第90話「新しい居場所へ」
朝焼けに揺れるフレスレイクの美しさに目を細めながら昨夜訪れたクランク工房を目指す。
さすがに朝早く来すぎたろうか、でも今日までに済ますって言ってもらったしと道中考えていると、窓越しに灯りが溢れているクランク工房へ到着する。
「もっしもーし。起きてるー?」
代表してセレナがノックすると中から「おう」と、若干昨日より沈み気味な声が返ってくる。
どうしたのだろうと思いつつドアを開けると「zzz」と言う古式ゆかしい寝息が聞こえてくる。それはどうやらテーブルの1つにある毛布の塊から発されている様子。
「来たか」
重い声音、工房の奥に視線を向けると散乱している素材などを片付けているお爺さんの姿があった。
「朝早くに悪いわね」
「構わん。昨日中には終わると言ったのはこちらだ」
ぶっきらぼうな声でそう言うと、先程から寝息を工房に響かせていた毛布の塊に歩み寄る。
「起きろ、バカ孫」
その中から首根っこを掴んでデリクくんを引きずり出す。しかし、そんな状況でもデリクくんが目を覚ます様子は無く、未だに泥のように眠り規則正しく元気よく寝息を立てている。
「zzz〜」
「起きろと……」
「あ、あの、すごく疲れているみたいですし寝かせてあげてください」
「……」
大きく固そうな拳を握り締めたお爺さんを戦々恐々な心持ちで押し留め、テーブルの上へと戻して毛布を掛け直す。
お爺さんは大きく息を吐くと「まだまだ子供だな」と一言呟き奥へ向かった。
「機体のメンテナンスは終わっているが、仕上げはアンタがやるといい」
「あん?」
そう言うとお爺さんは奥に置かれていた布をバサリと取る。そこには精霊器の灯りをキラリと反射するくらいピカピカになったボーイくんの姿があった。
「おー、これがあのオンボロかよ」
「ふむ、良い出来ですな」
「すごい……新品みたい」
今までに見てきたどのポップゴーレムよりも綺麗な装甲、鮮やかな塗装、脱落していた胸部装甲も新しく着けられている。
「ねぇ、でも……足りなくない?」
その胸部装甲は開き、その内部には私たちが作った歯車が見当たらない。
さっきお爺さんが言った仕上げってもしかして……。
「足りない物ならココにある」
そう言いながら差し出したのは金属のトレイに載せられた3つの歯車が置かれていた。しかもそれらは磨き抜かれてキラキラと輝いている。
「はめてやれ」
トレイごと渡されたセレナはにっと笑んでそれを手に取った。
カチリカチリ、カチリ。胸にはめられた歯車はキリキリとかすかな音を立てて動き始める。最後に胸部装甲を閉めると……。
ピカッ!
両目に光が宿り、立ち上がった。状況を確認しようとしてか周囲に目を向け、セレナと目が合う。
「……ボーイ。体の具合はどう?」
そう問われたボーイくんは点検するように体を動かしていく。くるくると腕や足、そして頭まで回転させるその動作は以前よりもずっとスムーズで、セレナを見上げてコクリと首を動かした。
「大丈夫みたいだね」
「ええ」
「問題が無いなら仕事は終わりだ。何か不具合が出たらまた来るがいい」
何でも無いとでも言うようにそう言ってお爺さんはデリクくんを再び抱え上げる。
「あ、あんがとね!」
「……仕事をこなしただけだ」
そう言い残し、奥のドアへと向かおうとする。私は不意にその背中を呼び止めていた。
「あ、あのっ! 少し待ってもらえませんかっ?」
制止する声にドアノブへ伸ばす手がぴたりと停止した。ゆっくりとした動作で振り返るお爺さんにペコペコと何度も頭を下げつつ、システムメニューを開いて幾つかのアイテムを実体化する。
一応はと入れ換えてあった加護の機能をフル活用し、自分でも驚くくらいのスピードですべてを終わらせて、完成した品を手にお爺さんに駆け寄る。
「これをデリクくんに」
手に持っているのは小さな紙、以前マーサさんにプレゼントを渡す時にしたためたメッセージカードの余りだ。
そこには拙いステラ言語での謝辞を綴ってある。
「直接お礼は言えなかったので」
「……そうか、預かろう」
じっとそのカードを見つめたお爺さんは大きな手で受け取ってくれた。
ふいっと顔を逸らしてお爺さんはそのままドアを開けて去っていった。
私はもう一度頭を下げて、クランク工房を後にした。
◇◇◇◇◇
「さて、では最後の場所に行くとしましょうか」
「はい。じゃあまずはポータルですね」
ボーイくんは現在NPC扱いだ。サーヴァントとして戦闘に参加する事も無い以上、私たちが旅を続ける間どこかに預けねばならない。
その為に別のライフタウンに転移するつもりなのだけど、その前にやっておく事がある。
「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を祓う星の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、御許への誘い”“階を此処へ”。“瞬け、星の道へ”」
人目に付かない場所でセレナへ法術を掛け終わり、ふうとひと息。
何故ここでかと言うと、スペル発動時には足下に星法陣がもれなく出てしまうので人の多い場所では目立ってしまうから。
「これでコイツも一緒に転移出来るなんて便利なモンだな」
今セレナに掛けたのは《星属性法術》のエキスパートスキル〈トゥギャザー〉。
効果としては、PCが行う転移にNPC限定で一緒に連れていけると言う便利なもの(ただしどちらも行った事のあるライフタウンに限られるのだけど)。
設定上は星の廻廊と呼ばれる道を星守以外も通れるようにするのが〈トゥギャザー〉であり、《星属性法術》には星守しか出来ない事を拡張するスキルがいくつか存在するみたい。
「でも馬車は無理だから馬さんたちは置いていかなきゃいけないけど……」
「ご安心を。幸い時間ならばありますので彼らはわたくしが受け持ちましょう」
「お願いします」
レベルアップはブラノーラで行うそうなので馬さんたちはナビム牧場まで連れ帰ってもらう予定。
もしまた旅をする事になっても〈トゥギャザー〉で連れて来れるから問題無い(試験が終われば馬車は必要無い)。
「さーて……この先の予定もある事だしさっさと行きましょっか」
セレナはボーイくんと手を繋いで歩き出す。その背中は少し強張って見えた。
「大丈夫?」
「……何よ、そんな顔して」
「いやそのまま返すよ」
「大丈夫、大丈夫だってば」
背中同様に固い顔だった。
あらかじめ決めておいた事だけど、いざとなっては緊張もするんだろう。
「大丈夫かねぇ、アイツ」
「大丈夫でしょう、あの方なら」
後ろの2人がそれぞれに異なる人を指してそう語る。大丈夫、だといいなあ……。
◇◇◇◇◇
――チョコチョコチョコチョコ。
歩く、歩く、歩く。
見るものすべてが初めてだろうボーイくんはしきりに首を左右に振っている。
――チョコチョコチョコチョコ。
そして、私たちは一軒の家に辿り着く。どこか温かみを感じるその家に。
コンコン。木製のドアのドアノッカーを控え目に打ち付ける。すると中から声がした、もう起きていたみたい。
パタパタパタ。スリッパの音が近付きガチャリとドアが開かれた。
「あらら、どちら様かしら〜?」
ドアを開けたおばあちゃんは、私を認識するなりキョトンとする。
「ただいま帰りました。マーサさん」
私は笑顔でそう言った。
◇◇◇◇◇
「はっ、はははっ、はじゅめま、まひてっ!? ア、アリッサさんの、ともっ、ともだひ、させてもらてまひゅ! セ、セレナれふっ!!」
全然大丈夫じゃなかったです。
「……セレナ……」
「あらら、元気な子ねアリッサちゃん」
赤い。顔色をトマトに対抗させてでもいるのだろうか。セレナはそんな顔を引きつらせながら自己紹介をしていた。
マーサさんは優しく微笑んでいるけど、それが余計にセレナの顔の温度を上げる事に一役買っているようだった。
マーサさんのお家に帰ってきた私とみんなはリビングで自己紹介をしている所だ。
マーサさんと私、セレナと天丼くんがテーブルを差し挟んで相対している。
ちなみにボーイくんはマーサさんの膝の上にいる。ひーちゃんに続き、またもすっかりとお気に入りになったみたい。
自分に向けられる興味が分散したからか、ひーちゃんはお気楽にテーブルの上で転がっている。
「天丼です、いつもアリッサさんにはお世話になってます」
続いて天丼くんが落ち着いた自己紹介をしてセレナからの憎々しげな視線の的となっていた。
「あらら、可愛いお耳ね〜、触ってもいいかしら?」
「は? あ、は、はい……どうぞ?」
「あらら〜、あらら〜♪」
頭を垂らしてウサギの耳を差し出す天丼くん。さすがマーサさん、ちょっと澄ましたくらいじゃものともしないぞっ。
「ふむ。では最後にわたくしが、セバスチャンと申します。どうぞお見知り置きを」
「知ってます」『キュイ』
「あらら。そうね、知っているわねセバスちゃん」
相変わらずイントネーションが奇妙なマーサさんだけども、それはさらりとスルーしてセバスチャンさんはみんなにお茶を振る舞う。
本来ならばお客さんなのだけど、ここぞとばかりに執事さん(希望)である事を思い出し、お茶の用意を買って出た。マーサさんも気安くOKを出して今に至る。
この家でお菓子作りを学んでいた故の勝手知ったる知り合いの家状態だった。
「あらら〜、今日は朝から楽しいわ〜」
ほんのりと赤い紅茶を一口。マーサさんは頬に手を当ててそう語る。心からの言葉とすぐに分かった。
だからこそ、お願いを出来る。ちらりとセレナを見る……顔にはまだ赤みがあって、体も強張っているけど、目がしっかりと私を見ていた。
(大丈夫、って言ってたもんね)
私は身を引き、セレナはマーサさんに向き直る。
「あ、あのっ」
「あらら? 何かしらセレナちゃん」
「あ、の、その……えっと……」
場に沈黙が落ちる。
セレナは頻りに視線をさ迷わせていたのだけど、ある一点でそれが止まる。
それはやっぱりボーイくんで、すっと息を吸い込んだ。
「あの、私とボーイを、ここに住まわせてもらえませんか?!」
「あらら、いいわよ〜」
間髪の無い即答だった。
あまりにも難無く得られた了承に、セレナの顔には「あれ、こんな簡単でいいの?」と言わんばかりの表情が形作られている。
返答に窮したのか、視線がすーっと横にスライドして私に合わせられた。
「マーサさんだからねー」
「マーサさんですからなー」
「あらら?」
マーサさんは器が大きいのです。
納得は出来たのかどうか。セレナはほっと安堵して脱力したのかソファーにずぶずぶと沈み込んでいく。
「あらら、じゃあ今日からセレナちゃんもボーイちゃんも家の子なのね〜。あらら、あらら〜」
余程嬉しいのだろう、ボーイくんをぎゅ〜っと抱き締めて頬擦りをしている。
それに水を差す事になるんだけど……言っておかなきゃ。
「あの……私はこれからしばらくはこちらには戻れなくなると思うんです」
現実での中間試験、レベルアップの為に遠出と忙しい。ここに来れる時間はそれこそ殆ど無い。
「ですから、2人の事をよろしくお願いします」
「あららあらら。そんなにかしこまらなくてもいいのよ〜。一緒に暮らすんですもの、セレナちゃんもボーイちゃんも、もう私の家族だわ。どんな事だって喜んでするわよ〜」
ニコニコと心底からそう言えるマーサさんに尊敬の念を覚え、私自身頬を弛ませてしまう。
それからは少しお喋りに興じていた。みんなとの旅やボーイくんと出会った経緯など。
そしてこれからの事も。
「今度ボーイくんを教会に連れていってお手伝いをさせてもらえるようお願いしようって思ってるんです」
「あらら?」
「この子は人の役に立つよう作られたから、少しでも多く人と触れ合わせてあげたいなって、ね」
「あ〜、うん、そ〜そ〜」
セレナに振るのだけど生返事しか返ってこない。山場を過ぎたからってだらけすぎやしませんかね!
「あらら。それは素敵な思い付きだわ、きっとみんな喜んでくれるわね」
だといいなあと思っているとマーサさんから提案が飛び出す。
「あらら。なら、私がボーイちゃんを連れて教会に行ってあげるわ。神父様とは知り合いだから紹介してあげますよ」
「いいんですか?」
私は明日からログイン出来ないからセレナたちに任せようかと思っていたんだけど、マーサさんならよりスムーズに運びそうだ。
「あらら。言ったじゃない、家族だもの〜」
「……はい」
微笑み合う私たちを、みんなもまた笑ってみてくれていた。
◇◇◇◇◇
マーサさんとのお茶会はそう長くは続けられなかった。いよいよログアウトする時間が近付いていたのだ。
そろそろ寝る旨をマーサさんに報せると、どうしたのかマーサさんはキラキラと瞳を輝かせる。
「あららあらら。それで、みんなはお泊まりしていくのかしら?」
みんな?
セレナと、天丼くんと、セバスチャンさんを順繰りに見るマーサさん。
「そう言えば……空き部屋は2つあるんですもんね」
この家の2階には4つの部屋があり、内1つは物置に、更に1つは私が使っているので2部屋空いている。
「どうする?」
「どうする、って言われてもな……助かるけど、空いてるの2部屋なんだろ。俺ら3人だぞ」
「ん〜、じゃあ今日の所はセレナは私の部屋に泊まる?」
私の部屋のベッドはそう広い物ではないけど、このゲームでは本当に睡眠を取る訳ではなくログアウトする為の場所だ。
ログアウトするとPCはいずこかへと消えてしまうので順番に使えば問題無い。
「え、ええ〜?」
またも顔に紅を差すセレナ。激しく思い悩み、リビングをぐるぐると回り恥じらいながら私を見つめてきた。
「そ、そこまで言われちゃ、しょ、しょうがないわねっ!」
なんだかもうお友達のお家に泊まれてワクワクしてるのが丸分かりのセレナ。これからここに住むのに。
「でも、天丼くんとセバスチャンさんは下宿を申し出なくて良かったの?」
「いいさ。どの道部屋が足りてないし、男1人だけってのも……なあ?」
「またまた、男の浪漫だからもっと誘ってくれと思っておられるのでしょう?」
「思わねぇよ! もしそうなっても居場所無いって思うだけだって!」
「えー、家のお父さんも男1人なんだけど……気にしてないよ?」
「気にするんだよ俺は!」
「若さですなー」
そんなこんなでさっさと去りたそうな天丼くん、それにセバスチャンさんが先にログアウトする事となった。
「じゃあ天丼くん、セバスチャンさん、しばらく留守にさせてもらいますね」
試験期間中はログインしないつもりなので次に会うのは金曜日になる。みんなともしばらくは会えないのだ。
「少々寂しくもありますが、アリッサさんご武運をお祈りしておりますよ」
「暇が出来たと思って俺も精々試験勉強に当てるさ、良い点取れよ」
2人はそう言って割り当てられた部屋へと向かった。「お休みなさい」と互いに言って私とセレナはちょっと寄り道。
どこへ、と聞かれればお風呂です。だってしばらく入ってなかったし、しばらくは入れないんだもの。
「……あ、ごめん、背中のファスナー開けてもらえる?」
脱衣所でリリウム・ジャケットを脱いで髪をかき上げ背中を向ける。自分でも開けられるけど、折角人がいるんだから手伝ってもらおう。
「システムメニューで済むのに」
「いいじゃない。カゴに入れておけばマーサさんが洗ってくれるんだもの」
ジー……と腰の辺りまで下げてもらうとセレナがぽつりと呟いた。
「……こう言うの、誰彼構わずしないでよね。男なら襲ってるわよ」
「する訳無いでしょう」
頭痛を覚えつつローブを脱ぐとセレナが「アレ?」と声を上げた。
「その下着どこで買ったの? 初めて見た」
セレナの視線がブラとショーツを往復する。そこにはかつてとはまるで異なる下着がある。
「ああ、注文の多い服飾店だよ。夜半さんが初心者のランジェリーじゃ服に合わないって、ブラとショーツを3セット用意してくれたの」
パステルグリーンの上下でショーツには蔓と葉の意匠が、ブラには花の意匠が含まれている。
現実ではこんな可愛らしい下着を着ける事など無かった身(だって似合わないもん)だけども、人に見せられるくらいには気に入っていた。
「サイズ的には花ってより蕾じゃない?」
「セクハラされた!」
などといじめられつつも、下着も含めて脱衣カゴに入れて浴室へ。
残念ながらゆっくりとはいかず時間に急かされて髪や体を洗っていく。湯船は……膝を折ればどうにか2人が入れる、お湯をずいぶん無駄にしてしまったけど……。
「またアリッサの妹に自慢出来るネタが増えるわね」
「やめてねほんとに、あの子冗談が通じないから」
私関連だと特に。
「……ふう」
ザブン。肩まで浸かると湯船からザバザバとお湯がまた逃げていく。……視界にはそんな逃げるお湯たちが立てた波によってプカプカと揺れるとある物体の図が映る。
「何不景気な顔してるのよ、ってああ、コレ?」
ニヤリと指差す先にはボリューミーな脂肪の塊があるうらやましくない。
「触ってみる? こう言うのもなんだけど感触メチャリアルよ。開発スタッフはきっとバカなレベルで」
「……それくらい知ってるもん」
腕を組んで胸を持ち上げると言うあちらだろうがこちらだろうが真似の出来ない所業に手を染めたセレナに脅威を感じつつ、良くも悪くもサイズ的に気になるので指が伸びてしまうくやしくない。
ふにょん。
「――――――」
その感触に落雷に撃たれたかの如くショックを受ける。雲のように柔らかく、然りとて程よい弾力でふるりと弾かれる。服越しには押し付けられたりした経験はあるものの、直接触るのとではまるで別物であった。
と言うか明らかに自分のモノと違う。私のこんなに夢みたいな触り心地と違う。
「……ちくそう」
「人の胸触ってこの世の終わりみたいな顔しないでもらえる? ってゆーか……ふっ!!」
「ひゃっ?!」
セレナの手が私の胸を鷲掴みに、ってちょっ?!
「何するの?!」
「そっちだって触わせたんだから別にいいでしょ! うりゃ!」
「ひゃあ?! ちょっ、やめっ?! あっ、あははっ、くすぐったいっ!」
「何よ、卑下する程硬いワケじゃないじゃん。むしろ手に収まるサイズで結構気持ちいいわよ?」
「持ってる人に持ってない人の気持ちが分かるもんですかっ! うえーん!」
ばちゃばちゃ!! 互いの体を掴んだり揉んだりと湯船で暴れまわる私たち。そりゃお湯たちも我先にと逃げ出しもするのだろう。
最早収拾が着かなくなりそうになったその時。
「あらら。楽しそうね〜」
「「ぶっ?!」」
脱いだ服を回収しに来たのだろうマーサさんが現れた!
扉越しとは言え、お世辞にも人様に見せられるような体勢でなかった私たちは即座にフリーズしたのだった。
「あらら。でもあんまりはしゃぎすぎちゃダメですよ」
「「……は、はーい……」」
やんわりとした叱責を残して脱衣所を去るマーサさんの足音が聞こえなくなるまで、私とセレナは動けなかった。
逆上せた訳でもないのに顔を桜色に染めたのはマーサさんに恥ずかしい所を聞かれたからか、自らの行いを思い返してかは判別出来ない。
「ううう……次にログインしたらマーサさんにどんな顔して会えばいいの……」
「ゴメン調子乗った」
さすがに頭が冷えたのか詫びるセレナでした。
◇◇◇◇◇
お風呂から上がり、そそくさと自室に引っ込む事にした私たち。あのダメージは時間を置かねば回復しません。
部屋に入ると物珍しそうに周囲を見回すセレナの姿がある。私の物に合わせてか自前のパジャマと降ろした髪で普段とはずいぶん雰囲気が違う。
「……………………シンプルな部屋ね」
「素直に何にも無いって言ってくれていいよ」
苦笑しながら椅子に座る。
私の部屋は特に見る物の無い殺風景な部屋だ。家具も備え付けの物ばかり、唯一の例外はマーサさんが作ってくれたひーちゃん用のベッドくらいな物。
「折角自分の部屋なのに、家具とか買わないの?」
「お金無かったし、怪盗マリーの一件から後でも余裕が有るで無し、買ったりするのはもう少し先だよ」
「ふぅん、まぁらしいっちゃらしいけどさ」
「どうも」
ぽふっ、とベッドに腰掛けるセレナはその掛け布団に手を当てながら呟く。
「綺麗なモンよね、それに何だか良い匂いがする」
「マーサさんが毎日洗ってくれてるみたいだから。全然そんな姿見れてないんだけどね」
1日の大半を留守にしているのでそう言った瞬間には立ち会えていない。
「ふぅん……」
ぱふっ。背中から倒れ込むとお日様の香りが私にまで届くようだった。
「……良い人みたいね、マーサさんて。アリッサがプレゼント用意したくなるのも何となく分かったわ。あの胸に着けてたヤツでしょ?」
「えへへ」
そう思ってもらえる事が何より嬉しく、顔は心のままに綻ぶ。以前にあげたブローチをマーサさんはいつも着けてくれているのだ。
「ボーイも、マーサさんと一緒なら幸せになれそうよね……良かった」
「うん……マーサさんね、私が一緒に暮らす事になった時もとっても喜んでくれたの。息子さんが王都に行ってから1人暮らしだったみたいだから」
「そう言や旦那さんも見なかったわね」
「うん。でもその私も《古式法術》の事があって帰れない日も出てきて……だからボーイくんがマーサさんと一緒にいてくれるなら私も嬉しいよ」
髪を結う紐に触れる。
この願い紐はマーサさんが私の旅路の無事を願って編んでくれた物だ。
その時心配はしない、と言ってくれた。けど、
「……1人はやっぱり寂しいもん」
マーサさんならお友達は沢山いるだろう、けど家に1人ならやはり寂しさは時折不意にやってくるものだから。
「人任せで無責任だけどね」
「いいんじゃないの。だってきっと、どっちも喜んでて、私だって……これ以上のハッピーエンドがどこにあるってのよ」
寝転んだまま、髪で所々顔を隠しながらセレナは呆れたように、けどどこか朗らかに語る。
「それでも不満なら、さっさと強くなりなさいよ」
「それって……強くなればレベルアップにかまけなくてよくなるから?」
そうなれば余裕も出来るだろうか。一緒に遊んだり、お茶したり、もっと出来るだろうか?
「間違ってる?」
「……ううん、間違ってない」
私もベッドに横たわり開いたウィンドウを眺めながらも言葉を送る。
「じゃあ、気兼ね無く臨めるように、ちょっとがんばってくるね」
「覚悟しなさいよね。多分目標レベルまで行くのは結構キッツいわよ?」
「うん、覚悟しとく……週末にまた会お」
「ええ。週末に、また」
コツンと拳を打ち合わせた。
明日からは中間試験が私の相手だ。
次話は一気に日が飛ぶ予定です。
一応学祭周りの話は回想(1話から6話まで掛けてアリッサが思い返してる扱い)なので日を飛ばすのはこれが初だったりします。
展開が遅々として進まない筈ですね、ははは。マジすんませんm(__)m。




