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番外編 三番目の夫(1)

 

 ユーリィ=ササラは今、社交界で不幸な未亡人として噂されている。一番目の夫、ガウディー=ハーゲンが私欲の為王城を襲撃し、仲間割れの末に死亡したからだ。『不幸な未亡人』とは不名誉な形容詞だけれど、それでも同情的な分マシだとユーリィは思った。彼女を取り巻く現実はもっと辛辣なものだったから。


 ハーゲン家から籍を外し、ユーリィは実家へと戻ってきていた。けれど、そんな父親から告げられたのは二番目の夫、トナム子爵家への移住。直ぐにでも次の夫の下へ嫁げと言うのだ。一番目の夫の事件が人々の記憶から消え去らない内の婚姻に、ユーリィは酷く戸惑った。せめてもう少し期間を空けて欲しいと願ったが、父は頑として受け付けなかった。あくまで先の事件はガウディー一人が犯したもの。非の無いササラ家には関係ないと考えているらしい。

 それ以上逆らう事は出来ず、ユーリィは父の意向に従った。けれど、先方が許さなかった。犯罪者の元妻を嫁になんて、とトナム子爵家から断られたのだ。いくらトゥライアが女性不足とは言え、外聞を何よりも気にする貴族の家。父が考えている程世間は甘くなかった。

 ユーリィは当然だと納得が、断られた事は随分と父を落ち込ませたらしい。なら次は三番目の夫の下に、とは流石に言わなかった。けれどユーリィに居場所がない事に代わりはない。当然実家に留まる事になったが、殿下達の王妃候補であった時から自分は父の期待を裏切り続けている。ユーリィは肩身の狭い思いをする事となった。






 ***


 男爵の爵位を与えられているクラウド家には三人の男児がいる。その内次男は他国の孤児院から引き取った養子だ。三男は学生の頃から外へ出ており、残った長男が家を継ぐ事になっている。だがこの長男が最近クラウド男爵夫婦を悩ませていた。

 ササラ家から長女のユーリィを一時的に妻にと打診があった時、男爵夫婦はそれを快く受け入れた。このトゥライアでは嫁いでくれる女性を探すだけでも大変な苦労を要するのだ。爵位の低いクラウド家では妻を迎い入れる事は叶わないだろうと諦めていただけに、ササラ家の申し入れは願っても無いことだった。例えそれが子を授かる為だけの婚姻関係で、息子が複数いる夫の中の一人だとしても、やはり孫を得たいという気持ちは強い。

 当然夫は長男にと話が進んだが、なんとこの長男ジョージア=クラウドがそれを受け入れなかった。何故だと問えば、自分は心に決めた相手が居るのだと言う。それが問題の無い相手ならばそれも良かった。相手が平民であるくらいなら男爵夫婦も目を瞑るだろう。だがそうは問屋が卸さなかった。何せ相手は学院時代の同期、男の学友だったのだから。

 次男のディルは実の息子達を差し置いて養子の自分になんてと遠慮して聞かないし、三男は家を継ぐ事に興味は無いと昔から実家には寄り付かない。だが相手はクラウド家よりも高位の子爵家。家同士の付き合いもあって、今更なかった事になんて言える筈も無い。

 ユーリィが二番目の夫となる筈だったトナム家から婚約破棄されたと聞いた時は時間がないと焦ったクラウド男爵だったが、意外な事にしばらく待ってもササラ家からは音沙汰がない。ササラ家には悪いが、しばらく連絡はしないで欲しいと男爵夫婦は祈っていた。


「うっ……」

「大丈夫? あなた。また胃痛が?」

「あぁ…。すまない。薬を」

「はい。直ぐに用意しますね」


 眉間に皺を寄せて男爵は胃の辺りをさする。そもそもクラウド男爵は気の弱い性格なのだ。ササラ家の問題があって此処最近気が休まった覚えが無い。こうなったらササラ家から何か言ってくる前になんとか次男を説得するしか道はない、と腹を括っていた。養子にまでする程なのだ。当然次男にも他の息子たちと同様の愛情は注いでいる。

 本音を言えば、自分達の血が繋がった孫が欲しい。欲しい……が、仕方がない。次男を夫にと進言したらササラ子爵が苦言を呈するかもしれないが、その時はその時だ。

 妻が用意してくれた常備薬を水で流し込み、男爵は外出する準備を始めた。






 トゥライア王城では毎年秋の豊穣祭前に大きな夜会が開かれる。この時期は今年の収穫を報告しに各地の領主が集まる為、自慢の作物のお披露目と労いを兼ねているのだ。勿論夜会で振舞われる料理や酒類は各領地原産の品が使われる。その品定めの為、他国の貴族や有力商人まで参加するので規模はかなり大きい。当然南東の端に領地を賜っているクラウド家も招待されていて、毎年特産品のワラ芋を献上していた。特に今回はその芋を使った蒸留酒を初めて持ち込んでいる。次男の発案で作った新製品で、香りに癖があるがアクの強い酒の好きな人ならば受け入れられるだろう。特に男性が好むだろうと作った酒だ。領地でも中々好評だったが、この夜会を切欠に興味を持つ商人がいれば更に需要が拡大する。クラウド男爵の期待は高い。

 それともう一つ。男爵が期待している事がある。それは隣に立つ自分の養子、次男ディルの婚姻である。

 今日は次男発案の酒のお披露目とあって、責任者として彼も同行させている。そして此処は各領地を治めている貴族が集まる場。よって件のササラ家も参加する。ササラ子爵に会って婚姻の件を急かされたら……という危険はあるが、子爵に同行するであろうユーリィと自然に会わせることで、ディルが興味を持てばと思ったのだ。いや、興味を持ってくれるのなら勿論それが良い。けれど女性としての興味がなくとも、ディルがユーリィの境遇を実際に見ることで同情してくれれば、少しは彼の考えも変わるかもしれないという打算があった。


 会場入りしたクラウド男爵は次男を伴って大広間の端で並べられた料理や特産物に目を向けていた。会場に入る順番というのは決められていて、地位の高い物ほど後になる。その為、男爵である二人は他の出席者達よりも早く会場に入り、最後に王族が入場するまで待機しなければならない。待っている間やる事と言えば、他の出席者に挨拶をするか、こうして誰より先に各地方の品々を眺めているかだ。


「父さん。うちと似たような酒を出している所はありませんね」

「そうか。ならば皆お前の作った蒸留酒に興味を持ってくれる事だろうな。楽しみだ」

「えぇ。王族の方々の目に留まれば一番なのですが」

「まぁ、他の家を押しのけてアピールする訳にはいかんからな。幸運を祈ろう」


 会場内に並べられている献上品は地位の高い家のものほど玉座に近い位地に置かれている。つまりクラウド男爵の品は最も遠い、会場の出入り口の付近にあるのだ。これがバザールなら入口付近は最も人通りの多い場所かだから良い位置になるが、王族貴族が集まる広間では逆になる。皆地位の高い者達の周囲に自然と集まるから、出入口付近は不向きな場所なのだ。

 段々と広間も人が増え、最後に王族方が入場すると、陛下の挨拶で夜会が始まった。まずは挨拶回り。クラウド男爵達も人の列に並び陛下への挨拶を済ませ、次に地位の高い順に回る。そしてやはり会場にはササラ子爵と長女ユーリィが居た。一瞬喉が詰まるが、なんとか平静を装って男爵は足を進める。こちらに気が付くとササラ子爵は一瞬顔を逸らしたが、咳払いをして向き直った。気まずいのはお互い様のようだ。


「こんばんは。ササラ子爵。今年もそちらの麦は豊作のようですな」

「どうも。今年は天候に恵まれましたからな。所でそちらは?」


 ササラ子爵の視線が隣に移動する。来たかと内心思いつつ、クラウド男爵は次男の肩に手を添えた。ディルは会釈をして笑顔を作る。


「次男のディル=クラウドと申します。以後お見知りおきを」

「ほう。ご子息でしたか…」

「あー、今回は我が領地で取れたワラ芋で作った蒸留酒を出品おりまして。発案がディルなものですから、こうして連れてきたのですよ」


 あくまで次男を連れているのは新作の酒お披露目の為。そう強調するがササラ子爵の表情は硬い。やはり婚姻の件で次男を引き合わせようとしているのだと思われてしまっただろうか。

 出かける前に飲んだ胃薬の効き目虚しく、クラウド男爵はキリキリする胃の痛みに襲われる。お陰で無意識に動いた手が胃の辺りをさすっていた。その様子に気付いたのか、気まずい空気を破ったのはユーリィだった。


「お久しぶりです。クラウド様。ワラ芋のお酒なんて初めて耳にしましたわ」

「えぇ、ご無沙汰しております。クセのある酒なので男性向けではあるのですが、もしご興味がおありでしたら後で是非試してみてください」


 緊張していたクラウド男爵は改めてユーリィの顔を見るまで気付けなかった。前に会った時よりも彼女が大分痩せた事に。けれどササラ子爵の手前、体調を気遣う言葉など発する事は出来ない。なんとか笑みを作って、他愛の無い話をしてからその場を辞する。

 二人から離れた後、無意識に深い溜息を吐いていた。


(やはり、ユーリィ様は苦労されているようだ……)


 ユーリィが社交界であれこれ噂されているのは勿論知っている。現によく見ればこの場でもササラ家は遠巻きにされていた。家同士や仕事上の付き合いの為に挨拶に訪れる者は居るが、皆長居せずに彼らの下を去っていく。特にユーリィは身の置き場がなさそうだ。この状態が長く続くのではあまりに気の毒だろう。今回はあくまで収穫物の報告とお披露目なのだから、無理にユーリィを連れてくる必要などなかったのだ。もしやマリアベル様がディストラード殿下だけ(・・)を選んだことで、また殿下達の婚約者候補に戻れると希望を持っているのだろうか。


(お可哀相に)


 ちらりと隣の息子を見る。ディルもユーリィが置かれている立場を察したようだが、それ以上に関心を持ったかどうかは分からない。クラウド男爵はもう一度深い深い溜息を付いたのだった。



 二時間後。クラウド男爵は非常にご機嫌だった。勿論ディルも機嫌が良かった。何故かと言えば、初お披露目となった蒸留酒が実に好評だったのだ。初めはやはり目に留めてくれる人が少なかったのだが、ふらりと顔を出した第三王子ダリオンが興味を持ってくれたのが大きかった。元々酒類が好きなようで、歳が近い事もあってかディルと話が弾んでいた。

 殿下が立ち止まったとなれば、当然人は集まってくる。しかもその相手は今まで夜会に積極的でなかったダリオン殿下。一体どれ程のものなのかと皆が話を聞きたがった。その後は南部を拠点としている豪商とも取引の話がまとまり、クラウド男爵はホクホク顔だ。

 持ち込んだ酒の殆どが無くなってしまったので、クラウド男爵はディルと別れてそれぞれ休息を取る事にした。給仕から軽い果実酒を受け取り、人気の少ない広間の端にあるソファに腰をかける。何の気なしにしばらく会場を眺めていると、視界の端を菫色がひらりと横切っていった。見覚えのあるドレス。それを目で追えば、ユーリィがテラスへと移動する所だった。


「…………」


 恐らく彼女は一人なのだろう。父親のササラ子爵と別れ、人々の視線から逃れようと移動したに違いない。気休めの話し相手ぐらいにはなれるだろうか。そう思ってクラウド男爵は重い腰を上げた。これまでどうササラ子爵をかわそうかとそんな事ばかり考えていたけれど、実際目にしたユーリィの状況にクラウド男爵は深く同情していた。次男どころか自分の方が彼女に同情しているなんて。そうは思うが自分も子を持つ親で、貴族という立場を嫌という程知っている身だ。現状を知ってしまった以上余りに気の毒で放っておけない。

 だがクラウド男爵がテラスに入る前に、そのガラス戸に手をかけた者が居た。鍛えられた太い腕、大きな背中。特徴的なボルドーの髪は後ろに撫で付けられている。そして、腰元には騎士の剣。


(あれは、たしか……)

 

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