐや様!壱の天刑を無事に抜けられたのは貴女だけですよ、すごいです」
女王や朔月や看守を見ていて、月の住民は皆冷たい系かと思っていたが、どうやら年頃の女の子はそうではないらしい。
きゃぴきゃぴした様は、下界の女子と似たようなもののようだった。
好奇心いっぱいの瞳でこちらを見ている。
「下界には、こちらにはない綺麗なものや美味しいものがたくさんあるのですってね」
「お洋服も、だいぶ違うのでしょう?」
「そうですね、多分…。私はこちらのものを食べたことがないので、比べることはできませんが、美味しいものはたくさんありました」
「「いいなぁぁ〜!」」
双子は手を合わせて羨ましがった。
ぐう。と、再び私の腹の虫が鳴る。
「お腹が空いているのですね、可哀想に」
「可哀想に」
2人は眉を寄せて憐れむ。
「姫とは言え咎者のお嬢さんに、私達は勝手に食事を与えてはいけないの…」
「だけど、天刑をもし切り抜けられた後なら、月神もお怒りにならないかもしれないわ」
「えっ! 本当ですか?」
月の食べ物… 何となく危険な気がしないでもないが、死ぬことはなかろうし、多少興味がある。
初日に飴は舐めているし。
「ええ、かぐや様がこの醫宮の天刑後も無事でおられたら、ぜひお料理を振る舞いたいです」
「そうね! そうしましょう」
2人はそう言ってまた手を取り合う。
「「では今から準備をしますので、しばらくお待ち下さいな」」
私はテーブルと椅子のある部屋で待たされた。
弐の天刑は、『賜薬の盃』と言った。ここの立地や周辺環境から見ても、服毒系の刑罰とみて間違いないだろう。
待つこと20分で、双子がお盆を持ってきた。
盆には大きめのお猪口が3つ載っていて、それぞれに波々と液体が入っている。
試しに鼻を近づけてフンフンと匂ってみたが、特に何も感じなかった。
「弐の天刑、賜薬の盃は、3杯の中から受刑者が1杯を選んで呷るものです。
月神が許されれば、命を落とすことはありません。
月神がお怒りであれば、儚くなったり永久に苦しんだりします」
儚くなる、とは死ぬということだ。
つまり弐の天刑はロシアンルーレットで、運試しに近い。
生き残れば月神に許されたことになり、死ねば許されなかったと、そういう仕組みだ。
にこにこしながら、とんでもないことを言うものだ。
「月神様の御慈悲である1杯は只の水です。
あとの2杯は特に、月神の加護の無いかぐや様が飲まれれば命に関わるものと思います。
是非慎重にお選び下さいね」
「飲んだふりをして捨てたりなさらないよう、飲み干す所は私達が2人で見させて頂きます」
「はい、分かりました」
ひとしきり説明を聞いた私はお猪口をしげしげと眺める。
器は全て同じお猪口だ。
中の液体は無色透明で無臭。
これが毒水なら、こんなに見事に精製するのは大変だっただろうと思った。
親身な双子だったが、私の見張りは抜かり無い。
仕事に私情は持ち込まないタイプだろう。
瞬きもせず見つめられている。
私は頭から簪を抜いた。
蓬莱の玉の枝で作った簪だ。
実である珠は壱の天刑でなくなっているが、枝の銀と根の金が美しく健在している。
すらり分岐しているその銀の枝を、一本ずつ右端、真ん中、左端のお猪口に浸けてみた。
ぴちょん ぴちょん ぴちょん
右端の水に浸けても色は変わらない
真ん中の水に浸けても色は変わらない
左端の水に浸けても… 浸け… たら色が変わった。
「あ」
銀の枝が、浸けた先から黒くなっている。
ずぐずぐと黒ずむ枝が不気味だ。
他の2枝をしばらく眺めたが色が変わらないので、私は言った。
「左端は、毒です。 多分、砒素だと思います」
双子はにこにこしているが、何もリアクションをしない。正解かどうか、天刑が終わるまで明かしてはならないのだろう。
その昔、貴族が毒殺を避けるために銀食器を使っていたことは、比較的よく知られている。
しかし、銀が変色する毒の種類まで知っている人は少ない。
私はたまたま大学の化学反応の授業で習ったのだ。
実は、純粋な砒素は銀の色を変えないのだが、精製していない自然界の砒素には大概不純物が交じっていて、それは硫黄化合物であることが多い。
その硫黄と銀が反応して黒くなるらしかった。
だから、左端のお猪口の中身は砒素水だと思う。
砒素は接種した量によって症状は異なるが、皮膚炎や嘔吐、腹痛、脱水、死ぬこともある毒物だった。
水には溶けにくいのに、よく綺麗な水溶液にしたものだと感心する。
またしても念力の力なのか。
双子の表情は変わらない。
(さて次は…)
あと2つはどちらも、銀の色が変わらなかった。
無色透明で無臭、砒素でない毒。
あれか… あれか… あれかな。
いくつかの候補を思い浮かべる。
そして、胸に入れていた袱紗から、懐紙を取り出した。
「あら、綺麗な紙ですねぇ」
「本当に。色が不均一な所に風情を感じますわ」
双子が興味深そうに懐紙を見る。
懐紙は2枚あり、片方は青色、片方は赤紫色をしている。
ごく薄い和紙を紫朝顔で染めたその紙は、出発の朝に作ったばかりのものだ。
この、超薄い和紙を作れるようになるために、結構時間がかかった。
それを細く裂き、残りのお猪口に浸けてみる。
右端のお猪口に青色の懐紙を浸ける。
色は変わらない。
真ん中のお猪口に青色の懐紙を浸ける。
色は変わらない。
次に、右端のお猪口に赤紫色の懐紙を浸けた。
その瞬間。 見事に、懐紙が青色に染まった。




