第17話✶帝のタイムリープの真実
本人は気づいてないみたいだけど、彼女には先見の明がある。
彼女が『現代』と呼ぶ時代は、正確には『未来』だ。
彼女は体験したかのように感じているが、それはただ、可能性のひとつ、起こり得る未来をみているに過ぎない。
『記憶が曖昧』とか『思い出せない』と思うのは、『変わる未来ははっきり視えない』だけだ。
未来はひとつでなく、幾筋もあり、選ぶ道で結果が違う。
その複数の選択肢を、異なる生の出来事だと感じているのだ。
森で会った僕のことを、瑠珂と呼んだ時に、かぐやが未来を視たのだと分かった。
僕は確かに、未来では御門瑠珂として過ごしていたから。
実は、彼女に話した帝の話には、まだ続きがあった。
あの時、ただ生きることに耐えられなくて胸を刺した僕は、それでも死ななかった。
自害をしたのに、死ねなかったのだ。
不死の薬の力は、思った以上に強力だった。
僕は何年も生死の境を彷徨ったが、結局命は永らえた。
それからどれほどの時が経ったか分からないが、目が覚めた僕が見たのは、正に浦島太郎の世界だった。
既に、僕の知る者は誰もいなかった。
老いることも死ぬこともない僕は神の子として一族から崇められ、屋敷の奥でひっそりと暮らした。
何の希望も無く無気力な僕は、生きる屍だった。
そんな日々を過ごしていたある日、急に気が付いた。
というか、思いついた。
不死の薬をくれたのは、そもそもは彼女だ。
彼女が、僕を生かしているのだ。
彼女が僕に、何かさせたいことがあった筈だと。
とっくに手放した、生きる意味を考えてみることにした。
そうしたら、やるべきことはすぐに浮かんだ。
権力も財力にも興味が無い彼女が欲した5つの宝物。
あれを集める必要がある。
何となくだが確信があった。
どんな有力者でも探せなかった物を、手に入れなければならない。
なるほど確かに、それには長い年月が必要そうだった。
それに、月の住民は人間とは寿命が違うらしいと聞く。
生きてさえいれば、再び彼女に会えるかもしれない。
もし会えたら、集めた宝物を渡して驚かせたい。
彼女の希望と生かされている意味を見い出した僕は、まず身体を治すことにした。
江戸時代から医学が急激に進歩し、僕は再び自由に歩けるようになった。
明治、大正と文明開化の波が押し寄せ、昭和、平成と時が進み、調べる方法も、手に入れる手段も格段に増えた。
御門家の管轄の土地の価格が急騰したので、お金なら有り余るほどあった。
ひとつ、またひとつと宝物を手にする度に、長らく感じられなかった達成感や充足感を得ることができた。
あと1つ、龍の首の珠だけは、在り処が分からなかった。
平成の中頃、たまたま入った園芸店で、『かぐや姫』という品種の芍薬があることを知った。
しかもこの品種は白とピンクの上品な花弁が幾重にも重なって優美だった。
(彼女が好きそうだ)
ネーミングセンスが最高だしと、迷わず買って庭に植えた。
翌年、見事に大輪の花が咲き誇る。
感慨深くその様子を眺めていたら、幼い女の子が通りかかった。
平安なら髪上げの儀をする年の娘だったが、僕は突然、胸が燃えるように熱くなるのを感じた。
(彼女だ…!)
その女の子が姫の生まれ変わりだと、すぐに気づいた。
僕の知る姫が死んでいたことはショックだったが、再び会えた喜びに、掴まえて抱きしめて、自分だけのものにしてしまいたいような衝動に駆られたが、歯を食いしばって耐えた。
不審がられないよう、平静を装って近づき、声をかける。
「どうかしましたか?」
「き、綺麗な薔薇ですね!」
声まで彼女だった。
僕は涙が溢れるのを堪えるだけで精一杯だった。
「これは、薔薇ではなく芍薬です」
焦がれて焦がれて、会いたかった愛しい人。
僕に、生きる意味をくれた人。
その時既に、あの運命の十五夜から、千年の時が経っていた。
ただ予想外だったのは、この時代の彼女――輝夜というらしい――が、僕のことを全く覚えていないことだ。
僕の容姿は変わっていないのに、全然気づかない。
どうやら、前世の記憶が無いようだった。
これには困った。
千年ぶりに会った想い人は、まだ子供だった。
22歳から時が止まっている僕は、今の彼女と年が10も離れている。
平安では問題ない年だが、この時代の倫理観念ではアウトな関係だった。
仕方なく、僕は輝夜が大きくなるまで待つことにした。
幼い彼女は僕の邪な感情には一切気付かず、僕の言いつけをよく守った。
過去は彼女にあった主導権が自分にあり、いつでも好きにできるという仄暗い愉悦に浸る。
″自分好みの女性に育てる″ 源氏の君の気持ちを理解した。
いつか輝夜が、「(現代の)私をどう思ったか」と僕に尋ねた時、「君のお陰で開いた扉の罠が甘くて、ハマりそうになった」と答えたのは、この辺りのことだった。
せっかく再会できた彼女は僕に気づかないし前世の記憶が無い。
これでは、5つの宝物を揃えて贈っても、意味が分からないかもしれない。
もうすぐ完遂予定な僕は少し心配になったが、全て集めたら彼女の記憶が戻るのではないかという気もしていた。
奇しくも、最後に残った宝物は、龍の首の珠だ。
持ち主の願い事をひとつ叶えてくれると言う。
その宝物に、彼女の記憶を戻して貰うこともできるな、と考えた。
どちらにしても、全て揃えてみなければ分からない。
僕は、彼女の成長を傍で見守りながら龍の首の珠を探し続けた。
ちなみに、彼女にたかる羽虫は全て、裏から手を回して排除した。お金はあったし、皇族に続く血筋な僕は、コネやツテが潤沢だった。
7年後、ようやく念願叶って海の底から件の珠を見つけた時は本当に嬉しかった。
伝説の通り、5色に光る神秘的な宝玉。
彼女は大学生になり、もうすぐ20歳という頃だった。
もうロリコンではない。
揃った宝物を贈り、記憶が戻ったら告白しようと思っていたが、彼女は試験前で忙しそうにしていた。
千年待ったのだ。今更そう慌てたものでもない。そう思って、また今度にしようと彼女を送り出した。
まさかそれが、またしても彼女と永遠の別れになろうとも知らずに。
彼女を再び喪った僕は、絶望のどん底にいた。
この世に神も仏もないと嘆き、これまでの努力は何だったのかと地を叩いた。
何をしても死ねない僕は自棄になって、龍の宝玉に自分を殺してもらおうと決めた。
ただ、死ぬ前に、もう一度彼女に会いたかった。
どれ竹取物語の挿絵でも見るかと、軽い気持ちで図書館に行った。
その本には、かぐや姫が地球に来たのは罪を雪ぐためと書かれていた。
そんな設定、初めて知った。
彼女は月では罪人だった。
そう言えば、こぶとりじいさんも白雪姫もシンデレラも、主人公は ″幸せに暮らしましたとさ″ で物語は終わる。
それが″めでたし″だ。
だが竹取物語はどうだ。
かぐや姫が幸せに暮らしたかどうか、どの本を見ても書かれていない。分からないのだ。
そんな結末、あるだろうか。
月に還った彼女が幸せでないとしたら。
せっかく生まれ変わっても、今回のように儚く散ってしまうとしたら。
彼女は永遠に幸せになれないじゃないか。
そんなこと、許さない。
彼女を助ける方法は、必ずあるはずだ。
僕は龍の至宝に祈った。
祈りに応じて現れた龍に、この記憶を保ったまま、あの物語の始まりの時に僕を戻してくれ、と。
龍は了承してくれた。
同時に珠はまばゆく光り、僕は意識を失った。
そして急に騒がしくなった周囲に驚いて目を開けば、14歳、即位式の帝にタイムリープしていた。




