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人前で話せない陰キャな僕がVチューバーを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件  作者: 中島健一


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第100話 炎と川

~音咲華多莉視点~


 私は直ぐ側を流れる川の音を聞きながら、暗い夜を照らす焚き火の炎に瞳を奪われる。


「川は変化の象徴だって聞いたことがあるの」


 炎から目をそらさず、隣にいる田山さんに向かって私は言った。田山さんは黙って私の言葉を待った。


「川は流れ続けるでしょ?今、私達の前にあるこの川の水は常に新しい水へと変化していく……」


 パチッと焚き火の中から弾ける音が聞こえた。私はそれに構わず続ける。


「対して火は不変の象徴なの。昔から火を絶やすことのないような教えが国内外にたくさんある……それに想いや熱意を火に例えることもあるでしょ?」


「うん……」


「私、貴方が好き……この炎のように、熱く燃え続ける貴方への想い。この想いは決して消えたりなんかしな──」


「カット!!」


 黒木監督の言葉で私の集中力が途切れた。照明が私達を照らす。周囲には幾つものカメラとスタッフさん達が私と田山さんを囲っている。しかしまだ台詞の途中だと言うのにどうしてカットされたのか私は納得ができなかった。私の演技を止めた張本人である黒木監督に視線を合わせると、何やら腕を組んで私以上に納得できていない表情を浮かべていた。


 もう既に番宣をして、一応全てのシーンを撮り終えたにも拘わらず、黒木監督はこのシーンの取り直しを要求したのだ。


 そして黒木監督はもごもごと口を開く。


「ん~何て言うのかなぁ、華多莉ちゃん」


 監督の『何て言うのかなぁ』は口癖で、言葉を選んでいる時のサインでもある。私は、はいと返事をして監督の言葉を待った。


「今までのティーン向けの映画やドラマではその演技でよかったんだけど、今回の映画のターゲットは20代後半から60代の男女なんだよ。だからその演技はちょっと違うかな?」


「何がどう違うのか教えてほしいです」


 私がそう言うと、監督はまた腕を組んで言った。


「何て言うのかなぁ、コメディやサスペンスはどこか現実離れした…有りそうでないことを表現することが多いんだけど、今撮ってるのはリアルな恋愛なわけで…華多莉ちゃんの演技って憑依型で、ありえないくらいの想像力と集中力でありえないような事態に巻き込まれた人の役とかは演じられるんだけど、恋愛になるとその想像力が少し欠けちゃってる感じがするんだよね。恋愛って誰もが一度は抱いたことのある感情でさ、それが歳を重ねることで文字通り重みを増すわけ。つまり今の華多莉ちゃんの演技にはそのリアルな重みがないっていうか…そんなんじゃ恋を経験したみんなの共感を得られないっていうか……」


 確かに、現実離れした事柄の多くは想像で演じる。そしてそれを見てる視聴者も想像する。私の想像と視聴者の想像が合致するからこそ、私の演技は評価されていた。しかしリアル過ぎる演技は敬遠されがちだ。例えば戦争映画等で実際に戦争をしたことのない人と戦争を経験した人では演技に差が生じることは想像に固くないだろう。だが、視聴者の殆どは戦争を経験したことがない。視聴者はその戦争映画を見て、勝手に戦争というものを想像するわけだ。その視聴者の想像と実際に戦争を経験した人の演技に解離が生じると、その演技は例え本物だとしても良くないモノとしてレッテルを貼られる。


 私が今回演じるのは、みんなが経験したことのある恋愛だ。視聴者の想像力ではなく、実際の経験、或いはそれに類似した経験で私の演技を評価する。


 ──私には恋愛の経験が……


 黒木監督は言葉を選ばずに言った。 


「華多莉ちゃんて、今まで誰かに恋をしたことある?」


 周りにいた私のマネージャーやスタッフがざわつく。このご時世セクハラと捉えられてもおかしくない発言だ。それに私はアイドル。恋愛禁止であるのはみんなの知るところである。しかし私は勢いで言ってしまう。


「そ、それくらいしたことありますよ」


 恋をしたことないなんて言ったら、下に見られる。気付いたらよく考えもせずに言葉を放っていた。


「じゃあその時のことを思い出しながらやってみよっか?」


 別に嘘ではない。恋の一つや二つ、私にだって覚えはある筈だ。


 私はエドヴァルド様のことを想った。


 ──そう。親愛なるエドヴァルド様!


 カメラが動き出す。田山さんと私はまた元の指定された場所へと移動する。そして台詞を吐いた。


「それに想いや熱意を火に例えることもあるでしょ?」


「うん……」


 私はエドヴァルド様のことを想いながら言った。


「私、貴方が好き。この炎のように、熱く燃え続ける貴方への想いは決して消えることはな──」


「カットカット!!」


 監督は腕を組まずに迷わず私の演技を評する。


「今のは恋っていうよりは、憧れに近い感情じゃない?」


「憧れから始まる恋もあるんじゃないですか?」


 そう言うと黒木監督は腕を組んで言った。


「それもあるんだけど、この映画では田山君演じる主人公の弱いところも見てるわけで……つまり純粋な憧れだけではない感情があるんだよ。なんて言うか、同じ悲しみを分かち合える喜びっていうか、貴方がダメになったら私が支えて、私がダメな時は貴方が支えてっていうような……愛を与え合える関係性…相手の悲しみを受け入れる度量と自分の弱さを負担させてしまう覚悟をこの告白のシーンで表現してもらいたいんだよ」


「……わかりました。やってみます」


 この後何回か撮ったが、結局監督からOKを貰えなかった。スケジュールの関係からこのシーンは少し先の撮影に持ち越すこととなる。


「難しいことを言ってるのはわかってるんだけどさ、もう少し演じるんじゃなくて自分を出してみても良いんじゃないかな?」


 私は監督の言葉に自信なさげに返事をした。だって自分を出したら、


 ──本当の私を出したら…お父さんに認めて貰いたいだけのファザコン女だし……嫉妬深い嫌な私だし……


 上着を掛けられた。


「お疲れ様」


 マネージャーの加賀美が優しい言葉をかけてくれる。しかし次に口を開いた時はもう仕事の話だった。


「これから東京に戻るわ。明日の全国高校eスポーツ選手権大会の進行表、これだから見といてね」


 ホチキスでとめられた紙の束を渡される。


──────────────────────


~一ノ瀬愛美視点~


 とうとうこの時が来た。


 代表選手達は皆、会場に集合する。某テーマパーク近くにある会場だ。朝早くからそのテーマパークに行こうしているカップル達が電車に乗っている。私はとうとうあの三者面談からお母さんとは会話せずにいた。元々頻繁に会話をするような親子ではないが、意識するとこんなにも会話のないことに私はビックリしていた。


 一応、今日の大会のことはお母さんに置き手紙で知らせてある。面と向かって話す勇気がなかった。家を出た時は、今生の別れのような、どこか遠くへと旅立つような、そんな侘しさが押し寄せたものだ。


 夏の涼しい朝、これから気温が上昇していこうとするその静けさの中、電車に乗って会場へ行く。会場が近付くにつれて緊張が高まっていく。会場に到着した時は、周囲の高校生達はこれから私と戦う人達なのだと無意味に威嚇みたいな睨みをきかせていた。


 スマホ画面と家に届いた決勝進出の通知を選手入場受付で渡す。黒いTシャツを着たスタッフさんに連れられ、控え室に案内された後、フォートトゥナイトをプレイするステージを見に行った。


 ステージの袖から中央へと歩き、なだらかな丘のような客席が見えた。空気が澄んでいるように感じる。薄暗い筈の奥の出入り口まではっきりと見えた。スタッフさん達の作業する音とは別に静けさが辺りを包んでいる。私のプレイする所はこのステージの奥だ。そこにPCやその他の機材が100台並べ立てられている。塾の自習室のように番号の付いたブースが設置されており、自分の渡された選手番号のブースに足を運んだ。続々と選手達が自分のブースに赴き持参してきた大会規定に則った機材をPCに取り付けていく。


 私も同じように機材を取り付ける。しかし緊張からか手が震えて上手く付けられない。


 ──この大会で優勝できなければ私のプロゲーマーへの道は断たれる。


 そんなことを考えていると声を掛けられた。


「大丈夫ですか?」


 私と同じ選手なのか、隣のブースの男子高校生が顔を覗かせる。


「き、緊張しちゃって上手く付けられなくて……」


「わかります。普段家とかでしかゲームしないのにこんな所で多くのお客さんに見られながらだとやっぱり緊張しますよね?」


 私はこの会話の最中、PCに自前のマウスとキーボード、ヘッドホンを取り付けた。私の機材をじーっと見て、その男子高校生は言った。


「シロナガックス……」


 大会の緊張とは違う、緊張が走った。


「は、はい!?」


「シロナガックスと同じ機材ですね」 


 私は誤魔化した。


「え!?だ、誰のことですか!!?」


「知らないんですか!?今一番ホットなプレイヤーですよ?」


「そ、そうなんですね!?今度、チェックしてみます!!」


 いつしか配信で自分の使ってる機材を紹介したことがあった。


 ──まさかそれを見ていた人がいたなんて


 私は足早にその場を離れた。

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