第19話✶月への帰還、女王との邂逅
「お前は何のために地上に遣わされたか理解しているの」
相変わらず、私は歓迎されていないようだ。
月の王宮に着くなり女王の待つ皓月の間に連れて行かれた私は、早くもアウェイな空気を肌で感じている。
「地上では美姫だの麗しの姫だの持て囃され、幾人もの男を侍らせて良い気になっていたらしいの」
チッと舌打ちをされた。
毎度繰り返されるこの問答だが、身に覚えは無い。
今世も邪険にしすぎたことが有名だった。
「お前ごときの容貌で騒ぎ立てるなど、真、外界の民は目のないことよ。
大方、お前のほうが恥ずかしげもなく色香を撒き散らして誘惑したのであろう。ひっかかった虫も虫だがな」
まあ、こちらに関しては今世に限り否定ができない。
瑠珂の近況を聞き出すために、色仕掛けを使ったことは間違いなかった。
「お前は過去に重大な罪を冒し、その罪を雪ぐために下界に行かせたのだ。なのに楽しく暮らしたのでは示しがつかぬ。
…だいたい、貴方が甘いからこんなことになったのですよ」
隣の玉座に座る夫――月の大王をキッと見つめた。
「ん… まぁ、食うに困るようではいささか罰が重すぎるからだな、最低限のつもりだった」
大王はしどろもどろだ。
今世も大王の足長おじさん効果で、おじいさん家はたいぶ裕福になった。
それは感謝している。
私が戻らないのは悲しいだろうが、働かなくても暮らしていけるようになって良かった。
2人はもう年だから。
「しかし、年季は晴れて約束の年に戻ってきたのだし、今日からはまた我が姫として城で」
「なりません! まだ何の罰も受けていないではないですか」
やはり地上で楽しく暮らした私は、きちんと贖罪ができていないことになるらしい。
「こんな子を生んだなんて一生の恥だわ!」
女王はゴミを見る目で私を一瞥した後、フンッと鼻を鳴らした。
「ま、まぁそんなに言うな。 どんな魂であれ、私達の子なのだから。 そうだ、な、十五夜月の姫」
何かを思いついたように大王はこちらを見る。
「長きに渡り下界で過ごし、大変なこともあっただろう。 今何か望むことがあれば言ってみなさい」
「まぁ貴方!!この上そんな温情を…!」
「良いじゃないか今日くらい。急にこちらに来て混乱しているはずだし」
怒り狂う女王をどうどうと宥め、早く言えとばかりに目で急かす。
「では…」
ここまで、ほとんど過去と同じだ。既視感がすごい。
だから私は迷わずに言った。
「私を下界に帰して下さい」
「なんですってーーー!!!」
有り得ないという顔でこちらを凝視する。それは女王だけでなく、大王や天人達も同じだった。
「あんたみたいな罪人でも、わざわざ迎えを寄越して連れてきてやったのに!
外界の方が良いなんて、頭おかしいんじゃないの!?」
女王がヒステリックに怒り狂い、テーブルの上や手近にあった物を手当たり次第に投げつけてきた。
「うわっ きゃっ ひぁっ 」
頭にぶつかったり手に当たったりして地味に痛い。
周りの天人達も止められなくてオロオロしている。
投げるものがなくなった女王が肩で息をしていると、大王が言った。
「何ということを申したのだ。よりによって不浄の地に戻りたいなどと。
… こんなに怒らせては明日以降がとても厳しいものになるぞ。悪いことは言わないから、早く謝って取り消しなさい」
最後の方は声を小さくし、苛立ちの中に心配を滲ませる大王に構わず、私は続けた。
「私を外界に帰して下さい」
「なっ」
尚も引かない私に、さすがの大王の顳顬にも青筋が走る。
「大王様は私に、″何か望むことがあれば言いなさい″と仰いました。私は先程それに答えました。
私をここに連れて来たのでしたら、送ることもできる筈です。私を、下界に帰して下さい」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
大王は絶句し、女王は声にならない叫び声をあげる。
投げるものはもう無いから、手から爆撃でも繰り出すのかと思った。
ギュッと閉じた目を開けてみると、感情が嫌悪から増悪に変わった女王が、射殺さんばかりの目でこちらを睨みつけている。
「 分 か り ま し た 」
ゆっくり、地を這うような低い声で女王が言う。
「そんなに下界へ帰りたいなら、帰してあげましょう。私としても、お前の顔など見たくありません。
本当なら、今、私の手で八つ裂きにしてやりたいぐらいです」
そうでしょうとも。
殺気がものすごすぎて、周囲の天人達が震え上がり抱き合っているのが見える。
「でも、お前は罪人。罪も雪がずに願いを叶えることはできません。
慣例通り、月神による3つの天刑を受けて貰います。
万が一、自力で生き延びることができれば後は自由です。
ああ、服役中、念力は封じます。勿論誰かに助けを求めてはいけません。皆も、絶対に手を貸さないように。
疑わしい動きをすれば、其奴の一族全員、溶けた蝋の海に吊り、永劫溺身させるとしよう」
超長寿な彼らにだって、痛覚や感情が無いわけではない。
これは、脅しにしても怖すぎる罰だった。
天人達は壊れたおもちゃのように頷き続ける。
私、封じられなくても念力とか使えないけどな、と思いながら、言い渡される天刑の内容を待つ。
この天刑の内容が重要だ。
思い出した前世と同じであれ、と願う。
「お前には、1番辛く苦しい天刑を選んであげましょう。過去、どんな気丈な罪人も、耐えられたものはいないのよ」
女王が、初めて笑みを浮かべた。
本来、天人は月神の加護によりかなりの長命かつ、王族は不死身らしい。
だけど、私は月で過ごした時間が少なく、月神の加護を受けられていない。
天人や王族の血による不思議な力が幾らかはあるらしいが、不死身ではないのだ。
刑罰の内容によって命は普通に散る。
女王は片頬を上げた顔のまま、私に言い渡す。
「お前の受ける3つの天刑は、この3刑だ。
❖常闇の迷い路
❖賜薬の盃
❖爐炎の秤」
「お、おい… それはあんまりじ」
「貴方は黙ってて!」
女王が大王をピシャリと静止する。
今言い渡された3つの刑は、全て死刑にあたる罰だ。
中でも、人間以上天人未満の私が長く苦しむ類の刑を選んでいる。
さすが女王はブレないな。 逆に清々しい。
だけど、予想と同じで密かに安堵する。
かなり厳しい賭けだが。
大王は、ホレ言わんこっちゃないと言いたげな瞳でこちらを見ている。
「私の咎に対する量刑、確かに承りました。
大王様には、もし私がこれらを無事に服し終え帰還できた暁には、私を外界にお返し下さるとのお言葉に虚辞はありませんか」
「は。まだそのようなことを申すのか…。
姫もなかなかに強情だの…(誰に似たのか…)
だが、まぁ、無論だ。私達は嘘をつかない」
「ありがとうございます。謹んでお受け致します」
三つ指をついて跪き、2人に礼をとった。
その日はやはり地下牢に放り込まれ、看守に罵倒されたのだった。
天刑は明日から始まる。
ここからが正念場だと自分に言い聞かせながら、冷たい床に丸まって眠った。
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