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47.消えた護衛

 重い瞼を開ける。けれどおかしい。目を開いた筈なのに、閉じている時のように視界が暗い。

 ラズは動きの鈍った頭で周囲を見渡した。


(夜……?)


 目を凝らして見れば、ラズが寝ているのは見覚えの無い場所。部屋の隅に置かれた小さなベッド。石造りの壁や床。天上に近い部分だけに空気を取り込む為の穴があり、窓は無い。そこから漏れてくるのは青い夜の光だ。


(地下……?)


 ゆっくりと体を起こす。するとズキッと鋭い痛みが右腕に走る。咄嗟に左手でそこを触れば、傷の上には包帯が巻かれていた。


(そうだ、陣に剣を突き立てて……)


 徐々に記憶が戻ってくる。城内に水人形が現れてそれを駆逐したこと。マリアベルを迎えに行き、彼女が馬車から降りた途端に何かの陣が発動して自分はそこから逃げ遅れたこと。

 もう一度自分が今いる場所を見渡してみる。どう考えてもここが城内だとは思えない。どうやらあの陣は対象をあの場から移動させる為のものだったらしい。


(陣はマリアベルが馬車から降りたと同時に発動した。狙いは……マリアベル?)


 けれど一体誰が?

 移動陣が発動し、眩しい光に包まれて周囲が見えなくても皆の声は聞こえていた。ネイやディンの声、〈風〉達の声、そしてグライオとブルネイの声。


(ネイやディストラード殿下はともかく、〈風〉達も近付くことができなかった……)


 つまり上位精霊を押さえ込むほどの強力な結界が施されていたことになる。まず力のある魔術師が関わっていると考えて間違いない。


――僕も魔術師の結界で彼を完璧に遮断できるとは思っていないんだ。


(そうだ。魔術師の結界で上位精霊を完全に遮断するのは難しいとサグホーンさんが言っていた)


 塔の中でも結界の責任者を任せられている彼が出来ないのだ。そんな事が可能な魔術師が他にいるとは思えない。それとも塔以外で隠れた実力者がいた、という事なのだろうか。


――君の〈風〉はここには来れないよ。予め風除けの陣を組んである。


 ふと、脳裏に浮かんだのは自信たっぷりにそう言った金髪の魔術師の言葉。〈風〉は上位精霊。あの時、彼は〈風〉達を遮断出来る陣を完成させていた事になる。


(まさか……)


――アイツは反術が得意なのです。


 もしもあの陣が、結界ではなく反術だったとしたら?

 結界は指定した空間や対象物を護る為に害をなすあらゆるものに効果をもたらす。魔力・武器・自然災害に対して。故に一つに特化したものだけを防ぐというのは難しい。

 例えばあらゆる魔力を防ぐ結界を張るとする。一定の魔力までならそれが火でも水でも光でも全てを防ぐ。けれど結界のレベルを超えた魔力は防ぐことができない。

 そこで一つのものに特化した反術を施せばどうだ。仮に風の魔力だけを無効化する反術を展開させる。すると弱い威力の火も水も防ぐことは出来ないけれど、風だけはどれ程強力なものでも防ぐことができる。つまり、対象がはっきりしているのならば、広範囲に威力を発揮する結界を張るよりもピンポイントに対象だけを防ぐ反術を施した方が高い効果を得られるのだ。


あの時(・・・)、結界ではなく風の魔力に対する反術が部屋に施されていた。だから上位の〈風〉は防げても下位の〈闇〉は防げなかった)


 今回も同様だったとしたら? マリアベルが標的ならいつも傍にいるブルネイ、彼の半身であるグライオ、そして護衛であるラズの〈風〉に的を絞ればいい。移動の陣を覆うようにその反術を施すことが可能ならば、今回の事件の首謀者は一人しかいない。


(でも、彼が何故……)


 何故、マリアベルを誘拐するような真似をするのだろう。


「っ……」


 力を篭めると途端に痛みが走る右腕。治療したのは自分を此処に連れてきた犯人しかいない。何故敵である自分をわざわざ治療する必要があるか。少なくとも彼が自分を気に入っているのは分っている。そう思うと、益々彼が犯人な気がしてならない。


「……?」


 ふっと、不意に痛みが和らいだ気がした。再び右腕を見れば、そこには見慣れた小さな姿がある。真っ黒な姿をした小人。下位の闇の精霊だ。


(ネイじゃないのにどうして……)


 彼らが上位精霊のグライオや彼の契約者であるネイの傍にいるのは何度か目にしている。けれど自分は〈闇〉とは縁の無い身。


「そうか。私からグライオの匂いがするの?」


 陣によって移動する直前、ラズはグライオを撫でていた。それを肯定するようにラズの体に擦り寄る小人たち。自分達の同胞であり、また上位の精霊であるグライオの傍に居るようで安心するのかもしれない。きっとグライオと再会する前のネイに〈闇〉達が寄って来ていたのも同じ理由なのだろう。彼らが現れた所を見ると、この部屋に闇避けの反術は施されていないようだ。


(もしかして、治癒魔法を……?)


 光と闇にはそれぞれ癒しの魔力があるが、その性質は全く違う。光は植物を育てるように、本来その生物が持っている成長の力、すなわち自然治癒力を高めて治療する。一方闇は身体・精神ともにリラックスさせ、睡眠・休息に導いて治療する。光は治療の為に相手の体力を奪ってしまうが治癒速度が速く、闇は時間がかかる代わりに体力は温存できる。

 〈闇〉達はまだ僅かに出血のあるラズの右腕に集まりだした。次第にそこから痛みが薄れていき、同時にラズの瞼も重くなっていく。


「ありがとう……」


 完全に意識が遠のく前に、ラズはなんとか感謝の言葉を呟いた。





 ***


 謁見の間にはこの国の中枢に関わる面々が揃っている。王族を筆頭に騎士団長、副団長、近衛騎士達、高位の魔術師やその弟子達、そして今回の事件の被害者ラズに近しい者としてマリアベルが召喚されていた。

 まず陛下の前で一礼し、口を開いたのは騎士団長ベック=ワイズだった。


「今回の事件、被害についてご報告いたします。昨日正午において城内の不特定多数の場所から水の塊と見られる魔法生物が出現。騎士団と魔術師にて掃討を行い、負傷者は多数ですが死亡したものはおりません。王城敷地内の器物破損も多数ですが、大きな被害は見られませんでした。魔法生物掃討後、殿下方が乗車していた馬車付近にて魔術の陣が発動。その際、現場にいたラズ殿が姿を消しています。城付近を現在騎士団にて捜索中ですが、未だ手がかりは掴めておりません」


 次に結界の最高責任者である高位の魔術師サグホーン=ベレーが前に出る。


「“左”にて馬車の下に敷かれていた陣の術式を解析致しました。効果は対象者一名の移動、発光による目くらまし、外的要因に対する結界、そして三重の反術」

「反術? 結界ではないのか?」


 報告を聞いていた右の魔術師リケイアが眉根を寄せる。陣の発動時、上位の精霊達による妨害も弾かれたとその場に居た魔術師から報告を受けていた。魔法に対する余程強力な結界が張られていたのかと思っていたが、反術で精霊達を退けるなど聞いたことが無い。


「えぇ。私と弟子のテグラルで検分しましたが、確かに結界ではありませでした」

「考えたな。反術か……」


 ぼそりと呟いたのは陛下の傍に居た鼠色のローブを着た壮年の男性。特筆するべき事のない容姿に土色の髪と同色の瞳。なんとも冴えない姿の魔術師は最高位であるレギ=フレキオンだ。その目は報告をしているサグホーンを見ているようで見ていない。


「それと、城内の結界を点検致しましたが、欠損・破壊された痕跡は一切見当たりませんでした」


 これには謁見の前に居た誰もが驚きを隠せない。結界を破らずに侵入したとなれば最初から城内に居た者の仕業ということになる。しかも今はサディア国訪問中。普段より結界も騎士による警備も強化された状態だったのだ。


「魔法生物に関して報告は?」


 静かに言った国王陛下の言葉に、リケイアが一歩前に出る。


「魔法生物は単体で意思を持つものではなく、魔石によって固定・動作機能を与えられた水の固まりに過ぎませんでした。城内の池や川、井戸の水に至るまで一時的に水が無くなったことから、魔石を水場に投入し、それを材料に魔法生物を生成したものと思われます」

「つまり、結界にも騎士の警備にも引っかからない人間が魔石を持って城内に入ったという事だな」

「えぇ。仰るとおりです」


 国王陛下の傍にいたマックの言葉にリケイアは重く頷く。


「人員の負傷も城内の破損も大した被害はなく、結界の欠損もなし。最大の被害は、ラズ殿の失踪か」

「はい……」

「首謀者の狙いは最初からあの陣だったのか?」


 第一王子のその問いに、謁見の間に居た者の表情が強張る。隅に控えていたマリアベルは血の気が引くのを感じていた。


(リジィ……)


 ぎゅっと胸の前で両手を握る。それを今は立場上兄の横に控え、彼女の傍にいられないディンは歯がゆい思いで見つめていた。今は白豹が彼女の傍に居てくれるのがありがたい。


「殿下の仰る通り、魔法生物による被害の少なさを考えれば、あれらは囮と考えるのが妥当かと」

「陣の移動対象は一名と言っていたな」

「はい。陣が発動した時、中にはマリアベル殿とラズ殿の二名がいたと聞いています。発動後もすぐに移動しなかったのはその為です。マリアベル殿が陣の外に出てラズ殿一人になった時、術式が彼を対象物として認識し、発動条件が揃った為……彼の姿が消えた」

「……陣が馬車の下に敷かれていたのなら、降りる時に発動して乗る時にしなかったのはどうしてなんだ?」


 それまで黙っていダンが疑問を挟む。ダンもあの場にいたのだ。けれど何も出来なかった。それが悔しくて悔しくて、黙って報告を聞いている事が出来なかった。


「通常、陣は魔術師がエネルギー源となる魔力を注いで初めて起動します。その為、魔術師の手を離れた陣が発動する為には、発動条件(スイッチ)を予め術式に組み込む必要があるのです。例えば 時間的条件(タイマー)エネルギー量の一定値(リミッター)魔力の感知(センサー)などです。この内、馬車の下の陣には一定値リミッター感知センサーが組み込まれていました。馬車と連動して設定された種の魔力が一定値に達した時、陣が発動するように仕掛けられていたのです」


 馬車に乗る予定の者達を狙っていたのなら、トゥライアとサディア王家の殿下達、そしてマリアベルがその対象となる。けれど、陣が感知するよう設定されていたのは光の魔力。一定値は複雑な陣を起動する事ができる魔術師と同等の魔力量。

 つまり、一般人よりも強い光の魔力を身に宿した者が馬車に乗り、馬車を通して陣に光の魔力が送り込まれる。陣をしかけた術者が傍にいなくても、対象物となるその人物が持つ魔力によって陣にエネルギーが蓄えられた。そして馬車から降り、対象物が直接陣に触れたことで発動条件が揃った。

 よって狙われた対象者は陣を発動するほどの安定した光の魔力量を持つ者となる。


「……最初から、狙いはマリアベルだったってことか?」

「左様でございます」


 怒りに震えるディンの声に、リケイアはそれでも頷く。この場に本人が居ようとも気を使っている場合ではない。真実はその結論を示しているのだから。


「これだけ複雑で緻密な陣を敷くのは一朝一夕で出来るものではありません。事前に視察の予定を知っていて、尚且つ左の魔術師達にも劣らない実力者が必要です」


 リケイアの言葉を受け、難しい顔でマックが続ける。


「城下への視察は一般公開されていた。予定を知るのは難しいことではない。けれどそれだけの事が出来る魔術師は塔の中にもそうは居ないだろう」

「これが全て単独犯ならば間違いなく魔術師が犯人です。ですが……」

「先日夜会が開かれたばかりだ。多数の貴族も城内に入ることが出来た。陣の発動時に本人が傍にいなくても良いのなら、昨日あの時間に城内に居た者の中に実行犯がいるとは限らないな」

「えぇ」


 様々な証拠は残っているのに、どれも犯人を示すには至らない。サディア訪問の時期を選んだのも、誘拐手段に馬車を使った仕掛けを選んだのも、全て犯人を特定しにくくする為の計算の内なのだ。単独犯なのか複数なのかも分らないこの状況を打破するのには、決定的な何かが足りなかった。


『〈風〉だ』


 決して大きくはないのに謁見の間に居る全員の耳に届く静謐な声。その主は周囲に見せつけるようにその姿を顕現し、愛しい少女を護るように寄り添ったまま、銀色の目を前方のレギ=フレキオンに向けた。


『夜会の夜、下位の〈風〉を放った男が居た』


 光の精霊ブルネイが感情の篭らない声で告げる。レギは片方の眉をぴくりと動かした。


「サディアの小鳥に紛れ込ませたのか。男は誰だか分かるのかい?」

『顔も形も覚えておらぬ。ただ臭かった』

「臭い?」


 ブルネイが相手の特徴を覚えていないというのは本当だろう。元々精霊は自分が強く興味を惹かれるもの以外には関心を示さない。マリアベルに近しい者ならともかく、夜に見かけただけの見知らぬ男の姿を覚えていないのも当然だ。


「……もしかして、香水の匂い?」


 隣に居たマリアベルは招待客達が付ける香水を臭いといってブルネイが嫌がっていたのを思い出して、そう呟いた。となれば下位の〈風〉を使って誰かと連絡を取っていた不審な男は招待客である貴族の中にいる事になる。城内に勤める者達が勤務中に香水を付ける事はありえないからだ。貴族と魔術師。どちらが共犯でどちらが主犯かは分らないが、招待客は全て記録に残されているからある程度絞り込む事は出来る筈だ。

 傍に控えていた宰相に国王は重々しく命じた。


「クロー」

「はい」

「招待客のリストを上げ、ベックと共に全員を調べ上げよ」

「畏まりました」

「ハディー」

「はっ」

「今回の魔法生物とラズ殿が調べていた魔石に関係はないのか?」


 執政官ハディー管理の下、ラズが行っていた呪いに関する調査のことは当然国王の耳にも入っている。ラズは水を調べ、そして魔石を発見していた。そして今回の事件に関係しているのも水と魔石。無関係とは思えない。


「それに関しましては、私からご報告致します」


 その言葉を受けて、一歩前に出たのは左の魔術師ケヴィーノ=オレゴン。銀髪の魔術師は疲れを隠しきれない顔で頭を下げた。


「今回、各水場で発見された魔石は極僅かな量ながらも、これまでラズ殿が発見した魔石と非常に似通った魔力を発しておりました。私と右のフレアレク殿との解析の結果、どちらも水に対してのみ魔力を放出することが分っております。今回の事件に使用されたのは小さな小石程度でしたが、今私の手元にある拳大の物になると、その強い魔力で下位の精霊の意思さえも奪う程の威力があるようです」

「製作者を突き止めることは出来んのか」

「安全に魔石の術式を分解する為の技術を開発中なのが現状です。その全てを解析するまでは至っておりませんので、そこまでは」

「だが無関係ではあるまい」


 陛下の推測に、ケヴィンも頷く。


「どちらの魔石も程度は違えど同じ効果を持っています。製作者は同じと考えてまず間違いないと思います」

「そうか」


 そこで下がると思っていたケヴィンは、そのまま陛下の顔を伺っている。言葉を続けても良いものか、迷っている様に視線を泳がせていた。


「まだ、何か報告があるのか?」

「このようなこと…、まだ何も固まっていない段階で陛下のお耳に入れることかどうか……」

「よい。申してみよ」


 早計かもしれない。けれどこの報告を怠ったことで事件解決に遅れが生じるようなことがあってもいけない。意を決して、ケヴィンは唾を飲んだ。


「……私には弟がいるのです」

「兄弟で非常に優秀な魔術師だとレギからも聞いている」

「先程移動の陣の時に話が出た反術が得意なのです。魔石の解析にも共に携わっておりました。その弟、セフィルドが……」


 事実は事実だ。自分が仕えるべき国王陛下の御前で嘘は許されない。

 悔しげにケヴィンは拳をきつく握った。


「昨日から姿を消しました」

 

 


 陣の説明、分かりにくかったらごめんなさい。


 発動条件=移動陣のスイッチをオンにする為の条件


 今回の事件に使用された陣の場合、

  ①リミッターを満たす光の魔力量を陣に貯める

  ②光の魔力を持った人間が直接陣に触れる(センサーの感知)

  ③陣が発動


  マリアベルの光の魔力=電気 

  馬車=充電器(馬車を通して魔力が陣へ流れ込む仕組み)

  陣に組み込まれたリミッター=充電池 だと思ってください。


  充電池が一杯にならないと、光の魔力を持つ人間をセンサーが感知しても陣は発動しません

  その為、馬車に乗り込んだ際には発動しませんでした。

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