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20.解析と反術

 

 トゥライアの王都、コンサージュに入るには検問を通る必要がある。最近は快晴続きのお陰か行商や旅人の足は軽く、王都へ出入りする人数も多い。

 そして今日、長い長い検問の列に大きな幌付き馬車が三台並んでいた。三頭引きが一台、二頭引きが二台。他の行商人のそれと比べても大きく、順番待ちの為に時間を持て余した人達からは好気の目が向けられている。

 この一団が列に並び始めてから一時間後、ようやく検問所の前に着く。先頭の二頭引き馬車の御者台に乗っていた若い男が通行証を見せると係員が顔を緩ませた。


「あぁ、もうそんな季節ですか」

「予定より早く着きまして。興業は十日後になりますが是非いらしてください」

「えぇ。勿論。最近はうちの子供もこの話ばかりしていますよ」


 荷が多いだけに検問を通るのに時間は掛かったが、通行証の下に許可印を貰い問題なく馬車は王都へ進み始める。それぞれの御者台には二人ずつ、年齢も性別もバラバラな軽装の者が座っている。その顔はどれも笑顔だった。


 動き始めた馬車の中。幌の向こう側から聞こえてきたざわめきに黒い耳がピクリと動いた。三頭引きの馬車の荷台には沢山の檻が積まれている。中には猫や犬から始まり、ライオンのような大型の動物もいる。だが不思議なことに檻に入っていない動物がいた。荷台の奥、所狭しと並べられた檻と檻の隙間。そこにいるのは二頭の豹。一頭は白、もう一頭は黒。混じり気の無い艶やかな毛並みを持つ美しい獣にはごちゃごちゃとした荷台は似合ない場所だ。

 不意に昼寝中だった黒豹がのっそりと立ち上がった。隣で共に寝ていた白豹はその気配に気付き、片目だけを開けてその姿ちらりと見る。だがすぐに目を閉じた。白豹は昼寝に夢中らしい。

 黒豹は檻の隙間を縫って荷台の端まで行くと分厚い幌の布を鼻先で持ち上げる。途端に大きくなる街の喧騒。これまで旅してきた中でも王都の賑わいはやはり違う。布が落ちないよう、顔を突っ込み外の様子を窺う。すると黒豹の金色の目には忙しく行き来する街人達や客に笑顔を振りまく店員達が見えた。ぴすぴすと鼻を動かし、食堂から流れてくるおいしそうな匂いを嗅ぐ。しばらくそうして街を眺めていると、母親に抱かれて八百屋の前に居た赤ん坊と目が合った。馬車の隙間から顔を出した黒豹を見つけて驚いたのだろう。零れ落ちそうなほど大きな目が見開かれたかと思うと、途端に泣き始める。突然泣き出した我が子に驚きながら「あらあら」と零して母親は笑った。その光景を最後に黒豹は顔を幌の中に戻し、再び白豹の隣に横たわる。その顔はどことなく満足そうに見えた。





 ***


 一度約束を破ってしまった事で、どうやら護衛の信頼を失ってしまったらしい。昼間の自室、一人で部屋を出たいと言うラズの要望にネイは悉く首を横に振った。


「いや、別に図書館に行くだけだよ。あそこなら大した危険も有りはしないし……」


 何とか穏便に彼を説得しようとしても部屋で立ったままのネイにギロリと睨まれる。これは相当……


「ネイ、その〜」

「なんだ」

「やっぱり、怒って……る?」

「…………」


 沈黙が痛い。ネイは言葉を探しているようだが、彼から発せられる空気が暗にラズを責めている。執務用の椅子に座っていたラズは居たたまれなくなって答えを待たずに口を開いていた。


「ごめん」

「…………」

「もう勝手に約束を反故したりしないから」


 俯きうなだれるラズの様子を見て、それまで顔を逸らしていたネイが溜め息をつく。そしてやっと口を開いた。


「絶対だな?」

「う、うん! 絶対!」


 意気込んで顔を上げればそこにはやけに真剣な顔をしたネイがいた。あまりにもその目線が真っ直ぐで思わずラズの心臓が跳ねる。


「ネイ、あの……」

「もう一人で塔には行くな」

「うん」

「しばらくは食事も此処でとること」

「うん」

「この部屋から出る時は必ず俺を呼べ」

「いや、いくらなんでもそこまで……」

「…………」

「すいません。呼びます」


 あくまでネイは自分の身を案じてくれているのであって、悪いのは約束を破った自分。ラズは過保護とも言えるネイの言葉を受け入れた。それは先日の自分の行動を反省しているからであって、彼の無言の圧力が怖過ぎたからでは決してない。……きっとない。

 だが、これからずっとネイが行動を共にするとなると問題が一つある。


「でもさぁ、それならネイ一人じゃ大変じゃないか?」

「どういう意味だ?」

「本当にそれを実行するならネイに休みなんか無くなっちゃうだろう? 騎士団長にお願いして交代制にしてもらう?」


 いくらなんでも休み無しはキツ過ぎる。ラズからしてみれば譲歩だったがネイは首を横に振った。


「いや、いい」

「なんで?」

「…………」


(あ、眉間に皺)


 睨んでいるわけではないが、何か言いたそうにこちらを見ている目に力があってラズは思わずたじろぐ。ネイは真面目だ。彼の使命感がそうさせるのだろうか。

 一先ず言う通りにすることを決めたラズだったが、彼がキツそうだったらこっそり交代制をシーク近衛騎士団長へ相談しようと思う。

 その時ラズの客室のドアがノックされた。


「はい」


 ラズが返事をしてネイが扉を開ける。するとそこに現れたのは神妙な顔をした左の魔術師ケヴィーノだった。






「本当に申し訳ございませんでした」


 そう言ってケヴィンは頭を下げた。

 今三人は塔にあるケヴィンの私室に場所を移している。そこで彼の謝罪を受けていた。

 マリアベルとラズが初めて登城したあの日、ケヴィンとセフィルドも謁見の間に居たのだ。それ以来双子の弟がラズを気に入った事は知っていたが、まさか国王の客人に手を出すとは思ってもみなかったらしい。昨日やけにニヤニヤと気持ち悪い顔をした弟に嫌な予感がして問い質せば、ケヴィンの名前を使ってラズを呼び出し不埒な行為を行おうとした事を白状したのだと言う。

 全ては変態魔術師セフィルドがやったことなのだが、兄として責任を感じているのだろう。こうしてケヴィンが頭を下げるのは違う気がするけれど、謝罪を拒否すれば彼の気が治まらないのだ。ラズは素直にそれを受けた。


「お気持ちは分かりました。頭を上げてください、ケヴィンさん」

「いや、あれの失態は私の監督不行届き。なんと詫びれば良いのか」

「……なんか保護者みたいですね」

「実際保護者みたいなものですから」


 そう言って顔を上げたケヴィンの顔からは上司のような疲れが滲み出ている。きっと勝手気ままな弟のせいで今まで苦労してきたのだろう。気の毒な事だ。

 ちらりと後ろを見れば対面式のソファに腰を下ろした二人とは違い、ネイはラズの後ろに立っている。彼の顔は一様にして無表情で何を考えているのかは読み取れない。言葉を掛けるのはまずい気がして、ラズは話題を変える為に口を開いた。


「ところで、わざわざこちらに移動したと言う事は、魔石のことで何か?」

「あぁ。そうでした。これを――」


 ケヴィンが立ち上がったと同時にバンッと勢いよく扉を開く音が響く。


「ラズ――!!」

「げっ!!」


 どこからラズが此処に居ることを嗅ぎつけてきたのか。満面の笑みで侵入してきたのはセフィルドだ。思わずラズは身を引き、ネイは腰元の剣の柄に手を掛ける。

 そう、今日ネイは帯剣していた。先日同様受付で剣を預けなければならないのかと思ったが、ケヴィンが許可したのだ。だがそれを抜くことなくネイは手を止めた。


「あ、れ……?」


 ラズに抱きつかんばかりに突進しようとしていたセフィルドが不自然に動きを止めている。よく見るとドアの前の床、彼の足元には見たことの無い魔術の陣が描かれていた。何が起きたのか分からず唖然としている侵入者の前に部屋の主ケヴィンが立った。


「……お前はちっとも反省していないらしいな」

「ちょ……、お前魔術を使うのは卑怯だろ!」

「煩い。お前のような馬鹿の躾にはこれくらい必要だ」


 犬の躾のような言い様だが、気の毒だとは微塵も思わないラズとネイだった。



「直接触れても大丈夫なのですか?」


 ケヴィンの手の上にあるのは拳大の赤黒い石。ラズとネイがイーシャの泉から採ってきた魔石だ。ラズは今もそこから僅かな魔力を感じることが出来る。心配になってケヴィンを見るが、彼は大丈夫だと言って微笑んだ。


「この石の中に詰め込まれた魔力は水を媒介とすることが分かりました。逆に言えば水の中に入れなければ魔力は外に漏れません。そういう術式が組み込まれていることが分かったのです」


 ケヴィンが解析して分かった式は三つ。一番表面を覆っていたのは全ての術式を石の中に収める為の術式。そしてそれを解いて出てきたのは水に反応して魔力を外に出す式とその魔力の出力を制御する式。その二つを解けばいよいよ魔力の源にたどり着けるのだが、逆に解いてしまうとケヴィンが直接魔力の影響を受ける事になる。その為これ以上は先に進めずにいるのだ。


「ではどうすれば?」

「この魔力の効果を及ばなくする為の結界が必要です」


 ただ魔力を無効化するのでは意味が無い。魔石の中の魔力を打ち消してしまったら元がなんだったのかを突き止めることが出来ないからだ。重要なのはその正体を暴き、すでに広がってしまった魔力の効果を打ち消す為の魔術ワクチンを作り出す事。


「術式を解析するのはそう難しいことではありません。元々有るものを分解するだけの作業ですから。けれど無から有を作り出すのは遥かに難しい」

「この魔石に対抗する結界を一から組み立てるのは難しいという事ですか?」

「えぇ」

「…………」


 ここで手打ちか? 塔の魔術師でも出来ない事を他に持ち込んでも可能だとは思えない。難しい顔で考え巡らせるラズにケヴィンは少し慌てて言葉を続けた。


「けれど無理、という事ではありません」

「え?」

「難しい事に違いはないのですが、他の魔術師とも協力すれば決して無理だとは思っていません。今日お呼びしたのはもう少し時間が欲しいというお願いと、他の魔術師にもこの魔石を預ける許可をいただこうと思ったのです」


 その言葉にラズはほっと息をついた。投げ出される訳ではなかったのだ。


「勿論構いません。よろしくお願いします」


 長い苦労をかけてしまいそうだ。それでも快く応じてくれたケヴィンに感謝を込めて頭を下げる。そこに軽薄にも聞こえる声が割り込んだ。


「ねーねー、それって俺には関わらせてくんないの?」


 その言葉にラズは冷たい目を部屋の隅に向けた。先ほど部屋に侵入し、対セフィルド用の魔術ワナにかかってからずっとセフィルドはそこで正座させられている。勿論魔術の拘束つきで。その横にはいつでも剣を抜けるよう柄に手を掛けたネイが立っていた。

 彼のことをずっと無視して話を進めていた二人だったが、割って入った言葉にラズがケヴィンの方を向くと、彼は一つ大きな溜息をついた。


「アイツは反術が得意なのです」

「反術?」

「簡単に言えば術式を反対に構築することです」


 そう言うと彼は紺色のローブの中から細い木の棒を取り出した。恐らく魔術用の杖なのだろう。持ち手には複雑な文様が描かれている。フレアレクは自身の身長と同じくらいの長い杖を使用していたが、彼の杖は細く羽ペンくらいの長さしかない。

 それを空中にかざすと先端に淡い光が生まれる。彼がそれを動かせば、まるで紙の上にペンで描いているかのように光る線が現れた。その線と線が繋がり、あっという間に光る陣が現れる。


「この陣は火を生み出す術式が組み込まれています」


 ケヴィンがその中心に杖を突き刺すと陣そのものが燃えているかのように炎が上がる。その後、更に彼は燃えている陣に重なるように別の陣を描き出した。最後の線と線が繋がった瞬間、炎は煙も残さず跡形も無く消えてしまう。


「二度目に描いたのが反術です。一度目は空気中の酸素と塵にエネルギーを与えて火を生み出す術。そしてそのエネルギーを吸収したのが反術」

「ある魔術に対して真逆の効果を持つ術、ということですか?」

「そう捉えていただいて構いません」


 つまり魔石の魔力を無効化する術式を作り出せるかもしれない、と言う事だ。それを応用すれば自分達が求めている結界を構築することも可能かもしれない。

 得意げな顔をしているセフィルドをケヴィンは冷たい目で見下ろした。


「セフィルドにとって反術の構築は趣味みたいなものなんです。他の魔術師からすれば嫌味な事この上ないですが、今回のような場合には役に立つと思いますよ」


 他人が作り出した魔術の術式を読み取ってはすぐに反術を生み出してしまうのだと言う。苦労して作った新たな魔術をいとも簡単に打ち消されてしまうのでは確かに嫌味だろう。その被害の多くを身内の彼が被って来たに違いない。美形で優秀な魔術師と言ったら、さぞ今まで順風満帆な人生を送って来ただろうと思っていたがとんでもない。ケヴィンは絶対苦労人だ。ラズは彼の今までの苦労を思って心の中だけで合掌した。

 ケヴィンは先程とは打って変わって爽やかな笑みをラズに向ける。


「ですが安心して下さい。セフィルドに協力はさせますが、今後ラズ殿にご迷惑かけるような事はさせません」

「おいおい、何勝手な事言って……」

「先日の無礼な行いの罰として、むこう三か月彼の給金は塔が没収する事に決まりました。今後も何か問題があれば相応の罰が下される事になっています」

「はぁ!! なんだよそれ!!」


 本人は知らなかったらしい。初めて余裕の表情を崩したセフィルドが格好悪い事に正座をしたままケヴィンに喰ってかかる。だがそんな抗議などケヴィンにとってはどこ吹く風だ。


「レギ魔術師長も快く承諾して下さったぞ? お前のように優秀な魔術師が無償で働いてくれるとは素晴らしい事だとな」


 あのクソジジィ、と他の魔術師達が聞いたら激怒しそうな言葉を零し、セフィルドは実兄を睨みつける。


「……覚えてろよ。ケヴィン」

「心配するな。お前が馬鹿で変態だと言う事は忘れたくても忘れられん」


 話は終わったとばかりにケヴィンが立ち上がる。出口まで送ると言ってくれたのでラズもそれに続いた。二人が出て行くのを見送りながら、セフィルドが子供のように頬を膨らませる。


「ちょっと~、俺は置いてけぼりなの?」


 二人とも見事に無視。彼らが無事に部屋を出たのを見届けてからネイもそちらに足を向ける。するとその背中に声がかかった。


「ねぇねぇ、騎士くん」

「…………」


 ネイも二人と同様無視を決め込みドアへ向かう。だが、セフィルドの次の言葉に足を止めた。


「あの日僕が味付けしたあの子を、君が美味しくいただいちゃったのかな?」


 ピクリとネイの眉が動く。けれどセフィルドを睨みつけただけで、一言も口にはせずに部屋を出た。


「冷たいねぇ」


 クックックッと喉の奥で笑う。残されたセフィルドの顔に浮かぶのは反省の色など見当たらない、不敵な笑みだった。

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