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第95話「水竜舞う」




 水没せし都・ブラノーラ。

 そこはかつて大水魔と呼ばれるモンスターにより名の通り中心部が水没し、残る街も廃墟と化した。

 私たちはそんな廃墟の一角に頭を付き合わせてシステムメニューを見つめている。


「『っしゃ! これで準備万端ね』」


 システムメニューにはセバスチャンさんから送られた大量のアイテムが表示されている。

 これから行われる戦闘に必要と思われるアイテムを私のいなかった4日間に調達していたそうで、中には私が見てすら希少なアイテムと分かる物がわんさとある。


「あの、でもこんなに沢山……本当にいいんですか?」

「『ほっほ。構うものですか、元より皆さんと稼いだ金なのです。惜しむ道理がありますまい』」


 代金を支払うと言ったものの、資金の出所は私たちと出会ったからこそ請けたクエストの報酬。

 馬さんの調達分を差し引いても余りあるお金であり、自分にはそれの使い道が思い付かなかったので、と押し切られた格好だ。


(私たちが装備に使った分をセバスチャンさんは……)


 そう思えば申し訳無く思う、けどどう思おうと既にお金は使われていてアイテムへ変わっている。使わず売っても元手には及ばない。


(なら……私に出来るのは躊躇うよりも使った分をどう活かすか、だよね)


 今から戦う相手を思えば、不要な物なんて1つも無い。ここでは使い切る覚悟で臨まなければいけない、それこそセバスチャンさんに応える事になると信じよう。


「……分かりました。有り難く使わせてもらいます」


 意を決し、私たちはアイテムを受け取って互いに頷き合う。


「『じゃあ、行くぞ』」


 ガシャリと鎧と盾を鳴らしながら壁役の天丼くんが先陣を切って大穴へと一歩を踏み出した。

 私たちもそれに続いてパシャパシャと足音を立てながら浅瀬を進み、改めてブラノーラの中心に空いた巨大な穴に向かっていく。


 広い広い穴は底が見えない程に深い。底無しなんて無いとは思っても、その暗さはもしかしたらと想像を掻き立てた。


「『では、呼び出しますぞ』」


 水竜・クリアテールさんはその奥深くにいる。

 それを報せる為、セバスチャンさんはブラノーラに来る時に鳴らした結晶の鈴を実体化させる。


 鈴にはかつて水の聖女さんとクリアテールさんが友達となった際に、その誓いの証として2人で一緒に作ったと言う伝説を持つと言う。

 クリアテールさんは殊更にこの音色を好み、もっと聞きたいと結界の中に人を招き寄せる。

 もしあの霧の中でセバスチャンさんが鈴を鳴らさなければ、ブラノーラへは入れなかったらしい。


 その鈴がリィンリィンとささやかに響く。すると程無く湖の穴の底から、ゴボゴボと大量の水泡が吹き上がる。



『我を待たせるとは呆れた剛胆さよ』



 ――ザッ、バアァァッ。

 先程よりもゆっくりとだけど、それでもあまりの巨体に水面を津波のように波立たせての再登場を果たしたクリアテールさんはどこか平板な口調でそう告げる。

 機嫌を損ねてしまったろうか?


「申し訳ありません、クリアテール殿。全てはわたくしの不徳の致す所、お叱りはわたくしめが」

『形式ばった言葉は要らぬよ、人の翁』


 水の中を移動する為か折り畳んでいた1対の翼をバサリと広げ、その巨体を空中に舞い上がらせる。


『我が求むるは答え。さぁ、星の守り人たち。汝らは何故この地へ来た? この地は我が友が眠る地、そこへ来た理由を答えよ』


 眼光鋭く、整然と並ぶ牙を剥き出し、巨影を落とし、彼女は問う。

 その果てしない迫力を全身に受け止めながら、私たちは武器を握り締める手により力を込める。

 セバスチャンさんが一歩前に出ようとするけど、私はそれを止めた。


「『アリッサさん?』」

「……私が言ってもいいですか?」


 セバスチャンさんは小さく微笑み、すっと進めた一歩を退いてくれた。私は代わりに一歩前に出る。


「クリアテールさん。私たちのお願いは……貴女に挑む事です」

『ほう』


 クリアテールさんの声が喜色を帯びる。頭をわずかにこちらに寄せ、私たちの顔をその瞳で見つめている。


『青き螺旋を捧げた褒美だ。否やは無いが、命知らずな事を言う。例え星の守り人であろうが、この我を前にするならば万に一つの勝ち目すら有りはせぬであろうに。森の娘よ、何故そのような事を望む?』

「……私は、強くなりたいんです。その為には強い相手と戦わなきゃいけないんです。だから、私たちは貴女に会う為にここまで来ました」

『ほう……では何故強さを求める? 己が使命の故か? 強者へ挑む蛮勇か? はたまた我欲に駆られたか?』


 私はその問いに一拍言葉を止めた。

 答えならはっきりとしている、それは“妹の為”、“約束の為”……けどそれだけではないと、喉の奥の奥、心臓から噴き出されるように言葉が出る。



「……応えたいから、です」


「妹と約束しました、いつか強くなったら一緒にって」


「そしてその約束を果たせるようにと力を貸してくれるみんながいます」


「約束にもその気持ちにも、私は“応えたい”んです」


「我欲と言われれば我欲かもしれません。けど、間違いだとは思いません」


「だから、ご質問の答えは……私が強くなりたいのは強くなる事が応える事だからです」


「お願いします……私と、私たちと戦ってください」



 独白が終わり、深々と頭を下げる。


 ………………静かだった。


 翼の羽ばたき、巻き起こる風、揺れる水面、音なんて様々ある筈なのに、不思議と静かに思えた。

 そんな中私は、これが嵐の前の静けさかなとか、こんなセリフを言ったらまたセレナに「背中が痒くなる」なんて叱られるかなとか、割と呑気な話題を思い浮かべていた。

 けど、それが中断される。相手は当然ながらクリアテールさん、ただ中断のされ方はちょっと意外なものだったけど。


『……クッ……クッ……』


 クリアテールさんが頭を伏せぶるぶると小刻みに揺らしている。これは……もしかして笑ってる?


『クッ、クッ……随分と青いセリフを聞いたぞ』


 それに反応を示したのは私、よりも先にセレナだった。


「『こう言うのなのよ、アリッサは。悪い?』」

『まさか! この体を見よ竜の娘、この青き体を持つ我が青さを嫌う理由がどこにあると言うか!』


 誇示するように胸を張るクリアテールさん、その体は確かに澄み渡る空のような濃く深い青だった。


『森の娘よ。その青き答えは中々に気に入った。汝の望みを受け入れよう気にもなった。だが、気に入ったとて、否気に入ったが故にこそ、我は加減などするつもりは無いぞ?』

「……はい。がんばります、勝てなくたってがんばって、負けません」


 最終確認だったのだろう。その答えを聞いたクリアテールさんが今度は豪快に大笑する。


『ハッハッ!! よかろう、望まれたならばこのクリアテールの力以て汝らを踏み潰し噛み砕き蹴散らそうではないか!!』


 ギラリとその両目が輝き、『オオォォォォォォォッッ!!』と空気を震わせる程の咆哮が轟く!



『さぁ来るがよい星の守り人! 強く在りたいと願うならば、その意気を刃として我が骨肉と魂を貫いてみせよ! だが! その意気に応えるが故に、我はそのことごとくを打ち破ると知れ!!』



 言葉の直後、クリアテールさんの口から青白い閃光が迸る!!


「「『「『『!』』」』」」

「『早速かよ! 全員俺の後ろに下がれ!!』」


 回避は間に合わないと踏んだのか、天丼くんが私たちを庇う為に盾を高く掲げる!


「『〈ウォークライ〉! 『〈アイアンボディ〉、〈ワイドカバー〉』!』」


 クリアテールさんからの攻撃を防御力を上げた自らへ向ける為に天丼くんは相手のヘイト値を上げる。

 そして次の瞬間、ドッ! まるで鉄砲水のように、無慈悲な水の奔流が私たちに襲い掛かる!

 ――ゴォワッ! 〈アイアンボディ〉は己を使用した位置に固定する。怒濤にも耐える事が出来る。更に盾から光が迸り二回り程大きくさせ、水流を防いでくれている。


「『スプラッシュブレス! 開幕一撃目でこれとはっ!』」


 セバスチャンさんがこの攻撃の名前を叫ぶ、今の言葉から察するに最初に何を繰り出すかはランダムなのだろうけど……確かに、まずい!


「天丼くん!?」

「『や、べ……っ!?』」

「『冗談でしょ?!』」


 驚愕の声。天丼くんのHPが恐ろしい勢いで減少していく、このままでは数秒と持たない!


「回復を!」

「『構うな! 焼け石に水だ! ……なら、いっそ! 〈ラストガーディアン〉ッ!!』」


 そのスキルが発動すると同時に天丼くんの体が光に包まれる。あれは確か……あらゆる攻撃を防ぐ《大盾(たいじゅん)》の加護のエキスパートスキル。

 けど、その代わりに自身のHPを1にする諸刃の剣(盾だけど)。

 現在は攻撃が続いている為にHPは1のまま保護されているものの、この攻撃が終わってもすぐさま追撃を受けでもすれば天丼くんは……。


「『俺が時間を稼ぐ! ブレスが止んだら全力で逃げろよ!』」

「『分かってるわよ、アンタで防ぎ切れないような攻撃、食らってたまるかって!』」

「ふわっ?!」


 セレナが私を抱き抱える。左右はまだ防ぎ切れない水のブレスが塞いでいるから、水流ギリギリ手前にまるで小学校の徒競走のように前傾姿勢で待機する。


「『アリッサ、ウォタフロ!』」

「了っ解!」


 〈ウォーターフロート〉を〈ダブル・レイヤー〉で2つ同時に生成し、〈マルチロック〉でセレナとセバスチャンさんに使用する。

 天丼くんに使用しないのは戦闘不能になるとバフ・デバフなどはすべて解除されてしまうからだ。


「ひーちゃんおいで!」

『キュ、キュ〜』


 ひーちゃんにとってはまさに最悪の相手だ、ガタガタと震えているのを腕の中にかき抱く。


「……がんばれる?」


 いざとなれば送還も考えているとひーちゃんはその言葉に少しの間を置いて短く『キュ、キュイ!』と力強く応えてくれる。


「うん、がんばろう……!」


 やがてスプラッシュブレスの勢いが減じ、そして――。


「『GO!!』」


 ――ゴウッ! 風を切り裂きセレナとセバスチャンさんが駆け出した!

 しかし、いくらか離れると後ろからバシャンと何かが水面にぶつかる音が聞きこえ……視界内のHPゲージの1つが空っぽになってしまった……!


「『振り向いてる暇は無いからね!』」


 その言葉にぎこちなく頷く。

 セバスチャンさんは私とセレナと天丼くんにとあるアイテムを渡していた。

 ここへ来て何をするのかを当然ながら知っていたセバスチャンさんは蘇生アイテム『大地の雫』の上位に位置する『大地神の涙』と言うアイテムだ。

 その効果は自動蘇生(オートリヴァイヴ)。戦闘不能状態になると数秒を待たずに自動的に効果を発動しPCを蘇生する。

 だけど問題が1つ。

 蘇生時HPは1しか回復しないのだ。それじゃどんな攻撃がかすってもまた死んでしまう。

 天丼くんが自力でポーションを飲んで回復するまでの時間、クリアテールさんの標的を移してなるべく引き離さなきゃいけない。

 それは攻撃を行えば自然とこなす事が出来る。


(私が叫ぶべきは悲鳴じゃない、ビギナーズスキルのスペルだけ! 見るべきは大穴の上空を悠々と滞空するクリアテールさん!)


 移動も回避も人任せだけど、だからこそ集中してあらかじめ決めてあるビギナーズスキルを使用する。

 メインに使うのは〈ファイアマグナム〉、〈サンダーショット〉、〈メタルマグナム〉。

 《古式法術》の再申請時間の縛りを回避しつつ、水属性のクリアテールさんの弱点である火属性を含むスキルを〈ダブル・レイヤー〉を使用して2つ同時に生成し、ひーちゃんの〈ファイアブースト〉まで使用して攻撃していく。


(少しでも多く経験値を得る為に……!)


 戦闘での獲得経験値は攻撃回数やダメージ総量によって左右される。

 みんなの作ってくれたチャンスをわずかでも、かすかでも活かす為のこの選択……でも弱点、なんて言っても聞いているかどうかすら分からない程微々たるダメージしか与えられていない。

 それこそ7つもあるHPゲージを穴が開く程凝視してようやく、ひょっとして、もしかしたら減ってる……かも? と思える程度の変化でしかない。


(本当に……桁違いなんだ……!)

『セレナさん! ウォーターピラーのプレモーション(事前動作)です!』

「『っ、せっかちね!』」


 先程の強力なスプラッシュブレスが放たれたとしても廃墟を盾に使えるようにとセレナはブラノーラの廃墟群の中を不規則に移動していた。

 それはこの戦闘では必須の行動だけど、向こうもそうそうこちらに有利な展開にはしてくれない。

 ぐらり、足下が揺れてセレナの周囲の水が噴出する!


「『ぐっ、セバスチャンパスッ!』」

「っ!」


 その水が私たちを閉じ込めようと四方から襲い掛かった寸前の事、後方を走っていたセバスチャンさんに向かって私を投げた!

 悲鳴は圧し殺すも、回転する視界の中で私は見た。セレナが噴水のように噴き出した水に捕えられ高く高くと打ち上げられてしまうのを!


(セレナ……!)


 セバスチャンさんが投げ出された私を両手で受け止めるのと、私の耳にセレナの声が届いたのはほぼ同時だった。


『がっ?!』


 ガバッと視線を上げ見えたのは……クリアテールさんがその鋭すぎる牙でセレナの体に噛み付き、セレナのHPが0になる瞬間だった……!


「っ!」


 ある意味では絶望的な光景だったが、幸いなのか噛み砕かれる事も、飲み込まれる事も無く、まるで味の無くなったガムをそうするようにセレナが吐き捨てられた。

 瀕死状態となったセレナは力無く宙を舞い、廃墟がその行く手を覆い隠した。


(分かっていた事だけど……!)


 ギリリと歯を食い縛り、不快な音が零れた。この戦闘は死ぬ事を前提としている、私以外が。

 頭では分かっていたけど、実際にああして傷付けられるのを見るのは辛かった。

 心臓が万力で締め付けられたように痛み、お腹の底にはグラグラとしたマグマが噴き上がっているかのよう。

 これがハラワタが煮え繰り返ると言う事なのだろうと思う。

 でもそれはクリアテールさんへの気持ちではなくて、


(私が、弱いからだ)


 自責の念。

 パワーレベリングをしているのは誰あろう私なのだから、これを頼んで相手をしてくれているクリアテールさんに向けるのは筋が通らない。


(早く……強くなりたい!)


 みんながくれた物に応えられる私になりたいと強く強く心から改めてそう思う。


『ハッハ! どうした森の娘! これではそよ風の方がまだしも我が身を揺らそうぞ! さぁ! もっと近く寄り我が身を穿たぬか!』


 私たちを追って首を巡らせていたクリアテールさんがそう叫ぶと水面がざわりと揺れる!


「『これは――タイダルウェイブッ?!』」


 セバスチャンさんが湖畔側に視線を転じれば、浅瀬である筈の場所から私たちの背よりずっと高い津波が迫っている。あれで大穴まで押し戻す気だ!


「『しっかりとお掴まり下さい!』」

「ひーちゃん飛んで!」


 ほぼ同時の叫び。

 その言に従い、お姫様抱っこの私はセバスチャンさんの首根っこを力の限りしがみつき、あの津波に巻き込ませてはいけないと、バレーボールのサーブ時のようにぽーんとひーちゃんを放り投げる。


『キュ?!』

「行きなさ――」


 最後まで言う事は津波に邪魔をされて出来なかった。

 最後が『い』だったので素早く口を塞ぐ事は出来たものの、どこからやって来たのかと思う程の暴力的な水量が絶え間無く私たちを襲う。

 廃墟を背にしてどうにか流されるのは免れてるけど、それでも一瞬でも油断すればあっと言う間に木の葉のように弄ばれてしまうに違いない。


(くる、し……!)


 寸前まで声を出していた都合上肺の中の空気は少ない。ようやく水が引くと喘ぐように空気を求め、同時に咳き込んだ。


「こ、ほっけほっ……はっ、ぜっ!」


 ぐっしょりと濡れたものの、夜半さん特製の服は殆ど水を吸わず軽さを保っている。抱かれている身としては有り難い。


『キュイキュイッ!』

「だ、いじょ、ぶ……セバス、チャンさん!」

「『っ、行きますぞ!』」


 クリアテールさんがまた何か動き出そうとしたのか、焦った様子でセバスチャンさんが動き出す。


(スペル、を……!)


 スペルはとちるか、一定時間途絶えれば失敗(ファンブル)扱いになる。息が上がっていればそうなる可能性は高まるけど、スペルを唱えるのだけは途絶えさせちゃいけない。

 だって途絶えた時間だけ、みんなの負担が増すのだから。


『ハッハッハ! チョロチョロとよく動く! ネズミと言うにはどうにも図体が大きいものだが!』

「なっ!?」


 楽しげなクリアテールさんの尻尾が、ほぼ私たちの真上から叩き付けられる!


『〈シールドパニッシャー〉ッ!!』


 ゴンッ! 唐突に発された衝撃波が尻尾の軌道をずらし、私たちを救う。

 廃墟の屋根から飛び降りてそれを成したのは当然天丼くんだ。反動で弾き飛ばされHPをすべて失いながら、どうにか水飛沫を上げて私たちの傍に落下する。

 ぐったりとしつつもすぐさま瀕死状態から復帰して起き上がる。


「『天くん、助かりました!』」

「『――こっ、ちのセリフだけどな……。セバさんのくれた蘇生アイテムのお蔭で2秒で復活出来るからこんな無茶も出来るってモンさ』」


 ガシャリと盾を構え、油断無くクリアテールさんを睨みながら急いでポーションを煽る天丼くん。続けてセレナも合流し、廃墟の中なのを除けば最初と同じ構図に戻った。


「『とは言っても、虎の子の〈ラストガーディアン〉を1発目で切らせられたのは痛いけどな……アレRAT半日だぞ。今日はもう使えねぇ』」

「『リソースは有限ですからな。大地神の涙も皆さんにお配りした分だけです。このペースで死ぬのはちと苦しい』」


 苦しげな2人、けどもう1人はそんな事など吹き飛ばす。


「『なによ、もう弱気? 選択肢は変わらないじゃない。アリッサを逃がして撃たせる、それだけよ。防げないなら躱す、狙われないように囮になる、でしょ』」


 簡単だとばかりに言うセレナは自ら手本となるかのようにチャキッと大鎌を構え、廃墟の壁を走り出す。

 セレナは近接攻撃を得意とする、故に空を舞うクリアテールさんに攻撃を当てるには廃墟の屋根からジャンプする必要がある。

 でもそれは反撃の危険を常に侍らす。先程の通り、一撃でも受ければ即死か、運が良くてもその一歩手前に追い込まれるのは必定。

 だと言うのにセレナの足は鈍る気配を見せていない。

 元より《脚力上昇》の加護によりジャンプ力は高いセレナは大鎌を振るいクリアテールさんの意識をこちらから逸らせる事に成功する。


『闇雲か! 無駄な事に執心するものだ!』

『捨て石になるだけよ! 明日になるまでは――せいぜい死に物狂いで稼がせてもらう……覚悟しなさい青蜥蜴!』

『安い挑発をする!』


 叩く言葉もまたそれを強めるスパイスだ。意思を持つからこそ返る反応が私の安全を増している。

 そしてそれはセレナだけに限らない。触発された天丼くんも動き出しているのだ。


「〈プロヴォックブロウ〉! でりゃあっ!!」


 重量のある天丼くんはセレナのように宙を舞う事は出来ない。けどヘイトを稼ぐ術はより多い。

 〈プロヴォックブロウ〉の次の攻撃のヘイト上昇をアップすると言う効果を利用し、そこいらに落ちている廃墟の破片を投げつけている。

 ダメージなど与えられる訳が無くても、スキルによりヘイトは確実に溜まっていく。変則的な使い方だけど、成果は確かにあるのだ。


『〈ウォークライ〉ッ! 『おーにさんこちらっ、手の鳴る方へ』!』

『よく吠える小兎よな!!』


 それに加え、時折混ぜ込む〈ウォークライ〉による悪口(ヘイト稼ぎ)も効果を発揮したのか、クリアテールさんの注意は千々に乱される。


「『通常、攻撃によるヘイト値の上昇はダメージ量に比例します。相手の守りの堅さ故にダメージが通りません。結果アリッサさんへのヘイト値が想像以上に抑えられているようですな』」

『ハッ! 朗報なんだかガッカリなんだか!』


 ダメージなんて雀の涙、けどそれが悪い事ばかりではないと言う。


『朗報だろうが! アリッサ! 思いっきり、好きなだけぶちかましても気にしなくていいんだとさ!』


 ランナーズハイにはまだ早いだろう。けど、2人は一触即発の綱渡りでも笑ってそう言う。

 だからか、私もつられて笑う。


「了解……!」


 スペルとスペルの間に挟む言葉は短いけど、それでも浮かぶ喜色がある。


(セレナがいる、天丼くんがいる、セバスチャンさんがいる、それにひーちゃんがいる)


 欠ければあれだけ不安だったのに、集えばこんなに頼もしい。

 仲間、友達。


(……応えたい、応えるんだ、応えてみせる……!)


 その気持ちに、その行動に、改めてそう思い、改めてそう心に誓う。

 戦いはまだ始まったばかり。それでも……マラソンを走り切れる事を疑う気持ちは、みんながいる限り薄くなってくれる筈だと信じられた。


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