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第16話✶迫りくるタイムリミット

結局、決戦の日を来週に控えた今日も、瑠珂には会えなかった。

手紙は数日置きに届いていて、筆跡は瑠珂のものだったから、無事ではいるようだ。

手紙にも元気だと書かれているが、たまらなく心配だった。


だって瑠珂から聞いたあの話では、私が月に上がる頃、既に身体を起こすのが精一杯だったと言っていた。

今も多分そうなのだろう。

平安時代の医療情勢なんて何も変わらない。


居ても立ってもいられない私は、帝からの手紙と贈り物を届けに来た使者を、はっしと捕まえた。



「へっ!? ひ、姫さ」


驚き、声を上げようとする男の口を塞いで部屋に引きずり込む。

はしたないと言われても知ったことではない。

どうせ私なんて、7日後には雲の上だ。


どんな金持ちも帝も袖にした(と世間には思われている)姫から連れ込まれた男は、顔を真赤にして固まっている。

私は意識していないが、この頃の私は元の美しさに色気が加わり、更に食欲が落ちてやつれた儚さが庇護欲をそそる最強の美女に成長していた。


「帝は… 主上は、いかがお過ごしでしょうか」


光るように白く細い指で手を握られ、甘い声で問いかけられた男は、情けない声を上げた。


「はひっ  それは、申し上げることはできません」


「そんな… わたくしにそんな冷たいことをおっしゃるの…  

酷いお方ね」


「あひゃー! や、あの、ぼくは、 」


私が目尻に涙を湛えて見上げれば、分かりやすく動揺をしている。もう少し押してみるか。


「元気でおられるか、どのように過ごされているか、それだけが知りたいの…

会いに行くことは叶いませんし、貴方しか頼れないわたくしを、お助け下さいませ…」


ええいどうとでもなれと、掴んでいた男の手を私の頬に添えさせた。


ぴとっ


「ほへー!あはー!  ぐふっ」


女王の言う、色香を撒き散らした下品な私とはまさに今の状態だろう。

今世は否定ができない。


「ね…? 教えて下さらない…?」


「あ、その、 主上は最近は床に伏せる時間が長くなり、なかなかお食事を召し上がれなくなっているようです。

ですが、姫様のことをずっと気にかけ、会いに行きたいと仰せでした」


「まぁ…」


予想通りの状況だ。


「さすがに主上が姫様のお屋敷に出向くことはできないからと、姫様を傍にお呼びしたいと申されましたが、中将が認められません」


一度口火を切れば、あとはスラスラと喋りだした。

瑠珂は私に会いたいと言ってくれている。

それが分かっただけで、私は気力が湧いてきた。


「それで、本当はご自分でお渡ししたかったけれどと、こちらを僕にお託しになりました。

中身は存じませんが、とても大切なものだそうです」


やはり、男が抱えていた贈り物は、彼のあの葛籠つづらだった。

もう、会うことは難しいと判断したのだろう。

男が、重いので気をつけて下さいとこちらに差し出す。


「本当にありがとう。最後にひとつだけ教えて欲しいの。

彼は… 帝は、どんな、何と言う病に罹っておられるの」


「それは…」



贈り物を受け取り、男が口にした病とその症状を聞いたその瞬間、私は全てを理解した。

同時に点と点、線と線が繋がるように、かぐや姫の記憶が流れ込み、輝夜の記憶と融合していく。

忘れていた天刑の内容も、今ははっきりと思い出せた。



「そう。そうだったのね 」


使者には土産を持たせ、御礼を言って帰らせた。


「そうと分かれば、用意をしなくては」


葛籠を下ろし、蓋を開ける。

あの日見たままの宝物が、きちんと詰められていた。


″全てのことには理由がある″


瑠珂の口癖を呟いて、私は立ち上がった。


瑠珂が集めてくれた宝物。

私が地道に培った学業スキル。

それが、長い時間をかけて私達・・が得た力だ。


天刑の内容を思い出した私は、ひとつひとつの刑に対策を練り始める。


これまで私は、月に連行されない方法をひたすら考えていたが、月で生き残り、地球こちらへ無事に帰って来れることこそ、かぐや姫の願いだったのだ。

そういう点で、女王の毒殺案はなかなか良い所を突いていたと思う。

ただ、護衛厳しい女王に薬を盛ることは、冷静に考えれば無理だった。


「あ、もうこんな時間」


気づけば、陽が傾き始めている。

すだれに這うしおれた朝顔が目に入った。


「朝顔か…」


そういえば、石作の皇子が仏の御石の鉢を持ってきた時、彼は錦の袋に花を添えて持ってきた。

つるを紐のように結んでいたのがちょっとお洒落だと思った。

入っていたのが煤けた汚い鉢だったから忘れていたけど、あの花は朝顔だった。


現代の生で暇な時に朝顔の花言葉を調べたら『愛情』『貴女に絡みつく』だったからゾッとしたのを覚えている。


朝顔は夏の花だ。

丁度今が盛りの大衆花で、どこでも手に入る。

私は萎んだ青紫色の朝顔を手折り、見つめた。

この花にも何か、役割があるのだろうか。





今頃、彼女の手にあの葛籠が届いているだろう。

ここから先は、彼女にしか進めない。

月に行けるのは彼女だけだから。


どうか上手く行きますようにと、布団の中で祈る。

今までも、今も、誰かに頼んだり託すことでしか、彼女を助けられない。


『好きな女ひとり守れないで国を護るなんてできるのかしら』


いつだったか、彼女にそう言われた時は、本当にその通りだと思った。

弱い我が身を情けなく思う。

でも、生まれを嘆いても仕方ないし、できる限りで彼女を助けたい。


彼女は、あの宝物と自分の力で、きっと運命を変えてくれる。

僕はそう信じている。

あの意思の強さ、賢さに、努力まで加わったら無敵な筈だ。

月の話は初めて聞いたし、彼女に無体を敷く女王には怒りが沸くが、今回は思い通りにさせない。


姫が構想していた大逆転の一手が、必ずこの長い悪夢を打ち砕いてくれるはず。


彼女から彼女視点の話を聞いた時に僕が驚いたのは、何も、月での処遇だけではない。

彼女が、何度もループしたと思っていること(・・・・・・・)だった。

彼女は、僕が転生したと聞いて、毎世同じ時代を生きてきたと考えたみたいだったけど、それは違う。



悪戯に混乱させたくなくて、咄嗟に話を合わせたが、正直な所、最も困惑したのは僕だった。


だって。


「ループしたのは、僕だけだよ、輝夜…」



細く紡いだ独り言は、高い天井に吸い込まれて行った。



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