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第89話「苦労性は留まらない」




 セバスチャンさんのランタンを船首に掲げ、私たちが乗るボートは大河と呼べるスケールのブラエマ川を遡る。

 この川の流れは緩やかで、キィィィンと言う精霊器がスクリューを回す音、そしてボートが水を押し退ける音の方が余程大きいくらい。

 そのお陰でノートを膝の上に広げてのお勉強も出来ていた。今もこちらに送ったスキャンした教科書を、大量に購入したノートに、何度となく削って短くなる鉛筆で様々書き込んでいる。

 セバスチャンさんからは「郷愁を誘われます」、天丼くんからは「若干シュール」、セレナからは「今度勉強教えて……いや、何でもない」などなどなどと言われている。

 馬車の時よりかは暗いし揺れるしで大変だけど、それでも不思議と酔うような事にはなってないし、慣れもあって支障は無い。元々勉強に没頭するのは得意、と言う気質もある。

 なのでせっせとひーちゃんのぼんやりとした灯りを頼りに鉛筆を短くしていた。


「こりゃ馬じゃムリよね〜」


 左舷の様子を窺っていたセレナが眼前に広がる光景に感嘆の息を零しながらそう言った。

 川岸はしばらくなだらかな草地が続いていたけど、ある時を境にゴツゴツとした岩場に変わり、とうとう見上げる程の高さの崖に変じたのだ。

 言う通り、馬どころか人が踏み入るのですら苦労するような場所。


「ブラフザ瀑布近くにあるライフタウンとはこの川しかまともに通じておる道は無いのですよ。昼間ならば運搬船が行き来しておるものです」


 なんでまたそんな僻地に村を、と思うものの史料館のクエストを思い出せば、この川自体が昔は道だったのかもしれない。

 だとするなら、つまりは道が無くなっても村を捨てずに住み続けた、とおぼろ気に想像する事も出来る。


(……もし、自分の住まいがそんな事になったとして果たして私はどうするだろう)


 もっとも近くにろくすっぽ河川も無く水害の経験すら無い私には疑問を呈するしか出来ないのだけども。


「なぁセバさん、大分進んだが……今どの辺りだ?」

「おおよそ半分、と言った所でしょうか」

「出航して約2時間でそれだけしか進んでいないと言うのは中々に心折れそうな情報ですね」

「元よりフィールドとしては分岐も無い一本道ですからな、距離だけは無駄にあるのですよ」

「こうなると1日掛けなきゃならないワケじゃないって慰めるしかないわね」


 なんて事。このままだと晩ごはんまでには着きそうにない。


「……! 来たぞ、1時の方向からだ!」


 そんな風にがっくりしていると前方を注視していた天丼くんが叫び、自慢の盾をガシャリと構えた。次の瞬間、船首のわずかに右側から巨大な影が飛び出してくる!

 ――ゴギンッ!

 天丼くんの盾にそのままぶつかった影、でも天丼くんが「ふんっ!」と踏ん張ってボートがゆらゆらと揺れるだけで防ぎ切る。

 そこにいるのはボーリング球のようなまん丸のハサミを持つ、暗めな赤色のザリガニだ。その大きさは1メートル近い。

 この『パンチャークレイ』は文字通り、その巨大なハサミをボクシンググローブのように扱い、連続で攻撃してくるのだ。


『シュワワワワワワッ!』

「こなくそっ!」


 空中で天丼くんに制止されているにも関わらず、その両ハサミを振りかぶろうとしたその隙を見逃さない子がいる。


「ひーちゃん!」

『キュイキュ!』


 ひーちゃんがボワッと燃え上がりパンチャークレイの後頭部を直撃した!


『シュワッ?!』

「よっと!」


 弱点である火属性の〈ファイアタックル〉を受けてHPゲージをガクッと減らしたパンチャークレイに、縁に腰掛けたセレナが上半身を逸らしながら器用に追撃を叩き込む。

 パンチャークレイはそれで倒れ、川の中にボチャンと盛大な水音を立てて落下していった。確認は出来ないけど、きっと色を失いどこへともなく消え去ったんだろう。


 ウィンドウはすぐさま閉じて、私たちは再び闇に沈む川を進む。

 幸い壁役の天丼くんと船頭のセバスチャンに掛けた〈ファイアサーチ〉は無事に効果を発揮しているようでボートに迫ってくるモンスターを軒並み察知出来ている。

 一定時間モンスターの位置を識別出来ると言う便利な効果ながらビギナーズスキルなのでスペルカットで手っ取り早く詠唱を済ませるので楽でいい。


「あ〜、退屈〜」


 と、そんな事を考えているとセレナが愚痴る。


「どうしたの?」

「私は今RPGをしてる筈なのよ、なのにボートの上であくびを噛み殺さなきゃならないってのはどう言う話なワケよ?」


 先程のパンチャークレイ戦は実は例外で、大半のモンスターはセバスチャンさんが避けてくれるので私とセレナは結構暇なのだ。


「お前いつからそんなバトルジャンキーになったんだよ」

「ンなワケ無いでしょ。私は徹頭徹尾平和主義者よ、白鳩が私程似合う女はいないっての」

「とりあえず舌抜いてもらってこいよ」

「仕方無いでしょ! こんだけ暇になるなんて思わなかったんだから!」

「確かに安全は安全だけど、この舟旅は今日決まった事だもんね」


 普段はこんなに時間が余る事も無いセレナはかろうじて天丼くんとのやり取りで退屈を紛らせている感じ。

 ただ天丼くん自身監視作業があるので片手間で、少々不完全燃焼気味。

 私も勉強中だから相手をしてあげられない。


「お前もアリッサ見習って勉強したらどうだ? 俺らだって中間試験近いんだしよ」

「ノートなら余ってるからあげるよ?」


 そう聞くけどセレナは腕を組んで考え込んでしまう。


「ふむ、では……そろそろセーフティーエリアです。その先はまたしばらく進まねばありませんので、ここで一度ログアウト致しましょう。セレナさんはその間に暇潰しの策を講じる、と言う事で如何でしょうか?」

「ま、それでいっか」


 そしてセバスチャンさんはセーフティーエリアらしい中州に接岸した。




◆◆◆◆◆




「ぷすぷすぷす……」


 頭から煙でも出しそうな様子の花菜をリビングに見つけ、どうしたのかと近付いてみると……どうにも勉強をしているようだ。

 明日から中間試験だから今の内に詰め込んでいる最中なのだろう。零れ落ちないかな。


「ううう……ゲームを取り上げられるのはやだよう……」


 お母さん辺りに脅されてでもいるのか、手に持つタッチペンをぐりぐりとタブレットに押し付けつつも対峙する花菜の姿は悲壮感に溢れていた。

 私はそんな花菜に背を向けてキッチンで料理するお母さんを手伝う事にした。


「あら、花菜は放っておいていいの?」

「普段から大事な所は教えてるし、そもそも私が横にいたら集中しないもんあの子」


 私がいては私に頼ってしまう、頼られる事は嬉しく誇らしい、でもそれは出来れば避けなくてはいけない事だ。

 だって試験を受ける机の隣に私はいないのだから、こんな時だからこそ距離は取っておこう。

 そう思えばMSOで勉強すると言うのも効果的だったかもしれない。


「で? 結花の方は大丈夫なのかしら?」

「うーん……」


 どうだろうか。試験勉強をしている、とは言ってもMSOの開始以降普段の勉強量・勉強時間は減っている。普段の積み重ねの薄さはきっとテストの答案の右上辺りに数値化される事と思う。

 得ているものはかけがえの無いものばかりと確信するけど、残念ながらそれは通知表には書かれず、成績には反映されない類いなんだ。


「……正直いつもより下がると思う。ゲームに夢中なのが理由だから言い訳出来ないけど……でも、良いとは思わないけど間違いじゃないとも思うから、それを証明する為にもがんばるよ」


 お母さんはどんな顔をしたのだろう。生憎と野菜を切るのに集中していて見る事は叶わなかった。ただ、


「そう。なら、後悔しないようにがんばりなさい」


 とだけ言って料理に戻るのだった。




◆◆◆◆◆




 ログインしてもやる事は変わらない。ノートを広げてばかりいる。

 ただ、変化もあった。私じゃなくて周りにだけど。


「……やっぱなんか不便よね」


 ガリガリと鉛筆で頭を掻くのは対面に座っているセレナだった。ログアウト中に考えて結局勉強に行き着いたそうな。

 でもノートと鉛筆での書き取りやウィンドウ上での操作など慣れない事も多く、集中し切れていないようだった。


「元々勉強の為の機能なんて何も無いからね。アナクロだけど、慣れるしかないよ」

「そりゃそうだろうけどさ……あ……慣れと言えば、アリッサってヤケに教え慣れてるわよね」


 セレナに数度分からない所を教えたのだけど、どうにも釈然としない様子。そんなに不思議かな。


「まあ、よくクラリスに教えてるから」

「納得どころの話じゃないわね、ありありと絵が浮かぶ……けど勉強になってんの? 油汚れ並にベトベトしてる絵しか浮かばないんですけど」

「そんな事は……………………無いですよ」

「何よその間は」

「あ、あの子はやれば出来る子なの! ほらほら、無駄話してないで手と頭を動かす」

「ハイハイ、分かりましたよ。シスコンのアリッサ先輩」


 それがどれだけ過ぎただろう。不意にセバスチャンさんがボートを止めた。


「皆さん、そろそろこのフィールドのボスエリアに到達しますので、少々ミーティングを致しましょう」

「ここのボスってどんなヤツ?」

「巨大魚型モンスター『グラトニーカープ』ですな」

「えっとカープは鯉で、グラトニーは……大食いだっけ」

「鯉は悪食と申しますからな。その名に違わず、近寄る獲物を呑み込む、食べていた物を攻撃に転化する、などあまりお行儀の良い相手ではありませんな」


 それからセバスチャンさんによる詳細な説明を受けた後に眉をしかめたのは天丼くんだ。


「そんなヤツをこの小っさいボートの上で迎え撃つのか? さすがにソイツはキツいぞ」


 先を見れば中洲や川岸なども見当たらず、ただただ川が続いているばかり。

 流れは穏やかで、モンスターとの戦闘も何度か重ねてはいてもボスモンスターとなると話が違う。


「でも私が〈ウォーターフロート〉を使えばセレナと天丼くんを水面を歩けるように出来るよ。それなら近接戦闘もこなせるんじゃないかな」

「ええ、そうして頂くつもりでした。ですが問題はこのボートです、耐久値が設定されておりますので攻撃を受ける訳には参りません」

「下手に受けりゃ沈没か……」


 そうなっては最悪〈リターン〉でフレスレイクまで戻らないといけなくなるかもしれない。


「しかもわたくしはヴァイオリンを弾かねばならないので両手が塞がってしまいますのでボートは操れません」

「なら私が。攻撃を受けられないなら私は回復と防御に専念した方がヘイト値を上げにくくなると思いますし」


 攻撃に参加出来なくなれば倒すのが遅くなるかもしれない。それは危険が長引く事でもあるけど、私ががんばればどうにかなる類いの問題だ。


「お願い出来ますか」

「はい、がんばります」

「じゃあその〈ウォーターフロート〉とアリッサがボートの操縦覚えるのも含めてちょっと練習しときましょう」


 全員がそれに頷いた。


「セレナ、天丼くん、〈ウォーターフロート〉は足の裏が水以外に触れると効果が切れちゃうから気を付けてね」

『何よ、それじゃまともに足技使えないじゃない』

『相手は魚類なんだから鎌で捌け』

「ひーちゃんはセレナたちの援護役だけど、相手の攻撃には注意しなきゃだめだよ」

『キュイ』

「アリッサさん、ではまず舵の取り方ですが……」

「あ、はーい」


 そして約10分程が経って準備を終えた私たちはいよいよボスエリアへ突入する段となった。

 セレナと天丼くんが武器を持って舳先へ、私は操舵の為に船尾へ、セバスチャンさんはその間に立って、ひーちゃんは上空に待機中。


「じゃあみんな、行くよ!」


 その言葉におう! と返してくれたので精霊器に付いている宝石へ手を触れる。

 宝石の周りには目盛りがあり、宝石を回す事でスクリューの回転を制御出来る。

 キィィンと徐々に勢いを増すスクリューに合わせてボートが前に進み出した。


『……入ったわね』


 ボスエリアへ入った時に感じる独特の空気の変化。それを感じ取ったらしいセレナは、チャキッと大鎌を握る手に力を込めた。


「瘴気は……っ、水中?!」


 私たちがエリア内へ侵入するとボスモンスターを構成する瘴気が水中のある一点に集束していく。やがて――。


 ――ザッ、バァアンッ!!


 盛大な水飛沫を上げてドブのような色の巨大な鯉、グラトニーカープが巨体を逸らせて姿を現した!

 宙を舞った巨体はやがて川面に落下し、その衝撃が波となって私たちを叩く、このタイミングからスキルが使える!


「『アリッサ!』」

「〈ダブル・レイヤー〉、“水の歩み”、〈マルチロック〉、リリース!」


 素早くスキルを使用すると同時に2人は川面へと飛び立つ。着水する寸前に青い光が宿り、澄んだ音と奏でながら川を走っていく。空を飛ぶひーちゃんもそれを追い掛けて闇夜に赤い輝線を引いている。がんばれっ。


「『アリッサさん、我らも』」

「はいっ」


 舵を操作して2人が向かうのと真逆の方向へと加速し、なるべく距離を取り……その間にもスキルを使用しておく。


『〈ウォークライ〉ッ! “オラオラさっさと来いやぁっ”!!』


 水中のグラトニーカープに届くよう、一際大きな声が飛ぶ。果たしてヘイト値は上がったのか、川面を盛り上げてグラトニーカープが顔を出す!


『食らえっ!』


 セレナは丁度背後に回り込んでぼんやりと赤く光を帯びた大鎌を振り下ろす。

 相手はもう完璧に水属性1択なので武器に火属性を与える〈ファイアフォース〉を使うのは当たり前。

 タイミング良くその背中を切り裂いた事で勢いを殺した、しかしそのまま倒れ込むように天丼くんへとボディプレスを敢行する。


『ままよ、来いっ! 〈アイアンボディ〉ッ!』


 天丼くんは逃げる事を捨ててその場に留まった。どすん! 押し潰されそうな巨体を盾で防ぐ。

 自らの位置を固定する〈アイアンボディ〉の効果でグラトニーカープだけが弾かれて横転しながら川面へと落下していった。


『チッ! 下手に触れないってのは面倒ね、追撃がしづらいっ!』

『こっちも使い時間違ったか……今ならいっそ盾で防いで剣でつついてやりゃよかった』


 〈アイアンボディ〉は自らの動きを封じてしまう。その為にカウンターで攻撃をする事が出来ないんだ。


『アリッサ! チェイン系で動きを封じられる?!』

「了解。でもなるだけ水上で動かせて時間を稼いで!」

『分かってる!』


 今は闇夜、水中に潜られてはターゲットサイトで捉えられない。

 その上ボートの安全の為に距離を置いているので命中までに潜られると外れてしまう公算が高いのだ。


『なら俺を狙わせてさっきみたいに誘導してみよう。そのタイミングで狙ってみてくれ』

「了解!」


 再び天丼くんが水中へ〈ウォークライ〉を放つ。それに誘き寄せられ、再び顔を出したグラトニーカープを、再びセレナが攻撃してバランスを崩した! さっきの見事な再現だ。


「リリース!」


 倒れる巨体目掛けて解き放った〈ライトチェイン〉と〈ダークチェイン〉が無事に命中し、ジャララララッ、と黄色と紫の鎖が中途半端な姿勢で空中に縫い止める!


「今だよ!」

『よっしゃあっ!!』

『オオォォォッ!!』

『キュイッキュッ!』


 好機と一気呵成に攻め立てる。いくつものスキルを連続して使用し、グラトニーカープのHPをガリガリと削っていく。


『ギガンティックゴーレムよか柔い!』

『当然だけどな……っと、チェインが砕けるぞ! 散開だ!』


 ここまで届く破砕音を響かせて2つのチェインが同時に砕け散る。


『なっ?!』

『っ、〈カバーリング〉ッ!』


 自由を取り戻したグラトニーカープはその尾ひれを器用に振るって近くにいたセレナを攻撃しようとするも、対象をかばう〈カバーリング〉を使用した天丼くんが割り込む!


『――っ!!』


 尾ひれが天丼くんをしたたかに叩き、


 ――バシャ、バシャシャッ!! ド、ガンッ!!


『ぐ、ぉ、あっ?!』


 パーティー随一の重量を誇る筈の体躯は川面を石のように跳ねて、勢いそのままに崖に激突してしまう!


『や、べ――』


 ダメージもそうだけど、問題は〈ウォーターフロート〉だ。崖に激突した際に足の裏が触れてしまったのか、川にバシャンと落下してしまう。


「っ、遠すぎる……っ!」


 一気に距離が離れてしまった事でターゲットサイトでも補足しきれなくなってしまった!


「よりにもよって鎧を着てる天丼くんに……! セレナ、ひーちゃん!」

『さっさと行って!』


 悲鳴のように叫んだセレナとひーちゃんが動き出したグラトニーカープの相手を引き受けてくれている間に、私は精霊器を最大速度にし、ボートを天丼くんの許に向かわせる。

 その間にもチャットを通じて天丼くんの溺れて水と格闘する声が伝わっていた。


「“水の歩み”っ、リリースッ!」


 必死に手を動かしてもがく天丼くんへと〈ウォーターフロート〉を掛ける。

 すると水面に浮くと言う効果により、その体が一気に浮上する。


「『ごほっ、がはっ!!』」


 さすがに鎧を着て溺れるのは半端じゃなくキツかったんだろう、天丼くんは舳先に腰を下ろしてしばらく咳き込んでいた。

 私は〈ヒール〉で回復しつつ、気遣って尋ねる。


「大丈夫? もう少し休む?」

「『いや、大丈夫だ。このままじゃアイツに文句言われそうだからな……行く』」


 のっそりと立ち上がるやセレナたちの許へと駆け出していく。その背中はまだ疲れが抜けきっていない風で、ハラハラするものだけど……。


「『アリッサさん。男たるもの空元気くらいは身に付けておるものですよ。せめて我らはあの背を支えましょう』」

「……了解です」


 頷き、私はスペルの詠唱を再開した。



◇◇◇◇◇



 ――ザザ、ァン……ッ。


 グラトニーカープが水中に沈んでいく。長期戦はマズイとの総意により、リソースをがっつり注ぎ込んだ波状攻撃がHPをすべて奪えたのだ。


『へ、へへへ……どうだクソ野郎、ザマァ見やがれ……』


 そうチャットが通じていなければ誰にも伝わらなかったろう小声で呟いた天丼くんは現在ボートの舳先でノックアウト状態だった。

 暴れ回るグラトニーカープを倒すまでに天丼くんは5回程溺れかけた。最後辺りから悲壮さがもうものっすごいです。


(最近天丼くんは苦労しっぱなしだなあ……)


 申し訳無い限りです。


「『ったくもう。要領悪いんだから』」

『ぐぐぐ……』


 戦闘が終わった後から動かなくなった天丼くん、さすがのセレナも気遣ってます。


『か、監視が……』

「『いいわよ、私がやったげるから。そんなんじゃろくな事になりそうにないもの』」


 やれやれと呆れた風で、私に「『〈ファイアサーチ〉頂戴』」と言うセレナはしかし、天丼くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。



◇◇◇◇◇



 グラトニーカープを倒した後は割合と順調に船旅は続いていた。

 数十分もすると天丼くんは大分回復し、セレナは気にしつつも私との勉強を再開している。

 そしてかすかに、けどしっかりと、音が聞こえ始めた。次第にそれはボートを揺らすようになる。

 そして、一際大きな崖を抜けた瞬間。



 ――ッ、ドッッッッ!!



 絶え間無い爆音。川面を揺さぶる衝撃。吹き付ける水飛沫。崖が遮ってくれていたすべてが私たちを襲う。


(……っ、ブラフザ瀑布。あれが……!)


 瀑布。特に大きな滝を指すその言葉を思い出し、身震いした。まだまだ距離はある、でも圧倒的な迫力の前には少々の距離なんて気休めだ。

 くしゃり、知らず力を入れてしまったノートの1ページが音を立てて抗議を訴える。

 私は慌てて勉強道具をアイテムポーチの中にしまう。これだけ大量の水飛沫が襲うのだ、そうとなれば紙製のノートは見るも無残にびしょびしょになってしまう。


「皆さん!! ディドブラ村はすぐ近くですが、しっかりとお掴まり下さい!! 万一落下すれば、《水泳》の加護でも持たぬ限りは水死しても不思議はありませんからな!!」


 爆音に負けないように珍しく声を荒らげるセバスチャンさん。だけど無理もない、落ちる水の量が量なのだ、暴れる川面は全体からすれば木の葉のようなボートを揺らすに十分な威力を持っているのだから。


『キューキュー?!』

「ひーちゃん、おいで!」


 水属性が苦手なひーちゃんは水飛沫を浴びてしまい軽くパニクっている。そんなひーちゃんを魔女のようなトンガリ帽子リリウム・トリコーンの中へ招き入れる。

 ひーちゃんは文字通り飛び込み、ガタガタと言う振動が頭から伝わってくる。


「セバスチャン!! その村ってーのは一体どこら辺なのよ!! ぶはっ!」


 顔に貯まった水飛沫を拭いながら、船頭であるセバスチャンに、やはり大声で叫ぶ。


「あそこです!!」


 セバスチャンさんの左手人差し指が指したのは、奥が見通せないくらいに黒々とした洞窟。

 セバスチャンさんは精霊器に送るマナの量を増やしたのか、更に力強く水を切り裂くスクリューの回転が瀑布の音と交わり、もはやみんなに言葉は無い。

 私たちはただただ前へと向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 後方からの爆音は、遠くはなってもお腹の底に響くように伝わってくるものの、洞窟が水飛沫を遮ってくれて私たちはひとまず安堵する。

 洞窟の左右には等間隔に松明が灯り、行く水路を照らしている。ただ、あくまで照明は松明なので光量はそう高くなく先は見通せない。

 〈ファイアサーチ〉を使用している天丼くんとセバスチャンさんからはモンスターはいないようだと説明してもらった。

 そしてしばらく進んだ先で洞窟が終わり、川よりも2段程高い位置に家々が建ち並んでいる。ここがディドブラ村であるらしい。

 そのまま川を進むと先に桟橋が見えてきて、セバスチャンさんがそこに横付けするとすかさず男の人がやって来る。


「やぁ、ようこそディドブラ村へ。こんな所まで来るのは大変だったろう」


 朗らかな笑顔で迎えてくれた男の人はセバスチャンさんに代わりボートを運転しマリーナと呼ばれる舟を保管してくれる場所に運んでくれるらしい。


「さて。ではポータルに登録して一旦フレスレイクに戻りましょうか」

「ホントにとんぼ返りだな」


 村に到着してすぐに戻る、と言うのも勿体無い話だけど、もう夜も開けている。今日中にクランク工房にボーイくんを迎えにいかないと。

 ディドブラ村をまともに見る事も無く、私たちはフレスレイクへと転移した。


 がんばれ天丼、超がんばれ。


 きっとアレです。この作品のタイトルが『MyStarsOnline』で、ログアウト不可のデスゲームとかだったら君が主役だったかもしんないです。

 気が向いたら書くかもしらんからがんばってー(超棒読み)。

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