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第18話✶決戦の夜、十五夜の月の下で

その後は、いつか彼女に話したように、知っている宝物の場所や取得方法を、適切な人材に伝えて探しに行かせた。


丈夫な船の設計は覚えていたし、必要な機材の製作方法も知っていた。

更に、在る場所や取り方が分かっている状態ではあったが、平安の世ではなかなか計算通りにいかず、全部が揃ったのは本当にギリギリだった。


もうひとつ計算外だったのは、この身体だ。

ここ100年くらいは普通に動けていたから、すっかり忘れていた。

まさかここまで自分の思い通りにならないとは。

今も畳と仲良しで、布団すら重たく感じている。

探索や製作に関する指示すら満足に出せない自分に苛立ちが募った。


だけど、何とか葛籠つづらは彼女に渡せた。

あの宝物をどう使うかは、本当に彼女にしか分からない。

僕の考えていた推理は、見事に外れたから。

過去の記憶のない彼女には酷だが、業を背負った彼女が月の法に従って正しく服役し、刑期を終えなければ何度生まれ変わっても宿命は変わらないらしい。

それを、本来の彼女かぐやは知っていたはずだ。

今の彼女が、思い出せると良いのだけど。

傍に行っても何の役にも立たない僕は、信じてもいない神仏に祈るしかできない。


どうか彼女が救われますように。

幸せな結末を迎えられますように。


例え、今世こそ薬を飲まない僕が、その姿を見届けられなかったとしても。






月が空高く上がり、雲一つない晴天。

ついに決戦の8月15日の夜。

今宵もまた、屋根の上に地に1000人ずつ2000人の軍勢が、私を護ってくれている。


私は屋敷の奥の部屋で、静かに運命の時を待っていた。

私が動く度にシャララと装飾の擦れる音がする。

今夜の私は花嫁衣装ばりに着飾っている。

花々を編み込んだ髪に金銀きらめく豪華なかんざしを挿し、雪のように白く輝く毛皮を羽織り、5色に光る帯留めをつけた。

袂には、錦の袱紗に包んだ手漉き和紙の懐紙。

私なりの完全武装だ。


ひとつひとつに触れて確かめながら、緊張で冷たくなった指先を温め、自分のすべきことを繰り返し口に出す。

大丈夫、準備はできている。


(瑠珂、瑠珂…)


心のなかで会いたい人の名前を呼ぶ。

彼が傍に居なくて心細い。だけど、彼もまた病魔と戦っているのだ。

無理は言えない。


きっと無事に帰ってきて、また彼の腕に包まれながら頭を撫でて貰うんだ。



( … 来た)


屋敷に風が吹き抜ける。

空から光の柱が降り注ぎ、昼と見紛うような明るさに包まれた。

にわかに外が騒がしくなり、ガシャガシャと武具の擦れる音がする。


「姫様…!」

「大丈夫よ、弥生」


「わ、私が必ず姫様をお守りしますから…!」

「落ち着いて、弥生、大丈夫だから」


守ると言いながら震えが止まらない様子の弥生の背をさすり、扉の方を見つめた。


タン タン タン タンタンタンタン



勝手に襖が開いていく。

今世、もう無駄な鍵はつけなかった。


今この部屋は、庭から丸見えの状態になっている。


「きやぁぁぁぁぁ  姫様っ 姫様っ 」


その異様な状況に慄き動けなくなる弥生を抱きしめながら、私は囁いた。


「お別れみたいです、弥生。 姉のいない私は、貴女を本当のお姉ちゃんみたいに思っていました。

大好き」


「姫さ」


ひゅんっ


私の身体は外へ引き寄せられる。

見えない手に掴まれているように、門塀まで一瞬で移動させられた。


そこには、絵本の挿絵の通りの光景が広がっていた。

惚けたように空を見て尻もちをつく武人達。

理性を保ち、何とか弓を番えても、放てないか地に転がる弓兵。

突き出した槍や剣は、空に浮かぶ天上人に届くべくもなく、ただ光を反射して輝きを添えるばかり。


私はため息をついて前に進み出る。



「お迎えに参りました、十五夜月の姫」

羽衣を纏った美天女が、私を見下ろして言う。


「遠路はるばる、ご苦労様です。

ですが私は、月に還りたくありません」

一応、希望を伝えてみる。


「分からないことを仰いますな。貴女は月の都の姫。

事情により、ほんのひとときこちらで過ごしただけです。

本来の住処に還るのが道理というもの」


天女は感情の無い声で告げる。

やはり、拒否は難しいか。


「では、お手紙を書く時間を下さい」


私はおじいさん、おばあさんと、帝に文をしたためる。

生きて帰るつもりではあるが、成功する保証は無い。

この手紙に書くことは、嘘偽りない私の気持ちで辞世の句だった。


「姫、これまで地上の不浄を召し上がり、さぞ気持ちの悪いことでしょう。こちらの飴をお舐めなさい」


天女の差し出した箱には、色々な薬が入っていた。

私はその中から緑の薬壺を選び、貰った飴を少し舐めた。


「こちらの手紙を、おじいさんとおばあさんへ。

身元不明な私を、今日まで温かく育てて下さり、ありがとうございました。

お2人と会えて、私は幸せでした」


2人は毎世の通りに哀れなほど号泣していて手紙を受け取ることもできない。


「こちらの手紙と薬壺を、帝に。 お傍に上がらない私の無礼を許し、心に寄り添って頂いたのに、何の御礼も返せなくてごめんなさいとお伝えして…」


腰が抜けている護衛の中で、唯一動けそうだった頭の中将に渡した。

目が合い、視線を交わす。


この薬のせいで瑠珂には辛い思いをさせてしまった。

それでも、瑠珂みかどの命がもうすぐ尽きることを知っている私は、何としても死んでほしくなくてまた薬を渡す。

今も昔も我儘な私を許して。


彼の意思を無視して飲ませた中将のことは責められない。

私だって、目の前で彼が死にかけていたらそうするかもしれない。

私が戻らなかったら、彼を、宜しく。


でも、無事に帰ってこれた、その時は。




「十五夜月の姫、時間だ」


手紙と薬が手から離れて、近づいた影を見上げる。

月の大王ちちだ。


女王ははよりは話が通じそうな、私のキーマン。


ゴクリ、と喉が鳴る。


天女が私に羽衣を持ってきた。


「これを羽織れば、地上の出来事は全て忘れてしまいますから」


私は頷いて、羽衣をかける。

… やはり記憶は消えなかった。


でも私は振り返らずに天へと昇る。

未練など何もないという顔をして。

今度こそ、この茶番を終わらせるために。

この世を不浄扱いし罪人の島流し先に選んだ奴らに、目にものを見せてやる。

地球人にんげんの底力、見てろ。


不安と決意が半分半分、だんだん遠ざかる地上に、しばしの別れを告げた。




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