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第15話✶曖昧な記憶

『とうとう全部揃った。これで確かめられる』


瑠珂がその台詞を言ったのは、前世の私の命日だ。

彼に久々に会えて嬉しかったのに、試験勉強のせいであまり話ができなかったあの日。

確かに彼は、探しものを見つけて全部揃ったと話していた。


それが何かは聞けなかったけど、瑠珂が指すこの葛籠がそうならば、これだったのだろう。


葛籠つづらの中で光る5つの宝物。

✶仏の御石の鉢

✶蓬莱の玉の枝

✶火鼠の皮衣

✶龍の首の玉

✶燕の子安貝


実物を見たことはなかったけれど、私の直感が本物だと告げる。鳥肌が止まらないし、触れるのに躊躇われる威厳が放たれている。

きらきらして綺麗、というよりも、禍々しいと思える物まであった。


「これを… どうやって…」


全部、この世に存在するかどうかが分からない、架空の品だ。

あの鬱陶しい5人を諦めさせるための無理難題。

まさか実在したなんて。


葛籠に1度蓋をして深呼吸をする。

ずっと見ていたら、魅入られてしまいそうだった。



「君は、かぐや姫は、さっきも言ったようにとても賢い人だ。

文通の中でも、まだ起きていない災害を知らせてくれたり、僕の危機をそれとなく教えてくれたりと随分助けて貰った。

多分、彼女には先見の明があったと思う」


「え」


私にはそんな力は全然ない。

だけど確かに、頑丈な鍵を容易く開けたり隠れても居場所をすぐ見つけられたり、頭の中に直前交信してくる念力を持つ奴らと同族なのだ。

そんな力があっても不思議ではなかった。


「賢い彼女が欲した5つの宝物。

権力にも財力にも興味の無かった彼女が、これを持ってきたら結婚しても良いと言った宝物には、必ず意味がある筈だ」


瑠珂は力強く言った。

そういえば彼はそういう性格だった。


「全部集めるのには、本当に、僕の人生をかけて長い長い年月がかかった。

ようやく揃った時に、また輝夜きみを失った。

でも、タイムリープは記憶が引き継がれるから、僕はこの宝物の場所や手に入れる手順、方法を全て頭に入れた状態でここに戻ってきた」


「瑠珂…」


私が進路を変えて足掻いていた時、瑠珂はこの宝物を探していたんだ。

ループ生活の中で、彼が海外によく行っていたのはこのためだったのか。

旅行にしては頻繁だなとは思っていたが、その理由が今、ようやく分かった。


「見つけ方や場所が分かっていれば、集めることはそんなに難しくはない。

君に頼まれた5人の男達は、誰もまともに探していなかったし、手に入れられないのは分かっていたから、鉢合わせる心配も無かったしね。

幸いというか彼女の計算のうちか、ほとんどの宝物は中国、インドとかのアジア圏にあるものだったから。

メキシコやチリみたいに地球の裏側にある宝物だったら、この時代に集めるのは不可能だっただろうね。


僕は即位してすぐ、それぞれの宝を得るための課題や行程をクリアできる者を選定し、密命として依頼した。

船の補強や資材の準備に時間がかかったから、こんなにぎりぎりになったけど、先日ようやく全部揃えられた」


「私が知らない間に、そんなことを…」


「1番最後に見つけたのは龍の首の珠だった。

龍についていたのではなく、あの珠で龍を呼ぶものだった。

あの珠結局、海の中で、珊瑚礁の奥にあったんだよ。

未来には酸素マスクとかウェットスーツとかがあったけど、勿論この時代にはないから、獲るのがちょっと大変だったね…」


瑠珂は肩をすくめてみせた。

そりゃ、そんな準備をしていたら、手紙が返せないこともあるよね、と、今更ながらに能天気に過ごしていた我が身を恥じる。

私はといえば、テストや受験のない平安の生は比較的安楽で、両親と弥生に甘やかされて美味しいお菓子を食べ、機織りをしたり琴を弾いたりして楽しく過ごしただけだったのに。


瑠珂は現代むこうで見つけた宝物を、今世でも探し求めて頑張ってくれていたのだった。


「ごめんね… 本当にありがとう」


小さな声で御礼しか言えない私に、瑠珂は首を振る。


「でもまだ分からないことがあるし、この宝物がどう役に立つかも推測の域を出ない。

僕は多分、君の記憶にその鍵があると思っているのだけど」


「私の?」


「うん。 君の記憶は所々曖昧な部分があるよね」


「確かに。 瑠珂の顔だって、帝と同じなことにずっと気づかなかったんだもんね」


「ああ、うん。 僕は気づいて欲しかったな」


「それは本当ごめん」


「輝夜、月に還った後のことを思い出すのは辛いかもしれないけど、少しよく思い出してほしい。

どうして君は、月で命を落としたのかな」


「それは… 女王を怒らせて、で、罰が足りないって言われて、新しい罰… 天刑ってのを与えられたんだよね」


むーっと口を結んで記憶を掘り起こす。


「″天刑″って、具体的にはどんなものだったの?」


「ああ、それはね。  それは… 」


こんな罰だったよって言おうとして、頭が真っ白になる。さっきまで浮かんでいた情景が、綺麗さっぱり消えてしまった。

繰り返す平安の生で、何度も受けた罰だったのに。


「分からない。何も、思い出せない…」


「そうか、やっぱり。 思い出せないか…」


急に、掴みかけた糸が離れてしまったようだ。

ドキドキ温まっていた胸が、一気に冷えてしまった。


「大丈夫だよ、輝夜。 全てのことには理由があるんだ。自分を信じて。きっと、今世こそは君を守るから」



一度に知った情報量の多さに混乱していた私は、瑠珂の呼吸が徐々に荒くなっていることに気付けなかった。

想定よりも時間が長いことを心配した頭の中将が様子を見に来て、瑠珂の顔色が真っ青だと気付く。

自力で歩けない瑠珂を急いで抱え、医務室に向かって行った。

今日の会議は即刻中止になり、また体調が回復した後日に、ということになった。


しかしまたしても、決戦の日までに瑠珂と会える機会は訪れなかった。



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