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人前で話せない陰キャな僕がVチューバーを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件  作者: 中島健一


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第53話 露天風呂

~音咲華多莉視点~


 入浴の時間だ。


 私は服を脱ぎ、あみあみの籠、所謂ランドリーバスケットに脱いだ服を畳んで入れた。少し大きいサイズのタオルを胸から太ももにかけて前だけ覆うようにして、浴場へと続く引き戸を引いた。


 中から湯気が溢れ一瞬にして私を包むと、硫黄の僅かな臭いが鼻腔を刺激した。オレンジ色の照明の光が湯気に触れてぼやけた色彩をこの空間に届ける。既に数人の生徒が浴槽に浸かり、仲の良い者同士で会話をしている。その声はカラオケのエコーがかかったかのように反響し、湯気に溶けていく。私は一旦壁際、浴槽から背を向けるようにして並んでいる洗い場に向かい、身体を洗った。


 今日は色々とあった。まさか一ノ瀬さんとエドヴァルド様を賭けてアーチェリーの勝負をするなんて、この林間学校が始まる前に誰が予想できただろうか。


 ──それにエドヴァルド様の声を聞くなんて……


 あの場にエドヴァルド様がいる訳がない。これからアーペックスの大会に出るのだ、こんなところに居るわけがない。最も疑わしかった織原は容疑者から外れたのだ。この林間学校に不参加だった者は数名いるが、全員が女子生徒、つまり2年生にエドヴァルド様はいない。しかし私が学校で聞いたエドヴァルド様の声は絶対に本物だ。ここから導き出せる答えとしては、エドヴァルド様は2年生ではなく1年生ということになる。


 ──ということは…エドヴァルド様は年下なんだよね……


 髪を洗っている最中に再びこの考えが頭を過る。1度目はアーチェリー場を逃げ出している最中に思ったことだ。


「ひろ~い!」


 備え付けられているシャワーで身体に付着した泡を洗い流している最中に、甲高い美優の声が聞こえた。


「テンション上がるわぁ」


 茉優のいつもの落ち着いた声も聞こえる。


 2人とはあの後、普通に会った。負けてしまったことや勝手に逃げ出したことを謝ると、2人は快く私の謝罪を受け入れ、彼女達も──主に美優だが──私のことを勝手に勝負の代表者として巻き込んでしまったと謝ってきた。彼女達も私のことを思ってしてくれた行動だと思うと正直怒るに怒れない。特に美優なんかは私が織原に何かされたんじゃないかと未だに思い込んでいる。なにもされてない、と言っても信じてくれなかった。私の嘘はわかりやすいらしい。確かに織原とは色々とあった。


 ──しかし彼に嫌なことをされたかというと…胸を触られて、ちらかった私の部屋を掃除されて、私の悪口を聞かれて、手を握られて……

 

 あ、手は私から握ったのか。


 嫌なことだけど嫌なことではない。それが私の言動や行動に不自然に現れていて、いつも一緒にいる美優にはそれがわかるようだ。


 誰かを演じる演技なら私は簡単にできる。誰かになりきり、自分を偽る。しかし自分のこととなると上手く演じられない。織原とは何もなかったという演技が上手く出来ないようだ。


 ──それに織原といると、なんだかいつもの自分じゃないようで、いつもの自分のような……


 浴場に入ってきた美優と茉優は洗い場にいる私に気付かずに、そのまま浴室にダイブする。


「いっけぇぇぇ~!!」

「きゃーーーー!!!」


 彼女達の叫び声が浴場にこだまし、水飛沫が盛大に飛び散った。彼女達を中心に浴室に満たされた湯が激しく波打つ。


 私は気付いたら彼女達を叱責していた。


「コラーーー!!!」


「あ!華多莉!!」

「一緒に入りたくて探してたんだよ~」


「まずは身体を先に洗わなければマナー違反ですよ!それに飛び込むなんてもっての他です!!」


 2人は私の言葉に、なんで敬語?と呟きながらも、直ぐにいつものが始まったとニヤニヤし始めた。


「ホラ、この前やってた若女将役だよ」

「あぁ、そっちね!大河ドラマの方かと思った!」


 2人は声を揃えてはーい、と返事をしながら湯船から上がると洗い場へと向かう。


 2人が身体を洗い始めると、私はまったく、と独りごち、露天風呂へと向かった。


 ──こうやって簡単に誰かを演じられるのにどうして……


 外の冷気が私の身体を冷ます。タイル張りの床からゴツゴツとした石畳を足の裏で感じる。湯船には既に先客が1人いた。


 一ノ瀬さんだ。


 爪先から湯船の温度を確かめるように、太もも、腰、胸の順で浸かる。


 私と一ノ瀬さんの間に会話はない。あんなことがあったのだからお互い気まずいだろう。しかし私としては彼女と仲良くなりたかった。


 美優と茉優以外の生徒達は皆、私を椎名町45のメンバーのかたりんとしてしか見ていない。しかし一ノ瀬さんは違った。喧嘩を売るような形ではあったが、私を私として接してくれたことに嬉しかったのだ。


 それにどうして一ノ瀬さんは私がエドヴァルド様のことが好きなのを知っているのか気になる。そういったお話もしたい。


 私は横目で一ノ瀬さんを窺った。彼女もこちらを見ていたようで、直ぐに視線を逸らす。私も湯船を見つめるように俯いた。


 弱々しく波打つ湯に反射する私の顔が見える。


 ──そうだ。いつか学園モノのドラマをやった時の役で……いや、ダメダメ!そうやって直ぐに役に頼るのはよくない!さっき一ノ瀬さんが私を私自身として接してくれたことに喜んだばかりじゃない!!


 私は意を決して話し掛けた。


「あの……」

「あの……」


 ほぼ同時に話し掛けた。一ノ瀬さんも私に何か用があるようだ。


「ぁ、えっとお先にどうぞ!」


 私は先を譲る。


「いえいえ、お、音咲さんからどうぞ!」


 私達は暫し押し黙った。掛け流しの湯が湯船に満たされたお湯に打ち付ける。その音が私達の沈黙を埋めた。そしてそんな沈黙を埋めようと私達はまたも同時に口を開いた。


「今日はごめんなさい」

「今日はごめんなさい」


 私の言葉に一ノ瀬さんが反応する。


「え?どうして音咲さんが謝るの?」


「えっと、だって一ノ瀬さんと織原の邪魔をしちゃったじゃない?それに先に喧嘩を吹っ掛けたのは私達だし……」


「いえいえ!その後私がエドヴァルドさんのことで音咲さんを挑発しちゃって……」


「そうそれ!私がエドヴァルドさ…んのことが好きだってなんで知ってるの?」


 一ノ瀬さんは応えた。


「ロザリオ……エドヴァルドさんのロザリオを音咲さんが持ってたから……」


「えっ!?知ってるの!?あのロザリオを!?」


 私は驚愕した。


「知ってる…私も持ってるもん……」


「え~~!!!」


 露天風呂に私の声が響き渡る。近くに男湯もあるが、おそらくそこまで響いていただろう。


 私と一ノ瀬さんはエドヴァルド様トークで盛り上がる。しかも私達2人はアカウント名を名乗るとお互いのことを知っていた。


「スターバックスさんって、最近スパチャ連投してる人だよね!?あれが一ノ瀬さんなの!?」


「そうだよ……ララさんって昔からよくコメントしてた人だよね?まさか音咲さんだとは思わなかった……」


 エドヴァルド様の話題が話せるなんて夢にも思わなかった。私は源泉掛け流しのこの露天風呂の湯の如く話したいことが溢れ出る。しかしそんな欲求よりも同じクラスの一ノ瀬さんがエドヴァルド様のことを知っていたことの衝撃のほうがやはり強烈だった。


「そんなエドヴァルド様の古参リスナーの私達がアーチェリー勝負をしてたなんて……」


「ご、ごめんなさい……私、あの時言われたくないことを言われちゃって……それでつい頭に血が昇って……」


 私はアーチェリー場での出来事を思い浮かべた。すると一ノ瀬さんが続けて口にする。


「良い子ちゃんぶってるって…実際その通り過ぎて、何も言い返せなかった」


 美優が言った言葉だ。


「それが悔しくて、やるせなくて、いつの間にか怒りが込み上げてた。自分が悪いのに。その怒りの捌け口に音咲さんを挑発しちゃって……本当に格好悪いよね……」


「…良い子ちゃんぶるって、つまり良い子を演じてるってことだよね?それって私と一緒だよ」


「ど、どういうこと?」


 驚くように尋ねる一ノ瀬さんに私は答えた。


「…わかってもらえるかわからないけど、私は学校にいる時や仕事をしてる時は常に椎名町45のかたりんを演じてるの。あとはドラマの仕事だと自分のあてがわれた役を演じたり…つまり、いつも本当の私じゃないっていうか……」


「本当の、私……」


 一ノ瀬さんにとっては聞き馴染みのない言葉なのだろう、その言葉を復唱することによって自分のモノにしようと試みているようだ。


「そう!だから一ノ瀬さんが怒った理由、なんとなくわかる気がするんだ。それより!エドヴァルド様!一ノ瀬さんはいつ知ったの?」


「…わ、私は一年くらい前かな?音咲さんは?」


「え!?じゃあ私と同じだよ!デビューしてすぐぐらいだよね?」


「……そうなるかな?でもララさんのコメントは私がエドヴァルドさんを知る前から残ってた気がする……」


 知った順番なんか正直どうでも良かった。同じエドの民に変わりがない。


「私達って結構似てるかもね!」


「そ、そんな…私が音咲さんと似てるなんて……」


「華多莉、華多莉っ呼んで!」


「じゃ、じゃあ私も、愛美って呼んでほしい」


 私達はもうしばらくの間、露天風呂にて会話をした。

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