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人前で話せない陰キャな僕がVチューバーを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件  作者: 中島健一


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第79話 雰囲気

~織原朔真視点~


◇ ◇ ◇ ◇


 僕は新宿の街を歩いていた。ハイブランドの店や家電量販店に老舗の本屋、映画館の前をたくさんの人達と交錯しながら通りすぎた。僕の右側にはお店が立ち並び、左側を車が走る。街の喧騒。すれ違う人達は各々が違う話をしている。その話の断片が僕の耳に聞こえてはくるが、無論、話の内容まではわからない。そんな言葉達、歩く靴の音、車の走る音が僕の耳を刺激する。


「?」


 僕は立ち止まった。


 何故ならそんな喧騒が全く聞こえなくなったからだ。全くの無音。先程まで賑わっていたたくさんの人と車がどこにもいない。瞬きをする際に、一瞬だけ目を閉じ、開いた間に全ての人と車が消えたようだ。僕は振り返る。歩いてきた道にも人っ子一人いない。建物はそのままだった。誰もいない新宿の街に僕1人だけがいる。


 その時、ちょうど時計が目に入った。街頭と同じくらいの高さにある丸いアナログ時計。しかし長針と短針がなく1~12の数字が円を成して刻まれているだけで肝心の今が何時なのかは、わからない。


 僕は首を傾げると、その時計はぐにゃりと歪んだ。そうかと思えば重力に従って溶けるように姿を変える。まるでスライムのような粘性の素材でできているみたいだった。


 僕は溶ろけ出す時計に動揺していると、今度は背後から黒い車が走ってくる。僕はやっと誰か自分以外の人がいたことにホッとしたがしかし、その車は僕の左斜め前方にある街頭に勢いよく激突した。そしてよく見るとその車は霊柩車のようで、激突した衝撃によって積んでいた棺が僕の前に滑るようにして投げ出される。


 僕は霊柩車の運転手の容態を気にすることなく、目の前にある棺の中を覗いた。


 中には僕が横たわっていた。


 僕は当然の如くそれを受け入れると顔を上げる。右側に立ち並ぶ建物の入り口、自動ドアに反射する自分の姿が見えた。


 僕はエドヴァルドの姿をしていた。


◇ ◇ ◇ ◇


 そこで目を覚ました。


 ドクンと心臓が脈打つ。僕は窓に反射している自分の顔を見た。そこにはうだつの上がらない僕の姿が見えた。


 ここは自分の家。林間学校も無事に終わり、帰宅してきたのだ。


 帰りのバスで、ユーチューブを見るとお薦めにはシロナガックスさんや新界さん、ルブタンさんの切り抜き動画で溢れていた。主催者視点の配信とプレイヤーの配信を上手く編集して、そのプレイの時にどういった実況が行われていたのか、そして既に全滅した他プレイヤーの反応等も織り混ぜられた動画が再生数を伸ばしていた。


 その中でもトップ5に入る程再生されていたのが僕と薙鬼流のプレイだった。僕が薙鬼流に前へ逃げろと大声で叫んだところと、薙鬼流が新界さんをワープゲートに叩き込んだ場面を他プレイヤーがどのようにリアクションしたかを見る動画だ。


『ブルーナイツ』の同期であり、その動画にも出演している伊手野エミル、通称エミールが泣き叫びながら薙鬼流を応援しているのがブルーナイツファンの間ではてぇてぇと話題になっている。また薙鬼流も最後のインタビューで泣き崩れた切り抜き動画も人気だ。今まで触れようとしてこなかった炎上の件に触れ、苦しさや後悔を泣き崩れることで表現されたのを受けてアンチ達は相対的に彼女を許したようだ。許すというか、どうでもよくなったというか、怒りを忘れたというか曖昧な感じで終わった。配信をしていればチャット欄やコメント欄には否定的な言葉が並べ立てられるのは普通のことだ。薙鬼流の場合その数が多かった。しかし大会を終えてそういったマイナス的なコメントを残す人が減少し、逆に大会を労う言葉を送る人が増えたようだ。


 そして僕はというと、チャンネル登録者も一気に増え、その数15万人。昨日の夜は家でPCを組み立て直し、大会についての雑談をした。その際、スーパーチャットがたくさん送られ僕らの生活費も潤う。ララさんからも送られてきた。勿論一ノ瀬さん(スターバックスさん)からも送られてきた。


 このままたくさん配信して、もっとチャンネル登録者を増やそうと思っていた僕だが……


「ブワックション!!」


 風邪をひいた。


─────────────────────


~音咲華多莉視点~


 林間学校も終わり、今日からまた普通の学校生活が始まる。林間学校では友達との良い思い出をつくることが出来た。アイドルとしての職業柄、こういった学校行事には参加できないことがよくある。仕事やライブが重なったり、宿泊先や現地でファンに凸られる可能性だってある。その点に関しては、引率する先生達も苦慮していたようだ。警備会社や警察、私の所属する事務所にも連絡していたというのは後から知ったことだが、先生達には感謝している。


 ──それに……


 私は一番前の席に座っている新しく友達になった一ノ瀬愛美ちゃんを見た。1年生の頃から生徒会に入り、クラスの中心人物だった彼女とは前々から友達になりたいと思っていたのだ。しかもそんな彼女がエドヴァルド様のことを推しているだなんて。これは運命だ。


 彼女とまたエドヴァルド様のことについて語り合いたい。エドヴァルド様の何の配信が好きなのか、どんなところが好きなのか。


 ──アーペックスの大会についてどう思ったのか……


 あの大会でエドヴァルド様の知名度がまた一気に上昇した。切り抜き動画もたくさん作られる程人気になったのだ。これから彼がどんどん有名になり活躍していく反面、私だけが知っている特別感というか、優越感みたいなものが薄れていくのがもどかしかった。ファンの心理としてはよくあることだ。もしかしたら私、かたりんの古参のファンも同じ気持ちなのかもしれない。握手会では昔から来てくれているファンのことはだいたい覚えている。いつもは簡単なお礼とファンが述べる言葉に反応しているだけだが、今度は私から聞いてみようかな?


 一番前の席にいる愛美ちゃんを一番後ろの席から見つめながらそんなことを考えていた。現在一時間目の授業が始まっている為、愛美ちゃんは前を見ながら真面目に授業を聞いているはずなのだが、何故か彼女と目があった。


 愛美ちゃんは突然後ろを振り向き、私と目があったことに多少驚きつつも、手を振って挨拶をしてくる。私もそれに返した。


 ──私のテレパシーが伝わったの!? 

 

 以前映画で超能力者の役をしたことがある。あの時、自称超能力者達の動画を見漁った経験がある。昔のテレビ番組で霊視と呼ばれる類いのモノや、夢で事件現場を目撃したりと様々な超能力者──イタコとはまた少し違うみたいだ──を見た。その中で、テレパシーに類する超能力者がいた。しかしその超能力者は主に受信するタイプで発信するタイプではないが、今私は発信するタイプの超能力者になったのではないかと思った。


 私は胸に微かなトキメキを催すがしかし、愛美ちゃんは私に手を振ってから少し寂しそうに私の隣にある空席を見つめる。


 織原朔真。


 彼は現在病院に行っているらしい。流行り病のせいで少しでも風邪の症状があると病院へ行って診断してもらわなければならない。


 ──愛美ちゃん…やっぱり織原のこと好きなのかな……


 林間学校で織原と2人でアーチェリーをしていたり、バスでも隣同士で座っていたのを思い出す。ズキリと胸が痛んだ。


 ──あ、あんな男と付き合うなんて絶対勿体ない!!愛美ちゃんにはもっと格好いい男の方が……


 そう思うとガラリと教室の扉が開き、織原朔真がやって来た。ドキリと心臓が跳ねる。もしかしたら本当にテレパシーが開眼したという本の僅かな可能性を胸に秘め、自分が織原のことを考えていたなんてことを悟られない為に私は彼を睨んだ。


 しかしハッとする。コイツがエドヴァルド様の可能性はなくなったのだ。林間学校に来てアーペックスの大会に出れるわけがない。だとしたらやっぱり1年生にエドヴァルド様がいる。


 ──エドヴァルド様が年下……


 その時、織原と目が合った。


 いつもならおどおどとした態度を取る彼だが、今日は違っていた。背筋が伸びて、幾らか身長が伸びたように感じる。いつも前髪で目元を隠しているのだが、今日はその前髪が少しだけ上がっており、エドヴァルド様のようなかきあげヘアーになっている。顕となった織原の目は私を真っ直ぐ見据え、微笑む。そして病院からの診断書を私に突き付けてきた。


 陰性証明書。


 それを見た私はフンと鼻をならして、前を向いた。なんだか顔が熱い。胸の鼓動もいつもより早く脈打っている気がする。


 織原はそのまま席に座った。私は横目で織原をチラリと見た。


 ──なんか雰囲気変わった……?ちょっと格好よくなって……


 私はブンブンと顔を横に振って思い付いた言葉を途中で遮った。


 私は深呼吸をして、冷静さを取り戻す。ライブ前や収録の前なんかでよくやるルーティーンはまた別にあるがいまはこれで良いだろう。


 ──ふぅ、落ち着いた……


 先生の声、チョークが黒板に文字を刻む音。過ぎる時間が一向に進まない。普段の授業も長く感じるが、今日は特別長く感じる。1分が、30秒がとてもとても長い。髪を耳にかけたり、指に巻き付けたりして時間を弄ぶ私は、自分の欲求が高まっていくのを感じていた。自分の視界の右端にいる織原がどうしても気になる。


 もう一度、顔を前に向けたままゆっくりと目だけを動かして織原を見つめる。ゆっくりしなければこの静かな空間で私が目を動かしたことを誰かに悟られるのではないかと思ったからだ。


 椅子に深く腰掛け、横に流した目が織原を捉える。


 明らかに雰囲気が変わった織原は前に向かって軽く手を振っていた。手を振っていた相手は愛美ちゃんだった。

 

 私は見てはいけないものを見たかのように、素早く横目を元に戻した。胸の中を重たい何かが満たしていくのを感じた。


─────────────────────


~松本美優視点~


 授業が終わった。休み時間だ。私は華多莉の元へ茉優と一緒に向かった。いつもの休み時間。いつものように華多莉と話す。隣には病院からやって来た私の大嫌いな織原朔真がいた。私は、侮蔑を込めた視線を送るが、何かいつもの織原ではない気がした。


 脚を組みながらスマホをいじる指先、腕や肩の力の抜け具合、口や目のちょっとした形。何故か見てしまう。私はそれらを否定の意味を込めて睨んだ。そして何故見てしまったかの理由を見つける。


 ──そうだ、コイツはゴキブリと一緒だ!!


 例えば部屋にゴキブリがでたとして、そいつが今どこにいるのか確認したくてつい見てしまったのだ。私が理由付けをしていると、茉優が言った。


「何か変わったくない?」


 私と華多莉は茉優を見つめて、何が?といった具合に首を傾げた。


「織原」


 茉優は遠慮なく織原の名前を言って顎で織原を指した。私と華多莉は織原に視線を合わせる。


「「ど、どこが!!?」」


 華多莉とほぼ同時に声を出した。


「ちょっと2人ともどうしたの?声大きいよ?」 


 私と華多莉は口をむずむずとしながらつぐんで、自分の発した音量を反省した。華多莉が囁くように言う。


「どこが変わったと思う?」


「逆に小さすぎwなんか良くないこと喋ってるみたいじゃんw」


 茶化す茉優に今度は私が訊いた。


「良いから、言ってみて」 


 茉優は顎に手を当てて、必死に自分の感じたことを言語化した。


「ん~雰囲気に余裕があるというかぁ、力が抜けてるというかぁ、オーラが変わった?みたいな?」


 私と華多莉はもう一度織原朔真を見た。


 ──ん~茉優が言ってることはなんとなく……


 すると、廊下から声が聞こえる。


「せんぱ~い♡」


 織原に付きまとう後輩女子がいつものようにやって来た。織原は後輩女子に抱き付かれまいと片手で彼女の首を抑える。そしてそのまま廊下へと彼女を連れて出ていった。


「あ!なるほど、わかった!!」


 茉優は納得したようにうんうんと頷く。


 私と華多莉は茉優の方を向く。すると茉優は得意気に言った。


「童貞卒業したんだよ!」


 ブッと口から朝飲んだココアが出てきそうになった。先程私達に音量について注意をしてきた茉優が大声を出す。教室内の生徒が私達に視線を送った。


「あの後輩ちゃんかなり可愛いし、アイツもとうとう男になったんだなぁ。まぁ林間学校ではそこそこ役に立ったしさ、それなりに魅力はあるんじゃない?」


 茉優はまたしてもうんうんと頷きながら感慨に耽る。私はそんな茉優とは対照的に不快感を催す。そして話題を変えようと華多莉に林間学校の話をしようとした。


「てか華多莉さぁ──」


 しかし華多莉は目を泳がせながら、もともと真白い肌を更に白くさせていた。


「ど、どうしたの!!?」

「大丈夫!!?」

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