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35.求めるもの

 マリアベルは読んでいた本から顔を上げた。ここ最近、寝る前に読んでいるこの国の歴史小説なのだけれど、今日はちっとも頭に入ってこない。昼に見たユーリィの表情が気になっているからだ。


(ただの顔見知り、じゃないわよね)


 他人の人間関係に口を挟むのはおせっかいだと分かっている。王城に来て初めて知り合った女性なのだ。余計なことをして仲違いはしたくない。けれど、苦しげなあの表情の裏には一体何が隠されているのか、気になって仕方がない。

 あれは好意? 悪意?

 苦しむ好意ならばきっと恋情。悪意ならば恐らく憎悪。ユーリィは結婚しているのだから恋情ではないかもしれないが、何も知らないマリアベルでは答えを出すことはできない。


(結婚、か……)


 自分はこの国の男性と子を成す為にここに居る。常識に当てはめればその相手と結婚することになるだろう。今その最有力候補となっているのがこの国の第一王子マクシミリアンと第二王子ディストラード。驚くべきことに二人とも出会ってすぐに好意を示してくれた。けれど一国の王子との結婚となれば自分の地位は未来の国母、妃となる。これまで通り巫女として生きていくことは困難だ。妃はただの花嫁ではない。様々な行事、社交の場に顔を出し、他国の王族や国内の貴族との付き合いもある。それが神殿の中だけで生きていた自分に勤まるとは思えない。

 それに王族が相手ならば当然結婚してから子を成す事となるだろう。自分が選びさえすればすぐに結婚の儀が行われることとなる。ただ女神の言葉通りに子を成すだけで良い、という訳にはいかないのだ。


(それでも私は、あの二人を選ぶ?)


 マックやディンといると胸が高鳴る。触れられれば驚くほど熱く、心臓がはねる。自分のことを必死に探してくれた時、心配で思わず抱きしめてくれた時、マリアベルは自分が求められているのだと強く感じた。そして二人の為に出来ることをしたいと思った。


(二人は、どう思っているんだろう)


 好きだ、と言葉をくれる。傍に居れば嬉しそうに笑ってくれる。けれど今のマリアベルには二人に優劣をつけることが出来ない。

 ここ、トゥライアは女児の出生率が著しく低いせいで女性の少ない国だ。その為多夫一婦制の婚姻が認められていて、ユーリィにも三人の夫がいると聞いている。けれど王族は違う。一夫一妻制を保っており、現在の国王も亡くなった王妃一人だけ。他国と違って側室などいない。国王には現在大臣の職についている弟が二人いるが、彼らも妻を一人ずつ娶っている。もしマリアベルが王太子妃となるならば、どちらか一人と婚姻を結ぶことになるだろう。


(誰も、傷つけたくない。もしも一人を選ばなくてはいけないなら、私は……)


 その時ノックの音がして、マリアベルは思考から頭を切り替えた。寝室のソファにいた彼女は夜着のワンピースの上にストールを羽織り、返事をする。それに答えたのは侍従のボルトーだ。


「はい」

「遅い時間に申し訳ございません。マクシミリアン殿下とディストラード殿下がお見えです」

「分かりました。今行きます」


 本はローテーブルの上に置いて、マリアベルは立ち上がった。時刻は日付が変わる二時間前。事前の断り無しに訪問するには少し遅い時間だ。何かあったのだろうかと、マリアベルは足早に居間へ移動した。


「やぁ、マリアベル。遅くにごめんね」


 居間のソファにはラフな格好をしたマックとディンが並んで座っていた。彼らの前には香り高い花茶が出されている。眠りを邪魔しない、胃に優しいお茶だ。


「いいえ、大丈夫。何かあったの?」


 向かいに座ると彼らは一度顔を見合わせた。口を開いたのはマックだ。


「強いて言うなら何もないから、かな?」

「え?」

「ここの所忙しくて君に会えなかったから、今日くらい一緒にいたいと思ってね」

「フェイロン達が来たら自由にここには来れなくなるしな」


 次いでこちらを見たディンの言葉にマリアベルは顔がほんのり赤くなるのを感じた。先ほどまで二人のことを考えていたら、此処に来てくれた。偶然だと分かっていても、二人が会いたいと思ってくれたことが嬉しい。


「そんな顔しないで。襲いたくなるよ」

「おそ…え!!?」


 マックの言葉に意味を理解し、顔を真っ赤にするマリアベル。そんな彼女に二人は笑みを深めた。

 最初はなんて美しい娘なんだろう、と思った。女神フェルノーイに愛された娘。評判に違わぬ美しさは神秘的で、ある種近寄りがたい雰囲気を纏っていた。

 けれど彼女の傍で表情の変化が見られるようになって、そのイメージが段々と変わっていった。純粋でまっすぐで嘘をつくことを知らず、素直に表に感情を出す彼女は美しいというよりも可愛らしい。大衆の目を引き付けて止まないその美貌の裏には、歳相応の少女が隠れていた。

 穢れない美しい少女から香りたつような女性へと変えたい。そう思うのはやはり男の性だろうか。


「マリアベル」

「何? ディン」

「今日は一緒に寝てもいいだろ?」

「え……」


 二人の顔を交互に見る。どちらも顔にも笑みがあって、マックもディンもそれを望んでいるように見えた。


「う、うん」


 マックがマリアベルの手を取り、寝室へエスコートする。ディンが寝室へと続く扉を開ける。居間に残されたボルトーは黙って頭を下げ、三人を見送った。






 三人は今ベッドの上にいる。居間からすぐにマリアベルはここに移動させられていた。ベッドの真ん中にマリアベルが座り、彼女の背を支えるようにマックが、そして正面にはディンがいる。


「ん……」


 鼻から息が抜ける。マリアベルの口がディンによって塞がれているからだ。自分よりも体温の高い舌がマリアベルの舌を掬い上げるように舐めたかと思ったら、今度は口蓋をくすぐる。くすぐったさに我慢が出来ず身じろぎすると、逃げることを許さぬようにマックが背後から腰を抱く腕に力を込めた。


「ふ…、ディ……んん」


 ディンの舌がマリアベルの唇の形を確かめるように舐めた。ぞくっと背筋を走る何か。唇同士が触れ合うのは柔らかくて気持ちがいいのに、舐められればくすぐったさと同時にそれとは異なる感覚が体を襲う。すっかり息が上がっている彼女の耳の裏側を、後ろからマックが舐め上げた。


「っ!!」


 唇を舐められたときよりも強い感覚が体の中心を走る。裏側だけでなく耳の縁、耳たぶを唇で食まれ、凹凸を辿るように舌が這う。


「うぁ、や……」


 マックの舌が耳の穴にまで伸び、音を立てて彼女の体が震えた。舐められているのは耳なのに、何故か下半身を痺れが襲う。どうしようもなく体が熱くなり、羞恥が襲う。


「だめ…んぅ……」


 マックの舌から逃れようと首を逸らしたところで、ディンが白い首筋に軽く歯を立てる。


「っぁ……」


 ぎゅっと唇を強く噛んだマリアベルを見て、マックが薄く微笑んだ。


「声、我慢しなくてもいいよ。ボルトーはもう居間から下がってる」


 そう言って彼は再度右耳にキスを落とした。


(で、でも……)


 姿を隠してはいるが、ここには光の精霊ブルネイがいるのだ。マックとディンは気づいていないようだが、精霊の気配を感じ取れるマリアベルには分かる。ベッドから離れたソファの定位置にすわり、ブルネイはきっとこちらを見ている。


(恥ずかしい、のに……)


 それでも止めて欲しいとは言えない。自分に触れる二人の顔は嬉しそうで、自分も彼らに触れてもらえるのが嬉しくて。


「んっ!!」


 唐突に後ろからマックが胸に触れる。夜着の上からとはいえ、薄い布地は彼の指の感触をはっきりと伝えてくる。ディンが正面からマリアベルの鎖骨に吸い付き赤い印を残す。吸われた場所がじんじんとした疼きを伝えてくる。

 いつものようにキスだけで終わると思っていたのに、どうして今日は……


「はっ……あ……」


 考えようとしても体を襲う快感によって霧散させられ、思考がまとまらない。自然と目には涙が溜まり、ポロリと頬に落ちたそれはマックによって舐め取られた。胸から移動した大きな手のひらは彼女の顎を捕らえ、後ろから唇を塞ぐ。


「ん…んん……」


 体を這う快感はまだ慣れないけれど、幾度か交わした口付けは素直に気持ち良いと感じること出来る。奪うようなディンとは違う、優しく咥内を辿っていくマックのキスは羞恥で混乱していたマリアベルを落ち着かせくれた。彼女の舌の上を何度か舌先でくすぐり、歯列を舐め、ゆっくりと舌同士を絡めていく。すると自然とマリアベルも彼の動きに誘われて舌を動かしていた。段々と唾液が溜まり、水音が大きくなっていく。零れた唾液が唇の端から零れ、顎を伝って首筋へと垂れた。そんなことにも気づかずに、マリアベルは夢中で彼の口付けを受ける。


(あつ…い……)


 体に汗が滲んでいるのが分かる。二人は自分をどうするつもりなんだろう。こんな風に二人同時に体に触れて。マリアベルに選べるのはどちらか一人だけなのに。


「気持ちいい? マリアベル」

「ふぁ……」


 耳元に唇を寄せ、息を吹きかけながらマックが囁く。彼らがする行動何もかもに反応してしまい、言葉にならないマリアベルは頷くしかない。そんな彼女に満足したようにマックが微笑む。皆の前で見せる優しい大人の笑みじゃない。溶けるような色気のある笑みだ。


「好きだよ。マリアベル」


 マックが軽く唇を合わせたかと思えば、ディンが頬にキスを落として反対側の耳に囁く。


「好きだ」

「ディン……」


 それからしばらく二人が満足するまで翻弄され、やがて疲れ果てた体にとろりとした眠気が落ちてくる。マリアベルは嵐のような二人の愛撫に、その真意を聞けずに瞼を閉じた。気だるい体をマックがぎゅっと抱きしめてくれことも、ディンが愛しげに額にキスを落とした事も気づかないまま。



 マリアベルが眠ってしまうと二人は名残惜しそうに彼女の夜着を調えた。彼女と共にシーツの中に入り、その左右に陣取る。ひじを突いて眠る彼女を見下ろしているマックは目線をそのままに弟に向かって声を掛けた。


「サディアが帰ったらタイムリミットだな」

「……。あぁ、分かってる」


 他国から呪いと言われている出生率の偏りを抱えているトゥライアは一刻も早くそれを解決しなければならない。それは王族である二人が一番よく分かっている現実だ。父王がサディアの迎国に関する業務の指揮を自分達に取らせたのは仕事に関して学ばせる為、そして国を背負う責任を再度自覚させる為。サディア訪問に関する行事が全て終われば、恐らくトゥライア国王として父は結論を求めるだろう。自分達が本気でマリアベルと子供を成す気があるかどうか。そしてマリアベルは自分達の決意をどう受け止めるのか。

 マックもディンも互いが本気なのは重々承知だ。だが、そうなればマリアベルがどちらか一方だけを選ぶことが出来るとは思えない。ヘタをすれば彼女は誰も選ばない可能性もある。それだけは避けなければならなかった。二人以外の男に彼女を奪われるなど考えたくもない。

 彼女に辛い選択をさせない為にはどちらかが予め退くしかない。それが分かっているから、こうして共に彼女を愛でている。今はそれしか出来ないのだ。

 マックはマリアベルの髪を撫で、その髪に口付けを。ディンは力の抜けた手を取り、指先に口付けを落とした。

 愛しい少女に触れることが許されなくなるかもしれない未来を予感しながら。

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