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人前で話せない陰キャな僕がVチューバーを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件  作者: 中島健一


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第25話 裏表

~織原朔真視点~


「ごめんなさい」


 今度の言葉は文字としてではなく、丸みを帯びた柔らかな声と共に述べられた。僕がストーカーではないとわかってくれたようだ。それに体育館裏での出来事にも感謝ができたので僕の心は満たされる。


 僕の手紙を読む音咲さんのあの居心地の悪そうな、それでいて少しだけ満足するような表情を日本史の授業を終えても僕は忘れられないでいた。思い出すだけでも体温が上昇し、僕を包んでくれる気がする。


 いつも以上に僕はボ~っとしていた。そのせいで次の体育の時間、顔面にバスケットボールが激突してしまった。


 鼻血が出る程の威力だったが、痛みを感じなかった。周囲の男子生徒やボールをぶつけた張本人があわてふためくのを僕は物凄く客観的に観察していた。


 気が付けば保健室にいて、気が付けば今日の最後の授業である現代文の時間となっていた。


 隣にいる音咲さんは治療を施された僕の顔を見て微笑む。僕は彼女の表情に照れ、格好悪い顔面を見られて恥ずかしくなる。


 それでも舞い上がるような気分になりそうだったので、一度自分の心を沈めるために机に突っ伏して目を閉じた。


『良かったな、誤解が解けて』


 どこからか声が聞こえた。それは以前体育館裏で聞いた声、女子高生が痴漢されている時に聞いた声、そして夢で聞いた声と同じエドヴァルドの声だった。


 僕はいつもの危機感を覚える。彼がこの先僕を乗っ取ってしまうのではないかと思えた。しかしリスナーの皆が、そして音咲さんが好きなのは僕ではなくエドヴァルドなのだ。


 僕は教室を見渡した。


 音咲さんや音咲さんの取り巻きであるギャル2人やそのギャルと仲の良いイケメン達。僕がエドヴァルドに身を委ねれば彼等は僕を認めてくれるのかもしれない。


 ──いや、だからなんだ?認めて貰いたいから僕はVチューバーをやってんのか?


 違う。生活費を稼ぐためだ。妹の萌の為でもある。そう思い直せば、エドヴァルドに身を委ねて正体を晒すような真似は決してできない。彼等に認めて貰えるという承認欲求を満たすよりも、今までのような活動ができなくなる方がよくないに決まっている。


 僕は浮わついていた気持ちを引き締めた。すると現代文の先生であり担任の先生でもある鐘巻先生が現代文の終わりの時間を利用してそのまま帰りのホームルームを行い始めた。


「え~今日の日本史の授業でなんか回収し忘れたプリントがあるみたいなんだが?」


 生徒達の何人かがこれですかと言った具合に机の上に出した。


「おう、それそれ!……ぇ~、織原?お前が皆の分集めて後で宮台先生のところまで持ってきてくれ」


 鐘巻先生は僕に言った。

 

 なんで僕が、そう思ったがきっとぼ~っとしていたのを悟られたのだろう。


 今日の全ての授業、そしてホームルームが終ると、僕は鐘巻先生の命令によってプリントを生徒達から回収した。


 そのプリントを持って職員室へと向かう。放課後の生徒達はそれぞれ部活へ行ったり、下校したり、友達との別れを惜しむようにダラダラと会話をしたりと、様々だった。


 僕は職員室へ入ると、鐘巻先生が宮台先生のデスクまで案内してくれた。宮台先生はどこか出ているようでそのプリントをデスクの上に置く。


「おう、サンキュー!俺から宮台先生には伝えとくからな!これからも色々頼むわ!」


 おそらく僕が文句も言わずにここまでプリントを運んできたのを良いことに、今後こういった雑用を押し付けようとしているのだろう。かといっていやだと僕は言わなかった。理由はわかるでしょ?そんなこと言えないのが僕なんだ。


 ──でもエドヴァルドなら……


 僕はそんなことを考えながら職員室から自分の教室へ戻り、帰宅の準備をしようと階段を上った。階段を上りきった僕だが、教室の前に誰かがいたので不意に足を止める。


 何故止まったのか。そのまま教室へ向かえば良いのだがしかし、僕は足を止め、廊下へと出る曲がり角の壁に張り付き、クリアリングの要領で右顔面だけを出して教室の前を覗き見るような体勢になった。何故なら、音咲さんが1つ上、3年生の男の先輩2人と向き合っているのが見えたからだ。


「あのさ、俺と付き合ってよ」


 その言葉を聞いて僕の心臓がドクンと脈打つ。


 ──こ、告白してる……


 どうやら、どちらか片方の先輩が音咲さんに告白をしたようだ。3年生の先輩は2人とも悪くない容姿だが、どこか嫌な雰囲気を纏っている。


「…ごめんなさい」


 音咲さんは、優しく誠実な声で断りをいれる。僕は何故だかホッとしていた。


「え?なんで?」


 髪をツンツンと尖らせた3年生の先輩が尋ねた。おそらく告白したのはその先輩だろう。


「私、今誰かと付き合うとか、そういうの考えられなくて…本当にごめんなさい……」


 音咲さんはそう言って、2人の先輩に背を向けて僕のいる階段に迫る。


 ──ヤバい!!


 僕はさっき自分が上ってきた階段を忍び足でおりる。ある程度おりきると僕は方向転換をして、さも今から自分の教室に戻ろうとする人を装う。予定通り、音咲さんが階段をおりて来た。


 僕に気付いた音咲さんは少しだけ驚きの表情を見せてから戸惑う。僕も先程の先輩達の会話を盗み聞きしてしまった手前、どこか気まずい。僕たちはお互いを見やると立ち止まる。しかし次の瞬間、先程音咲さんと先輩達のいた廊下から大きな声が聞こえた。   


「どうせ色んな奴とやりまくってんだろ?」

「ぜってぇーそうだよなぁ」


 先程の3年生達は音咲さんが階段へと向かい、姿を見せなくなると人が変わったように大きな声を出す。それを僕はおろか音咲さんに聞かれているのも知らずに。


 ──いやわざと言っているのか?


 その声を聞いた音咲さんは、俯いて僕から逃げるようにして立ち去った。すれ違いざま彼女が歯噛みし、苦しみに耐えている表情をしているのが見えた。


 音咲さんが小走りで下の階へと行くも、まだ3年生達の声が聞こえる。


「マジでああいう生意気な女無理だわ」

「それな」


 酷い言葉だった。僕は階段を上りきり、廊下へと出れば、先輩達の陰口を止められると考えた。


「てかさぁ、絶対ああいう女って裏表激しいよな」

「わかる」


 僕は階段を上りきり先輩達の前へ出た。第三者に聞かれちゃいますよ?と言った具合に。しかしそんな僕の行動は裏目に出てしまった。


「なぁ、お前もそう思うだろ?」


 先輩の1人が僕に尋ねてきたのだ。


 ──し、失敗だぁぁぁ!!大佐!作戦は失敗しました!!こういう、陰キャをいじるみたいに突然話をふる流れになってしまいました!!


 至るところに嫌な汗が吹き出る気がした。


 ──落ち受け新兵!ここは時間を稼ぐのだ!!


 なんと答えようか、その時間を稼ぐために僕は聞き返した。


「…な、なにをですか?」


 あわよくば、なんでもねぇと言ってはくれないだろうかと僕は祈りながら聞き返したのだが、


「音咲華多莉だよ。椎名町45の。アイツ絶対裏表激しいよな?」


 時間を稼ぐどころか、先輩達は僕を追い詰めてくる。


 いつもの僕なら頷いて、その場を後にしていただろう。しかし僕は先程、歯噛みをしながらすれ違う彼女の表情を見てしまったのだ。他にも僕にストーカー疑惑を突き付けた彼女、胸を触ってしまい僕の頬を打つ彼女も思い出した。


 僕は先輩達の問い掛けに答えた。いや、自然と声が出たと言って良いだろう。


「裏表激しいと思います……」


「だよなぁ!」


 激しく同意する先輩の目を見ながら僕は続けた。


「けど……」


「けど?」

 

 僕は今Vチューバーをやっている。裏表の裏の部分があったっていいじゃないかと今までの短い人生で思っていた。それを否定するようなことはなんだか自分を否定しているようで嫌だった。


 もちろんそれだけじゃない。


 助けてくれてありがとうと言う彼女、何故か握手をして何故か俯く彼女、樹の裏で戸惑う彼女、必死にジェスチャーをする彼女、ごめんなさいと謝罪をする彼女、そして僕を見守りVチューバー活動を応援してくれた彼女が僕の脳裏に過ると僕は言った。


「裏表あるなんて別にふつーじゃないっすか?」


「「は?」」


 先輩達の表情が驚きと苛立ちに満ちた。


「だって学校にいる時と家にいる時でキャラ変わったりしません?」


 言葉がついて出る。それはまるでいつものエドヴァルドの配信のようだった。


 ──おい、その辺でやめとけって……


 僕はそう思った。しかし僕は止まらない。いやこれは、もう1人の僕であるエドヴァルドだ。エドヴァルドが今、僕を乗っ取って操っているんだ。


 僕はそう思うとエドヴァルドは続けて言った。


「それとも先輩達はヤクザとかの前でもそんなデカイ態度とれんすか?」


 ──やめとけ!!


 僕の目元を覆うような前髪がオレンジ色に染まっている気がする。


「それにたった今フラれたからって、すぐ手のひら返す先輩の方が裏表激しいんじゃないんすか?」


 ──やめろって!!


「あんまりだっせぇこと後輩の前でしない方が良いっすよー?」


 いつもの上ずった陰キャ全開の声ではなく、配信で喋るハキハキとした、それでいて柔らかな低音をきかせた声が廊下に響き渡った。


 僕含めて先輩達もその発言と声に驚いていた。


 不思議と高揚感に包まれる。久し振りに面と向かって自分の想いを声に出せた気がする。今なら何でもできそうだった。


 しかし、その魔法はすぐに解けた。僕の視線に写る前髪は黒だ。オレンジ色のエドヴァルドの髪色なわけがない。


 僕が前髪の色を確認している間に先輩達はお互いの顔を見合せ、怒りの視線を僕に向けた。


 僕は2人の先輩の間を突っ切り、廊下を走って逃げ出した。

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